『 星空 』
* ノリス視点
馬車はゆっくりと、僕達の家に向かっていた。
朝から、信じたくない事ばかりだった一日が終わろうとしている。
僕の隣に座っているエリーは、俯いてうなだれてしまっている。
そういう僕も、エリーを慰めてあげられるほど心に余裕があるわけでもなかった。
ギルドに依頼したことでセツナさんと出会い
セツナさんと出会ったことで、アルト君とラギさんに出会った。
エリーがアルト君とラギさんと仲良くなり
僕達は結構頻繁に、ラギさんの家に行く事になる。
途中からエリーが、ソフィアさんを誘い3人で行く事になったのだけど。
僕達が遊びに行っても、何時も暖かく出迎えてくれるラギさん。
たまに、アルト君と考え出した悪戯に引っかかる事はあったけど
それもまた、楽しい出来事だった。
僕もエリーもまるで、親の元へ遊びに行くかのような
錯覚にとらわれることもあったのだ。種族が違うというのに……。
ラギさんが居た場所は……それほど僕達にとって居心地がよかったのだ。
寂しいと思ってしまうのは……当たり前のことだった。
「ノリス……セツナ君……大丈夫かな……」
エリーが俯いたまま、ポツリと呟く。
「セツナさんは、強いからね。
きっと大丈夫だよ……」
「でも……あの家で……1人だわ……」
「駄目だよエリー、国王様から命令されたんだ
国王様の命令を破っちゃいけない……」
「……わかってるよ。
私達が行って、怪我でもしたら
きっと、セツナ君が悲しむもの……」
そう言って、またエリーは口を閉ざした。
ラギさんの葬儀が終わり、僕達はアルト君をお城まで送ることになった。
城の前で帰ろうとしていたら、国王様に呼ばれたのだ……。
緊張しながらも、部屋に通され、玉座を中心に左右に
この国の偉い人達が並んで立っていた。
ユージン様が、国王様に色々と報告をした後。
国王様が、淡々と話していく。正直、僕達にはわからない事もあった。
セツナさんがサイラス様に求める対価。
この話については、僕達は余り深入りしないほうがよさそうという事で
口を閉じ、黙って成り行きを見守っているだけだった。
国王様がサイラス様に命じた事は
ユージン様の第一騎士を暫く外れ
セツナさんの願いを聞き届けるようにと言うことだった。
ユージン様は、勝手に決めないで欲しいと怒っていたが
サイラス様は、国王様にこう答えていた。
『私は、セツナとの約束を果たすべく尽力しようと思います』
サイラス様の返事に、ユージン様が何かを言おうとしたとき
国王様がそれを止め、後で2人で話し合ってそれでも納得できないようなら
異議を申し立てよと仰り、その話はそこで終わったのだ。
謁見が終わってから、サイラス様とユージン様とキース様が何か話していたが
サイラス様の話を聞き終わった後の、ユージン様とキース様が今のエリーと
同じようにうなだれ、少し落ち込んでいたように感じた。
セツナさんの願いとは、アルト君をセツナさんに近づけない事だった。
どうして、そのような事を頼むのかと不思議に思っていたけれど。
国王様が僕達に話した事実に、僕達は愕然とするしかなかったのだ。
「セツナがアルトを迎えに来るまで
サイラス及びノリス、エリー、ソフィアに対しても
セツナに近づく事を禁じる。もちろん、ユージン、キースお前達もだ」
国王様からの命令。それは絶対守らなければいけない。
僕とエリーは明日、セツナさんを尋ねる予定でいた。
だから……僕は勇気を出して、国王様に告げたのだ。
「どうして、セツナさんに会いに行ってはいけないんでしょうか。
僕とエリーは明日、セツナさんの片付けのお手伝いをする予定でいました」
「セツナはそれを断らなかったか?」
「……断られました」
そう、セツナさんには断られていた。
だが……それが、遠慮しているものだと思っていたし
それに……今まで笑いが耐えなかった家に1人で居るのは
きっと寂しいと、僕もエリーも思っていたのだ。
「お前達が行ったとしても、足手まといになるだけだ
セツナを逆に煩わせる事となる」
国王様の言葉に、ぎゅっと拳を握り締める。
そんな僕の様子をみて、国王様は少し優しく僕に語りかけてくれた。
「ノリス……。お前の気持ちは私もよく分かる。
だがな……お前達の言う片付けと、セツナの言う片付けは違うのだ」
「……どういうことなのでしょうか……」
「セツナの言う片付けとは……。
依頼人だった人物の家を狙う、強盗及び冒険者達を始末することだ」
国王様の言葉に、僕だけでなく今日一緒に行動した全員が息を呑んだ。
「セツナから依頼の話は聞いただろう。
あの依頼は長い事、掲示板に貼られていたらしい。
私が治める国で、そういうことがあるのは悲しい事だが……。
私ができる事は、見回りを強化させることぐらいなのだ」
「そんな……」
「セツナは、家の周りに強力な魔法をかけると言っていた。
その魔法にもし、お前達がかかるような事があれば
きっと、セツナは悲しむだろう」
「……」
「セツナがアルトを城に預けた理由は
アルトにその場面を見せたくなかったからだ。
大切な人を亡くし、傷ついているアルトに財産を狙うように
群がってくる人間を、セツナはアルトに見せたくなかった」
全員が、全身を耳にしながら国王様の話を聞いている。
「アルトは、奴隷だったらしい。
反抗し、奴隷商人に殺されるところをセツナが助けた。
親に売られ、人間からひどい扱いを受け
最初は、人間を憎んでいたそうだ」
僕の隣で、エリーが涙を流す。
「セツナと出会い、少しずつではあるが
人間ともかかわりを持つようになってきた。
それが、ノリスやエリーそしてソフィア……お前達だ」
僕は、サイラスさんの腕の中で
眠ったままのアルト君に視線をやる。
「人間を認め始めたアルトに
セツナは、人間の汚い部分を今は見せたくなかったのだろう」
「……」
「お前達が傷つけば、どうして傷を負ったのかという話になる
それは、アルトも傷つける事だ。だから、私の命令を持って
セツナに近づく事を禁じる。いいな?」
僕とエリーだけではなく、ソフィアさんもはいと返事をする。
サイラス様達も例外ではなく、騎士の礼と一緒に返事をしていた。
「ノリスとエリーには、仕事を申し付ける。
アルトがこの城に滞在している間、アルトの部屋に花を届けるように
その後は自由にアルトと過ごしてかまわない」
僕達は、思わず国王様を凝視してしまう。
そんな僕達に、国王様は優しく笑い頷いて下さったのだった。
ぼんやりと空を見ているエリーに声をかける。
「エリー、明日はどんな花をアルト君に届けようか」
「……うーん、元気が出るようなものがいいかな」
「明るい色にしようか?」
「うーん……面白いもののほうがいいかな……」
「面白いもの?」
「食虫植物とか……」
「……」
「余計悲しくさせそうだからそれは止めよう」
「そうだね……」
「奇麗なほうがいいよ、きっと」
「それじゃ……オジギソウとか……」
「確かに……珍しいけど
ちょっと……今は、寂しい光景に思えるから止めよう」
部屋の隅で、オジギソウを突付いてる姿を想像してしまった。
「……うーん……他に面白いものあったかな?」
「いや……面白いから離れようよ」
どこかずれた会話をエリーとしながら
新月で星が綺麗に瞬く夜道を、僕達は寂しさを胸に進むのだった。
読んでいただきありがとうございます。