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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ミヤコワスレ : 別れ 』
113/126

『 逝く光、受け継ぐ炎 』

* サイラス視点

 -……まだ数日前なんだな……。

そんな事を思いながら、俺は色々と思い出して行く。 


国王様から、セツナが近いうちにこの国を出て行くと教えられた俺は

俺の主に、休暇を貰うためにユージンの顔を見た。

 

俺が何を言うのか、想像がついていたのだろう

ユージンは肩をすくめながら、「私も行くよ」と俺に告げる。

その横で、キースも頷いていることから

キースも同行するつもりなのだろう事が伺えた。


「まてよ、ユージンもキースも

 そう頻繁に城を抜けるわけに行かないだろう? 俺1人でいい」


ユージンとキースが動けば、ジョルジュとフレッドも動くだろうしな。


「サイラス、国王様はこう仰っただろう?」


そう言って、キースが国王様の言葉を復唱する。

『セツナの王妃への……いや、我々への対価は……』


「……」


「今日、国王様が私達に全てを話さなかったのは

 私達が抱えている問題を、解決していないことが理由だと私は思う」


俺達が抱えている問題……それは、セツナを怒らせたままだということだ。

あの日、建国祭の日から俺は俺達はセツナと一切の連絡を取っていなかった。


俺達の国を思う気持ちは、間違ってはいない

それだけは、今でも誇りを持って言える……。


間違えたのは……俺達が後先考えずに暴走したことだ。

セツナの挑発に乗り、大臣達に話を聞こうともせず我を通し

力で解決しようとしたことが間違いだったんだ……。


セツナは何度も俺達に、語りかけていた言葉を聞かず……。

王妃様が、何故そこまで建国祭にこだわるのかという理由に気づかず

自分達こそが正しいと、それ以外には答えはないと

思い込んだことが問題だったんだ。


国王様の騎士達は、気がついていたというのに……。

国王様の体調が悪いことにも、俺は気がつかなかった。

キースは気がついていたみたいだったが。


セツナをこの国の問題に引きずり込んだのは俺だ……。

俺が連れてきておいて、俺の進む道を肯定してくれないからと

セツナの話を最後まで聞かず……剣を抜いた……。


謝罪しなければと、心の中では思いつつも

何かと理由をつけて、先延ばしにしてきたのだ……。

不甲斐ない自分を省みることがとても惨めだったから。


しかし、セツナがこの国を出て行くのだとしたら

ぐずぐずしている場合ではない……。

下手したら、このまま二度と会えない可能性もあるのだ……。


それに……と、ユージンが王子の立場からセツナに会いに行く理由を話す。


「この国のことを考えると

 今は父とセツナがいい関係を築いているけれど……。

 関係を修復しないまま、父が死んだらセツナとの繋がりが消えてしまう。

 この先も、彼を敵に回すことだけは避けないといけないしね」


キースがユージンに頷きながらも、キース自身の理由を述べた。


「私は、兄を助けてもらった礼を言いたい……。

 彼が義姉の依頼を受けてくれなければ……大変なことになっていただろうから」


几帳面なキースらしい理由だった。俺は、ユージンとキースに頷き

明日の予定を立てる。


「……わかった。明日昼から、ラギさんの家に向かうということでいいか?」


ユージンとキースが頷き、ジョルジュとフレッドもまた俺に頷いたのだった。


次の日、少し緊張しながらも馬を駆けてセツナが下宿している

ラギさんの家へと向かう。目的である家を確認できるぐらいの距離まで

近づいたときに、セツナとアルトとラギさんの後姿が見える。


3人はどこかに出かけるようで、俺達は馬の速度を上げた。

ラギさんの家に着くと同時に馬から飛び降り

家の周りにある柵に、急いで馬を繋ぎセツナ達の後を追いかける。


3人が見えた方向へ、急ぎ足で歩いていると

少し開けた場所で、なにやら話している。


俺達が近づく為に足を進めると

途中で何かに束縛されたように体が動かなくなる。


5人で少しあせり、はっとしてセツナのほうを見ると

暫くの間、こちらに視線をやりそらす。


-……これ以上近づくなという、意思表示なんだろう……。


セツナはアルトに話しかけ、アルトがセツナに頷いている。

セツナは、俺達と話すのも嫌なのかと動かない体を恨めしく思い

少し落ち込んでいると、アルトがこちらに走ってきた。


そばまで来て、何かをカバンから取り出し

それを地面に突き刺す。


アルトが、四角錐のものを地面に突き刺した瞬間に

俺達の周りに結界が作られ、同時に俺達を束縛していた何かが消えた。

束縛が、いきなり消えたことに驚きアルトに視線を移す。


結界が出来たのを確認したアルトは

俺達をぐるっと眺めてから、不思議そうに首をかしげて

俺に視線を合わせてから「こんにちは?」と言った。


俺とユージンが簡単に挨拶を返しているのに対し

キースは真面目に挨拶を返している。


「よう、アルト」


「やぁ、アルト君」


「こんにちは、アルト君」


フレッドは手を振り、ジョルジュは頷いて返す。

俺達の、挨拶を一通り受け取ってから、アルトが口を開いた。


「ししょう、いまから、じいちゃんとたたかうから。

 しばらく、ここでじっとしててって」


意外な展開に、俺達の視線がセツナに集中する。


「アルト、なんでセツナはラギさんと戦うことになったんだ?」


「わからない、けど、じいちゃんはうれしそうだった」


「うれしそう?」


「うん」


「模擬戦闘みたいなものか?」


「かな?」


なぜ、セツナとラギさんが戦うことになっているのかは分からないが

とりあえず、その戦いが終わるまでセツナは

俺達と話すつもりはなさそうだと結論付ける。


セツナが俺達を近づけなかったのは

戦う前の準備に入っていたのかもしれないと思うと、少し心が軽くなるのを感じた。


アルトと会話をしつつ、セツナとラギさんを見ていると

ラギさんが一瞬こちらを向き、何かをセツナに話したあと

急に2人の声が鮮明に聞こえた。


「……これで、アルトにも僕達の声が聞こえると思います」


「すまないの、アルトの声もこちらに聞こえるのかの?」


「ええ、アルトの声のみ聞こえますよ」


……ということは、俺達の声は向こう側には届かないようだ。

少し肩を落としながらアルトをチラリと見ると

アルトは嬉しそうに尻尾を振り

「じいちゃんきこえるー」と答えていた。


ラギさんは、アルトをみてから俺達を見て

少し苦笑したような雰囲気がこちらに届いた。


2人は、のんびりと会話をしながら

体を軽く動かし体を温めている。


「そういえば、セツナさん武器はどうするのかの?」


「ラギさんは、どうするんですか?」


「私は、拳で行く」


「……では、僕もそうします。

 体術は、少し苦手なんですが……」


「私は武器を持つことをお勧めするがの?」


「……」


動きを止め、ラギさんをじっと見ているセツナに

ラギさんが、ニヤリと悪戯を思いついたような笑みを浮かべ

服のポケットから、何かを取り出しセツナに投げた。


投げられたものを、セツナが受け取った瞬間

セツナの目が見開かれる、何時も飄々としているセツナが

そこまで驚いている姿を見るのは珍しい。


「……どうなっているんですか……?」


何をそんなに驚いているのかと思いながら

俺もラギさんに視線を移し……言葉を失った……。


「……」


「サイラス……あれは竜紋か……?」


「たぶん……」


ユージンが俺にそう聞いてくる。

今、ラギさんの右の顔ほぼ半分……

目の下から首の辺りまで黒い色の竜紋が浮き出ていた。


「……今まで、気がつきませんでした」


「ああ、竜の加護を消していたからの。

 その指輪が封魔具になっている」


「……」


セツナが、受け取ったのは指輪だったらしい。

それをまじまじと見つめているセツナ。


「そんなものがあったんですか……便利ですね」


「セツナさんには、竜紋は見当たらないが……。

 私に加護をくれた竜は……派手好きな竜での……」


「顔半分にあると……すごく目立ちますね?

 なぜ、封印してたんですか?」


ラギさんは少し遠くを見るような、懐かしむような目をしながら

セツナに語っていく。


「この加護はの、私が血気盛んな時に偶然もらったものだった。

 ちょうど、サガーナの国を立ち上げようとしていたときだったから

 私は力が欲しかったしの……」


「……竜の加護持ちの獣人……?

 サガーナの英雄……? 騎士殺し……?」


セツナが記憶を辿るように言葉を紡いでいくと

ラギさんの顔が引きつっていく。


「……何故その……二つ名を知っている……?」


「……本に載ってました……」


「……」


「……」


2人の間に、微妙な沈黙が流れる。


……俺達は、ラギさんの顔に竜紋が浮かんだ時よりも

激しい衝撃を受けた……。


騎士殺し! サガーナの建国を挫こうとした人間との戦争で

1人で沢山の人間を殺した獣人の二つ名だった。

サガーナでは英雄として

ガーディルの近辺では賞金首として有名だったはずだ。


「なぁ……サイラス、何故この国にいるんだ?」


「俺が知るかよ……」


ユージンが俺に声をかけ、俺がそれに答える。

俺達に衝撃を与えた本人は、首を振りため息を落として続きを話す。


「そう、あの時代の戦争で私は沢山の人間を殺した。

 そして自国では、英雄とまで言われるに至ったが……」


「……」


「私は、その後の道を間違えてしまった……。

 私はの、この力に溺れてしまったのだよ……」


ラギさんの、力に溺れたという言葉に俺の鼓動が跳ねる。


「私はの、国が安定してからも戦いたくて仕方が無かった。

 だから傭兵となったが、魔獣のほうが手ごたえがあると知り

 冒険者になった。妻も子供も捨てての……」


そこで深く深くため息を吐くラギさん。


「妻と子供といる時間はもちろん楽しかった。

 だが……その幸せを壊してまでも、私は戦いに溺れたのだよ」


顔に複雑な思いを滲ませながら、自分の過去を語るラギさん。


「私を狙う人間を殺しながら、私は好きなように生きてきた。

 何も振り返ることなく、戦いの中で生きてきたのだよ……。

 だが……ある時、チームで受けた依頼で私はチームを全滅させてしまった。

 自分の過信が、仲間の命を奪ってしまった……」


ラギさんの、言葉の1つ1つが俺に突き刺さる。

あの建国祭の日……もしセツナが本気で俺と戦ったなら

俺は……この国を失っていたかもしれない可能性を国王様に示唆された。


その時の衝撃は、今も忘れない……。


「その日から、私は竜に貰った加護を封印して生きてきた。

 その指輪は私の戒めのための指輪だの」


セツナがその指輪を、ラギさんに返そうとすると

ラギさんが首を振った。


「それは、セツナさんに差し上げよう……。

 私と同じ道をたどらぬように……君の力もまた大きいものだからの

 何かを壊したくなったとき、少しでも思い出してもらえたら嬉しいの」


セツナはその指輪をぎゅっと握り締めた。


「ラギさんは、後悔しているんですか?

 戦いの中に生きた自分を……」


「後悔……。そうだの……。私はの、セツナさん

 どのような道を辿っても、どのような選択をしても

 多かれ少なかれ、後悔はするものだと思っているのだよ……。

 だからこそ、少しでも後悔が少ないほうの道を選ぶようにしてきたつもりだがの」


「……」


「仲間を死なせてしまったことは

 後悔しても仕切れないの……」


ラギさんは悲しそうな目をして、顔を伏せた。


「時々、神は私達が考え、悩み、足掻き、苦しんで出した答えを

 あざ笑うかのように、変えようの無い時を見計らい

 新たな解を示すことがある……。

 だが、仲間を失った事は……私が間違わなければ防げたことだった」


首を数度振り、ラギさんが顔を上げる。


「家族を捨てたこと事は……後悔というより、私が愚かだったのだ

 そう……唯唯…… 愚かだったのだ」


家族のことを詳しく話すつもりは無いのだろう。

ただ、自分を責める言葉を紡ぎ、その話題を終えるように

セツナの手の中にある指輪の説明を口にした。


「それは持っているだけで効果があるからの。

 一時アルトに預けておくといいの。この戦闘には邪魔だろうから

 後で、指輪の能力を無効化する箱を渡すからの」


「ありがとうございます」


セツナは礼を言うと、魔法で指輪を包むが

それをアルトの方へ飛ばそうとはせず、何かを考えている。


ラギさんが、そんなセツナの様子を不思議そうに見ていた。


指輪を魔法で浮かせたまま

セツナが耳に手をやり、両耳のピアスを外す。

そして指輪と一緒に、アルトの方へ飛ばした。


アルトはそれを受け取り、セツナに頷いて返す。


「セツナさん?」


「気にしないでください。

 あれも魔道具の1つなんですよ。

 真剣に戦うには少し邪魔になるので」


「そうか」


ラギさんは、深く追求はせずに流す。

セツナも、説明する気はなさそうだった。


「うーん……ラギさんが加護持ちだとは

 思いませんでしたね」


「やめておくかの?」


「ご冗談を……ますます面白くなったと

 思っていたところですよ」


「話を戻すが、武器を使ってくれたほうが

 私としても、やりやすいのだがの?」


「いえ、僕も体術で行きます。

 ただ、余り得意ではないので魔法も使わせてもらいますが」


「……魔法のぅ……」


「僕は魔導師ですからね」


そう言って笑うセツナに、ラギさんは穏やかな笑みを返しながら

戦闘を始めようとセツナを誘う。


「……それでは……はじめようかの?」


「僕はいつでも大丈夫ですが……。

 今更なんですけど、見物人が増えていますが、いいんですか?」


セツナの問いに、少し雰囲気が変わったラギさんが口元に笑みをたたえたまま返す。


「私はかまわないが……。

 セツナさんは嫌かの? 私にやられるところを見られるのは?」


「ふふふ……」


セツナの顔にも笑みが浮かぶが……両者とも目は冷めている。

その様子を見て、俺達の間に緊張が走る。


模擬戦などではないと、本能が告げる。


先ほどまでの空気が一瞬で変わったのだ。

この2人は本気で戦おうとしている。

そういう気迫がビリビリと伝わってくる。


「……昨日も言ったが、全力でいくからの……」


「望むところです……」


「私は……」


「僕は……」


そこでいったん言葉を切りにらみ合い、ほぼ同時に同じ言葉を吐き出した。


「君を」


「貴方を」


「「叩き潰す!」」


それを合図にしたかのように、2人とも同時に後ろへ跳び間合いを開ける。


2人の気迫のこもった本気の言葉に、戦慄が走った。

なんだ……なんなんだこの空気は!

この体に突き刺さるような闘志は……。


信じられない面持ちで見ているのは、俺だけではなかった。

ジョルジュとフレッドが、ユージンとキースに断って前に出た。

サガーナの英雄とセツナの戦い……。夢でも見てるのかのようだった。


竜の加護持ち2人が戦うのだ、止めたほうがいいかも知れないと

動こうとしたら、アルトが俺を止める。


「ししょうが、まわりにけっかい、はってた」


「……」


「それに、ここから、サイラスさんたちはでれない」


遠まわしに諦めるよう、告げるアルトに分かったと頷き

俺は、この戦いを見守ることにした……。


ラギさんの言葉を、胸にしまいながら……。


にらみ合いは一瞬、最初に仕掛けたのはラギさんだった。

何かを体に纏い、考えられないスピードで、セツナに接近したかと思ったら

おもいきり、セツナの顔めがけて拳を繰り出す。


セツナは、風の魔法で防御の盾を作っていたが

ラギさんの拳は、たやすく風の盾を貫いた。

セツナは、力の乗った拳の直撃を避けたが……少し頬をかすったようだ。


セツナの頬に、一筋の切り傷が出来ておりそこから血が落ちた。

そのまま、視線を交わす2人。


「それが、獣人の能力ですか?」


「そうだ」


「身体強化みたいですね……」


「そうだの、使い方によっては剣さえ折ることが出来るの」


「すごいですね……」


「魔法の身体強化は、ここまでの性能は無いからの」


「……」


セツナが何か考えるような表情を見せていた。

魔法に余り詳しくない俺は、キースに視線をやる。


「獣人の能力というのが、どういうものか知らないが

 魔法で強化した場合、魔力をものすごく消費する上に

 限りなく時間が短い。効率があまりよくないといえるな」


「そうなのか」


「それに魔法では、剣を折るほどの強化はできない」


ラギさんがセツナから離れ、構え直すが

動こうとはせず、セツナの出方を待っている。


ラギさんの目がセツナを誘っており。

その誘いに乗るかのように、セツナが右手を横に払うと

その瞬間、セツナの周りに数十個の小さな鏃の様なものが浮かぶ


「……おい……今……詠唱しなかったよな?」


ユージンが声を震わせそう呟いた。

建国祭で、鳥を出したような感じだが……あの時は詠唱をしていたはずだ。


ラギさんも一瞬で現れた、鏃のようなものに驚きを隠せないようだった。


セツナが右手を下から上に軽く振ると、鏃の半分が一斉にラギさんに襲い掛かる。

それを避ける為に、ラギさんが後ろに飛ぶが、すでにその後ろにはセツナがいて

ラギさんの胴に、強烈な蹴りを入れようとする……が、ラギさんは蹴りを食らう瞬間に

体勢を崩しながらも、更に横へ飛んだ。


しかし、セツナはその動きすら読んでいたように

間髪いれず、魔法を放ち、彼の命令を忠実に実行するしもべのように

鏃がラギさんを追うように勢いよく飛んでいく。


その鏃を避けるのは無理だと判断したのか

ラギさんは、咄嗟に腕を顔の前に回して防御の姿勢をとり

迫ってくる鏃を正面から受けた。


鏃のほとんどが、強化された腕にあたり、腕や体に傷は無かったが

セツナとは反対側の頬に、一筋の傷を作っていたのだった……、


セツナとラギさんの間に、更に激しい闘志が渦巻いていく。


俺は、加護を持った者同士の戦いを目の当たりにして

唖然とするしかなかった……体が震える……。


俺ならば……セツナの最初の攻撃は避けることができたとしても

蹴りを避けられたかどうか分からない……。


セツナの蹴りは、手加減など一切していなかった……。

俺でもきっと一撃で沈むぐらいの威力を持っていた。


同じ加護持ちなのに……と俺の心が叫ぶ。

悔しい思いが心を占める……。強くなりたいと焼け付くように思う。


その時、アルトが俺の腕を引き

指輪を俺に渡す……。


「ししょうが、サイラスさんに、ゆびわをわたしてって」


跳ねるように顔を上げ、セツナを見ても

セツナは俺のほうをチラリとも見ず、ラギさんだけを見ている。


ラギさんの戒めの指輪……。

今、戒められたのは……俺だった……。


自己嫌悪に落ちている俺に

ジョルジュが、思わずといった感じで言葉をこぼした。


「……すごいな……」


フレッドが、ジョルジュに同意するように頷き答える。


「すごい……だけど、戦闘がすごく丁寧だよね?」


「ああ……そうだな」


ジョルジュとフレッドが言ったことは

俺も思った事だった。これだけ、激しい戦闘を繰り広げておきながら


ラギさんが拳を出す瞬間、セツナが蹴りを入れる瞬間の動作が

ものすごく丁寧なのだ……。まるでその瞬間を見せ付けるように。


お互いの様子見が終わったのか、拳を当てたり蹴りを食らったりと

致命傷をきわどく避けながら、戦闘はますます激しくなっていく。

だが、激しさを増しながらも、1つ1つの動作は研ぎ澄まされるように

綺麗な流れを作り出していた。


俺達のそばで、2人の闘いを見ているアルトの顔は

真剣そのものだ……。何も見逃すまいと必死に2人の動きを追っている。


そんなアルトの邪魔にならないよう、ジョルジュが声を落とし

ジョルジュ自身も、セツナとラギさんの戦いに目を奪われたまま

俺に問いかけて来る。


「サイラス、セツナは本当に体術が苦手なのか……?」


「俺は、剣の相手しかしてもらったことないからな……」


「剣の腕はどうだったんだ?」


「俺が手合わせしてもらったときは

 セツナのほうが強かったけど、追いつけるだろうと思っていた……」


「その言いようでは、だいぶと手加減をされていたということだな」


「……」


「あれは勝てない……。ラギさんもセツナも俺達とは次元が違う。

 あの日、セツナが言っていたことが本当だと感じはしたが……。

 今なら、俺は自分の命をかけても、ユージン様を止めているだろうな

 セツナとは戦わないことを俺なら選ぶ……」


ジョルジュが真剣な目をしてそういいきった。


「セツナは、国を滅ぼせる男だ」


「……」


ジョルジュの言葉に、俺以外の全員が無意識に頷いていた。

それからは言葉も無く、目をそらすことも出来ないほど

惹きつけられる戦いの行方を、俺達は見つめていたのだった。


命を燃やすような

心を揺さぶられるような、激しく熱い戦いを……。


余りにも激しい、力のぶつけ合いに

このまま戦い続けていたら、2人が無事ではすまないような気がして

早く決着がついて欲しいと願う反面……。


この戦いが終わらなければいいのにと……願っている自分も居たのだった。

それほど、セツナとラギさんの戦いは心を掴むものだったのだ。


長かったのか……短かったのか分からない時間の中で

2人が動きを止める。


相手の呼吸を、相手の動きを

ほんの些細な動作さえも見逃さず戦い続けていた2人が

動きを止めた。


「攻撃と同時に、魔法が使えるなど……。

 反則だと思うんだが……の……」


ラギさんの呼吸が荒い。あれほど激しく戦っていたのだから

当然といえば当然何だが……セツナを見ると、セツナは平然とそこに立っていた。


「おまけに……あれだけ動いておいて

 息も切れてないと……きたか」


ラギさんが、呼吸を整えながら攻撃にうつすための動作を取った。

セツナも、ラギさんから目を離さずゆっくりとした動作で構える。


「これで、決着をつけようかの……」


ラギさんの口から、そう言葉がこぼれると同時に

地を蹴り、セツナに攻撃を加えるために動く。


ラギさんの、剣を砕くこともできるという

渾身の一撃を、身体強化したラギさんの拳を


セツナは、己の拳で受け止めていた。

お互いの拳が、ぶつかったときの衝撃が周りの空気を振るわせる。


ラギさんの目が驚愕に見開かれ、セツナと視線を合わせる。

最後の、ラギさんの一撃をセツナは風の魔法の盾ではなく

強化した拳で受け止めたのだった。


「……僕の勝ちですね……」


静かにセツナが告げると、ラギさんの体が揺れバランスを崩す。

倒れそうになったラギさんを、セツナが労わる様に受け止めた。


セツナの耳元で、ラギさんが何か呟いたようだけど

こちらには何も聞こえなかった……。

ただ、その呟きを聴いた瞬間のセツナの表情が

ほんの一瞬だったけれど、哀しみに彩られていたような気がして


もう一度ちゃんと見ようとしたときに、アルトが飛び出し

ラギさんの下へ駆けていく。地面に座って息を整えているラギさんに

キラキラした眼差しを向けながら、しかし強く決意を固めた表情で

高揚した気持ちを、ラギさんにぶつける。


「じいちゃん! おれ! おれ、このたたかい、いっしょう、わすれない!」


アルトの興奮し忙しない姿を、呆然と見つめているラギさん。

そんなラギさんを気にする様子も無く、アルトが言葉を重ねていく。


「おれも! おれも! いつか

 じいちゃんみたいになるから! みていてね!」


アルトがそう強く言い切ると同時に、ラギさんがアルトを抱きしめた

アルトがラギさんの腕の中に納まると同時に、ラギさんの目から

涙がこぼれ落ちる……。


アルトからはラギさんの表情は見えていないだろうし

ラギさんが涙を落としたことも知らないだろう……。


セツナに目を向けると、俺達やラギさんとアルトに背を向けて立っていた。



パチッと炎のはぜる音で、俺の意識がこちらに戻ってくる。


俺は、あの時のラギさんの涙の理由わけ

ただ嬉しかったんだろうとしか思わなかった。


そこに、深い気持ちが隠されていることを知らなかった。

セツナが背を向けていた理由も、そう深く考えはしなかった……。


今も俺達に背中を向けて

その表情も、気持ちも読ませることをさせないセツナ。


あの戦いは、全てアルトの為だったんだろう。

アルトの為の、大切な時間ときに俺達は居ることを許された。


アルトに見せるために、丁寧に戦っていたのだ。

アルトに残す為に、ラギさんは命をかけ、セツナは真剣にそれに答えたんだ……。


自分達の……痛みを心に押さえ込んで。

唯1人、アルトのために。


命を燃やしたんだ……。


「だから……、あんなにも心を揺さぶられたんだな」


誰に話しかけるともなしに呟いた俺に

ユージンが、何か言ったかという感じで俺を見る。


俺はなんでもないと首を振り

そろそろ、アルト達を呼びに言ってくると告げると

ジョルジュが自分が行くと言い、ユージンにこの場を離れる許可を貰い

火葬場から去っていく。


小さな窓から覗く炎は、勢いを落とし今は静かにその赤を見せていた。






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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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