表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 杜若 : 音信 』
123/126

『 風と共に 』

* アルト視点

 俺はじいちゃんの墓碑の前で、旅に出る事を告げた。

明日、ノリスさんやサイラスさん達が見送りに来てくれる予定になっていたけど

師匠は、今日リペイドを出る事に決めたみたいだ。


本当は数日前には、リペイドを離れる予定だったのに

出発できないでいるのは、見送りに来ている筈なのに引き止めようとする

エリーさんや、ソフィアさんに色々頼まれて断る事が出来なかったから……。


「気持ちは嬉しいんだけどね……」と困ったように笑う師匠を見て

師匠も俺と同じように、ここから離れる事を淋しいと思っているのかなと考えた。


師匠がじいちゃんの側に置いた、石の椅子に座りながら

俺は、じいちゃんからもらった手紙を読み直していた。


初めて読んだ夜は、涙がでた。

じいちゃんの声が聞きたかった。逢いたかった。

それだけが、俺の心を占めていた。


2度目に読んだときに、何かがおかしいと思った。

何がおかしいのか……その時にはまだわからなかった……。


そして今、俺はもう1度じいちゃんからの手紙を読んで

何が心に引っかかっていたのか、やっと気がつく事が出来た。


気がつくきっかけは、師匠の言葉。


『本当は、ちゃんと顔を見て(・・・・)挨拶したかったんだけど……。

 後で、手紙(・・)で謝罪しないとね』


ちゃんと顔をみて……。

手紙で……。その言葉に俺の鼓動がはねた。


じいちゃんからの手紙は、ギルドマスターから貰った。

どうして……じいちゃんは、ギルドマスターに手紙を預けていたんだろう。


ずっと俺達の側に、じいちゃんは居たのに……。

わざわざ、ギルドマスターに手紙を預ける必要なんて無かったはずなのに。


手紙に、水滴が1つ落ちた。

頭の中をよぎったのは、じいちゃんから教えてもらった獣人の特徴。

その話を聞いたときは、そういうものなんだとしか思わなかった。

寿命の事を言われても、俺にはまだよく分からなかったから。


-……。


1つの事に気がつくと

次から次へと、俺が気がつかなかった真実が見えてきた。


じいちゃんからの依頼の本当意味。

その依頼を選んだ俺に、師匠が言った言葉の意味。


依頼の期限が、なぜ曖昧だったのか。

じいちゃんが、ギルドマスターに手紙を預けた理由。


そして……じいちゃんと師匠が突然戦った理由……。


じいちゃんは(・・・・・・)自分の寿命を(・・・・・・)知っていたんだ。

きっと、師匠も全て知っていた。俺だけが知らなかった。


そして、俺は気がつかなかった……。


俺は……じいちゃんの役に立っただろうか?

依頼の本当の意味を、履き違えていた俺は

じいちゃんが本当に望んでいた事を、できていなかったんじゃないだろうか……。


俺は、じいちゃんと出会えて幸せだった。

だけど……じいちゃんは違ったかもしれない……。


俺は……。


「うぅ……」


背中を折り曲げて、歯を食いしばって泣く俺の背中に

暖かい手が置かれる。


その手の持ち主が誰かなんて、今更振り向かなくてもわかった。

俺は、胸のうちにあるもの全て吐き出すように1人で話す。

師匠は、黙って俺の背中をさすってくれながら聞いていてくれた。


「俺は……何もできなかった。

 じいちゃんは、幸せじゃなかったかもしれない」


そういう俺に、師匠がはじめて口を開いた。


「アルト、ラギさんは何時もどんな表情で居た?

 悲しそうな顔をしていた? それとも怒っていた?」


師匠の言葉に、俺は俯いたまま首を横に振り答える。


「じいちゃんは、何時も楽しそうに笑ってた」


そう告げる俺に、師匠は静かに

「そうだね。アルト、それが答えだよ」と俺に言った。


俺は顔を上げて、師匠と視線を合わす。


「ラギさんが笑っていたのは

 アルトが、ラギさんのそばに居たからだよ」


「俺が居たから?」


「そう。アルトが居たからだ。

 それとも、手紙に幸せじゃ無かったって書かれていた?」


師匠の言葉に俺は目を見開く。

その瞬間、涙が地面を濡らした。


「手紙には……幸せだったって書かれてた」


「アルトが見てきたラギさんと

 手紙の内容は、同じものだったんだね?」


俺は、師匠の目を見て頷いた。

楽しそうに笑うじいちゃん。そう、じいちゃんはいつも笑ってた。

それは、幸せだった証……。


師匠が導き出してくれた答えが、俺の胸の中にあった

後悔や不安を、消してくれる。


「師匠は……知っていたんでしょう?」


俺の問いに、師匠ははっきりと頷いた。


「どうして教えてくれなかったの?」


教えてくれていれば、俺はもっと何か出来ていたかもしれない。


「依頼というのは、そういうことも含めて選ばないといけない」


師匠の告げた答えは、正論で俺は何も言い返すことが出来なかった。

依頼を選んだのは俺で、受けたものも俺だ……その責任は俺にあるのだから。


「じいちゃんは……俺が依頼の内容を間違っていた事を知っていたのかな?」


「知っていたよ」


「……どうして、教えてくれなかったんだろう」


「僕が口止めしたから」


「……」


何も言い返すことが出来ない俺を、師匠は唯黙って見ていた。


「俺が、あの時ちゃんと依頼の内容を確認していたら

 師匠は教えてくれた?」


「そうだね、聞かれたら答えていたね」


「……」


師匠の返事に、全ては俺が至らなかったからだと

そう結論付けた。師匠に恨み言を言いたい気持ちはある。

どうして教えてくれなかったのと、叫びたい気持ちもある。

だけど……それは違うんじゃないかと思った。


それに……。

知らなくてよかったとも思った。

もし知っていたら、俺はじいちゃんの前でちゃんと笑えたかわからない。


黙り込んでしまった俺の頭を、軽く撫でて師匠が俺の側から離れる。

俺は、師匠の後を追うことはせず、じいちゃんと心の中で話す。


じいちゃんと話しながら、俺は心の中を整理していく。

どれほど時間が過ぎたのか、分からなくなるぐらい俺はじいちゃんと話していた。


話すことが尽きたと同時に、俺は立ち上がり

ここを離れたくないという想いを振り払って、じいちゃんが眠る墓碑から離れた。


後ろを振り向かないように、前を向いて歩いていると

師匠が門の前で立っていた……。


俺と離れてから、ずっとあそこで待っていてくれたんだろうか……?

きっと、待っていてくれたんだと思う。


じいちゃんからもらった家に、誰も入る事が出来ない魔法をかけると

話していたから、もう家の中には入れないんだろう。


最近、師匠は少し変わったような気がする。

変わったといっても、性格や優しさというものが変わったのではなくて

俺に対する態度が少し変わった。


今までも、師匠は俺が何をしても急かす事はしなかったけど

何時も俺の隣に居てくれていた。

それが今は、俺が何か深く考えているとそっと俺の側から離れていってしまう。


なのに、俺がじいちゃんの事を思い出して泣いていると

先ほどのように、知らない間に俺の側に居て俺が泣き止むまで居てくれる。


なぜ今までのように、ずっと側に居てくれないのだろうと思いながらも

その理由を、師匠に聞く機会が無かった。


次の目的地は、サガーナ。

リペイドからは、結構距離があるみたいだから

師匠とゆっくりお話が出来そうだった。久し振りに2人きりの旅だ。


じいちゃんを残していくのは、とても辛いけれど……。


俺は一瞬俯きかけるが、俺に気がついた師匠がこっちを見て優しく笑う。

その顔に励まされながら、俺は新しい世界へ一歩踏み出した。



読んでいただき有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ