『 幕間 : 宵闇と対価 』
* 国王様視点
朝の報告が一通り終わり、散会と告げると、全員が胸に手を当て立礼する。
そんな彼等に頷き、執務室へ移動しようと玉座から立ち上がろうとしたときに
勢いよく扉が開いた。
呼吸を乱し、現れた彼女は私と視線が合うと今にも泣き出しそうな目を私に向ける。
扉を開けた彼女を嗜めようとした、宰相や周りの大臣達も彼女の表情を目にしたとたん
目を見開き、口を噤んだ。
それほど、彼女が悲しそうな表情を浮かべることは珍しく
何時も笑っている彼女が当たり前であるために、誰もが今の彼女を見て困惑している。
「なにかあったのか?」
開け放った扉の前で、動かなくなってしまった
私の妻であり、この国の王妃であるリリアに声をかけると
私の声に反応したのか、落ち着きを取り戻した様子で私のそばまで歩いてきた。
私は、こちらの様子を伺っている将軍や大臣達に視線で解散するように促すと
おのおのが、自分の仕事に当たるべく扉に向かって移動し始めたのだが
「王様、セツナ君から連絡が来たの」
リリアのこの一言で、全員がその場に釘付けになったのだった。
宰相であるキース、第一王子であるユージン
その2人の近衛騎士達の
サイラス、ジョルジュ、フレッドなどはリリアを凝視し瞬きも忘れているようだ。
大臣達も、移動する気が無いのかこちらを向きリリアを見つめていた。
誰も、この場から立ち去るつもりはないのだろう。
「彼は何と言ってきたんだ?」
「……『宵闇が静かに訪れようとしております。
以前お願いしたことを、受け入れていただけるのなら
お返事をお願いいたします』だって」
リリアは少し目を伏せた。
「……そうか……」
「セツナ君、大丈夫かな……」
「……どうだろうな」
「王様、私に任せてもらってもいい?
私が依頼して、私がセツナ君に返さなければいけない対価なんだもの」
対価という言葉に、周りの視線が鋭くなる。
きっと、セツナが冗談で言った言葉を思い出しているのだろう。
リリアが、胸の前でぎゅっと手のひらを握り私を見つめている。
彼女は彼女で、色々と思うところがあるのだろう。
「好きにするといい」
「ありがとうございます、王様。
1つだけ王様にお願いがあるの」
「なんだ?」
「私の侍女を一人増やして欲しいの」
「侍女?」
「ええ、フレッドの妹のソフィア嬢を私の侍女に」
この言葉に周りが驚く、その中でもフレッドとジョルジュは顔色が少し変わる。
「……」
私は、リリアの顔を見てその意図を探る。
「ソフィアじゃないと駄目なのか?」
「うん、駄目」
リリアの即答に、私はリリアから視線を外しフレッドに向けた。
「フレッド、明日ソフィアに城に上がるよう伝えるように」
私の言葉に、フレッドが慌てたように返答する。
「恐れながら、国王様、ソフィアは3ヵ月後に
ジョルジュとの結婚が決まっております。
今……侍女に上がるのは……」
フレッドが口を濁すように、普通ならば
婚姻を控えた娘が、城の侍女になることはこの国では考えられない。
侍女にと打診しても、断られるだろう……が
きっと、リリアがソフィアに理由を告げたならば
ソフィアはこの話を受けるだろう。
「国王様、妹……ソフィアが城に上がるのは
セツナ殿と関係があるのでしょうか?」
「国王様、セツナはなんと言ってきたんですかな?
そもそも、王妃様がセツナに払う対価とは……」
フレッドがソフィアとセツナの関係を聞き
将軍がセツナの要求をたずねてくる。
サイラスはただ黙って、私達のやり取りを聞いていた。
フレッドと将軍の問いかけを聞き流し、私はサイラスに顔を向ける。
「サイラス、お前はセツナから何も聞いてはいないのか?」
「何をでしょうか……」
「……セツナとアルトが受けている依頼の内容をお前は知らないのか?」
「……存じません」
「そうか」
私はフレッドに視線を戻し
「ソフィアに頼む仕事の内容は、王妃が直接話す。
とりあえず、1度王妃と会って話をするように伝えて欲しい
その後で、都合が悪いようであれば断ってもらってもかまわない」
断ってもかまわないというところで
フレッドは、少し安心したような表情を見せ私に返事を返した。
「承りました」
フレッドからの返事に頷き、将軍に目を向ける。
「セツナの王妃への……いや、我々への対価は
彼の弟子であるアルトを城で預かることだ」
「……」
それぞれが、どういう返事を返していいのか分からないという
表情を作っている。いろいろな疑問が頭の中を渦巻いているだろうが
私はその質問に答えるつもりはなかった。
「疑問は残ると思うが、今話せることは以上だ」
私はそう告げると、立ち上がりリリアを促して歩き出す。
全員が立礼をし、私達が通り過ぎるのを待つ。
私はサイラスの前で足を止め、サイラスにあることを告げる。
「セツナは、もうすぐこの国を出ることになる」
私の言葉に、体を硬直させたサイラスにきびすを返し
私とリリアは、セツナに返事をすべく執務室に移動したのだった。
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