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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 松虫草 : 無からの出発 』 
12/126

『 僕とリストラ冒険者 』

「あっしはね、セツナさん

 もともとは、キリーナ商会の従業員だったんでやんす」


「お勤めされていたんですね」


日本で言うところの、サラリーマンなんだろうな。

僕が、コップに注ぐお酒をちびちび飲みながら

ジゲルさんがポツリポツリと、呟くように話していく。


「汗水流して、妻や子供を後回しにして

 仕事に打ち込んでたんでやんすよ。いい給料を持って帰ったら

 家計が楽になるだろうし、あっしが頑張れば

 キリーナ商会も、もっと発展するとおもったでやんす」


焚き火で照らされた、ジゲルさんの顔には

なんともいえない表情が浮かんでいた。


「それがです、それがですよ? 首になったでやんす」


「え? どうしてですか? 何か重大なミスを?」


「あっしが、犯したミスで首になるのなら納得できるでやんすが……。

 ただ、人員削減のために人数を減らしたんでやんす」


所謂リストラにあったんですね……。


「首になって家に帰って、それを妻に伝えると離婚されたでやんすよ。

 子供も連れて、実家に帰ってしまったでやんす」


そういうと、ぼろぼろ涙をこぼし、涙をこぼしたことに気がつくと

コップに入っている酒を、ぐっと一気に飲み干した。


「おかわり、もらえるでやんすか?」


僕はひとつうなずくと、ジゲルさんにお酒を注ぐ。

僕がお酒を注ぐのをじっと見て、コップにお酒が満たされると

ジゲルさんはまた、話し始めた。


「商会のために働いて、家族のために働いて、働いて、働いてやしたのに

 今のあっしの現状は、余りにも酷いとおもいやせんか……」


「……」


「妻が出て行った後、思ったでやんすよ。

 どれだけ努力しても、簡単に首になるのなら人に使われない仕事をしようって」


「あぁ、だから冒険者なんですね」


「そう、あっしは、1ヵ月前に冒険者になりやした。

 最初は色々夢見てやした。魔物をバタバタと殺し、依頼をホイホイこなして

 男を上げて子供に逢いに行こうって! それが、この有様でやんす……」


そう言って、ジゲルさんは深いため息を吐いた。


「まだ、はじめたばかりじゃないですか

 僕もまだはじめたばかりです。落ち込むのは少し早いですよ」


慰めるように声をかける僕に、ジゲルさんは首を横に振って


「あっしには、むいてない職業でやんす……。

 だけど、今更引き返せないでやんす」


「そんな……」


言いかけた僕を、目を向けることで黙らせ、ジゲルさんが淡々と話す。


「セツナさんが何故冒険者になったのかは、あっしにはわかりやせんが

 あっしら、勤めていた人間が冒険者になるには

 給料の3ヵ月分ぐらいの、初期投資が必要でやんす」


僕は黙って、ジゲルさんの話を聞く。


「あっしからみると、セツナさんの装備は最高の部類に入る装備でやんす。

 着ている服も持っている剣も、上級の魔法がかかっているでやんすね?」


そうたずねられるが

僕はカイルからもらったものだから、値段などは余り意識していなかった。


「そうなんですか? これは全て……僕の兄からもらったものなんです」


僕とカイルの関係を、詳しく話すつもりはなかったので

兄ということにしておく。

あながち、間違ってはいないとおもう。親友であり、兄みたいな人だから。


「お兄さんは、とてもセツナさんの事を大切に思ってくれているんでやんすね

 その服1枚で、家族4人の一般家庭が、1年以上は食べていけるほどの金額でやんすよ?」


そう告げられて僕は絶句する。

僕はまだこの世界の物価というものが、頭に入っていない。

驚いている僕に、ジゲルさんは言葉を続けた。


「あっしが着ている鎧や、持っている剣は

 駆け出し冒険者が、最低限準備しなきゃいけない装備でやんす。

 いい防具というのは、強力な魔法がかかっていたり

 動きやすい材料で、作られていたりするでやんす」


ジゲルさんは、僕を見るとふっと笑い


「見た感じセツナさんは、お金の価値に少し疎いようにみうけられるでやんす」


「……どうしてそう思われますか?」


僕は何かへまをしただろうかと、内心冷や汗を流す。


「いや、あっしはセツナさんを責めているわけじゃないっすよ。

 若い頃は、そんなことを気にしないで生きているもんでやんす。

 ただ、早いうちに知っておいた方がいいでやんす」


「はぁ……」


何を? と聞きたいが……聞けない雰囲気が漂っている。

ジゲルさんの目が、すわっているからだ……。


「将来、セツナさんも家庭を持つことになるんっすから!

 人生の先輩として、あっしが教えてあげるでやんすよ」


そういうと、ジゲルさんは僕に ”現実 ” というものを教えてくれた。


このときのジゲルさんの話は、僕にとってはいい経験になった。

日本で暮らしていたときも、働いたことなどなかったから……。


「いいでやんすか? 一般家庭そうでやんすね

 両親に子供2人の家族が、苦労せずに暮して行こうと思ったら

 金貨3枚ぐらいが理想でやんす」


月給30万円が理想と……。


「大体、日給にすると、銀貨1枚でやんす

 まぁ、一般家庭の平均月収は、金貨2枚と銀貨6枚、前後っすけどね。

 足りない分は、奥さんの腕の見せ所っていうやつでやんす」


ジゲルさんは、僕を見てニヤっと笑う。


「……」


「それに比べて、駆け出し冒険者の平均月収は金貨4枚と銀貨5枚でやんす」


「一般家庭と比べて、金貨1枚もおおいんですか?

 それなら、みなさん冒険者になった方がお金を稼げるんじゃないんですか?」


僕が、思ったことをそのまま口にすると

ジゲルさんは、首を横に振った。


「確かに、冒険者の給料は破格でやんすが……。

 安定してないって所も計算に、入れないといけないでやんす。

 それに、口で言うほど簡単には冒険者にはなれないでやんすよ」


「そうなんですか?」


僕は、依頼をこなす能力さえあれば冒険者になれると思っていた。

確かに、今回はちゃんと薬草を採ることが出来たけれど

何時も、生えているとは限らない。ジゲルさんの例もあるし……。


依頼が達成できないと、報酬がもらえない上にペナルティが加わる。

そういう点から言うと、誰でも冒険者になれるというのは無理があるかもしれない。


この時の僕は、ただ単に依頼の達成、未達成の部分でしか判断していなかった。

そんな僕に、ジゲルさんは切々と冒険者の有様を語った。


「冒険者の日給は、大体銀貨1枚に半銀貨1枚ってところでやんす」


駆け出し冒険者の、日給が15000円……。


「銀貨1枚に半銀貨1枚、高いと思いやすか?」


そう聞かれて僕は、素直にうなずく。

僕自身、アルバイトなんてしたことはないけれど

鏡花がアルバイトしていたときに、時給900円で10時間で9000円。

15000円は、高いんじゃないかと思った。


「セツナさんは今どこで寝てるでやんすか? 野宿っすか?」


「いえ、僕は宿屋に泊まってます」


「その宿屋は、1泊いくらでやんすか?」


「夕食つきで、半銀貨1枚ですね。食事なしで銅貨4枚です」


「冒険者と、冒険者じゃない人の違いはそこらへんもあるでやんすよ。

 冒険者でも拠点を、持ってる人もいるでやんすが……。

 大体の人は、宿屋で泊まったり、ギルドの経営する宿泊所にとまるでやんす。

 そうすると、銀貨1枚と半銀貨1枚から、セツナさんの例を取って

 宿屋の代金を差し引くと、銀貨1枚が手元に残るでやんす」


日給が15000円、宿屋の値段が5000円、残金が10000円……。


こちらの、お金がまだなじんでないせいもあって、日本円にして換算する。


「手元に、銀貨1枚が残るでやんすが……。

 雑費はいまは考えないとして、朝食と昼食がいるでやんす。

 朝食を十分銅貨5枚、昼食を十分銅貨8枚とするでやんすよ

 すると、1日生活するのに、半銀貨1枚に銅貨1枚と十分銅貨3枚でやんす」


朝食と昼食で、1300円。

宿代と合わせて、1日6300円……手元に残るのが8700円……。


「残りが、半銀貨1枚、銅貨3枚、十分銅貨7枚残りやす。

 駆け出し冒険者でも、これだけ稼げれば、稼げない日の貯蓄を少ししたとしても

 酒場で毎日酒を飲んで、綺麗なおねーさんがたと遊ぶこともできそうっすよね?」


僕はまた素直にうなずく。

綺麗なおねーさん、うんぬんはともかく

朝食も昼食ももっと高いものを食べても、お釣りがくるようなきがする。


ジゲルさんは、ここで俯き……お酒のはいったコップを見つめながら

ぽそりと言った。


「あっしも、最初はそうおもってたんでやんすよ……。

 ギルドからお金を借りたとしても、すぐに返済して

 後は自分の思う通りに、事が運ぶとおもってたんでやんす」


「ギルドにお金を借りる?」


僕の質問に、うなずいて言葉を続ける。


「最初に話したと思いやすが、冒険者になるには給料の3か月分ぐらいの

 初期投資が必要になるっす。大体、金貨9枚でやんすね」


その金額に僕は驚く。僕の表情を見てジゲルさんは


「そう、大金っすよね? それでも最低金額なんっすよ?」


金貨9枚といえば、90万円だ……。


金貨9枚の、内訳はこうなるらしい。

ジゲルさんの用意したものを教えてもらった。


剣が  金貨2枚

盾が  金貨1枚と銀貨5枚

防具  金貨4枚と銀貨5枚(篭手・靴・鎧)

道具類 金貨1枚


「冒険者になるために、短期の仕事をこなしてその資金をためる人もいるっすよ。

 しかし、大体があっしみたいな

 ギルドからお金を借りて必要なものを用意するっす。

 セツナさんみたいな方もいるっすけどね」


黙って話を聞いている僕に、ジゲルさんは続けて言う。


「ギルドからお金を借りると、30日に2割の利息を取られるでやんす。

 頭金を用意して借りる人もいやすが、そこら辺は個人によってちがうでやんす。

 あっしの場合は、金貨9枚、丸まる借りたっすよ」


甘く見てたっす……そういうと、少し疲れたような顔をするジゲルさん。


「頭金なしの場合、宿屋で夕食をつけて朝食と昼食をとると、さっき計算した感じで

 手元に残るのが、半銀貨1枚、銅貨3枚、十分銅貨7枚、それを全て返済に充てたとして

 大体……。大体137日かかるっす……。

 あっしの場合、大体30日として残金が、金貨6枚、銀貨3枚、半銀貨1枚、銅貨4枚

 残ってるっす」


63万9千円……。


「そこに、ギルドからの利息2割が足されるっすから……。

 金貨7枚、銀貨6枚、半銀貨1枚、銅貨1枚、十分銅貨8枚っとなるっす」


76万6千8百円……。


「毎日きっちり、半銀貨1枚、銅貨3枚、十分銅貨7枚返せればいいっすけど

 そうもいかないっすよね……?

 朝食と昼食を抜いて、借金を返したとしても、119日かかっるっす

 才能がある人でも、最低3ヶ月は返済するのにかかるっすよ……」


僕は、冒険者になるのがこんなに

シビアなことだったとは、想像していなかった。

簡単に武器や防具を手に入れ、誰でも簡単に冒険者になれると思っていたから。

武器も防具も消耗品だ、手入れも必要になるし使えなくなることもあるだろう。

そうなるとまた、お金がかかる。


そう僕は、まだここで本当の意味で生活するということを

理解していなかった。


考えてみれば、それは当たり前のことだ。

冒険者の稼ぎがいいのは、自分の命や体を商品にしているからだ。

危険や死ととなりあわせだからだ、その資本となる体を守るものに

お金がかかるのは当然だし、お金が空から降ってくるわけでもないのだから……。


この世界は、小説やゲームの世界ではないということを

僕は、ジゲルさんの話を聞いてやっと心から理解したのだった。


少し落ち込んでいるジゲルさんの、コップにお酒を注ぎ

自分のコップにもお酒を足す。

僕はコップを見つめながら、誰に言うでもなくぽそりと言葉が漏れた。


「僕は……兄さんから、防具も武器も当面の生活費ももらいました。

 僕は、とても恵まれていたんですね」


カイルは僕が困らないように、心を砕いてくれていた……。

僕は、この世界の人がするであろう

苦労と努力をせずに色々なものを手に入れた。罪悪感なんて感じないけれど

ただ、僕のことを考えて用意してくれたカイルと、病気の僕を生かすために

苦労してくれた両親を思って、胸が熱くなった。


「生きていく、生活するということは

 本当に大変なことなんですね」


僕がそう呟くと、ジゲルさんが苦笑いをしながら答える。


「大変っす! だけどあっしには、子供がいるっすからね!

 子供に逢いに行くためにも、ここで負けられないでやんす」


ジゲルさんは、僕に言っているわけではなく

自分に言い聞かせるように、自分を鼓舞するように言葉を吐き出した。


そんなジゲルさんが、とても逞しく見えた……のだが……。


その後は、ジゲルさんの子供さんがどれだけ可愛らしいかとか

奥さんが怖い人だったとか、自慢と愚痴が入り混じったジゲルさんの話を聞きながら

夜が更けていったのだった。



読んでいただきありがとうございます。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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