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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ネリネ : 幸せな思い出 』
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『 黄昏 』

残酷な表現が出てきます。

 アルトを乗せた馬車を見送った後

僕は、ラギさんの家の周りに魔法をかけ、ギルドまで一気に転移で飛んだ。


この時間にしては珍しく、ギルドは賑わっていた。

僕は、ゆっくりと受付のほうへ進み、ギルドマスターのドラムさんに話しかける。


「アルトの依頼ですが、本日終わりました。

 ちゃんとした報告は、後日アルトからさせますので……」


挨拶もせずに、報告だけを口にした僕に

ドラムさんは少し驚きながらも、沈痛な面持ちで僕を見る。


「ああ……ご苦労だったな」


「いえ……」


「セツナ、これは依頼主であるラギ氏から預かっていたものだ」


そう言って、ドラムさんが一通の手紙を僕に差し出す。


「それと、依頼の報酬だがラギ氏は

 あの家と土地を、セツナとアルトに残した」


「……」


「家の中にあるものも、全て託すということだ。

 手続きはもう全て終わっている」


「……いつ……いつそんな……」


「建国祭が終わってから、数日たった頃だったか

 いらないなら、売ってもかまわないと言っていた」


「……売りません」


「そうだろうな、お前ならそういうと思っていた」


「……」


「ありがたく貰っておけ

 帰る場所があるというのはいいもんだ……」


-……帰る場所……。


ラギさんは、最後に僕とアルトに帰る場所を残してくれたのか……。

暖かい……思い出が残る……あの場所を。

なんともいえない気持ちが、胸の中に広がる。


そんな僕を見て、ドラムさんが心配するように声をかけてくれる。


「今日はゆっくりやすめ……セツナ

 お前……顔色が悪いぞ」


休むかどうかはともかく

ギルドでの用は済んだので、挨拶をして帰ることにした。


「ありがとうございます。

 今日はこれで失礼します……」


ドラムさんに踵を返し、入り口に向かおうとしたとき

5人ほどの男達が、僕の前に立ちはだかる。


僕が失礼と声をかけて横を抜けようとすると

肩をつかまれた。


「にいちゃん、あの獣人死んだんだろう?

 うまいことやったよな、俺達も依頼にいったのに断りやがった」


「……」


僕は、無視して帰ろうとするが

今度は腕を掴み、少し殺気を僕に当てながら話を続ける。


「結構、儲けたんじゃないのか?

 ちょっと俺達に融通してくれよ? 同じ人間の仲間だろう?」


「俺達が断られたから、ありつけた依頼なんだしよ?」


「にいちゃんが、何時もつれている獣人のガキをつかったのか?」


「獣人と一緒に住むなんて、獣くさくなかったか」


などと楽しそうに、笑いながら……話す男達。

この男達の態度や言葉に、ドラムさんが何かを言おうとする前に


僕が、風の魔法で男達の体を浮かせ……そのまま床に叩きつけた。

すさまじい音がし、ギルドに居た全員がこちらに注目するが。


次の瞬間全員が武器に手をかけ、僕から距離をとった。

新人の冒険者はがたがたと震えながら腰を抜かしている。


ある程度戦える冒険者も、顔を青くして震えながらも

いつでも武器を抜けるようにして、かろうじて立っているようだ。


細い糸を……ギリギリギリギリと引き伸ばしていくような緊張感が

ギルドの中を支配する。誰一人身動きすらできないようだった。


床に叩きつけた、チームのリーダであろう男が

蒼白になりながら、僕の顔を見て歯を鳴らしている。


僕の殺気が、この空間を暗く(くらく)暗く(くらく)染めていき

僕以外の人達が、呼吸を殺し僕の一挙一動に怯え、警戒していた。


僕は、男達に風の魔法で圧力をかけて行く。

きっと、男達にとっては重たい何かが体全体に乗っている感じだろう。


だんだんと重くなるそれに、男達は悲鳴を上げ叫ぶ。

そして、バキっという音がしたかと思うと1人の男が気を失った。


骨の折れる音が、響く、響く、響く……。それでも僕は魔法を緩めない。

このまま息の根を止めてしまおうと、止めを刺そうとした瞬間


「刹那っ!!」


カイルの声が、僕を呼ぶ。

僕は、瞬時に顔を上げ周りを見渡すがカイルの姿は無かった。


「セツナ!」


僕の後ろ、受付からドラムさんが僕の名前を叫んでいた。

ドラムさんが、僕を呼んだのだろう……。


僕は、ドラムさんに視線を合わせると

ドラムさんも、顔色を悪くし小刻みに震えている。


ドラムさんの顔を見て、少し冷静になり殺気を消す。

殺気を消した瞬間、次々と冒険者達が床に座り込み荒い息を吐き呼吸を整えていた。


ドラムさんも、息をつき僕をみて重々しい声で告げる。


「ギルドでの殺しはご法度だ」


「……そうでしたね……」


僕は、骨が折れて動けない男の襟首を掴むと

そのまま、引きずる。


重たいものを、引きずるような音が部屋中に響く。

誰も僕と男の間に入ろうとはせず、顔色をなくし呆然と眺めているだけだ。


そんな中、ドラムさんが慌てたように僕に声をかける。


「セツナ……何をしている」


「ここで殺すのは駄目なんでしょう?

 外に連れて行って殺します」


僕の返答に、まだ意識の在る男が必死に助けてくれと

泣き叫んでいる。僕は、その男を引きずりながらゆっくりと扉に向かう。


助けてくれと喚く男に、優しく笑いかけた。

すぐ殺してやると伝えるように……。周りで息を呑む音が聞こえ

カタカタと武器や防具が鳴る音が聞こえる。


暫く絶句していたドラムさんが、受付から飛び出し僕の前に立った。


「セツナっ! 

 この場は、このギルドのマスターである俺が預かる。

 ギルドでの闘争も禁止事項だ」


「……」


僕を諭すように、ドラムさんが言葉を口にのせる。


「セツナ、その手を離すんだ」


僕は、心の中に渦巻く何かを抑えるように

深呼吸をして、男から手を離した。


「……ご迷惑をおかけしました。

 申し訳ありません……」


謝る僕に、やっと安堵したような表情を作るドラムさん。


「いや、こいつらが悪い。

 だが、ここまではやりすぎだ」


「……」


「こいつらには、俺から罰を与える。

 ここを騒がせたお前にも罰を与える」


「わかりました」


ギルドの規約を破ったことは

罰せられるべきなので、素直に応じる。

だが……ドラムさんから出た言葉はとても意外なものだった。


「こいつらの骨だけでもつけてやってくれ」


「……僕がですか?」


「ああ、それがお前に対する罰だ」


罰だといわれれば、従わなければいけない。

受けるといったのは僕自身なのだから……。


少し腑に落ちないと思いはしたが

風魔法を使い、男達の骨をつないだ。

だが、肉体の損傷などは一切治さなかった。


そんな僕を見て、ドラムさんが苦笑いをしていたが

僕のしったことではない。死ぬ事は無いから

後は男達が高い治療費を払えばいい。


僕はドラムさんと、周りの人達を見てから

「お騒がせして、申し訳ありませんでした」と一言謝り

ギルドを出て行こうとした僕の背中に向かって

ドラムさんが声をかける。


「セツナ、賊達は殺さずにギルドにつれてきてくれ」


僕は振り向き、ドラムさんと視線をあわす。


「……ギルドの外では、関係ないのでは?」


「最近、盗賊団が暴れているみたいでな

 その情報がつかめるかもしれない」


嘘だ。ドラムさんは嘘を言っている。


「僕に……枷をつけるつもりですか?」


「いや、これは俺からのお願いだ」


「……」


暫く、ドラムさんと視線を交わしていたが

僕は、是とも否とも言わずギルドを後にした。


昨日まで、明るい光が灯り、暖かく優しい空気が迎えてくれていた

家に1人戻った。今は明かりが消え、長年の主を喪った家は

静かな沈黙に包まれていた……。


僕はこの数ヶ月、僕の部屋として与えられ

今はとても居心地がよくなった、部屋の窓から外を眺めていた。


あちらこちらから、悲鳴と助けを求める声が聞こえる。

ギルドに行く前は、殺してもいいほどの魔法をかけて出かけたのだが

ドラムさんが、殺すなと僕に楔をさしたことで僕は主を喪った家を

狙う泥棒や、素行の悪い冒険者を半殺しにとどめる魔法を家の周りにかけなおした。


明日の朝回収して、ギルドの牢に転送するつもりだ。

今日一晩、死ぬほど苦しむといい……。

二度と、ここに足を踏み入れようという気など起こさないように。


図らずも今夜は新月……。

彼等の姿は、闇が隠している事だろう……。


僕は窓から空を見上げ、トゥーリを呼ぶ……。

数回呼んでみたが……返事は返ってこなかった。


眠ってしまったのかもしれない。

声が聞きたいと思った。彼女の声が……。


僕は、1つため息を落とし

ドラムさんから渡された手紙を見る。


手紙には

僕とアルトと会えて嬉しかったという事。

この家と土地の事。

僕を心配する言葉と……謝罪とお礼……。

そして、サガーナに行く事があれば

ラギさんの剣を息子に渡して欲しいという事が書かれていた。


手紙の最後の一文には……

”セツナさんには沈み行く光ではなく、照らし行く光が似合う”と書かれてあった。


そんな前の話を、ラギさんは覚えていたのかと少し笑う。

他愛もない会話だったはずだ

沈み行く夕日をみながら、この時間が好きだと言っただけのことだった。


『確かに、黄昏時は綺麗だが……少し寂しい美しさだの

 消えていく光……。私、みたいだの』


『ラギさんに黄昏は似合いません。

 アルトと一緒に悪戯ばかり……煌々と輝く光ですよ』


僕の返事に、クククと笑ったラギさん。

そして少し、真面目な表情で黄昏は僕には早いと言ったのだ。


『若いセツナさんが、憧れるにはまだ早い光だの』


『ラギさんにかかれば、誰でもみんな若いですよ』


『確かにの』


そう言って、また笑ったのだ。

そんな会話だった。


消え行く光……。あの日ラギさんが命を燃やし戦った日……。

戦闘が終わった時間も、黄昏時だった……。

少し暗い光を顔に受け、ラギさんが僕の耳元でこう呟いた。


『もっと、早くにあいたかったの……』


ラギさんの言葉に、僕はただ頷くことしかできなかった。

ちゃんと言葉にすればよかったと、今更思う。

でもきっと、言葉にしていたら……僕は叫んでいたかもしれない。


「僕も、もう少し早く貴方に会いたかった……」


黄昏時ではなく……。

誰も聞くことの無い部屋で、僕はそっと呟いた。




読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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