『 僕のアルト考察 』
寝てしまったアルトにフードをかぶせ、宿屋まで抱いていく。
本を胸に抱いたまま寝ている姿は、12歳には見えない。
本を渡したのはいいけど、アルトは文字が読めないんだった。
思い出したのは、ギルドで登録しているときだ。
日本で12歳といえば、小学校6年生だ6年生にもなればある程度文字が読める。
日本での常識を当てはめていたことを、少し反省する。
奴隷としての生活で、会話も不自由なのに
文字を、教えてもらえるわけが無いのだ……。
それに、この世界の識字率はそんなに高くはないみたいだった。
それでも、本を開き花と絵を見比べ楽しそうにしていた
アルトを思い出し、それはそれでいいかと思った。
文字の読み書きと、買い物の仕方が最初かな。
会話は徐々に、話せるようになっている。
この分で行けば、数日後には違和感がないぐらいに
会話ができるようになるだろう。
色々考えながら、宿屋につきチェックインを済ませて部屋に行く。
フードつきの服を脱がせ、ベッドに寝かせて布団をかける。
アルトの髪色を見て、この国ではこの髪の色は危険かもしれないと
考える。アルトの髪の色も瞳の色も珍しいらしいから
アルトと相談して、髪の色と瞳の色を変えようと決める。
色々と調べなければいけない事がありそうだ。
一度ため息をつき、とりあえず明日から必要となるものを
能力で作り出していく事に決めた。
まずは、防具を作るかな……。
アルトの俊敏性を生かすように、軽くて防御力のある服を作る。
見た目は普通の旅人の服だが、性能は僕の着ているものに劣らない。
カイルの想像具現の能力を使い防具を作っていく。
フードつきのマント、シャツ、ズボン、剣を吊るすベルト
靴など順番に作っていく。
自分の分の荷物は、自分で持ち歩けるように鞄を作る。
異次元空間みたいに、無限に入るようにはしない。
小さな頃から、整理整頓の必要性を教えないと
カイルみたいになってしまう。
物の重さや、大きさは何でも入るようにして容量を100個に決めた。
本当はもう少し少なくてもいいのだけど、好奇心が旺盛だからきっと100個でも
足りなくなるだろう。その時何を選び何を捨てるかその選択が大事だと思う。
鞄ができたら財布を作る。
アルトの小遣いは、ギルドでもらった報酬の1/3にする。
残りの2/3はアルトの将来のために貯金することにしよう。
アルト貯金の財布もつくった。
次は武器を……。
僕の鞄には、沢山の武器が入っているが
今の、アルトに使えるだろうか……。
そう考えて、僕が創った物を渡すことにする。
アルトの体に合った、バランスのいい短めの剣を2本。
1つの剣には速度増加1/5と体力回復1/5をつけ
もう1つの剣には物理防御無効1/5と魔力防御無効1/5をつけた。
アルトの成長具合を見て、武器の性能を上げていくように作る。
最初から武器の性能に頼るのではなく、自分の力で強くなっていって欲しいから。
アルトが持っている能力全体の1/5の力を攻撃時に上乗せできるように作った。
最後に、鞘を作り剣をしまった。
ここまでは、順調に作っていったのだが……。
手の中にある、腕輪と耳輪を見る。
カイルが僕にくれたように、魔法防御と物理防御をつけるべきか迷った。
弟子を危険な目に合わさない。それは基本的なことだけど……。
少し迷い、条件付けをすることに決める。
耳輪 : アルトの位置把握・魔法・物理防御は命の危機に対して発動
僕以外が外そうとしたとき、相手の腕が折れるように設定(アルトは除外)
(これは、弟子の証になるから僕以外外せないようにしておく)
腕輪 : 毒中和、死に至る毒のみ解毒・怪我の回復向上
プレート付きの腕輪にし、プレートにアルトの名前と僕の名前を入れておく。
耳輪と腕輪を作る前は、僕がカイルから貰ったような
完全魔法・物理防御のアクセをアルトに渡そうと思っていた。
だけど……将来アルトが僕から離れ、誰かを守り、家庭を持ち子供を育てるときに
危機管理を教えられるのか……どういう状況が危なくて
どういう怪我をすれば死に至る……。
そういう本能的なものを、鍛えなければいけないんじゃないかと気づく……。
それは、冒険者にとっても大切なものではなかろうかと。
僕は、そういう危機管理は花井さんとカイルからもらっている。
体も条件反射的に、反応するようになっている。
それは花井さんとカイルが経験して積み重ねたものだ。
アルトにはそれがない、そういうものをあげることもできない。
そう考えたとき、アルトが僕から離れ誰かを育てることになったときに困ると思った。
瞬時に体が動く、それは自分が経験したことがあるから動くのであって
経験したことがないと、難しいんじゃないか……教えるにしても同じだと。
そんな風に考えて、普通に怪我もするし血も流す。
死なないギリギリという設定を、アクセサリーに付与する。
怪我をさせて、苦しめたいわけじゃない……。
だけど、生きる能力は自分でつけて行くしかないから。
毒に関しても同じように付与した。
ただ毒の中和は、5分程度で回復するようになっている。
防具の防御力も高くしているし
僕もついているから、大怪我をさせることなんてないけれど……。
矛盾した気持ちを抱えながら、耳輪と腕輪に魔法を籠めた。
後は、市場で買う事にした。アルト専用の食器類とか
そういう細々したものは、買い物の練習もかねてお店で買う事に決める。
薬系は僕が持っているのを、袋に詰めて渡して
市場で見かけたノートと鉛筆、消しゴムを作り
僕の鞄から、ギルドの冊子を取り出しこれまで作ったものと一緒にまとめた。
一通り作り終わり、不具合がないか確かめて僕もベッドに横になる。
すぐに、睡魔は襲ってきたのだが、夜中アルトが起きた気配で目が覚めた。
トイレかと思ったけど違うらしい。
手で口を押さえているところを見ると
何かを、我慢しているように見える。
怖い夢でも見たかな……。
アルトに声をかけようか迷ったが
僕を起こさないように、必死に耐えている姿を見て
もう少し様子を見ることにした。
しばらくして、アルトがベッドから降りる。
僕のベッドの方に、音を立てずに歩いてきてじっと僕を見つめているらしい。
僕は寝た振りをしながら、アルトの様子を観察していると
アルトは、自分のベッドの方に戻り入ろうとするが
やめて、僕のベッドの方に来るという動作を数回繰り返していた。
何かを迷っているようだ、僕を起こそうかどうしようか迷っているのかもしれない。
声をかけようかと思ったときに、アルトが僕のベッドにもぐりこんできた。
僕を起こさないように気を使いながら、慎重に恐る恐る……。
ベッドにもぐりこんでまだ何かを考えているようだ。
ゆっくりゆっくり僕の方によってくる。
その行動の意味に、気がつき胸が痛んだ……。
寂しいのか……。
そう思った僕は、寝た振りを続けながらアルトを僕の方に抱き寄せた。
吃驚したのか、僕の顔をじっと見て僕が寝ていると確認すると
アルトも安心したのか、すぐに眠りに落ちる。
誰からももらえなかった愛情や触れ合いを
アルトは求めているんだろう。
12歳と言っても、精神的に求めるものは小さな子供と同じかもしれない。
そのようなことを考えながら、しばらくの間アルトの寝顔を見つめ
僕も次第に眠りに落ちていった……。
朝起きて、驚く……。
隣に居たはずのアルトが居ずに、狼の子供が丸まって寝ていたから。
目を丸くして見つめていると、狼の子供が気配を察して目を開ける。
そして、僕をじっと見つめた後……。
はっとして、ベッドから飛び降りると
自分の姿を見て、体を硬直させる……。
そして尻尾を足の間に入れると蹲ってしまった。
まるで、自分の存在を消したいかのように……。
その姿が、とても淋しく見えて僕はアルトに声をかける。
「アルト?」
そう呼ぶと、耳だけが後ろに向くが動けないようだ。
僕がベッドから降りて近づくと、ますます体を小さくするように縮こまる。
「アルト? どうしたの?」
アルトと思われる狼の子供を抱き上げ、狼になったアルトと目線を合わす。
耳も尻尾も元気がない……。
「アルト? 話せないの?」
狼の姿では話せないのかもしれない。
アルトに魔法をかけ、心話がつかえるようにしてみた。
「アルト、心の中で話したいことを思ってごらん?」
(……)
僕の口元が緩む……。いや……笑ってはいけないんだろうけど……。
黙り込むアルトのなんともいえない姿が可愛くて……アルトには悪いんだけど
耳が後ろ向きにぺたっと寝ている様子、尻尾がフルフル震えている様子が……。
丸っきり、犬のしぐさにそっくりで……堪え切れずに笑ってしまった。
「あは、あはははははは」
(!!!)
「あははははは」
僕が声を上げて笑う様子に、驚いたのか丸い目が僕を凝視している。
「アルト可愛いね、狼に変身することもできたんだね」
僕の言葉にオロオロしている様子が伝わる。
「人間の姿も可愛いけど、狼の姿も可愛いな」
そういう僕に、アルトが話しかけてくる。
(師匠、俺の事嫌いにならない?)
「何で嫌うの?」
(俺、こんな姿になる)
「可愛くていいんじゃないかな? 僕は好きだけどな」
僕の好きだという言葉に反応して、尻尾がパタパタ揺れる。
(本当? 本当に好き?)
「うん、人間の姿も狼の姿も可愛くて好きだよ」
(怒らない?)
「何で怒るのさ」
(昨日、勝手に師匠のベッドにはいったから)
「一緒に寝たかったら寝てもいいんだよ」
(この姿になって寝てもいい?)
心話だから、会話がスムーズに進む。
「寝るときだけならいいよ、お昼は人間の姿になって勉強しなければいけないし
僕以外の前で、狼の姿にならないように気をつけるんだよ
さらわれるかもしれないからね」
(はい、師匠)
「じゃぁ、渡したいものがあるから人間の姿に戻ってね」
僕がそういうと、すっと人の姿に戻る。その顔は嬉しそうだった。
人の姿に戻ったところで、防具や鞄の説明。
武器の説明をしながらアルトに渡していく
沢山の贈り物に、目を白黒させながらも喜んでいた。
色々大忙しだ。
最後に、耳輪をつけるために耳に穴を開け、耳輪をつける。
僕も同様、右耳に穴を開け耳輪をつけた。
腕輪には、心話の魔法も追加してつけておいた。
武器や防具、アクセサリーに付いた魔法のことは
アルトには一切話さないことにした。
そして最後に、大切な話をアルトに告げる。
「アルト、アルトに渡した腕輪はアルトが僕の弟子でいることの
2人だけの証だ。アルトがいつか、僕のそばを離れたいと思ったとき
僕にその腕輪を返してくれればいい、僕からは理由を聞かない。
アルトが何かを見つけ、その道を行きたいというのなら
アルトが選んだ道を僕は信じる」
2日前、アルトの覚悟を聞いた
だから、アルトが辛くて逃げ出すとは思わない。
黙って僕の話を聞いているアルト。
「だから、アルトが腕輪を置いて僕のそばを離れたら
アルトは、自分の道を見つけることが出来たんだと
思う事にするからね。
耳輪は……腕輪を外した3日後に自分で外せるようにしておく
そのまま使ってくれてもいいし、捨ててもいい。腕輪も耳輪も
僕かアルトにしか外せないようになっている」
「……」
「今はまだ深く考えなくてもいい、だけど心の隅にでも置いておくんだ。
アルトは、自分のなりたいものを探して旅するのだから」
「……はい」
少し落ち込んだ風のアルトを見て苦笑する。
「まぁ、弟子になったばかりだからね。
まだまだ先のことだけど、僕はアルトが成人して
一人前になるまで師匠として頑張るよ」
そういうと安心したようにほっと息をつく。
そんなアルトを見ながら、アルトが居なくなると
寂しいだろうなと考えている自分に驚いた。
たった3日なのに、アルトの存在が僕の中でも
大きくなっていることを実感したのだった。
読んでいただきありがとうございます。