『 挿話:アルトのヤンデレ日記 』
ダリアさんの宿に泊まって3日目の夜
僕は、アルトの日記を手に取りながら思案していた。
どうしてこんなことに……。
アルトは僕が帰ってくる前に、疲れて寝てしまったようだ。
午前中、ダリアさんが出かけると言うのでアルトと一緒に宿屋に居た。
アルトの勉強を見ながら、ゆっくり過ごし
ダリアさんが戻ってきてから、ギルドへと行き
帰りに旅に必要なものを買って帰ってくる。
順調にギルドの依頼をこなし、旅に必要なものを揃え
明日には、この国を出発できることになった。
何事もなく、準備が進み
ほっとしていた時に、アルトの日記を見たのだ。
その分、ショックも大きかった。
もう少し警戒して見るべきだった。
文字が目にはいった瞬間、すぐにノートを閉じた。
自分が見た内容を、すぐさま忘れたいと思ったのだ。
今日のアルト日記の内容は
昨日一昨日と同様、僕を悩ませるものだった。
いや、まだ昨日、一昨日の方がましだったかもしれない。
もう一度アルトの日記を開く、そこに書かれていた文字は……。
【ししょう、ころす
おれ、しぬ】
どうしてこんなことに……。
今日の午前中は、とても機嫌が良かったはずだ。
僕が出かけるときには、少し寂しそうにしていたが
それでもそう思いつめた様子はなかったはず。
何故いきなり、僕を殺す……?
何故、僕を殺して自分も死ぬ……?
分からない、いくら考えても分からない。
もう1度日記を閉じ、先にアルトの今日の勉強のノートを
見ようと、もう一冊のノートをとり開く。
目に入ってきた文字は……。
ころす ころす ころす ころす ころす ころす ころす
ころす ころす ころす ころす ころす ころす ころす
ころす ころす ころす ころす ころす ころす ころす
ころす ころす ころす ころす ころす ころす ころす
しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ
しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ
しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ
しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ しぬ
怖い……。
これまたすぐにノートを閉じる。
心臓が、ドキドキしている。
殺す、死ぬと言う文字が並んだページがこんな怖いものだとは
知らなかった……。
これは、ダリアさんに聞かなければ……。
僕は、アルトが何か悩んでいるのかもしれないと思い
ダリアさんに、お昼に何かなかったか聞きに行くことにした。
アルトを起こさないように部屋を出て
ダリアさんの部屋をノックする。
「はぁい?」
野太い声が聞こえ、部屋の扉を開けてくれる。
「あらぁ? セツ君どうしたのぅ?」
「夜分に申し訳ありません。アルトのことで
少し聞きたいことがありまして」
「なんだぁ、夜這いじゃなかったのねぇ……」
「……」
「それでぇ? アル坊になにかあったのかしらぁ?」
「それがですね、きょうのに……」
ダリアさんに、日記の文字の事を尋ねようとした時
後ろから気配がして、振り返る。
アルトが起きて、僕を探しに来たようだ。
「アルト(起きたの?)」と言うつもりが……。
アルトを見て固まってしまう。
尋常じゃないその様子に驚く。
アルトの目が据わっていた……。
そして、両手にはナイフが握られているのだ。
「アルト……?」
「……ころす」
「え!? なんで!?」
「ダリアさん、ころす」
アルトのその言葉に、ダリアさんがのんびりとした感じで答える。
「あらぁ、アル坊そこはセツ君を殺すじゃなくてぇ?」
「だめ、ししょう、ころす、だめ」
「いやアルト? ダリアさんも殺しちゃだめだよね?」
そういう僕に、驚愕した表情を見せるアルト。
意味がさっぱり分からない。
「ししょう……ダリアさん、かたもつ……」
「あらぁ、セツ君、私のことをそんなに思ってくれているなんて」
「いえ、思ってませんから」
「ししょう、おれ、おれ」
悔しそうな顔をし、俯くアルト。
僕には、何がなんだか分からない。
俯いていたアルトが、何かを決めたように顔を上げた。
「ダリアさん、しんで」
「アル坊、私を殺してもセツ君はアル坊のものにはならないわ!」
「だいじょうぶ、おれ、がんばるから」
「セツ君は、私のことが好きなのよぅ!」
「いや、好きとか嫌いとかそういう問題じゃないですから」
僕が口を挟む。
「ししょう、だまって、て」
「えぇ!?」
「おれ、ダリアさん、の、もんだい」
「そうねぇ、セツ君は黙っていて頂戴」
「ちょっと、2人とも落ち着いて? ね?」
何がなんだか分からない僕を1人残し
アルトとダリアさんの言い合いはヒートアップしていく。
「ダリアさん、しんだら、もんだい、ない」
「ふふ、アル坊に私が殺せるかしらぁ?」
「ていこうする、いたい、やめる」
「セツ君の為にも死ねないわぁ!」
「ダリアさん、だまる!」
「セツ君には、わたしが必要なのよぅ?」
「ししょう、おれ、いればいい」
「そうかしらぁ?」
「ダリアさん、いらない!」
呆然としている僕をよそに
2人は睨み合っている。
とりあえず、今日のアルトの日記も
このわけの分からない、会話からきてるんだろうと思う。
わかったことと言えば、ダリアさんとアルトで
僕を取り合っているという事だろうか?
2人の会話を思い出して、アルトの日記からアルトの言いたかった事を
想像してみる。本当なら、アルトのセリフはこうなるはずだったんじゃないかな。
『師匠を殺す!』
『なんで、僕を!?』
『師匠、抵抗すると痛いから……じっとしていて』
『アルト、落ち着いて』
『大丈夫。俺は落ち着いている。
師匠を殺して、俺も死ぬから』
『待って、待つんだアルト!』
『待たない! 師匠、俺と一緒に死んでくれ!』
そして僕は、アルトに刺されて終わり……みたいな。
少し想像力を広げてみたけど、広げるんじゃなかった。
それは、ヤンデレというんじゃ……。
鏡花が読んでいた漫画に、そういうのがあったような気がする
背筋に冷たいものが流れる……。
ヤンデレは、やめてほしい。
とりあえず、この状況も嫌だけど
アルトが、ヤンデレ状態になるのも困る。
まぁ、実際問題アルトが僕を殺せるとは思わないけれど
そういう精神状態が困るのである。
僕が、自分の思考にはまりアルトとダリアさんの事を
忘れていたことに気がつく、あわてて2人を見ると
2人が僕を見ていた。
「ししょう、おれ、ダリアさん、どっちすき?」
「セツ君、私が好きよねぇ?」
その急な質問に戸惑う僕。どう答えるべきか……2人を観察してみると
ダリアさんは、どちらかと言うとアルトで遊んでいるような感じがする。
というか、絶対に遊んでいる。しかし、アルトのほうは真剣だ。
こういう質問は昔から修羅場の元であることを
色々な本から学ぶことが出来る。
まさか、男2人にこの質問をされるとは夢にも思わなかったけど。
できるなら、僕も男なわけだから可愛い女性から言われたい。
少しぐったりしながら、僕は質問に答える。
「僕は、アルトのことを大切に思っているし
ダリアさんにも感謝しています」
無難な答えを告げ、少しヒヤヒヤしながらアルトを見ると
とても嬉しそうに笑っていた。
この答えでよかったようだ。
ようは、アルトが安心できればよかったんだろう。
俺だけ愛してくれなきゃ嫌だっ! とか言われたら
どうしようかと思った。愛するの意味も違う……。
少し胸をなでおろす僕を、アルトもダリアさんも気にすることなく
2人で会話を続けていた。
「アル坊? どうしてぇセツ君じゃなくて私を殺そうとしたのぅ?」
「ししょう、しんだら、たび、できない」
「あぁ、なるほどねぇ」
「うん」
なにやら、2人で和んでいる……。
その様子を見て一気に脱力する。
結局、2人はそういう会話をするほど仲良くなったということなんだろう。
それを喜ぶべきか……悲しむべきか分からない。
僕の疲れた様子を見て、首をかしげるアルト
セツ君お疲れねぇっと、僕を疲れさせた張本人たちが心配してくれる。
「ししょう、ねる?」
アルトの言葉に、僕はただ頷いた。
ここ数日余り寝ていない。肉体的には疲れてはいないけど
精神的には疲れている。いや、一気に疲れた……。
早く寝て忘れてしまおう。
ダリアさんに、アルトの事を聞くのをやめ
アルトと2人で部屋へ戻る。
暫く僕と話をし、またベッドで丸くなって寝ているアルトを見ながら
溜息をつき、日記を開いて返事を書く僕。
アルトへ
じぶんのいのちはたいせつにしましょう。
この一行だけを書いた。
殺しては駄目だと書くことが出来ない世界だから。
自分の命を、自分で守らないと殺される。
相手を殺さないと、守りたい命が奪われる。
そんな世界で、ただいえる事は
自分の命は大切にしようぐらいだったのだ。
朝起きて、アルトの日記の返事を口で伝え
昨日の出来事を思い出し少し溜息をつき。
旅にでる準備をする、僕とアルト。
ダリアさんと、ギルドマスターにお礼を言った後
僕たちは、この城下町を後にすることになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。