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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 杜若 : 音信 』
119/126

『 風が生まれた場所 』

* ギルドマスター視点

 見た目と内面が違うやつは、結構いるが。

セツナという青年は、それに輪をかけて違っていた。


あの見た目にだまされる奴は、多いのではないかと思う。

冒険者として生計を立てているが

初対面の人間は、セツナを冒険者とは思わないだろう。


丁寧な言葉遣いに、優雅な動作。

そのうえ、簡単にはお目にかかることが出来ないぐらい

整った容姿をしていやがる。


甘く優しい顔つきに、見とれている女は正直言って多い。

セツナは、気がついているのかいないのかは……分からないが。


あの穏やかそうな顔の裏にある、黒い何か……。

俺は、牢屋の中に放り込まれている40人以上のならず者達を目の前にして

ため息をついた……。


また増えている。先ほど、セツナがアルトと報告に来たときは

40人はこえていなかったのだ。数日前から、増えなかった事もあり

そろそろ、終わりかと思っていたのだが……。


普通牢屋に入れられれば、暴れるなり文句を言うなりするものなのだが

誰一人として暴れている者はいなかった。


暴れるどころか、どこか安堵した表情を浮かべ蹲っている。

何があったのか聞いても、顔を青くするだけで答えようとしない。

余程酷い目にあったらしい……。


冒険者達の間での、セツナの評価は臆病者というものだった。

依頼掲示板で受けようとした依頼がかち合った場合

セツナは必ず相手に譲るのだ。


それが、相手に恐れをなして言い返すことが出来ないと

考えている冒険者達が多かった。


俺は、セツナになぜすぐ譲るんだと聞いたことがある。

セツナは、特に表情を変えることなくこういった……。


『他にも、依頼はありますし特にその依頼に拘っている訳でもないので

 出来る依頼が限られている人に、譲るほうがいいんじゃないかと。

 それに……言い争いは面倒じゃないですか。そんな暇があるのなら

 違う依頼を見つけたほうが、時間の無駄にならない』


きっと、この言葉を聞いている奴がいたら

逆上しそうな事を、平気で口に乗せるセツナだった。


こんな感じで、セツナは自分の噂や評価など一切気にしていなかった。

だから、あの事件がおきた。


セツナが、気が弱く脅せば言う事を聞く人間に見えていたのだろう。

素行が悪いが、最近名を上げてきていたチームがセツナに絡んだのだ。


最初は、セツナも無視していたが

セツナが何も言わない事に調子に乗った者達の

言動はだんだんと酷くなっていく。


そして……『獣人と一緒に住むなんて、獣くさくなかったか』

メンバーの1人が、この言葉を吐いた瞬間セツナが動いた。


俺が、男達を注意する暇も与えずセツナが魔法を使った。

その魔法は洗練されていて、詠唱も一瞬だ。

セツナに絡んでいた奴らは、受身を取る暇もなく床に叩きつけられていた。


5人全員が、一斉に床に叩きつけられた事もあり

その衝撃と音は、周りを注目させるのに十分だった。

その前から、注目は浴びていたが……。


そして、全員がセツナたちに注目した瞬間……。

その場の全員が、セツナから距離を取り離れた。


セツナが纏う殺気に、反応したのだろう。

セツナから距離をとることが出来たのは、冒険者として刻まれたもの

戦いの中に身をおくものが取れる行動だ。

だが、その次の行動が恐怖で阻害されていた。


新米たちは、震えながら腰を抜かしている。

中堅の冒険者達も気力で、武器に手をかけている者もいるが

抜く事が出来ないほど、手が震えている。


誰一人、息をつく事も許されないほどの殺気……。

この仕事について、いろいろな事を経験してきていたが

俺も、ここまでの殺気を浴びたのは初めてだった。

情けない事に、俺も恐怖で体が震えるのを止める事が出来なかった。

それでも、あの殺気をまだ抑えていたというセツナに

俺の側で喧嘩をするなと言ったのは、俺の本音だった。


セツナの殺気は、絶望の色だ。

冒険者や傭兵であるならば

殺気を感じたら、殺される前に殺せと体が反応するように出来ている。

それが……セツナの殺気は、体が反応を許さない。


その場に、存在する事を許そうとしない殺気……。

その中で、無常に響く5人の男達の悲鳴と骨を砕く音が部屋を支配する。


圧倒的な力で、他の者達の精神も蝕んでいく。

そう……セツナの放つ殺気に耐え切れず

自分で自分を殺そうという衝動にかられそうになる。


新米達が危ない。そう思った瞬間

セツナが顔を上げ、周りを見渡した。

俺は、必死でセツナの名前を呼ぶ。


俺に顔を向けたセツナが、俺の様子を見て殺気を消し

同時に、張り詰めていた糸が切れたように次々と荒い息を吐きながら

冒険者達が床に座り込んだ。俺はかろうじて立っている状態だ。


腹に力を入れ、セツナに告げる。

『ギルドでの殺しはご法度だ』何時もならば、ここで終わっていたはずだ。


だが……。


セツナは男の襟首をつかむと、ゆっくりと出口の方へ引きずっていく。

その意図が分からず、セツナに声をかけると返ってきた答えは最悪だった。


『ここで殺すのは駄目なんでしょう?

 外に連れて行って殺します』


ここまで来て、俺はやっと理解する。

セツナにとって、ラギという獣人は特別な人になっていたのだろう。

だから、何時もなら自分の感情を完全に制御できるセツナが、哀しみの余り

その制御を狂わせているのだと……。


全身の骨が折れて、抵抗する事が出来ない男を引きずり歩くセツナ。

必死に命乞いをする男をセツナが見た瞬間、周りの冒険者達が声を詰まらせたような

悲鳴を上げた。


俺からは、セツナの表情が見えなかったが……。

見えなくてよかったかもしれない。


とにかく、セツナを止めなければいけないと思い。

受付から飛び出し、セツナの前に立ちギルドマスターとしての権限で

この場を、取り仕切る。


それでも、男から手を離さないセツナに俺は諭すように話す。

何かに耐えるように、何かを押し込めるように深く深呼吸をしてから

セツナは男から手を離し、俺に謝罪した。


罰として、男達の骨折の治療を頼んだが

渋々という感じで治していた姿に、苦笑が浮かんだ。


もう一度俺に謝罪し、周りに謝罪したセツナが出口に向かう。

その背中に、俺はセツナに枷をかける為に口を開く。


『セツナ、賊達は殺さずにギルドにつれてきてくれ』


普通ならこんな言葉は言わない。

殺しにかかってくる相手を、殺すなということは

死ねといっているようなものだ……。


だが……。

セツナの、感情の制御が狂っているままに人を殺すのは

止めたほうが言いと、何かが告げていた。


セツナは俺を見つめた後、是とも否とも答えなかったが

きっと、俺の言葉を無視する事は出来ないだろう。


俺は、床で気を失っている奴らを治療院に連れて行くように

後から来た冒険者達に依頼をし、あちらこちらに座って動けなくなっている奴らに

声をかけてまわった。


『マ……マスター……彼は、何者だ?』


1人の冒険者の疑問に、全員が俺のほうを向いた。


『お前ら、もうあいつに絡むのは止めておけ。

 あいつは、強い。月光から勧誘が来るほどの冒険者だからな』


月光と聞いて、誰もが息を呑んだ。


『……あんな殺気を当てられて、絡めるはずが無い……』


『体を動かす事も出来なかった……』


体を震わせながら、恐怖を言葉にして体から吐き出す冒険者達。

ゆっくりと落ち着きを取り戻し、同じチームの新米達に手を貸しながら

出て行くもの、まだ座り込んでいる者に

手を貸すものなど、やっと動き始めたのだった。


俺は、牢屋から受付に戻り。

先ほど、セツナが置いていった手紙を眺める。

月光のアギト宛の手紙。これに俺のサインを入れて送る事になっている。


久し振りに顔を見せたセツナは、最後に会ったときよりも痩せていたが

それでも、彼の顔つきは以前と同じで落ち着いた表情に戻っていた。


落ち着きを失っていたのは、周りの冒険者達だったが……。

まぁ……仕方がない事だろう。


アルトから報告を受け、アルトの話し方が変わった事に少し驚き。

アルトもアルトで、何かを掴んだのだろうと聞くことはしなかった。


ラギ氏の依頼が、2人にとってとても大切な経験になったんだろうと感じた。

新しくチームを作り、外に飛び出していく彼等の背中に頑張れと

心の中で、呟く。


彼等のチーム名は " 暁の風 " " 月光 "と並び立つチームになるのは

もう少し先のはなしだ……。







読んでいただき有難うございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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