『 僕とアルトの覚悟 』
アルトが、先ほどまでとは違う意味で
落ち着くのを待ってから、声をかける。
とりあえず、一番先にしなければいけないことは
アルトの体から、汚れと臭いを落とすことだ。
お風呂に入れよう……。
ついでに僕も、お風呂に入りたい。
「アルト、お風呂に入ろうか」
「おふろ?」
僕は、アルトを抱き上げる。
抱き上げられた事に驚いて、オロオロするアルトは
自分と僕を見比べて、腕から降りようともがいた。
「アルト? 足怪我しただろう?
じっとしてなきゃ駄目だ」
怪我を治したのに、裸足で歩き回っていたせいだろう
足に小さな傷を、たくさん作っていた。
「ししょう、よごれる」
「ん?」
「ふく、よごれる」
「あぁ、気にしなくてもいいよ
どうせ、着替えるしね」
腕から降りようとするアルトを抱き直し
気にする事はないと、頭を撫でると硬直したように大人しくなった。
急に大人しくなった事を、不思議に思いながらも
水場まで歩いてき、そこでアルトを下ろしてから風の魔法で傷を治療する。
僕のやる事を、興味深そうに見ながらじっとしているアルト。
その様子が、幼い頃の鏡花に似ていて少し懐かしい感じがした……。
傷の治療が終わり、アルトの汚れを落とす為にお風呂を作る事にする。
水場はあるのだが、夏といってもまだ少し寒い時期なので
水につかると、体調を崩すかもしれない。
簡単に、お湯が作れるのだからお湯を作ろう。
ドラム缶でも作ろうかと思ったが
なんとなく、鞄の中に入っていそうな気がする。
鞄に手を入れ、お風呂と冗談半分探してみた……。
「……」
手の中に……何かの角と思われるものをつかんだので
それを引っ張り出すと……鞄から出てきたものは
大人3人は入れるんじゃないかと思われる檜風呂だった……。
「……」
「……」
非常識にも程がある……。
大きさも、重さもそれなりにあるものを
片手で、出す事が出来る僕にも驚くが……。
檜風呂を作って、それを鞄に入れておくカイルも凄い。
アルトに至っては……零れ落ちそうなぐらい目を見開いて
檜風呂を凝視していた……。
どう考えても、あの小さい鞄から
こんな大きなものが、出てくるとは思えないから驚くのも無理はないけれど。
僕も驚いたし。
僕は1つ溜息をつきながら、水場から魔法で水を檜風呂に移す。
程よく溜まったら、火の魔法を使い水をお湯にした。
いい感じで、湯気が立ち上がっている……。
うぁ、気持ちよさそう……。
「さぁ、アルトお風呂ができたよ入ろうか」
アルトの方を振り向いて、お風呂ができたことを告げると
アルトは顔色をなくして、ブルブル震えていた。
アルトが怯えている理由が、理解できなくて
僕がアルトを見つめていると、アルトが震えながら呟く。
「なべ?」
「鍋?」
「おれ、しぬ!?」
「ええぇ!?」
鍋……? なぜ鍋……。
アルトとお風呂と鍋……どういう繋がりがあるんだろうと考え
お風呂の湯気を見て、答えにたどり着く。
アルトは、お風呂なんて見たことが無かったんだろう。
お湯に入るというのが初めてで……。
「アルト、鍋じゃないし死なないよ。
入るととても気持ちがいいよ、おいで」
僕が呼んでもそばに来ようとしない。
無理やりいれても、怯えるだけだと考え僕が先に入ることにした。
「はぁ……最高だ……」
思わずそう呟いてしまう……。本当に最高だった。
初めての露天風呂。温泉じゃないけれど……。
結界を張っていないと……魔物が襲ってくるけど気にしてはいけない。
僕が気持ちよさそうに入っているのを見て
アルトが、恐る恐る近づいてきた。それでもまだ悩んでいるアルトを呼ぶ。
「アルトおいで」
僕のそばに来たアルトに、ゆっくりとお湯をかける。
体を少しこわばらせたけれど、そんなに熱くないのが分かるとじっとしていた。
「アルト、頭の泥を落とすから
耳の中に水が入らないようにして、目をつぶってくれる?」
そういうと、耳をぺたっと寝かせ目をぎゅっとつぶる。
尻尾がフルフルと動いている。
その動きが、どうも……犬を連想させて噴出しそうになるのを
堪えながら、ゆっくり頭にお湯をかける。
汚れや、怪我をして瘡蓋になっているものを落としていく。
瘡蓋が剥がれて、痛くないように風の魔法をかけ治していく。
それでも、傷口に少ししみるのかたまに体が揺れた。
ざくっと汚れが落ちたら、今度は石鹸で頭を洗いなんどか繰り返す。
アルトを見ると少し涙目になっていた。
「アルトもういいよ。頑張ったね」
アルトの頭を軽く撫でると、また少し固まってしまう。
そんなアルトに苦笑して、今度は体を洗っていく。
こそばゆいのか、逃げようとするアルト。
「ほら、逃げない」
一度では落ち切らなかったので、もう一度洗おうとすると
自分ですると言いだした。相当こそばかったらしい。
石鹸を一生懸命泡立てて、体を洗っている姿を横目で見ながら
僕は鼻の辺りまで、浴槽に沈んで空を見ていた。
体を綺麗に洗い、湯船の中にアルトを入れると
お湯に入る瞬間は緊張していたが、入ってしまうと案外気に入ったのか
大人しくつかっていた。
日は完全に落ちていて、今は光の魔法で周りを明るく照らしている。
少し幻想的な風景に、目を奪われながら僕はアルトに話しかけた。
「アルトの髪の色は、薄い青色なんだね」
汚れの落ちたアルトは、数段可愛くなっていた。
やはり、かっこいいより可愛いの部類に入る。
ぱっと見た感じ、女の子に間違われても仕方がないかもしれない。
優しげな薄い青色の髪に、左右色の違う青と菫の瞳……。
愛玩動物か……。
アルトを変態から守る方法を考えないといけないな……。
そのような事をつらつらと考えていると、アルトが僕を呼ぶ声が聞こえた。
「ししょう」
「ん?」
僕が黙ってしまったから、少し不安にさせてしまったらしい。
そんなアルトに、僕は視線を合わせて静かに尋ねた。
「アルトは、これから何がしたい?」
「したい?」
「そう、僕はね世界を旅して色々なものを見ようと思っているんだよ。
だから、僕と一緒に来るということは世界を旅することになる。
アルトが僕と一緒に居たいと思ってくれることは嬉しい。
だけど、アルトが違うことをしたくて旅をするのが嫌だというのなら
僕は、アルトがやりたいことをできるようにしてあげる」
「おれ、ししょうといっしょ、たびする」
僕がそれ以上何かを言う前に、アルトが必死に言い募る。
その様子に、僕はゆっくり話しかける。
「アルト、僕と一緒に来ちゃいけないっていってるわけじゃないんだよ。
僕と一緒に旅をして、じゃぁアルトは何をしたいかな?」
僕の言葉を一生懸命考えるアルト。
だけど、答えが出ないのかだんだん項垂れてくる。
「だからねアルト、僕は世界を見るために旅をする。
今、アルトが何もしたいことが見つからないのなら
アルトはこれから大人になって、何をしたいのかを見つけるために
旅をしてもいいと思う」
僕はアルトの返事を静かに待つ。
「おれ、べんきょう、したい」
「……」
「おれ、ししょうと、たびして、べんきょうしたい」
会話することに少しずつ慣れてきたのか、ちゃんと文章になってきている。
真剣に僕の目を見て答えるアルト。
僕も真剣にアルトを見つめ返す。
「僕は、アルトに勉強を教えることができる。
だけどアルト、僕は厳しいよ? 旅の途中で勉強を投げ出そうとしても
僕はそれを許さないかもしれない、それでも僕の弟子になる?」
僕はまだ子供のアルトに真剣に聞く。
僕は、優しくしてくれた人だからとかそういう気持ちで
僕の弟子になるよりも、アルトが何をしたいのか
ちゃんと目的を決めて、旅をするほうがいいと思ったし
僕が、アルトを弟子にする覚悟を決めたように。
アルトにも、僕の弟子でいる覚悟を求めた。
僕の気迫に、少しおびえたような様子を見せたアルト。
だけど、はっきりと僕に覚悟を示すように
「おれ、を、でしに、してください」
そう言い切った。
僕の言った意味を理解し、僕の言うことを真剣に考え、そして出した答え
それはとても尊いものだと思う。
「わかった、僕は君を弟子にする。しっかり僕のそばで勉強するように」
「はい、ししょう」
アルトの返事と同時に、アルトのお腹がなった。
少し泣きそうな顔で自分のお腹を見る、その様子が可愛くて笑ってしまう。
「お腹すいた? お風呂からあがってご飯にしようかアルト」
ご飯という言葉に、目を輝かせて尻尾を振る。
大きなタオルでアルトを包み、買って来た服と靴を渡すと
耳を少し折り、小さな声で呟く。
「おれ、おかね、もってない」
「アルトは、今日から僕の弟子になったんだ。
だから、アルトが必要なものはこれから全部僕がそろえるから
遠慮しなくていいんだよ、それが僕の仕事だからね。
じゃぁ、アルトの仕事は何かな?」
首をかしげ、アルトは真剣に考えている。
「おれのしごと、べんきょう?」
「そう、アルトの仕事は勉強すること。
それから、沢山食べること、沢山寝ること、沢山遊ぶこと。
そして、僕の仕事の助手をすることだよ」
コクコクと頷くと、納得したのか渡した服を着始めた。
僕も、体を拭き持っていた服を着てからお風呂の水を抜き
風の魔法で乾かし、鞄にしまう。
お風呂を片付け、見違えるように可愛くなったアルトの手をとり歩き出す。
びっくりしたように僕を見て、それから照れたように笑い
僕に手を引かれながら歩くアルトを見て、僕も幸せを感じた。
読んでいただきありがとうございます。