『 僕とアルトの約束 』
鞄から、肉と野菜を取り出す。
鍋を火にかけ、肉と野菜をいため水を入れる。
コトコト煮込んでいる間にパンを切り、その間にバターをぬりチーズを挟む
その様子をじっと食い入るように見ているアルト。
「ししょう、これ、なに?」
「ん、どれかな?」
パンを指差し僕に聞く。
アルトにパンを教える、小麦から作られるものだといわれても
ピンとこないようだった、小麦を見たことがないのなら仕方がない。
パンが何かと聞くということは
パンを食べた事が無いということだ……。
「アルト、アルトはどんな食べ物が好き?」
何を食べていたのかを聞くのではなく、好きなものを聞く。
「おれ、しかくいのと、しおのすーぷ」
そういい、パタパタと尻尾を振る……。
四角いの……それはきっと携帯食料だ。
確かに、バランスの取れた食事ではあるのかもしれないが……。
地球の携帯食料みたいに、美味しいものではない。
それが美味しいと言い切るのは、それしか食べたことがないからだろう。
「塩スープって、どんなスープ?」
「おゆに、しお、いれたの。
たまに、はっぱがはいってる」
「……」
「なべ、みずいれる、しおいれる」
僕は、アルトに分からないように溜息をつく
死なない程度の最低限の食事……か……。
何から何まで……苛立つ事ばかりだ……。
無邪気に、鍋の中を覗いているアルトに今日の献立を教える。
「今日のご飯は、パンとシチューだよ
アルトが好きになってくれるといいな」
「しちゅー?」
「そう、シチューお肉とお野菜を入れてミルクで味付けしたものだよ」
「おにく、はじめて、おやさい、はじめて」
はっぱは、野菜じゃないんだろうか?
何を入れていたんだろう。深く聞くのはやめておくことにした。
そんなもの、忘れてしまったほうがいい。
「美味しいよ」
そわそわして待っているアルトの前に、パンを並べ、スプーンをおき
できたシチューを渡す、僕の前にも同じように並べる。
「それじゃ、食べようか」
僕は、心の中で手を合わせいただきますという。
この世界では誰も言わないようだし、面倒事に
巻き込まれるのも嫌だった。
僕がスプーンを取り、シチューを口に入れる。
それをジーと見ているアルト、そして自分もスプーンをとり
シチューをゆっくりすくい、僕と同じように口に運んだ。
食べ方を見ていたのか……。
相手を観察して、自分のものにする
それは簡単そうで、なかなかできないことだ。
きっと今までも、相手の言葉に耳を傾け
意味を探し、自分で勉強してたんだろう……。
目は口ほどにものをいうと言うが……。
アルトの場合、目もそうだけど耳と尻尾が
目よりも、口よりも物を言っている気がする。
夢中になって、シチューを食べているアルト。
「アルト、パンも食べてみるといいよ」
そういいながら僕はパンを取り、少しちぎって口の中に入れる。
その様子を見て、シチューの器を置きパンを取って少しちぎり口に入れた。
「!!!」
尻尾が忙しなく動き、嬉しそうに笑う。
尻尾が大忙しだね……。
一生懸命食べる姿に、少し胸が切なくなった。
アルトが食べる姿を眺めながら、僕も食事を続ける。
黙って食事を続けていると
アルトが鍋の様子をチラチラと見ている。
そんなアルトの様子に、笑いをこらえながら
「アルト、食事は人数分作る。最初に食べた分が自分の分だよ。
だけど、みんなに配り終わって自分の分を食べても
まだ食べたいようだったら、周りの人に聞いてからおかわりをするといい」
僕の話を黙って聞き、最初に食べた分が自分の分と言うところで悲しそうな顔になり
おかわりしてもいいというところで、目が輝いた。
「ししょう、おかわりしてもいい?」
耳を寝かせながら、上目遣いで僕を見る。
「はい、どうぞアルト自分で器にいれてごらん」
驚いた顔をして僕を見る、当然といえば当然かもしれない。
今まで、そういう選択肢がなかったのだ。与えられたものだけが
自分のものだったのだから。
だから、もっと食べたいと口に出す事が出来なかった。
「蓋はここを持つんだよ、蓋をあげてこれでシチューをすくう。
そして自分の器にシチューを入れるんだ、鍋は熱いからさわらないようにね」
シチューの入れ方を教える。
楽しそうに、自分の器にシチューを入れるアルトを見て
ふっと気になったことを、アルトに尋ねる。
「アルト、アルトは今何歳?」
シチューとパンを、口の中に入れたまま
もごもごさせながら答えようとするので
「口の中のものを、飲み込んでから話そうね」
コクコクと頷き、一生懸命飲み込む。
「おれ、12さい」
「え……?」
「おれ、12さい」
「……」
僕は言葉を失う、どう見ても10歳は超えてないだろうと思っていたのだ。
正直、7歳か8歳ぐらいだろうと思っていたのに。
それが以外にも……12歳……。
栄養が足りなくて、体の成長が遅れてるのか……。
それは、どれだけ環境が苛酷だったのかを物語っていた。
食べ終わって、2人で片づけをしてコップに蜂蜜入りのミルクをつくる。
わくわくしたような目で、見つめているアルトにコップを渡す。
「少し熱いから気をつけて飲むんだよ」
恐る恐る口に運び、なめるように味を見て
ほにゃぁっとした顔をして、ゆっくりミルクを飲むアルト。
「美味しい?」
コクっと頷く。
「あまい」
「それはね、蜂蜜だよ」
「はちみつ?」
「そう、花の蜜を集めたものだよ」
「はな?」
「そう、花」
僕は、鞄から薬草図鑑を出しアルトに図鑑を見せながら話し
僕の話を、真剣に聞きながら図鑑を見てはじめてみるものに興味を示す。
穏やかな時間と焚き火のはぜる音、数時間前の出来事が嘘みたいに思える。
アルトの頭がゆれだすのを見て
「アルト眠い? そろそろ眠ろうか」
僕の言葉に、半分眠っている目を向けて頷く。
鞄から毛布を取り出す。
毛布は2枚あったのだけど、汚れてしまったのでそれを下にひき
その上に僕が寝転ぶ、僕の横に来るようにアルトを呼ぶ。
「アルトおいで」
僕の声に戸惑った様子を見せるアルト。
「毛布がないから一緒に寝よう、おいで」
優しく声をかけると、おずおずと近づいてくる。
僕のそばで、どうすればいいのか分からないという感じで俯いている。
ぽんぽんと僕が寝ている横をたたくと
ゆっくり僕を伺うように腰を下ろし寝転んだ。
アルトの背中に手をまわし、軽く抱くようにして毛布をかぶる。
僕の行動に一瞬体を固まらせ、そして徐々に力を抜いていく
「寒くない?」
「ししょう、あったかい……」
そういうと、簡単に眠りについてしまった。
「ゆっくりおやすみ……」
僕も、疲れたのかそれとも子供特有の暖かさに安らぎを感じたのか
眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった。
毛布が足りなければ作ればよかったと気が付いたのは
朝起きてからだった……。
僕は、いつもの時間にいつものように起きる。
違うのは、弟子ができたことだ。
ぐっすり眠る、アルトを起こさないように
そっと起き、少し離れたところで鍛錬を開始する。
途中からアルトが起きて、こちらを食い入るように見ていたが
気にすることなく最後まで鍛錬を行う。
全部終り汗を拭きながら、アルトのほうに顔を向けた。
「おはようアルト、よく眠れた?」
僕をじっと見て、何かを考えているアルトに首をかしげる。
「アルト?」
僕の呼びかけに、はっとしたように顔を上げると
「ししょう、おれにも、おれにもおしえて」
「うん?」
「おれも、たたかえるようになる、なりたい」
「……」
「つよく、なりたい」
僕の腕にしがみつき、必死な様子で僕に戦い方を教えてくれと言う。
僕はアルトから腕を抜き、膝をついてアルトに目線を合わせた。
「アルトは、どうして強くなりたいの?」
そう問いかける僕に
「たたかえる、ようになりたい」
「どうして戦えるようになりたいの?
アルトは強くなって何をしたいの?」
アルトの目を、真直ぐ見つめて答えを待つ。
「おれ……」
頭の中で、答えが纏まらないという感じで
言いよどむアルトに、僕はアルトの心を探るように
更に問いかける。
「アルトは、強くなって人間に復讐したい?」
僕の口から出た言葉に驚き、叫ぶ。
「ちがう!!」
「どうして強くなりたいの?」
「おれ、にんげんきらい、だけど」
「うん」
「ししょう、すき」
アルトの返事に、僕のほうが驚く。
その驚きを、表情には出さずアルトの話すことを最後まで聞く。
「だから、ししょうと、たびするなら、おれも
つよくならないと、だめ」
「……」
「たび、きけん、まもられるだけ、いや」
僕に、真直ぐぶつけてくる
僕に対する好意……。僕と共に居たいから
自分のできる事を増やし、僕の負担を軽くしようと考えたんだろう。
ある意味僕よりも、旅の危険性を知っているのかもしれない。
売られるために転々としたアルト、道中危ない目にもあったんだろう。
見た目はともかく、12歳なのだ成人まで4年……まだ子供だけど
まるっきり、子ども扱いというのはやめた方がいいなっと僕は認識を改めた。
「そうだね、自分の身ぐらい自分で守れないと駄目だよね」
曇りのない目で、僕を見つめて頷くアルト。
「アルトは、体に肉も筋肉もついてないから
まずは……基礎体力をつけないとね」
「きそたいりょく?」
「そう、ゆっくり体を鍛えていこう。
無理すると、強くなれないからね」
「はい、ししょう」
元気に返事をするアルトに、僕は頷いた。
「そうだ、アルト朝起きたらおはようございます。
寝るときは、お休みなさいっていうんだよ、挨拶はだいじだからね」
僕の言葉に、少し考える素振りを見せ
笑顔全開で、覚えたばかりの挨拶を口にのせた。
「ししょう、おはようございます」
「はい、おはよう」
上手に挨拶できたので、頭をなでる
髪の毛が柔らかくて、気持ちがいい。
アルトの頭を撫でながら
「朝ごはん食べようか?」と聞くと
やはり、ご飯という言葉に目をキラキラさせた。
「ごはん、ごはん」
「昨日の蜂蜜が残ってるから、パンにバターと蜂蜜をかけて食べようか?」
「!!!!」
「それでいい?」
これでもかという程に尻尾を振り、返事をする。
「今日は、城下町まで歩いて帰るからしっかり食べるんだよ」
「はい」
転移魔法で戻ろうかと思ったけれど、アルトの体力をつけるためにも
ゆっくりと歩いて帰ることにした。
幸せそうに、蜂蜜トーストにかじりついているアルトにお願い事をする。
それは僕の能力のこと、魔法のこと。
「アルト、しっかり聞いて欲しいことがある」
僕のまじめな様子に、背筋をピンと伸ばす。
「食べながらでいいからね、アルトは能力と魔法は知っているかな?」
「しってる、にばんめのかいぬし、のうりょくしゃ」
「僕も能力が使える、"癒しの能力"なんだけど
体の悪いところを治す事ができる。
アルトの、腕の骨も足の骨も治っているでしょう?」
僕の指摘に、蜂蜜トーストを落としそうになるアルト……。
どうやら、気がついていなかったようだ。
「なおってる!!!」
「……」
「ししょう、ありがとうございます」
「うん、お礼を言うのはいいことだね、えらいよアルト」
そう褒めると、少し照れたように笑った。
「それでね、僕の能力は僕とアルトの秘密にして欲しいんだ」
「ひみつ?」
「そう、理由はこの能力がまわりに分かってしまうと、僕は捕まるかもしれない」
捕まるという言葉に顔色を変える。
「な……なんで!」
「病気や骨を治せる能力者なんて珍しいから。
魔法でも治せないものを、僕が治せるということが分かってしまったら
偉い人が、僕をさらいに来るかもしれない」
「いわない、おれ、ぜったいいわない」
僕は一度頷き、魔法についても口止めをする。
「後ね、僕はアルトの前以外では風魔法しか使わない。
理由は同じだよ、複数の魔法が使えることが分かったら……」
僕が最後まで言わないうちに、頭が取れるんじゃないかというほど
首を縦に振っている。
「アルト、首痛くなるから……」
「おれ、ししょうの、のうりょくとまほう、だれにもいわない」
そう言って、少し沈んだ様子で何かを考えている。
「アルト?」
「おれ、ししょう、さらわれるのいやだ」
蜂蜜トーストを手に持ち、ぽつりと言うと目に涙を一杯ためて
思い詰めたように俯いた。
「大丈夫、僕も気をつけるから
まぁ、偉い人が僕をさらいに来たとしても僕は強いからね
そう簡単にはつかまらないよ」
現実、僕を捕まえられる人間が居るとは思えない。
ただ、面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だから分かりやすく
説明したのだが……ちょっと、説明が悪かったかな……。
思いのほか、落ち込ませてしまったようだ。
「ししょう、つよい、おれも、つよくなる」
「そうだね、アルトも強くなったら僕も安心だ
だからしっかり食べようね」
まじめな顔で頷いて、蜂蜜トーストをかじるアルトがとても愛しく思えた。
よくよく考えてみれば、28歳って子供が居ても
不思議じゃない年齢だ。花井さんとカイルは子供居なかったのかな……。
少し記憶を探ってみるが、プロテクトがかかっている。
2人のプライベートな記憶を知るには鍵が必要だ。
2つの鍵ってなんだろう……。
気になってはいるのだが、いまだ鍵がなんなのかすらわからない。
ただ1ついえることは、花井さんもカイルも獣人族の子供を育てたことはない
ということだけは分かった。
アルトの種族が獣人族でも珍しい青狼だということは分かったのだが
狼がねぎ系を食べていいのか、悪いのかは分からなかった。
地球では、わんこがねぎ系を食べるとねぎ中毒を起こし
下手をしたら、死んでしまうこともある為
昨日のシチューには、たまねぎは入れなかったのだ。
僕は、頭の中で城下町に戻ってからの計画を立てる。
城下町に戻ったら、ギルドに報告に行き
図書館で、獣人の事を調べるかな……。
アルトの、防具や武器も作らないといけないし
道具もそろえなければいけない……。
色々やることが一気に増えてしまった。
だけど、黙々と幸せそうに食べるアルトを見ていると
それもまた楽しいかもしれないと思えたのだった。
読んでいただきありがとうございます。