『 僕と”黒”の冒険者 』
初めての依頼から、2ヶ月ぐらいたった。
ジゲルさんについて、僕にとっては初めての魔物狩りを体験したけれど
命を奪うという、罪悪感や嫌悪感は自分が考えているほど多くはなかった。
もしかしたら、花井さんやカイルの経験によるものかもしれないと思うのは
きっと気のせいではないと思う。
殺すことを楽しいとは思わないけど、自分の命を守るために何かを殺す事に
なるのならば僕は、躊躇はしないだろういうことが分かった。
色々初めてのことばかりが、続いているけれど
ジゲルさんがしてくれた話を、僕のものにするために
できる限り自分で、働いて稼いだお金で暮していく事にした。
だけど、鞄に入っているお金を除いたものは
ありがたく使わせてもらっている。
それは、カイルの気持ちがこもったものでもあるし
そうすることが、正しいのではないかと思ったから。
宿屋を引き払って、今は冒険者ギルドが経営する宿舎で生活するようにした。
今の稼ぎでは、1泊半銀貨1枚の宿屋は少し金銭的に辛いからだ。
ずっと、ガーディルで暮らしていくのならば
それで、いいのかもしれないけれど……。
僕の目的は、世界を見てまわることだから
当面の目標は、旅の資金をためることになる。無駄遣いは良くない。
ちなみに、ギルド宿舎は
ギルド員なら誰でも使えて、朝食つきで銅貨3枚!
そんな感じで、翻訳やら荷物運び、ぼちぼちと魔物退治をしたりして
ギルドの依頼をこなし、ランクは緑2/3になっていた。
ランクが上がったときの、色の変化に僕が感動したことは
言うまでもない。魔法というものを、普通に使っているけれど
それでも、いまだに不思議に思うのは仕方のない事だと思う。
大体5日働いて、1日休暇を入れる感じで
自分の生活のリズムを作り、体調の管理も怠りなくやっている。
昨日は1日休暇をとったから
今日からまた頑張ろうと、自分に気合を入れる。
朝の日課の、筋力トレーニングを行い
剣の型、体術の型を一通り終えて宿舎を後にした。
「今日はどんな依頼を探そうかな」
一昨日は確か荷物運びだったから、今日は魔物の討伐系にしようか。
そんなことを考えながら、冒険者ギルドの扉をくぐると
聞きなれたマスターの声が、聞こえる。
「今、うちのギルドでフリーの風使いは
そこの坊主だけだ」
ギルドのドアを、くぐった瞬間に
聞こえた言葉に、僕はマスターのほうを見た。
ここのマスターは、僕の事を名前で呼ばずに
坊主と呼ぶのだ。甚だ不本意ではあるのだけど……。
駆け出しの冒険者であり、18歳でありこの世界での経験という点では
子供となんら変わらないのだから、反論の余地がないのが悔しい……。
それでも、その呼び方が僕を馬鹿にした感じではなく
親しみを込めてくれているのが分かるので、余計にたちが悪い。
僕は溜息を1つ落としながら
マスターに、ここ最近癖になっている挨拶を返す。
「おはようございます、マスター。
僕にはセツナという名前があるのですが」
休み以外、毎日くり返されているセリフにマスターは鼻で笑い
「駆け出しのひよっこには、坊主で十分だよな? 坊主」
これまた同じセリフに、溜息をつき
いつもならば、依頼掲示板のほうに移動するのだが
扉をくぐったときに聞いた、言葉を思い出すならば
風使いというのは、僕のことを指しているんだろう。
僕の態度に、気がついたのかマスターが
「あぁ、そこのアギトが風使いの魔導師を探していてな
そこにちょうど、坊主が来たわけだ」
そう言って、カウンターのそばに居た
冒険者をあごでしゃくり、僕の疑問に答えてくれる。
マスターが目を向けた方に視線を向けると
落ち着いた感じの男性と目が合った。
日本人の性か……目が合った瞬間
僕は、お辞儀をしながら挨拶をする。
「おはようございます」
そんな僕に、少し驚いた様子を見せた男性だったが
表情を笑みになおし、挨拶を返してくれた。
「おはよう、随分と礼儀正しい冒険者だな」
アギトさんの評価に、すかさずマスターが
「そうだろう? 今時珍しい坊主だ。
言葉遣いも、仕事も丁寧だが……まだひよっこだ」
ひよっこは余計だろう……という突っ込みを心の中でいれる。
僕の気持ちなどお構いなしに、マスターが話を進めていく。
「さっきも話したとおり
今ここで風使いの魔導師は、この坊主だけだ」
マスターの紹介に、男性は少し考えてから僕に自己紹介をしてくれた。
「私は、チーム "月光"のリーダーをしているアギトだ。
職業は "剣士"ギルドランクは "黒"。覚えておいてもらえると嬉しい」
ギルドでの自己紹介は、まずチームに所属していればチームの名前を先に言い
その後に自分の名前、職業、ギルドランクと続くらしい。
ギルドランクが "黒"。最強の称号を持っているようなものだ。
そんな人物に、僕が自己紹介をするのは少し気後れするけれど
相手が名乗ったのに、自分が名乗らないわけにもいかないので
ギルドの風習にしたがって、僕も自己紹介をした。
「僕は、セツナといいます。
職業は学者、ギルドランクは "緑"で魔法は風属性が使えます」
「学者? 魔導師ではなく?」
その質問に、どう答えようか少し迷って返事をする。
「魔導師としてもよかったんですが、今の僕の生き方は
魔導師よりも、学者に近かったのでギルドの登録は学者としています」
その返答に、マスターがアギトさんのほうを見て話す。
「変わった坊主だろう?
普通、風使いなら迷わず魔導師と書くんだがな」
「あぁ、だからフリーなのか……」
「そうだ、だからフリーなんだ」
2人の言いたいことはなんとなく分かる。
ギルドの仕事は、危険なほど割がいい。
だけど1人で行動するには、リスクが高い。
なので、大半がチームを組んで仕事をする。
ランクが高い冒険者ほど、チームに所属している率が高くなる。
ギルドの登録名簿は、閲覧自由だが
名前と登録用紙の職業欄の先頭に、書かれた文字しか開示されない
それ以上の個人情報がしりたかったら、マスターに紹介してもらうことになる。
風属性が使える魔導師は、駆け出しでもチームにスカウトされることが多く
早い段階でチームに所属するため、フリーの風使いがいることは珍しいらしい。
それでもまったくいないわけではなく、流れの魔導師もいることはいる。
僕が、スカウトされないのは職業欄に魔導師ではなく
学者と書いているからかもしれない。
魔導師としても、チームを組んだほうがメリットが多くなる。
魔法の威力は、その魔法に込める魔力で決まるのだが
中途半端な集中の詠唱では、中途半端な魔力を籠める事になり
暴走する危険性が在るらしい。
また暴走はしなくとも、威力が出ないという事もあるようだ。
それに普通は、魔力量には限りがあり
考えなしに魔法を放てるものではないらしい。
このような理由から、魔導師は後方支援としての役割を担っていた。
それだけ、魔法とは繊細なものらしい……。
ようだ、らしいというのは、僕には当てはまらない事項だから。
尽きることのない魔力のせいで、詠唱はいらないし、集中する必要もない。
集中する必要がないというのは、間違いかもしれない
一応、集中はする別の意味になるけれど……。
魔力の配分を間違えて、破壊しないように……。
花井さんの戦闘スタイルも、カイルの戦闘スタイルも
剣術・体術と魔法の複合戦闘だ、当たり前だけど僕もそのスタイルになっている。
この2ヶ月で、魔力も魔法も自分の体に馴染んだし
毎朝、剣術と体術の型を一通り行っているせいか
剣を使うことも、体術を使うことにも違和感がなくなった。
最初は、僕の元の体からの変化で違和感や戸惑うことも多かったけれど……。
結局のところ、僕は1人で戦えてしまう為にチームを組む必要性がないといえる。
反対に僕にとっては、チームを組んだほうがデメリットになりかねない。
全ての魔法の属性が使える魔導師は、僕1人だから。
マスターとアギトさんをぼんやりと眺めながら
僕は、2人の結論が出るのを待っていた。
「月光には、風使いのサーラがいただろう?」
「そうなんだが、今別の依頼にあたっていてな
その仕事が終わっているのを待っている時間がない」
「まぁ、坊主は風使いといっても2ヶ月前に
ギルドに登録したばかりだ。
依頼も、ソロでできる範囲の依頼しか受けていない。
仕事の手伝いを頼むのなら、その辺を考慮したうえで計画を立てるんだな」
マスターの言葉に頷きながら、アギトさんが僕と視線をあわせる。
結論がでたようだ。
「セツナ君だったね、私の仕事を手伝ってくれないだろうか」
これといって断る理由もなかったので、仕事の内容を聞こうと
口を開きかけたとき、僕の後ろから怒鳴り声が響いた。
「親父! 俺達の仕事に、足手まといのひよっこを入れてどうするんだよ!
俺は反対だっ! 魔法が使えるのに、学者と書く臆病者にできる仕事じゃねぇよ!」
中々、辛辣な言葉が聞こえたが
僕は気にすることなく、ゆっくりと振り向いた。
読んでいただき有難うございます。