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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ミヤコワスレ : 別れ 』
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『 野辺おくり 』

* サイラス視点

 よく晴れた空は、青色を薄く薄く引き延ばしたような色が

何処までも続いていた。その青い空を、遮る建物の中で俺達は

小さな窓のその奥で、炎が勢いを増しながら燃える様子を見届けていた。


俺の後ろで、ジョルジュの婚約者

ソフィアが声を押し殺して泣いている。

そのソフィアの肩をジョルジュが気遣うように抱いていた。


ソフィアの横には、エリーがノリスに抱かれて涙を流している。

俺の隣は、ユージンとキースが俺と同じように炎を見ており

そして俺達の前に、セツナとアルトが立っていた。


朝一番に、ラギさんが亡くなったと、王妃様から聞き衝撃を受けながらも

俺は火葬場に行くことに決め、そこに、ユージンとキース

そしてソフィアが王妃様の命令で同行することになった。


帰りに必ず、アルトを連れてくるようにと念を押して。


きっと、王妃様の命令が無くともソフィアは同行していたと思うが。


火葬場に行く途中、ソフィアがジョルジュに

ノリスとエリーの花屋によって欲しいと願い

ソフィアが、2人にラギさんが亡くなったことを伝えると

彼等は、しばし呆然としながらも店の準備を止め、花を全て馬車に積み

俺達と一緒に火葬場に向かうことになったのだった。


ノリスとエリーは、結構頻繁にラギさんの家を訪ねていたらしい。

ソフィアも、エリーと一緒に遊びに行っていたということを聞き

フレッドとジョルジュが驚いていた……。


誰もが、ラギさんの突然の訃報に信じられないという想いが強かった……。

嘘であればと……。冗談であればと……。願わずにはいられなかった。


俺と、ユージン、キース、ジョルジュとフレッドは

ほんの数日前に、ラギさんと会ったばかりだったんだ……。


だが、俺達の願いは聞き届けられることなく。

ノリスとエリーが持ってきた、色とりどりの花に囲まれ

穏やかな表情を浮かべ、眠るように死んでいるラギさんを

俺達は炎と一緒に、安らぎの水辺へと送り出していた。


それぞれの神の下へ行く前に、必ず立ち寄ると言われている

安らぎの水辺、そこはとても美しく生きていた頃の想いを洗い流す場所だそうだ。


俺達の前にいるアルトは、ずっと俯いたままだった。

セツナは顔を上げ、真直ぐ炎の行方を見守っている。

哀しみという静寂が広がる火葬場で、唐突に小さい声が響いた。


「……んで……」


声の響いたほうを見ると

アルトが、俯いたまま握りこぶしを作り何かを呟いている。


かすれて聞きづらい声で、今度は先ほどよりも少し大きい音で

もう一度呟くと同時に、アルトはセツナを刺す様に睨み付けていた。


「なんでっ!」


アルトの殺気ともいえる気配に、全員が驚いたようにアルトに注目する。

ただ、セツナだけは表情を変えず、静かにアルトを見つめていた。


アルトがセツナに対して殺気を放っている理由が、俺達にはわからない。

それ以前に、セツナを信頼しきっているアルトが

セツナに対して、このような態度をとること自体が信じられなかった。


アルトは、セツナを睨みつけたまま、殴りつけるような荒々しさで叫ぶ。


「ししょう! なんで……なんで、じいちゃんをたすけてくれなかったんだ!」


アルトの泣きはらして赤くなった目は、涙を流しながらも

今は怒りの色に染まっている。嗚咽と一緒に言葉を吐き出す

体全体で哀しいと叫びながら……。


「ししょう……は、サイラスさん、は、たすけて、た、じゃないか!」


「……」


「この、くにの、おうさまだって! たすけたのに、なんで……。

 なんで……じいちゃんは、たすけてくれなかったんだ!」


アルトの悲痛な叫びに、俺達はかける言葉を見つけることができず

セツナは、アルトのその怒りと哀しみを黙って受け止めていた。


「じいちゃんが、じゅうじんだから!

 にんげんじゃ、ない、から! だから、なおしてくれなかったの!?」


アルトの言葉に、俺が口を挟もうとすると

セツナが視線だけで俺を止める。


「おれ、は、ししょう、なら、たすけて、くれるって……。

 だけど、ししょうは、にんげんだから! にんげんしか、たすけないんだ!」


アルトの、ギリッと歯を食いしばる音が聞こえ

アルトが黙ったところで、セツナが膝をつきアルトと目線を合わせる。

アルトはまだセツナを睨んだままだ。


「アルトの言うとおり。僕は人間だ」


セツナの言葉に、アルトだけでなく俺達も不意をつかれる。

アルトの、哀しみを含ませた殺気がまた強くなった。


「ラギさんは、獣人でアルトも獣人だ。

 そして、僕は人間だ……」


「……っ……」


セツナの言い方は、アルトの言葉を肯定しているように聞こえ

セツナが何をアルトに話すのか、俺達は2人を見ているだけしか出来ない。


セツナが宥めるように、アルトの肩に手をのせようとしたとき

アルトがセツナの手を払い叩き落す。その音がとても大きく響き

ソフィアとエリーが、息を呑む音が後ろから聞こえた。


振り払われた本人は、気にした様子も見せず

アルトを真直ぐと見つめ、静かな声音で言葉を紡ぐ。


「僕は人間で、神様ではないんだよ。

 アルトが獣人であるように、僕は人間でしかないんだ」


セツナの言葉に、アルトが目を見開いた。

セツナの手を振り払った、アルトの手が震えている。

セツナは、アルトから目をそらさずにゆっくりと話す。


「アルト、僕は確かに人よりも沢山のことが出来る力を持っている。

 だけどね……アルト、僕は神様と同じ力は持っていないんだ。

 怪我なら治せる。毒も治せる……でもね、獣人でも人間でも

 神様が決めた寿命を変える事は、僕には出来ないんだよ」


アルトに語るセツナの目はとても、複雑な色を宿し

深い悲しみをその瞳の中に閉じ込めていた。


アルトも頭ではわかっているはずだ。

セツナが、助けることができるなら助けるだろう事を

だが……哀しみが大きすぎて

幼いアルトには受け止め切れなかったんだろう。

だから、八つ当たりだとわかっていながらも

哀しみを怒りに変えなければならなかった。


そして、アルトがその怒りをぶつける事ができる

相手はセツナしかいなかったのだ……。


「うううっ……」


アルトの殺気が消え、俯き肩を震わしているアルトに

セツナが声をかけようとした瞬間、アルトが火葬場から走り去っていく。


セツナがアルトを追いかけようとしたとき

ソフィアがセツナに声をかけた。


「セツナ様……アルト君は、私がおいかけます。

 落ち着く時間が必要ですわ……」


ソフィアの申し出に、セツナは頷き頭を下げる。


「申し訳ありません。

 ソフィアさん、アルトをよろしくお願いします」


ソフィアはセツナに頷くと、すぐにアルトを追いかける。

ジョルジュが、ソフィアの後を追いかけるか迷っているのを見た

ノリスとエリーが、自分達がついていくからと2人で出て行った。


セツナは膝の辺りの埃を簡単に払い、また炎のほうへ視線を向ける。

そんなセツナに、俺はずっと気になっていたことを聞く。


「ラギさんは、どこか悪かったのか……?」


数日前に会った時はとても元気だった。

俺達が、セツナに話しかけにくそうにしていたら

ラギさんが、自然とセツナと話が出来るようにもっていてくれたのだ……。


だから、ラギさんが亡くなったと

王妃様から聞かされても、とても信じられなかった……。


少し時間がたってから、セツナがポツリと答える。


「依頼だったんだよ」


「依頼?」


意味が分からないと首を傾げる俺。


「アルトが受けた依頼は、ラギさんを看取るためのものだった」


思っても見なかったことを返されて

俺だけではなく、ユージン達もセツナを凝視した。


「獣人は、自分の死期が分かるらしい。

 1人暮らしのラギさんは、看取ってくれる人をギルドで探してた。

 その依頼をアルトが見つけ、受けたんだ」


セツナは、こちらを向くことなく淡々と話す。

しかし、依頼ならアルトのあの怒り方は少しおかしい。


「だが……アルトは……」


「アルトは、ラギさんから受けた依頼の本当の意味を知らなかったんだ。

 ただ……純粋にラギさんの話し相手の依頼だと思っていたから」


「……」


「アルトに本当の事を話すか迷ったけれど。

 ラギさんと話し合って、最後まで話さないことに決めたんだ」


話してやったほうが、よかったんじゃないのか……と喉まででかかったのを

ぐっと押しとどめた。ラギさんと話して決めたということは

何らかの理由で、話さないほうがいいと結論を出したんだ

それを俺がとやかく言うことではないと。


だが……。

お前はそれでいいのか? 1人で全て抱えて……。


「お前は……それでいいのかよ?

 アルトにあんなふうに言われて、お前はそれでいいのか……?」


「それが師匠というものでしょう?」


セツナが俺に視線を合わせ、静かにそういった。


「弟子の全てを受け入れるのが、僕の役割だ……。

 良い事も、悪い事も……僕はアルトの人生を背負っているのだから」


俺から視線を外し、1度俯きそしてまた炎を見つめる。

そんなセツナの背中を、見つめながら思い至ったのだ……。


-……そうか……お前は、今日この日を覚悟しながら過ごしてきたんだな……。


セツナもラギさんを慕っていたはずだ……。

2度しか会っていないが、セツナがラギさんを大切に思っている事は

伝わってきていたのだから……。


俺は激しく燃える炎を視界にうつしながらも、意識は数日前に飛んでいた。

一生忘れることが出来ないであろう、セツナとラギさんの戦いを……。


今なら分かる……。


セツナとラギさんが戦った意味や……。

戦い終わった、セツナが、一瞬だけ見せた辛そうな表情や……。

アルトの言葉で、ラギさんが涙を見せた理由りゆう……。


そして……城に戻ってから会った

ソフィアの目が赤かった理由わけが……。







読んでいただきありがとうございます。

7/9:10:20 2日前 → 数日前に変更。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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