『 あっしと青年 』
ぼんやりと目を開けると、菫色の瞳が心配そうにあっしをみていたっす。
天使様かと思い、ここはどこか聞こうとおもったけど
声がちゃんと、でなかったでやんす。
「ここは……(どこでやんすか?)」
安らぎの水辺かと思ったでやんすが
返ってきた返事は、とてもよく知っている場所だったっすよ。
「シランの森を抜けたあたりですよ」と……。
どうやら、倒れているところ助けてくれたみたいでやんす。
あっしが、倒れていた理由を話すと少しばつが悪い空気が漂ったんでやんすが
青年が、気を利かせてくれまして自己紹介をしてくれったっす。
名前を聞いて、あっしはまだお礼も言ってない事に気がつき
あっしも、自分の名前を告げてお礼をいったっすよ。
その後、2日ぶりの食事をいただきやした!
人心地ついたところで
青年、セツナさんを少し観察するっす。
見た感じ、冒険者には見えないっす。
だけど、装備品や武器はとても高価なものをもっているっす。
あっしに渡してくれた、食器類やこの場を守っている結界石といい
駆け出し冒険者には、まるで見えない道具を使っている所に違和感を覚えたでやんす。
セツナさんは、初めての冒険で少し気分が高揚していたみたいでやんす。
鞄から、お酒を取り出して「僕、初めてお酒を飲むんです」といい
あっしは、初めてのお酒をこんなさえないおっさんと飲んでもいいのかと聞いたら
きょとんとした顔で、あっしを見つめていやした。
普通、成人した若者が初めてお酒を飲むのは
そのお祝いに、父親や親しい人と飲むものだと教えたらセツナさんは笑って
「いいんです。ジゲルさんがよければ
僕と一緒に飲んでください」と言ったっすよ……。
その表情が少し、寂しげに見えるのは
あっしの気のせいではなかったと思うっす。
あっしは、余り深いことは聞かずセツナさんの初体験をお祝いしたっす……。
お酒が入ったのをいいことに、あっしはあっしの話をしたっすよ。
色々行き詰っていて、誰かに聞いて欲しかったでやんす。
今から思うといい年した中年が、青年に愚痴をこぼすのは
余りほめられたことじゃないでやんすが。
そのときのあっしは、そんなことを考える余裕もなかったっすよ……。
あっしは話をしているうちに
セツナさんの価値観が、少しずれていることに気がついたっす。
これでも、有名な商会で働いていたっす。沢山の人を見てきたあっしは
セツナさんの、考え方が地に足が着いてないような感覚に思えたでやんす。
若者を正しい道に導くのは、人生の先輩の役目でやんす!
使命のように、語るあっしにセツナさんは
大きなお世話だという事もなく
あっしの話を、真剣に聞いて考えてくれていたでやんす。
いつかは、セツナさんもかわいいお嫁さんをもらって
かわいい子供と、一緒に生活するときがくるでやんすから
お金のこともばっちりと教えておくでやんす。
あっしみたいに……奥さんに財布の紐を握られ離婚されることのないように
忠告をわすれなかったあっしは、えらいと思うでやんす。
色々話しているうちに、あっしのほうが落ち込んできたでやんすが……。
セツナさんが、ポツリと呟いた言葉に
あっしも頑張ろうという気持ちになったでやんす。
「生きていく、生活するということは
本当に大変なことなんですね」
そう、大変なことでやんす。そのことを本当の意味で忘れていたのは
きっと、あっしのほうだったんっすね。
そう気がついたと同時に
あっしは、セツナさんが生きていくという ”事”に
真剣に取り組んでいるんだと気がついたっす。
自分の夢に真剣になったり、自分の守るべきものに真剣になったり
自分の仕事に真剣になるひとは多いっす。
だけど、生きるということに
真剣に取り組んでいる人は、案外少ないっすよね?
セツナさんが、どういう事情をかかえているのかはわからないっすが……。
この真直ぐな青年の足元に、何時も灯りがともるように心の中で祈ったっす。
この後の記憶がないのは、きっといい気分で眠ったからっすね。
次の日、セツナさんがあっしの狩りを手伝ってくれたでやんす。
あっしの依頼は、メティス5匹を倒して
キューブに入れ持って帰ることっす。
驚いたことに、セツナさんは魔物を見たことがないというので
一緒に狩る事にしたっす。
職業が学者さんと聞いて、なるほどっと納得してしまったでやんす。
どうみても、荒事に慣れているようにはみえないでやんすから。
2人で探しているうちに、メティスがあっしに突っ込んできったっすよ。
すぐに剣を構えたあっしですが、3匹同時はさすがにきついでやんす。
そう思ったと同時に、セツナさんが3匹のうち2匹を
風の魔法で捕縛してくれったっすよ!
セツナさん、魔導師だったんすね……。
4日探しても見つからなかったメティスを
5匹倒してキューブに入れ、あっしの依頼も完了したっす。
セツナさんもあっしも、依頼を達成したこともあって
気分よく、城下町のギルドに戻って依頼完了の報告をしたでやんす。
あっしは、キューブをギルドの受付に渡し報酬をもらい
セツナさんも、薬草をギルドの受付に渡していたでやんす。
セツナさんが、受付に渡した薬草を見て
あっしが驚いたのは、薬草の土や汚れが綺麗に洗われており
なおかつ、5枚ずつの束にわけてあったでやんす。
18歳といえば、血気盛んな年頃っす。
そんな事にまで、気が回る若者はあんまりいないっす。
特に冒険者になる若者は、血の気の多いやつが多いでやすから。
一攫千金を夢に見て、ひたすら突っ走る若者が多いっすよ
セツナさんとは違う意味で、地に足が着いてない状態っすよね。
そういう若者に限って……人の忠告を聞かないのが多いでやんす。
そういえば、最初からセツナさんは
落ち着いた雰囲気の人だったっすね……今更でやんすが……。
ギルドのマスターが「おお、お前できるな!」と
褒めていたっすよ。褒められて、セツナさんは少し照れたような笑いを
浮かべていやしたが、あっしもなにやらうれしくなったっす。
きっと、基本ポイントにボーナスポイントがついたっすね。
報告が終わり、助けてもらった挙句依頼を手伝ってもらったので
報酬の半分を、セツナさんに渡そうとしたら断られたでやんす……。
セツナさんいわく「人生の授業料を体で払ったと思ってください」と少し
やんちゃそうな笑顔で、あっしを見ていたっすよ。
あっしは、セツナさんの気持ちをありがたく頂きやした。
本当なら、助けてもらったお礼をしなければならないところなんでやんすが……。
別れ際にセツナさんがあっしに
「いつか、ジゲルさんが有名な冒険者になったら
僕とまたお酒を飲んで下さい」と言ってくれやした。
その言葉にあっしは、胸が一杯になったっすよ。
現実は何も変わっていないっすが、セツナさんと出会って命を助けてもらいやした。
依頼も達成することができやした。
それだけでも、あっしには着実に1歩進んだような気がしたでやんす。
いつか有名になって、子供と会うこと。そしてセツナさんとお酒を飲むこと。
あっしの目標がひとつ増えたでやんすが、それはとても嬉しい事だったでやんす。
読んでいただき有難うございました。