『 僕と風の遺跡 : 前編 』
街道を、3時間ぐらい歩いていたけれど
途中から、草原という風景に変わった。
まばらに、木が生えはじめ
進むほどに木が多くなっていくんだろうと、予想する。
今回見つかった遺跡は、騎士のサバイバル訓練の場所の近くらしい。
騎士にサバイバル訓練? と思わなくもないが、日本でも、最近は普通の会社が
精神修行と称して、サバイバル訓練をするところもあるぐらいだから
おかしくはないんだろう。多分。
風の遺跡が、今まで見つからなかったのは
誰もそこまで、足を踏み入れなかったからなのだが
今回色々と事故があったみたいだ。
どんな事故かは知らないけどね、とアギトさんは話した。
アギトさんと話しながら歩いているせいか、退屈はしなかった。
「セツナ君、疲れてないかい?」
アギトさんが心配して声をかけてくれる。
かれこれ、4時間ぐらい歩いているので普通なら疲れてくる頃なんだろう。
僕は、この体になってから疲れるというのを体験したことがない。
本当は、ギルドの依頼を受けるのも毎日でもいいぐらいなのだが
他にやりたいこともあったので、休日を取っていた。
「大丈夫です。アギトさん、有難うございます」
ビートさんは、黙々と僕達の前を歩いている。
僕のことは居ないものとしているようだ。
「それならいいが、疲れたら遠慮なく言って欲しい。
疲れて戦えないという、状況は避けたいからね」
「はい」
僕は、忠告を素直に受け取る。
「しかし……セツナ君。君、荷物少ないね?
君も冒険者だから、準備をしていると思うんだが
どうしてそんなに荷物が少ないのか、少々興味があるな」
興味津々と言うように、僕の姿を上から下まで見る。
アギトさんの紋様は、剣に茨だ "茨"は知識欲をあらわしているのかな。
そんなことをぼんやり思いながら、アギトさんの質問に答える。
「この鞄は、アーティファクトなんです」
間違ってないと思う。
2500年前ぐらいに作られたものだし……。
「は!?」
アギトさんが、驚いている。それはそうだろう。
駆け出しの冒険者が間違ってももてるものではない。
前方を歩いている、ビートさんの肩も少しゆれた。
「魔法の仕組みとしては、キューブに似てるかと思います」
キューブの魔法は、秘匿とされて公開されていない。
なので、魔法ではなく、誰かの能力なのではないかという噂も流れているらしい。
「この鞄は、重量や数量、大きさ関係なく
何でも入ります、入れたままの時間も保持されるので
食料を入れても腐らないみたいです」
僕の説明に、アギトさんは目を丸くして鞄を凝視していた。
「見せてもらってもいいだろうか?」
「ええ」
僕は、肩からかけていた鞄を外して、アギトさんに差し出す。
「セツナ君……信用してくれているのは嬉しいが
アーティファクトを、簡単に人に渡すのは感心しない」
その言葉に僕は苦笑して
「大丈夫です、その鞄は自動的に僕に戻ってくるようになっているので
鞄の中身も僕にしか取り出すことができないんです」
アギトさんの、鞄を受け取る手が一瞬止まる。
「それは……。すごいな」
僕から、鞄を受け取り
アギトさんは、様々な方向から眺めていた。
「あけてみてもいいかい?」
その目が、おもちゃを与えられた子供のようだ。
「どうぞ」
見た目は古ぼけた、珈琲色の鞄でボタンがついているわけでもなく
袋状のものを1/3ほど折り曲げただけの、簡単なつくりになっている。
僕なら簡単に、折り曲げたところを伸ばすことができるんだけど
アギトさんにはできないようだ。
「すごいねこれ、本当にすごい」
しきりに感心して、鞄を僕に返してくれる。
カイルの好奇心と、お遊びで作られた鞄なんだけど
自分のところに戻ってくるのは、よく置き忘れていたからに違いない
カイルは、携帯をお店において忘れて帰るタイプだ絶対そうだ……。
そんなことを考えながら。
僕はアギトさんに、相槌をうった。
「すごいですよね、僕にはもったいないほどです」
「セツナ君は、どこかの貴族のご子息かい?」
アギトさんの質問に、僕がきょとんとしていると
「いや、君の言葉の使い方、知識や、立ち居振る舞い
そうだな、身につけてる装備にしても持ち物にしても
一般に手に入るものから、かけ離れているからね」
アギトさんの問いに、どう答えようか迷う。
僕が、嘘を話すと、アギトさんは敏感に嘘だと察知しそうだ。
そういう気がする……。
「貴族に、知り合いは居ません」
そう、笑って答えながら
アギトさんに、僕の事を話していった。
「貴族どころか、僕には(この世界に)両親もいません」
僕の言葉に、アギトさんは心配げな視線を僕に向ける。
「僕に、色々教えてくれたのは、血はつながっていませんが
兄みたいな存在の人でした(1日だけだったけど)
この鞄も、(体もその他も)この装備も全て兄が譲ってくれたものです」
「お兄さんは、冒険者なのかな?」
「冒険者だったみたいですね」
「だった?」
「はい、2ヶ月程前に(僕の中で)、永い眠りにつきましたから」
「セツナ君が、冒険者になったのは……」
アギトさんが、少し言いにくそうに尋ねる。
言葉の先を、僕は引き継いで答える。
「はい、兄が世界を見ろと言ってくれたので」
アギトさんは、黙って僕の話を聞いてくれている。
ビートさんも……一応、聞いているようだった。
「僕の今の持ち物は、僕の実力に対して分相応ではないと自覚しています。
だけど、兄が(カイル)僕のために残してくれたものだから
僕は、その気持ちに甘えることにしたんです」
都合の悪いところを、ことごとく省いた真実に
アギトさんは、納得してくれたようだった。
「深く聞いてしまって申し訳なかったね」
「いえ、大丈夫です。
それに、珍しいものを見たら興味がわくものですよね」
謝罪の意味を深くせずに、気分を明るくするような言い回しをすると。
アギトさんが、軽く笑った。
「セツナ君は、本当に18には見えないね」
そう言いながら、チラリとビートさんを見る。
その視線に気がついていながらも、無視を決め込むビートさん。
僕は、年齢の真実に1人心の中で思った。
体はこうなんだけど、魂の年齢は少しだけ上だから……。
僕達は、順調に距離を稼いだ。
そろそろ日が落ちようかという時間。
アギトさんが、ビートさんと僕に声をかける。
「今日はここら辺で休もう。
遺跡まで、3日かかると思ったけれど明日にはつけそうだ」
そう話しながら、アギトさんが野営の準備をはじめ
ビートさんは、火をおこすために周りの草を刈り始める。
火が草原に燃えうつらないように、火をおこす周りの草を刈り穴を掘った。
それを横目に見ながら
僕は、アギトさんに尋ねる。
「半分ぐらい、歩いたということでしょうか?」
「そうだな、大体半分だ。
セツナ君は、見かけより体力があるんだな正直驚いた」
3日というのは、僕の体力で計算された時間だったらしい。
アギトさんの感想に、苦笑いで答え
ベルトの隠しポケットに入れておいた
三角錐の形をした、お箸の1/3ぐらいの銀の棒を取り出し
それを地面に刺した。刺した瞬間に、甲高い音が鳴る。
その音と同時に、結界石の変わりに作ったものを中心に直径5Mの結界が完成した。
見た事が無い形のものに、アギトさんが興味を示す。
「セツナ君それは……?」
「結界石なんです、石じゃないんですけどね」
「それも、アーティファクトかい?」
「いえ、僕が作りました。
この銀の棒の直径5Mの範囲に魔物は入れませんし
外に声ももれません」
そう説明すると、ビートさんが思わずといった感じで疑問を口にした。
「なんで、結界石を使わないんだ?」
「結界石って使い捨てじゃないですか
僕が直接結界を張ってもいいんですが
寝る前にあまった魔力を、この銀の棒に籠めておくと
魔法の節約にもなっていいかなと思ったんです」
本当の所、魔法の節約の為に作ったわけではなく
日本人の性か、結界石の使い捨てがもったいないから
などとは言えなかった。
本音を心の中にしまっておいて、それらしい返答をする。
「ほぅ、これは凄いね。1本で何度でも使えるのか
荷物もかさばらないし、いい考えだ」
アギトさんに褒められて少し照れる。
本当のところは、貧乏性なんですなんていえない……。
「お前、冒険者なんて辞めて
それ作って生活すればいいんじゃねぇの?」
「ビート!」
ビートさんが放った言葉に、アギトさんがキツイ調子で名前を呼ぶと
フンと鼻で笑って、火の準備に戻っていった。
アギトさんと視線があうと、すまなそうにしているので
首を横に振って、気にしていないことを伝える。
アギトさんは、苦笑いのような表情を浮かべ
自分の仕事に戻った。
アギトさんみたいな人が、チームリーダーだと
きっと、居心地がいいんだろうなと考えながら僕も僕の役割を果たす。
火を囲み、各々が準備した食事を取る。
チームで行動するときは荷物を減らすために
同じ食事を取ったりするものだけど、今回は各自で用意ということになっていた。
アギトさんとビートさんは、本人達にとっては口論だけど
はたから見ている僕にとっては、親子のじゃれあいに見えるような
言い合いを先ほどからずっと続けている。
「ビートはまた……肉しか持ってこなかったのか?」
「うるさい、俺が何を食べようと勝手だろう?」
「冒険者は、健康な体が商品だと何度言えばわかるんだ?
バランスよく食べないとちゃんとした体ができない」
「ほんっと、うるさい!」
「ほら、私の野菜を渡すから食べるといい」
「俺はもう子供じゃないってのっ!!」
2人の会話に、笑いをこらえながら
僕は、父の事を思い出していた。
父もよくアギトさんと似たような事を僕に言っていたから……。
『ほら、刹那ちゃんと食べないと
治るものも治らないだろう?』
『大丈夫、ちゃんと食べてるよ』
『残しているじゃないか
好き嫌いしていないで、食べなさい』
好き嫌いで残していたわけではない。
それは、父もわかっていたはずだ。
『もう、子供じゃないんだけどな……』
懐かしく思うと同時に、少し胸が痛くなった……。
「……君? ……セツナ君……?」
自分の記憶の中に入り込んでいた僕は
アギトさんが、僕を呼んでいる事に気がつかなかったようだ。
はっとして、顔を上げてアギトさんを見る。
「あ、はい、なんでしょう、アギトさん」
「うん、少し、心ここにあらずという感じだったから」
「くだらないことを考えていました」
そう言って笑うと、アギトさんが何を考えていたのか聞いてきた。
「どうして、成人が16歳なのかなって……」
思わず、最近考えていたことが "ポロ"とでてしまった。
「え?」
アギトさんが不思議そうな声を出し、ビートさんは黙々と食事をしているが
野菜には手を付けていない。
「あー……寿命が250歳だとしたら
16歳で成人というのは、早いような気がして
250年生きるとして、子供の時代が16年というのは釣りあいが悪いなと」
戦国時代の成人は、15歳前後だけどそれは寿命が短かったからだし……。
「そうだね。そう考えると釣りあいが悪いな。
成人が16というのは、昔の名残らしい。
昔は、寿命が120歳前後だったらしいから。
いつの時代からか、神の恩恵を受けて寿命が延びたといわれているからね」
そう、アギトさんが話してくれる話に耳を傾ける。
自分の感情をごまかすために、とっさに振った話題に
真剣に答えてくれるアギトさんに対して、少し罪悪感を覚えた……。
食事が終わり、片付けをしてから薬作りが得意だと話したり
僕が作る薬を分けることになったりと、それなりに穏やかな時間を過ごしてから
明日また、かなりの距離を歩く事になるだろうからと
早く眠る事になった。
薄い、毛布をかぶり
空の星を眺める。綺麗に瞬いている星を眺めているうちに
いつの間にか眠りに落ちていた……。
いつもの通り、いつものように、同じ時間に目が覚めた僕は
アギトさんとビートさんを起こさないように、そっと移動する。
簡単なストレッチをし、剣術の型と体術の型を一通り流したあと
心を落ち着けるために瞑想する。
心の空気を入れ替えるように、ゆっくり息を吸い
ゆっくり息を吐く、そしてゆっくりと目を開けた。
「今日も1日がんばろう」
そう、自分に言い聞かせて、アギトさんやビートさんの居る場所に戻り
挨拶をして、朝食をとった後、荷物を片付け風の遺跡へと向かった。
遺跡が近づいてくる頃、アギトさんが僕達に注意を促す。
「騎士が訓練をした後だから
魔物は少ないと思うけれど、少し気を引き締めていこう」
僕は頷き、ビートさんは文句を言いながらも
周りを油断なく、警戒しながら歩いていたのだった。
読んでいただき有難うございます。