『 僕と風の遺跡 : 後編 』
時刻は、そろそろ日が落ちようかという時間
僕は、1人で風の遺跡の前で座っていた。
アギトさんと、ビートさんを見て日本にいたころを思い出し
なんとなく、妹の鏡花が好きだった曲を口ずさむ。
家族と過ごした、色々な思い出が胸に迫ってきて
そんな気分を、吹き払うように顔を上げて空を見た……。
遺跡に到着したのは、お昼を少し過ぎたところだった。
僕は遺跡の扉の前に立ち、風の魔法を発動させる。
扉にはめ込まれた風の魔道石が、僕の魔法を吸収し魔道石を中心にして
僕の魔法が、扉全体に広がって行き重そうな扉がゆっくり開いた。
扉が開く様子を、ものめずらしそうに眺めていた僕に
「セツナ君、君はここで待っていてくれるか?」とアギトさんが
僕に告げる。
僕は少し考えながら、遺跡の中を簡単に魔法で探索し
建物の中に、大きな魔法反応と生命反応がない事を確認した。
そう危険もなさそうなので、僕は素直に頷く。
ざっと調べたところ、魔法は必要なさそうだった。
問題があるとすれば、遺跡の周りの生命反応のほうが怪しい。
「遺跡の周りは、遺跡の魔法で "魔物"は近づけなくなっているから
遺跡の扉の近くに居る限り、魔物に襲われることはない。
私とビートが明日の朝になっても戻らないようなら
街に戻って、ギルドマスターに知らせてほしい」
アギトさんに言われたことを、頭の中で復唱し返事をする。
「はい、了解しました。
アギトさんも、ビートさんも気をつけて行って来てください」
僕の返事に、頷き話を続けようとした時に
ビートさんが、軽蔑するような眼差しを僕に向けて言葉を吐き出した。
「お前、本当にっ腰抜けなんだな」
ビートさんの、言葉にアギトさんが怒る。
「ビート! いい加減にしないか」
「本当の事だろう? 戦力にならねぇから、ここで待機していろっていわれて
言い返すこともなく、すんなり頷くんだぜ!?
気概のある奴なら、連れて行ってくれっていうもんだろうがよ!
付いてくる勇気のない人間が、冒険者なんてすんな!
腰抜けを腰抜けって言って何が悪い!」
ビートさんの言葉に
アギトさんが何かを言いかけるが、アギトさんよりも僕が先に口を開く。
「僕の今回の依頼は、この扉を開けることであって
遺跡の調査ではありません」
「お前、学者だろ? 誰も入ったことのない遺跡が目の前にあるのに
親父の言葉に、はい、わかりましたって、普通簡単に頷くか?
そういう言い訳を思いつくのは、学者だよな? 最初から腰抜けですって
言えばまだ、かわいげがあるのによ!」
確かに、学者なら是が非でも入りたいって思うんだろうな
僕も確かに、興味を持っている……だけど……。
黙っている僕に、図星だろうという顔をして僕を見ている。
ビートさんの視線を、真直ぐ受け止め僕は僕の思っていることを話す。
「確かに、僕は学者なので、この遺跡を調べてみたいという欲求はあります。
だけど、今ここで僕が果たさなければいけない "役割"は
学者としての立場ではなく
アギトさんから "依頼"された、仕事を遂行するための "魔導師"です。
現在、僕の雇い主はアギトさんであり、遺跡の調査に "魔導師"が必要ないと
判断されたのであれば、僕はその命令に従うのが筋だと考えます」
僕の返事に、びっくりしていたのは
ビートさんではなくアギトさんだった。
ビートさんは、僕を睨むと僕に返事をすることはなく
イライラした様子で、遺跡の中に足を踏み入れた。
僕と距離を置いたところで、アギトさんを待っている。
「"役割"ね、セツナ君も気がついていたのか。
本当は、ビートを残そうかと考えたんだが
ビートは、気がついてないみたいだから。
それに……セツナ君は "魔導師" だけど "剣"も
使えるみたいだしね」
その言葉に僕は驚いて、アギトさんを見た。
僕の驚いた様子を見て、アギトさんが笑う。
「今日の朝、剣術の型と体術の型を流していただろう?
体の動かし方がとても慣れたものだったし、君にも隙があるようで隙がない
普通 "魔導師"は、体力がないから、ここまで1日半でつくのは無理だろうな」
朝の、訓練を見られていた事に気がつかなかった。
アギトさんの気配を、感じる事が出来なかった……。
もう少し、周りに気を配らないといけないな……。
見られたところで、困ることではないけれど
アギトさんに言われるまで、アギトさんが見ていたことに
気がつかなかったことが問題だった。
寝ていると思ったのにな……。
「君の気配の殺し方は完璧だと思うよ。足りないのは経験だな。
私はこれでも、月光のリーダーで、黒の紋様もちだから。
まぁ、種を明かすと私は君より早く目がさめていたんだよ
寝ている人と、寝たふりをしている人の観察をしてみるといい」
僕の考えを読んだように
アギトさんが、さりげなくフォローしてくれる。
「ありがとうございます、もっと精進します」
そう、真面目に答える僕に
アギトさんは、少し優しい表情で
「急がず、焦らず、まだまだ先は長いのだから」と言った。
僕は、アギトさんの言葉に黙って頷いた。
焦っていたのだろうか?
焦っていたのかもしれない。
カイルから貰ったものを、少しでも早く自分のものにしたかったから。
遺跡の中から、ビートさんが痺れを切らしたようにアギトさんを呼ぶ。
「いつまで話してんだよ! 行くぞ、親父!」
アギトさんは、ビートさんの方にチラッと
視線を向けた後、僕に視線を戻し僕の肩を一度叩き
遺跡のほうへ、歩き始める。
そのまま後ろを振り向くことなく僕に
「それじゃぁ、セツナ君。後は任せた」と伝えてから遺跡の中に消えていった。
僕はアギトさんの背中を見つめ心の中で
「任してください」と呟いた。
読んでいただき有難うございます。