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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 挿話 : デージー : 乙女の無邪気 』
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『 挿話:アルトの不思議日記 』 

 しょんぼりしているアルトを置いていくのは

少し罪悪感がともなう。

昨日の夜、アルトにこの国を出る日が来るまでは

この宿から、出てはいけないということを言い聞かせたばかりだった。


アルトは、僕も一緒に宿屋にいるものだとおもっていたらしいが

僕は僕で、旅の道具をそろえなければいけなかったし

弟子が増えたことで、少しお金も増やしておきたかった。


自分が決めて弟子を取ったのだから、カイルのお金を使おうとは

思わなかったのだ。どうしても使わなきゃいけなくなるまでは

僕自身の力で頑張りたかった。


「アルト、アルトの仕事は文字を覚えることだよ」


日本で言うところの50音。

英語で言うところのアルファベットに当たる文字を

ノートに書き、アルトに覚えるように言う。


所謂書き取りだ。


昨日の夜、発音して一緒に覚え、自分の名前と僕の名前の文字を教えた。

今日は1人でも勉強ができるように、ノートに文字を書いておいた。


時間が余ったら眺められるように

簡単な絵の描かれた下に文字が書かれた本も渡しておいた。


「ししょう、おれもいっちゃだめ?」


もしかしたら、連れて行ってもらえるかもしれないという期待を込めた

瞳で僕を見上げてくるが……僕の答えはもう決まっていた。


「駄目、昨日ちゃんと話をしたよね」


「……」


「ダリアさんが、アルトと一緒にお留守番してくれる。

 お昼ごはんも作ってくれるから大丈夫だからね」


「……」


「アルト、返事は?」


「はい」


しぶしぶと言う感じで返事をする。

そんなアルトに僕はもう一冊ノートを渡す。


「アルト、このノートは日記帳っていうんだよ。

 アルトが1日何をして、何を見て、何を感じたか

 嬉しいこととか楽しいこと、辛かったことなどを書くノートだよ」


「にっきちょう?」


「そう、僕が居ない間アルトはこのノートに何があったのかを書いて

 僕に教えてほしいんだ。僕はアルトの書いたノートを見て

 その返事を書くからね?」


「おれ、まだ、もじかけない」


「だから練習するんだよね? 最初は沢山かけないかもしれない

 僕の返事も読めないかもしれない、だけどねアルト続けていくうちに

 文字は書けるようになるし、読めるようになる」


「……」


「アルトは、勉強をする為に僕の弟子になったんだよね」


ゆっくり諭すように話す僕に、アルトはハッとした顔して

僕を見上げる、その目を真剣に見つめ返す。


「おるすばんして、べんきょうする」


「うん、大丈夫。僕は必ずアルトの所に帰ってくるから」


そう告げると一瞬泣きそうな顔をして、僕に抱きついてくるアルト

アルトの頭をなでながら、心の中でごめんと謝った。


アルトをダリアさんに任せ、僕はギルドへ向かう。

午前中はギルドの仕事をして、午後からは旅に必要なものをそろえていく予定だ。


仕事をしながら、アルトがこれから日記帳に何を書いていくのか

少し楽しみにしていた僕だった。


僕が宿屋に帰ると、アルトはとても嬉しそうな表情で迎えてくれた。

アルトとダリアさんと一緒に食事を取り、夜はアルトの勉強を見る。


アルトは1日部屋に居たわけではなく、ダリアさんがアルトのお守りを

していてくれたらしい。


昨日よりは、アルトもダリアさんに慣れていたような気がした。

正直僕はまだ慣れない……。色々ギャップがありすぎるのだ。


姿にしろ、声にしろ、話し方にしろ……ギルドマスターが

言葉を濁し、紹介するのを躊躇していた理由はわかったけれど。


慣れるとか、慣れないとかは置いておいて

ただ純粋に、ダリアさんに感謝はしていた。


僕とアルトが、暖かい場所で眠れるのはダリアさんのおかげだから。

僕がアルトを置いて、仕事が出来るのはダリアさんのおかげだから。


この宿屋を離れるときは、ギルドマスターとダリアさんに

何かお礼をしようと決めた。


ぼんやりとどんな御礼をしようか考えていると机の上に

アルトの日記帳を見つける。


アルトが初めて書いた日記。

どんな事が書かれているのか、少しドキドキしながら

1ページ目をめくる。


【あさ、ひげ、ない

 よる、ひげ、ある】


「……」


ひげ……まだひげに拘っていたのアルト……。


しかしこの文字、どうやって書いたんだろう……。

もしかして、ダリアさんに聞いたのか?


僕は背中に、嫌な汗が流れるのを感じた。


確かに姿が男性なのに、女性の格好をしているダリアさんは

アルトにとっては、不思議なんだろう。


僕もどういういきさつでそうなったのか

知りたいような、知りたくないような。


しかし、今の一番の問題は……。


アルトの日記に対して、僕はどういう返事を書けばいいのかだ。


ひげのことは気にするなと書くべきか……。

朝はひげをそるからひげがないと書くべきか……。


それとも、ダリアさんは本当は男性だと言うべきか……。

男性ならどうしてスカートをはいているのかどうやって説明する?


もういっそう、女性にもひげが生えるんだと書くかな

嘘じゃないし……。


初めて書いた日記を、褒めてあげたいのだけど

どうやって褒めればいいのか分からない。


初日から悩む羽目になった……僕。

アルトに返事が書けたのは、朝方になってだった。


結局は、当たり障りのない返事を書くことになった。



アルトへ


しんたいてきとくちょうは、ひとりひとりちがうんだよ。

アルトは、かわいいおおかみにへんしんできるけど

ぼくはへんしんできないようにね。


じょせいに、しんたいてきとくちょうのことをくちにするのは

しつれいなことだから、これからはいわないようにしようね。


はじめてのにっき、じょうずにかけました。



暫くは、僕の返信は読めないだろうから

朝一緒に日記を見て、文字を見せながら僕が読むことにした。


自分の書いた返事を読んでいるうちに

教えるって難しいと、改めて実感した僕だった……。



読んでいただきありがとうございます。

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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
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