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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『紅花詰草 : 胸に灯をともす 』 ☆
24/126

『 僕と少年 』 

* 残酷描写がありますので、苦手な方はご注意ください。


 城下町から戻ると、寝ていたはずの子供がいなかった。

体は治したと言っても、体力がつくわけではないし……。

それに、毛布一枚しか体につけていない。


結界の外には、出る事が出来ないから

大丈夫だとは思うけど……。


意識を集中させ、子供の居場所を探り反応のあったほうへと歩いていくと

結界の壁に、必死に爪を立て出ようとしてる姿があった。


わざと音を立てて歩く、僕の足音に気がついたのか

壁から飛びのいて、戦闘態勢に入りこちらを睨んでいた。


頭の上に耳がある。

所謂、犬耳それから尻尾もある。

犬が警戒したときにみせる、耳をピンとたて尻尾も逆立っている。


目の色は左右で違っていた。

右目が青で左目が菫、濃い色ではなく淡い。


髪の色はたぶん、薄い青色だろう腰に毛布を巻きつけている。

かっこいいというより、かわいいという感じの顔立ちだ。

子供は少年なので、かわいいと言われたら不快に思うかもしれない。


死にかけていたとは、思えない様子で立っているが

体の線が異様に細く、足に力が入らないのだろう。

戦闘態勢に入っていても、足元が定まらずふらついてる。


僕が、どうやって声をかけようか悩んでいると


「おまえ、おれ、かった、のか?」


少年が、片言の言葉で話しかけてくる。

しかし、僕に対する警戒は解いていない。


とりあえず、会話ができそうだ……。

しかし、共通語が苦手なのかと思い僕は少年にすきな言葉で

話すように告げる。


「共通語は苦手なのかな? 僕は他の国の言葉もしゃべれるよ」


「この、ことば、しらない」


他の言葉は知らないってことかな……。

僕は暫く考え、少年の言葉が片言の理由に気がつく。

言葉というのは、使わないと忘れていくものだから。


誰とも心を通わせる事が出来ない孤独……。

それは、どれだけの絶望を生むんだろう。


僕の心が暗く沈む……。


僕は何も言えず、少年を見つめていた。

見つめていることに何か誤解したのだろうか

少年が堰を切ったように、片言の言葉で話し出す。


彼の言葉の意味をちゃんと理解するために

少年が心に思ったことが、僕に届くように魔法をかけた。


「おれ、へんか?」

(人間の姿じゃない俺は、そんなに変か?)


「すがた、うまれたくない」

(こんな姿に生まれたくて生まれたわけじゃない!)


「おれ、わるくない」

(俺のせいじゃないのに!!)


「おれ、すがた、だれだ?」

(誰が俺をこんな姿にしたんだ!!?)


「おれ、だれにくむ?」

(俺は、誰を憎めばいい?)


「かあちゃんか?」

(俺を生んだ、かあちゃんか!?)


「とうちゃんか?」

(俺を売った、とうちゃんか!?)


「おれ、きらう、にんげんか!」

(俺を嫌う人間か!?)


慟哭だった……。

少年は涙を流してはいない。

だけど片言で、淡々と告げる言葉とは裏腹に

心の中は泣き叫んでいた……。


辛い、寂しい、怖い、悔しい、様々な感情が入り乱れて

心の中は、血の涙が流れているようだった……。


人と人の間に生まれながら、獣人族の血が濃く出てしまった少年。

その疑問はずっと心の中にあり、何故自分がという思いもあったのだろう

自分が嫌いで、人が嫌いで、誰が自分をこのように作ったのか……。


自分の意思で変えられないものを

責められても、自分ではどうしようもないのに……。


そのどうしようもない憤りは、僕にも経験のあることだった。

何故こんな体に生まれたの!?

そう叫ぶ僕に、親はなんと言っていたのか……。


僕は、少年に近づこうとして1歩踏み出す。

それが合図になったように、少年が僕に攻撃を仕掛けてくる。

思ったより早い、身体能力が高いんだろう。


攻撃を躱すこともせず、そのまま受けるが僕の体は傷つかない。

そのまま僕は、少年の腕をつかみ離さなかった。

攻撃が当たったのに、怪我1つしない僕を見て少年が目を見開く。


その目がだんだんと恐怖に彩られていく……。

普通の人間なら、その強力な爪で傷つけることができたんだろう。


恐怖に囚われた少年の体が震えだし、膝を突く

もともと体力が限界に来ていたところに

勝てない相手と分かり、力が入らなくなったようだ。


ガタガタと震えの止まらない少年

逃げることを、生きることを諦めたように座り込んだ……。


「……せ」


呟くように……何かを言う少年。


「……ろせ」


「……」


「ころせ!」


少年の言葉に、僕は言葉を失う……。

今僕が何を言っても、この少年には届かない。


絶望と恐怖につかまってしまった心は、恐慌をおこし

ただ……殺せと繰り返す。


僕は……そっと、その少年の前に膝を着いた。

そして、ゆっくり抱きしめた。


治らない病気にイライラし、自暴自棄になった僕を

優しく抱きしめてくれた、母を思い出しながら……。


僕の行動に、少年は体をビックと震わせ全身に力が入る。

僕はその緊張を解くように、ゆっくりと手のひらを背中に当てなでる。


ゆっくりゆっくり、落ち着くように。

手のひらに癒しの力を籠めながら、少年の体の震えが止まるまで……。


その時間が長かったのか、短かったのかはわからないけれど

少年の震えが止まったのは確かだった。


そっと少年から体を離し、少年の目を見つめながらゆっくりと話す。


「落ち着いた?」


僕の問いに、コクリと頷く少年。

まだ少し警戒心は残っているようだが、大人しく頷く。

体から振り絞るように吐き出した、少年の疑問に僕は答えていく。


「僕は、誰が君の姿を決めたのかは分からない」


少年の体に緊張が走る。

僕から視線をそらし俯く。


「分からないけれど、僕は君の姿が変だとは思わない。

 君は君の姿が嫌いなのかも知れない。

 だけど僕は、君の姿はとても可愛らしいと思うな」


僕の言葉に驚いたように顔を上げ

僕の目を見ると、少年はすぐに目をそらす。


少し考えるように、少しおびえる様に俯きながらポツリと


「おれ、め、ちがう、きもちわるい?」


あぁ、左右の目の色が違うから……。


こういうことを聞くということは

誰かから、気持ち悪いと言われたんだろう。


僕は、少年をじっと見つめながら答える。


「気持ち悪くないよ、青色の目も菫色の目もとても綺麗だ

 左の目の色は、僕と一緒だね」


恐る恐る顔を上げ、僕の目を見つめ僕の言葉が本心か

確かめるようにじっと瞳を覗き込む。


心配は要らないという風に、そっと微笑むと

少年の瞳が揺らぐ、大きな目から次々と溢れてくる涙。

堪えきれなくなったのか、大きな声を上げて泣き出す。

全ての悲しみを吐き出すように……。


奴隷商人に殴られても、蹴られてもうめき声1つ上げず

耐えていた少年。最後まで生きることを諦めなかった強い子供。


僕は、一生懸命泣く少年をもう一度抱きしめた……。


思う存分泣いて少し心が落ち着いたのか

泣き止んだ少年は自分から体を離し、僕の顔を見上げる。


「おれ、どうなる?」


不安なんだろう、当然の事だ……。

親に売られ、奴隷商人に殺されそうになり

今得体の知れない僕と一緒にいるのだから。


僕は少し考え、思いついたことを答える。


「そうだね、君みたいな子供を保護してくれる場所がある」


国の保護施設、人間とはちがう種族の子供達を保護する場所だけど

この施設が果たして……いいのかどうか僕には分からない。


ガーディルは、獣人には最悪な国だ。

保護施設と謳ってはいるが……いまいち信憑性にかける。

僕は、ガーディルという国が嫌いだし信用していない。


なので、違う国の施設に少年を預けようと思っていた。

どこの国がいいかは、ギルドマスターに話をきい……


「いやだ!」


僕の思考をさえぎって、少年が拒絶する。

僕の腕を掴み、必死に言い募る。


「おれ、おまえ、いっしょ、いたい」


自分の行動に驚いたのか、僕から手を離し

居心地悪そうにしながら、自分の手を首に持っていく

その手に、奴隷の首輪がさわりはっとして僕を見た。


これならNoとはいわないだろうという、確信を得たような顔で……。


「おれ、おまえ、どれい。

 そば、はたらく」


少年の言葉に、今度は僕が驚く。

さっきまで、警戒していただろう僕と一緒に居たいという言葉と

僕の奴隷になるという言葉に、驚きすぎて素で言葉を返してしまった。


「僕は、奴隷はいらない」


僕の言葉に、首輪を触っていた少年の手が、ぱたりと落ちる。

目に涙を浮かべ、手を握り締めていた……。

そこで僕は、言い方を間違ったのだと気付く。


少年の気持ちを考えると、この少年が僕と一緒に居たいというのは本心だろう。

初めて自分を肯定してくれた人間、その感覚は僕にも覚えがある。


孤独を分かってくれる、そんな人に出会ったら一緒に居たいと思うのは

当たり前なことだから……。


だけど僕にも、色々葛藤があった。

正直、自分のことも満足にできているかわからない。


生活は何とかできるようになったけど

その基盤を作っている最中だ、そんな僕に果たして……。


この子を守り、育てていくことが僕にできるだろうか?


僕が考えている横で、少年は青くなっていた。

動いたら全てが壊れるとでもいうように、身じろぎひとつしなかった。

そんな少年を見て、僕は覚悟を決める。


手を離すことができないと思った。

僕と似たような境遇のこの子供を。


人間が嫌いだろうに、人間である僕と一緒に居たいと思うほど

この少年の心は、孤独で満たされている。それは僕も同じだったから。


この世界に誰一人味方がいない孤独……。

その孤独を、僕は誰よりも知っている……。


この少年にとって、掴むことができる手は僕の手だけ。


奴隷の1人を手元において育てても、根本は何も変わらないし

ただの偽善かもしれない。命を育てるのだから中途半端は許されない。

だけど、僕はこの少年が楽しそうに笑う姿を見て見たいと思った。


カイルが僕に、人生を与えてくれたように……。

僕はこの子供の、導となれるだろうか?


「僕は、奴隷は要らない」


2度目の言葉に、体を揺らすが

少年は顔を上げることができない。


「だけどね、僕は魔法の研究を手伝ってくれる助手が欲しかったんだ。

 そうだな、僕の弟子というところかな? どこかに、可愛い耳と可愛い尻尾の

 少年がいないだろうか?」


僕の言葉を理解すると同時に、少年は勢いよく顔を上げた。

少年の頭の上にある耳をピクピクと動かし、尻尾はせわしなく揺れている。


「おれ、おれ、する」


僕と目を合わせ、意志の宿った目で僕を見る。


「おれ、じょしゅする」


僕の腕を先ほどより、強めに掴む少年。


「おまえ、おれ、ししょ?」


そうたずねる少年に

僕は首をかしげた。


ししょ? 司書……?


「司書?」


「ししょ、でしなったら、ししょゆう」


少し考え、少年の言いたかった事を理解した。


「師匠ね」


「ししょう」


僕の言葉を真似し発音する。

一度聞いただけで覚えたらしい、頭がいいのだろう。


「よくそんな言葉知っていたね」


「まえ、かいぬし、いってた」


僕は少年の返事に、どう答えていいのか分からなかった……。

そういえば、まだこの少年の名前を聞いてない事に気がつき

まずは、僕の名前を教える。


「僕はね、セツナっていうんだ師匠でもセツナでも

 君が呼びたいように呼ぶといい」


少年は頷いて「ししょう、いう」と返事をする。

その言葉に苦笑しながら


「君は? 君の名前はなんていうの?」


そう聞く僕に、彼の顔が白くなり

僕から視線を外して、ポツリと呟いた。


「トアルガ……」


少年は、俯いて顔を上げることが出来ない。

嬉しそうに揺れていた尻尾は、完全に動きを止めた。


そうか、誰にも名前をつけてもらえなかったのか

何時もそうやって呼ばれていたのか……。


彼が受けてきた仕打ちに、また怒りが湧き上がる。

それを胸にぐっと押し込め、僕は出来るだけ優しく話す。


「それは名前じゃないね」


そういうと少年が肩を震わせる。


名前か……。

名前というところで、鏡花の言葉を思い出す。


『おにーちゃん、名前はね?

 親がくれる初めてのプレゼントなんだって、知ってた?』


嬉しそうに話す、鏡花の顔が頭に浮かんだ。

確か、鏡花の学校の宿題で自分の名前の意味を両親から聞いてくるっていう

物だったような気がする。


プレゼントか……。

僕は、少年を見つめながら考える。

この子に相応しい名前を……。

いくつか候補を挙げ、その中から1つに絞る。


「そうだな……君は、僕の弟子になったから

 僕から、最初の贈り物を贈ろう……」


僕の言葉に、少年がゆっくり顔を上げた。

不安そうに僕を見上げ、僕と少年の視線が重なる。


「君の名前は、アルト。

 僕の初めての弟子で僕の助手だ」


アルトは、きょとんとした顔で僕を見ていた。


視線を少し落とすと、奴隷の首輪が目に映る。

忌々しい首輪に、指を伸ばして触れ過剰なほどの魔力を流し

奴隷の首輪を粉々に破壊した。


これでアルトを縛るものはもう何もない。


自分の足元に落ちた、壊れた首輪を見て

アルトの目が大きく見開かれる。


「僕は、奴隷は要らない。

 だからアルト、今日から君は奴隷じゃないわかった?」


「あると?」


「そうアルト、君の名前だよ」


「……あると、おれ、なまえ」


小さく呟くように、何度も自分の名前をいい

そして僕に、照れたような笑顔をみせた。


嬉しいと言っている笑顔と、極限まで寝た耳

そしてパタパタと、一生懸命振られている尻尾に喜びが溢れていた。


その姿を見て、可愛いと思ってしまったのは

師匠というより、親ばかの第1歩だったのかもしれない……。



読んでいただきありがとうございます。



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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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