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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 コリアンダ- : 隠れた価値 』
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『 私の息子と風使い 』

* アギト視点

「なぁ、親父……」


セツナ君との会話から

とたんに大人しくなった息子、ビートが話しかけてくる。


「なんだ」


セツナ君がいない事から、口調を崩してビートに返事をする。


ここ最近、ビートが長男との口論で機嫌が悪いのを知っていたが

私が、口出しする事は無かった。


話すか、話さないかで迷っているような様子のビートを眺め

あえて、無理に聞き出そうとはせずに

ビートが話し始めるのを待つことにする。


扉をセツナ君に任せて、私達は風の遺跡の調査をはじめた。

探索ではなく調査なので、ひとつひとつ扉を開けて見ていくことはせず

遺跡の内部の地図を把握し、その中心辺りに

人除けの魔道具を置く事が目的だ。


調査は1階層だけ、そう広くないこの遺跡の中心を見つけるのは

簡単だった、魔道具を設置し今は出口に向かっている。


「なんで、親父はあいつを連れてくることにしたんだ?」


「彼が、風使いだからでは納得できないのか?」


「……俺は、親父は別の奴を探すと思ってた」


そう言うと、一呼吸おいて


「親父も、軟弱者が嫌いじゃねぇか」


軟弱者と言い切る、ビートに私は苦笑を浮かべる。


「私は彼を、軟弱者だとは思わなかったが?」


「学者だぜ? 風使いなのに、学者ってかくんだぜ?

 いつもなら、親父だって避けたはずだろう?」


偏見ではないが、学者のほとんどが知識ばかりを振りかざし

何もせず、知識欲を満たすだけの行動に走りやすい人間がおおい。


その上、冒険者を蔑にし、協調性というものが欠けている人が多いのだ。

学者を否定はしないが、チームに入れたいと思ったことがないことも確かだ。

同じチームではないが、学者はもう間に合っている。


「知識欲を満たすだけしか能のない

 学者ならば、私も別の人を探したかもしれない」


黙って私の話を聞いているビートに、おやっと思う。

いつもなら、私の話を聞くよりも、自分の意見を言う方に忙しいのだが。


よほどこたえたのか?


3番目に生まれたせいか、長男と次男よりは甘やかして育ててしまった。

その分、甘えが抜けきれないところがある、子供っぽさが抜け切らない。


いつもと少し雰囲気が違うビートを見やりながら、私はセツナ君のことを考えた。


マスターに紹介されたときから

礼儀正しかった彼は、身に着けているものも、身のこなしも

話し方も洗練されていて、ちゃんとした教育を受けたものだろう

ということは簡単に想像できた。


マスターに坊主呼ばわりされたら、噛み付く若者が多いのだが

彼は、自分の名前をいい流しただけだった。


ビートは、その時に判断していたんだろう

使えない……と。


正直私も、第一印象は使えないと思ったのだ。

それは、彼の職業を聞いたときに確信に変わったはずだった。

危険な場所に連れていくことはできないと思った。


だが、どこか腑に落ちなかった。

何が……何か……違和感がある。その違和感が何なのか……。

そう頭の隅で考えながら、マスターと話を続けた。


「まぁ、坊主は風使いといっても、2ヶ月前にギルドに

 登録したばかりだ、依頼もソロでできる範囲の依頼しか受けていない

 仕事の手伝いを頼むのなら、その辺を考慮したうえで計画を立てるんだな」


2ヶ月前?


2ヶ月で、もうギルドランクが "緑"の2段階目……?


驚いた私が、マスターに視線を向けるとマスターが黙って頷いた。

そう、違和感の正体はこれだ……。


マスターが彼を "駆け出し""ひよっこ "と呼んでいた。

大体、ギルドに登録してから半年は駆け出しといわれる。

その理由は、大体が半年かけてギルドランクが黄から緑にあがるからだ。


彼のランクの上がり方は、少し異常だ……。


人が入っていない新しい遺跡は、危険なことが多い。

調査だけとはいえ、駆け出しの冒険者を連れて行くのは躊躇うが……。


そう思いながらも、時間がないという理由が1つ。

そして……彼に依頼を頼んだ最大の決め手は、彼に対する興味だった。


私が、セツナ君に依頼を頼んだのを皮切りに

ビートの機嫌が悪くなっていく。

彼に噛み付き、言いたいことを言っていた。

普通ならここで、取っ組み合いの喧嘩に発展していても不思議ではないのだが。


彼は、ただ一言「いえ、気にしてませんから」といいきった。


このやり取りひとつにしても、彼が少し変わった若者だと実感するのに

事足りるというものだった。


出発は、明後日と決め彼がギルドを出て行った後

扉のほうを見つめながら、マスターが彼の事を話す。


「セツナはな、見ていて危ういんだ。

 生き急いでいる感じがしてな」


「私にお守りをしろと?」


冗談めかして、マスターに返事をすると

マスターは少し、渋い顔をつくる。


「お守りとは言わないが……。

 もう少し肩の力を抜くように、教えてやってくれ」


マスターの言葉に、少し眉を上げる。

ここのマスターとは、長い付き合いだが

こんな事を頼まれたのは、はじめてだった。


「珍しいな。それほど気に入ったのか?」


「一生懸命、生きようとしている若者は嫌いではないからな」


少し機嫌を損ねた風な口調でいい、手を振り出て行けと促す。

それを合図に、私もギルドを後にした。


私の話を聞き、ビートが目を見開く。


「2ヶ月……?」


ビートが、私に聞きなおす。


「そう、2ヶ月」


ありえない……と呟くビート。


「でも、そう不思議ではないかもしれないな。

 彼は、ビートの速度で遺跡までたどり着いた」


私のこの言葉に、ビートは居心地が悪そうに身じろいだ。

私達と歩いていて、彼は全然疲れた様子を見せなかった。


魔導師ならば、3時間ほどで1度休憩を入れても不思議ではない。

だが、私が声をかけても大丈夫だと返事をする。


無理してあわせているのかもしれないと、思いもしたが

その表情は、十分に余裕を見せていた。


ビートに、歩く速度を落とすように言う事を止め

彼の事を尋ねていく。


私の質問に、気持ちよく答えてくれる様子に

マスターだけではなく、私も好感を抱く。


彼の持ち物が、アーティファクトであることを聞いた私は

好奇心が抑えられずに、彼に色々と尋ねるが嫌がることもなく答えてくれた。


彼から様々な話を聞き、私では扱えないと分かり

内心がっかりしたのは秘密であるが。


話しの流れから、彼に両親が居ないことを知り

彼の話の様子から、彼が一番信頼できる人であろう人も

亡くしたことをしった。


どういう理由があるにしろ

青年に入ったばかりの若者が、1人で生きていくのは大変だろう。


「ビートは、彼に自分の苛立ちをぶつけていただけだろ?」


私の言葉に、ビートが黙り込む。


「言い返さないから、駆け出しだから、学者だから。

 人がどんな職業を選ぼうと自由だし、冒険者になろうと思ったら

 駆け出しからはじめるのは当然だ。

 どう考えても理不尽な理由で彼を責めていた」


足を止めて、俯くビートに私はさらに言葉を紡ぐ


「だが、彼は一言もビートを責めなかった。

 素晴らしい魔道具を作った彼に、ビートは何を言った?

 お前なら、彼の立場になった時どうした」


「俺なら……殴ってた」


「そうだろうな。でも彼は黙ってビートの言葉を聞いていた。

 それはどうしてだろうな?」


私は、ビートに歩くよう促しながら話を続ける。


「私も、好き好んで学者をチームに入れようとは思わない。

 ある意味、彼みたいな学者は珍しいといえるだろう。

 だけどなビート。学者であるとか駆け出しではなく

 その人本人を、見るべきだと思わないか?」


「……」


「彼が、ビートの言葉に心を乱されなかった理由は

 彼が、確固とした信念を心の中に持っているからだ。

 それが何かは、私には分からないが、人に何を言われようと

 自分自身を高めることを忘れていないからだ。

 それは、心の強さだ」


あの角を曲がれば、出口までもうすぐだ

思ったより早くつくかもしれない。


私は、ビートの方を振り返り視線を合わせる。


「ビート。彼はまだ18だ。お前より5歳も年下だ。

 なのに、ゆっくりと成長している余裕がない。 

 自分自身しか頼れるものがないから、だから自分の信念を支えに

 歯を食いしばって努力している」


食事のときの私とビートの会話を、微笑ましそうに見ていた。

彼の瞳に写っていたのは、きっと私達ではなかったんだろう……。


「……じゃぁ、なんで、あいつも遺跡調査にいれてやらなかったんだよ」


「彼から聞いただろう? 役割があると」


「待ってるのは、俺でも良かったじゃねぇか」


ビートの言葉に、笑みが浮かぶ。


「お前は、彼が行きたいといったら

 自分が扉で待っているつもりだったのか?」


「……別にぃ、扉で留守番してる意味なんてないだろうっていってんの」


根は優しいのだが、意地っ張りな面が強く

素直に、認めない。そんな息子に、苦笑がもれる。


「ビート、いつものお前なら気がついたはずだが?」


「何をだよ」


「私達の後を、3人組がつけてきていた」


私の言葉に、ハッとして顔を上げる。


「親父! それを分かってて、あいつを置いてきたのか!?」


少し責めるような視線に、私はビートの目を見て静かに告げた。


「彼はきっと、お前より強い」


私の言葉に、ビートがすばやく反応する。

ビートが口を開く前に、もう一言付け加える。


「私よりも強い」


開きかけた口を閉じ、真剣な目で私を見る。


「ありえねぇだろう……?」


「確かに……今はまだ私がかろうじて勝てるかもしれない。

 だけど、多分半年後には、私でも勝てるかどうかわからない」


「根拠……は……なんだよ」


「彼も、私達の後をつけてる人間がいるというのを気がついていたな。

 なにより、遺跡調査に魔導師はいらないと言い切った」


遺跡の調査に、私が魔法を必要としないと判断したように

彼自身も、遺跡の調査には魔法が必要ないと判断を下した。


遺跡の中に、自分の役割はないと……。


「あいつの、役割ってのは……」


「そう、仕事を遂行するために必要な事

 この場合、3人組の足止めだ」


一見、私が頼んだように思えるが……判断し選んだのは

彼自身だ。その判断力、決断力は駆け出しとは思えない。


「……」


「それに、野営した日の朝、彼は剣術の鍛錬と体術の鍛錬をしていた

 お前、セツナ君が起きたことに気がついたか?」


「いや」


「彼の、気配の消し方は完璧だった。

 私が先に目を覚ましていなければ、きっと私でも

 気がつかなかっただろう。彼に足りないものは経験だ」


そう、今は経験の差でかろうじて彼に勝てるだろう。


「あいつ……剣もつかえるのか……?

 魔導師だろう……?」


「彼の剣は、強い。

 魔導師ではなく、剣士としてでも通用するぐらいに」


一心に鍛錬をする彼の姿が目に焼きついてる。

何かを、いや、全てを、一刻も早く自分のものに

一秒でも早く自分の身につくように、わき目も振らず剣を振る姿に

ギルドマスターが言っていた意味が、分かったような気がした……。


剣を振っている時の、彼の瞳の色は酷く暗かった。


扉の前で、思わず見ていたことを話してしまった。

話すつもりは、無かったのだが……。


「急がず、焦らず、まだまだ先は長いのだから」


私の言葉に、黙って頷いていた彼……。

少しでも、肩の力を抜ければいいのだが。


そんなことを考えながら歩いていると


いつの間にか、私の前を早足で歩いていたビートが足を止める。

私も、ビートの隣まで歩き足を止めた。


歌……?


扉の外から、歌が聞こえてくる

聞いたこともない旋律に耳を傾けていると


「なんか、哀しい曲だな……」


彼の想いがこもっているのだろうか、やわらかく

優しい歌声が届いてくる。歌詞は何処の国の言葉かは分からない。


聞いたことが無い言葉だ。

だが……なぜか、胸が締め付けられるような曲だった。


ビートが、ゆっくりと歩き出す。

私に背中を向けたまま、ビートがはっきりと宣言した。


「俺も、強くなる。自分の役割を果たせるように」


そう言って、歩くビートの後姿が

一回り成長したように見えるのは、親の贔屓目か願いなのか

どちらかは分からないが……。


今は、息子が少し成長したことに自分の口角が上がるのを感じた。



読んでいただき有難うございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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