『 僕と奴隷商人 』
* 残酷描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
アギトさんたちと仕事をした日から、1ヶ月ほどたった。
その間に僕の、ギルドランクは青にあがった。
お金もしばらく、依頼を受けなくてもいいぐらいには貯まったし。
そろそろ城下町を後にして、新しい街に向かう準備でも始めようかと思っていた。
暦は春から、夏に変わっている。
僕が、冒険者になってからもう3ヶ月がたっていた。
そんなことを考えながら、ギルドで受けた依頼を達成し
城下町に戻る途中だった僕は、野営する場所を探しながら歩いている。
そろそろ、日が落ちようかと言う時間帯だ。
すると、前方から人の怒鳴り声が聞こえてきた。
ここからでは、まだ声しか聞こえてこない。
「盗賊にでも絡まれてるのかな……?」
スーっと自分の気配を消し、急ぎ足で歩く
風の魔法で前方でされている会話をとらえる。
「反抗ばっかりしやがって、このガキが
首輪がはまってるのに、逃げ出しても無駄だということを
まだわかりやがらねぇのか、そもそもその足で逃げられるとでも
思っていやがるのか!!」
そう怒鳴りながら男が、誰かを殴っているようだ
会話からして、子供かもしれない。
首輪ということは、奴隷の子かな……。
この世界で奴隷は、個人の財産として認められていた。
元の世界での常識や、人権そんなものを出したとしてもこの世界の人には
理解してもらえないだろう。
地球よりも、明らかに人種……いや、種族が多いこの世界。
人と人の間の争いも絶えることがなければ、種族間の争いも絶えることがない。
人種が違うから、種族が違うからといって
奴隷にしようと思う事が間違っているのだが……。
この世界では、僕の考え方が異様なのかもしれない。
奴隷制度を嫌悪している人もいるが、便利な道具として考える人が大半なのだから。
もちろん、奴隷制度を廃止している国もある。
種族の違う国と同盟を結んでいる国もある。
しかし、ガーディルでは奴隷は物であり財産なのだ。
僕は、頭を振りながら考える。
子供が、大人に虐待を受けている姿を
見て見ぬふりをする事などできない。
だからといって、ここで奴隷の主を殴って子供を助けたとしても
子供の持ち主は、男なのだから僕の方が分が悪い。
子供をここで男の暴力から助けたとしても、根本的には
何も解決しないのだから……。
自分の選択肢のなさに、無力感を抱えながらも
二人に近づく足を、緩めることはない。
男の声が、風の魔法を使わなくても聞き取れるぐらいの
距離まで近づいていた。
「売れてもすぐ返品されやがって……商売上がったりだ!
お前に食わせている飯もただじゃねーんだぞ!」
狂ったようにわめいている男。
「大人しくしていたら、愛玩動物として可愛がられたものを
今のそのなりじゃ、実験動物としてしか売れねぇ!」
「……」
売り物ということは、奴隷商人か。それならまだ
子供を保護する事ができるかもしれない……買うという方法で。
人を買うという行為が正しいとは思わないけれど……。
心の葛藤を、無理やり押し込め奴隷商人と思われる人物に近づいていく
奴隷商人はまだ、僕に気がついていないようだ。
「他の奴らは、あの街で全部売れたのに
要らないお前だけがまた残りやがった……」
「……」
「なんだ……その反抗的な目は!
誰のおかげで、生きていられると思ってやがるっ!」
頭に血が上りきっている男は、子供を思いっきり蹴り飛ばした。
子供は蹴られて飛び、衝撃を殺せないまま木にぶつかる。
蹴られた衝撃と、木にぶつかった衝撃で内臓のどこかを痛めたのか
嫌な、ゴフッという音と同時に血を吐きだす。
その様子を汚いものでも見るように見ている男。
「これじゃぁ……もう売れねぇ」
舌打ちしながらそう呟いたかと思うと、剣を取り出し
「売れねぇものを、飼う義理はねぇからな
ようやく、これで、汚ねぇもんを運ばなくてもいいと思うと
せぃせぃするぜっ! あばよ……餓鬼!!」
その目は、明らかに嫌悪を抱いており
奴隷商人は、躊躇なく剣を振り下ろそうとする。
子供は逃げる気力もないのか、それとももう意識がないのか動かない。
「死ねっ!!!」
奴隷商人がそういい、剣を振り下ろそうとした瞬間
僕は、奴隷商人と子供の間に割り込んだ。
「あ……?」
いきなり現れた僕に驚いたのか、剣を振り上げたままの動作で
動くこともせず固まっている。
固まっている奴隷商人と視線を合わせ、ゆっくりと言葉を吐きだす。
「この子供を殺すというのなら、僕に譲っていただけませんか……?」
僕は子供の方に視線を向けるが、子供はピクリとも動かない。
かなり危険な状態のようだ。相手に気がつかれないように
子供の周りに結界をはり、その中の時間を止めた。
とりあえずこれ以上の出血は防げるはずだ……。
僕の言葉に、奴隷商人は不審そうに僕を見た。
「死にかけの餓鬼を買ってどうするんだ……にぃちゃん。
同情か? お涙ちょうだいか?
こいつには、散々煮え湯を飲まされてるんだ、売れないなら殺す」
「ちゃんとお金は払います、どういう理由があろうと、この子が
生きているのは、貴方が世話をしてきたからでしょう」
この子は、死にたかったかもしれないけど……。
少し前の僕と重ねながら、怒りを心の奥に静め男と交渉していく。
「ほぅ、なかなか話が分かるにぃちゃんだ……が、この餓鬼を
どうするつもりなのかって聞いてるんだ、こちらも信用商売なんでね
商品を殺そうとしてたなんて、風評が立つと困るからな」
「僕の魔法の実験に、役に立つかもしれないので。
どうせ実験を手伝ってもらうなら、死んだ人より生きている方がいい」
僕の言葉に、奴隷商人は嫌な笑みを浮かべ……したり顔で頷きながら
「そうか。そうか、にぃちゃんは魔導師か……。なら、秘密にしておきたい
実験の1つや2つは、あるわな」
そう、魔法とは魔物と戦う武器だ。戦争で戦う道具だ
だから、その威力を殺傷能力を高めようとする魔導師が多い。
その威力を測る段階で、奴隷が使われることが多々あるのだ……。
生死を自分の意思で決める権利を与えられていない、奴隷をモルモットにして。
僕の答えに、満足したのか男は愛想のいい顔で僕を見た。
「死に掛けの餓鬼だが……俺が今まで食わせていたんだ。
その分の金はもらわねぇと、俺も生活ができねぇ。
それにその餓鬼は、獣人族の餓鬼だ。めったに手にはいらねぇ
商品だ、普通なら金貨10枚ってところだが……金貨7枚で売ってやる」
男に、人間の浅ましさを感じ嫌悪が募る。
奴隷商人とのやり取りに、吐き気をもようしながら
僕は淡々と受け答えをしていった。
鞄から、金貨を取り出し奴隷商人に渡す。
「わかりました、金貨7枚確認してみてください」
僕が払えなくて、値段交渉をすると踏んでの値段だったんだろう
死にかけの子供に金貨7枚なんて、普通は払わない。
驚きを顔に浮かべ、奴隷商人は何かを言いかけるが
値切られたらたまらないと、疑問を胸にしまい金貨を受け取った。
確認した後ポケットから、何かの魔道具をとりだしそれを僕に渡す。
「これは、あの餓鬼の首輪の鍵だ、反抗されそうになったら少し魔力を
くわえてやると、あの餓鬼の首輪が締まるからな」
「……わかりました」
すぐに投げ捨てたくなるのをぐっとこらえ、返事をすると。
もらった魔道具を鞄にしまうついでに、ビー玉のような丸いガラスに
包まれた粉クスリを取り出す。
それを奴隷商人に気がつかれないように手の中に隠した。
ゆっくりと、子供に近づきそっと抱き上げ
僕は、奴隷商人に向かって言葉を紡いだ。
「貴方に風の加護がありますように」
穏やかな笑顔を心がけて、奴隷商人に風の加護をかけた。
この魔法は、風使いが一般的に使う魔法で体の疲れを取る魔法なのだ。
「おぅ、にぃちゃんありがとよ!
また、奴隷が入用なときは声をかけてくれ
2ヶ月に一度は、城下町の奴隷市場にいるからな」
そういって、先ほどとは違い足取りも軽く
奴隷商人は、僕に背を向けて歩き出した。
その後姿にポツリと呟く
「……薬の効果は、1日後ぐらいでしょうかね……?」
僕は、風の加護をかけると同時に、風魔法で手に持っていた薬を
奴隷商人の周りに撒いたのだった。
無味無臭のそのクスリは、奴隷商人の口や鼻から入り込み
1日後には、腹痛で悩まされるというものだ……。
自分の感情はどうであれ、合法の商売に手は出せない。
だけど、このまま子供を傷つけたことを見逃す気はなかった。
心も体も傷ついた、子供と比べれば
本当に軽すぎる仕返しだけど。
腕に抱いた、傷だらけの子供の状態を見下ろしながら
1つ溜息をつき、子供の手当てができる場所を探しに行くことにした。
余談:
奴隷商人のその後、1日後腹痛を訴え、医療院に行くが原因が解明できないまま
7日7晩苦しむことになった。
読んでいただきありがとうございます。