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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ミヤコワスレ : 別れ 』
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『 僕とラギさんの願い 』

 窓際でチームの名前を、あれでもないこれでもないと考えながら

頭を悩ませていたときに、アルトにつけている鳥から

アルトのひどく慌てたような、情報が僕の頭に飛び込んでくる。


アルトに鳥をつけてから、アルトの心が追い詰められる出来事が無かったため

鳥をつけていることを忘れることが多いのだが

その鳥がはじめて僕に警告を送ってきた。


少し前、ラギさんがアルトを誘って散歩に行ったのを見ている。

その時は、沈んだ表情を見せていながらもラギさんの隣に並んで歩いていた。


2人で散歩に行ったのだから、アルトのそばにはラギさんが居るはずなのに……。

嫌な予感が胸をよぎり、僕は鳥のほうへ意識を向ける。


鳥からもたらされる情報は、アルトがラギさんに何度も呼びかけているというものだった。

僕は、魔法を使いアルトのそばに移動する。


僕の気配を敏感に感じ取り、アルトが振り向き

泣き出しそうな表情で、僕に起こったことを伝えようと口を開く


「ししょう! じいちゃんが、じいちゃんが!」


僕は、うろたえているアルトの背中を軽く2度叩き落ち着くように促す。

ラギさんのそばに膝をついて、ラギさんの状態を見る。


-……怪我はしていない。病気でもない……。


そう、避けることができない時を刻み始めたんだ……。

僕は、暗澹たる気持ちを押し隠し、僕の後ろで様子を見守っている

アルトに安心させるように言葉をかける。


「大丈夫。怪我をしている様子はないから、すぐに意識も戻るよ」


「ほんとう?」


僕は、アルトに頷き立ち上がると、魔法でラギさんをもちあげ

不安そうにしているアルトと共に魔法で家の前まで移動する。


「ラギさんをベッドに運ぶから、アルトも手伝ってくれる?」


「はい」


アルトに手伝ってもらいながら、ラギさんを部屋のベッドに寝かせた。

意識の無いラギさんを見ながら僕は、癒しの能力をラギさんの中にこめていく。

どれだけ効果があるのかはわからないけれど……。


-…… 死んだ人を生き返らせることは出来ない。

 老いていくことを止めることは出来ない。

 神が定めた摂理を変える事は……誰にも出来ない……


以前ナンシーさんに言った言葉が頭の中をめぐる。

それでも、僕は何かせずにはいられなかった。


確実に来るであろう未来を想像し

思ったよりも動揺している自分の気持ちを落ち着けるために

目を閉じ、意識して深く呼吸する。

アルトの手前、取り乱すわけには行かないと自分に言い聞かせ

僕自身に覚悟を促す。


腹をくくれと、不安を動揺を焦燥を悲しみを表に出すなと……。


覚悟を決め、ゆっくりと目を開け、僕の後ろで心配そうに見ているアルトに

ラギさんを見ていてもらうようにお願いする。


「アルト、僕は夕食の用意をするから

 アルトは、ラギさんについていてくれるかな?」


「うん」


アルトは僕に視線を合わせると、真剣な表情で僕に問いかけた。


「ししょう、じいちゃんびょうき?」


アルトの問いかけに、僕はなんと答えていいのか迷ってしまう。

本当のことを伝えるべきか否か……。僕が思案していると静かな声が部屋に響いた。


「お腹がすいて目を回してしまったみたいだの……」


その声に、アルトが僕から視線をラギさんに移し

ここ数日みることができなかった、満面の笑顔をラギさんに向ける。


「じいちゃん!」


「心配をかけてしまったの、アルト」


「だいじょうぶ?」


「ああ、お腹がすいて倒れただけだからの」


ラギさんは、アルトを見て返事をし、そして僕に視線を向けて苦笑した。

まだ話さないで欲しいということなのだろう。


僕は軽く頷き、ラギさんの言い分に答えを返す。


「お腹がすいているのなら、すぐに夕食の用意をしますね

 沢山つくりますから、残さず食べてくださいね」


笑いながら言う僕に、ラギさんは頷いて静かに謝罪の言葉を口にした。


「すまない……」


その謝罪に、僕は首を横に振って返し

夕飯の用意をするためにドアに向かう。


安心したアルトが、ラギさんに怒っている声が聞こえ

少し振り向くと、怒りながらも尻尾を揺らしているアルトがいた。

その様子に、僕は複雑な気持ちを抱えながら、ラギさんの部屋を後にしたのだった。


何時もより時間をかけて食事をし、僕が後片付けをしている間に

アルトは寝てしまったらしい。ラギさんがアルトを部屋に運んでくれたようだ。


ラギさんと話をするか少し迷うが、今日は疲れているかもしれないと思い

挨拶だけして、僕も部屋に戻ろうと決めた時に、ラギさんから声がかかる。


「セツナさん、少しつきあってくれないかの?」


そういって、ラギさんは右手に持っているお酒を僕に見せた。

僕も話がしたいと思っていたので、ラギさんの誘いに乗る。


「よろこんで、しかしまだお腹に入るんですか?」


僕は、ソファーに腰を下ろしながらラギさんに答える。

僕の言葉に、ラギさんが少し顔をしかめ僕を睨んだ。


「そう思うなら、料理の数をもう少し減らして欲しかったのぅ……」


恨めしそうに、僕に愚痴る。

アルトに倒れた理由を、空腹のせいだと伝えたせいで

食事のときにアルトが、ラギさんのお皿に料理を次々とのせたのだ。

甲斐甲斐しく世話を焼くアルトに、困った顔をしながらも嬉しそうに笑っていたラギさん。


最後のほうは、その笑顔が引きつっていたように思う……。


そんな他愛もない会話をしながら、一緒にお酒を飲んだ。

何時もと同じ風景。アルトが寝た後の大人の会話の時間。

話すことといえば、アルトのことが大半を占めていたけれど……。


会話が落ち着いたときに訪れる静寂、何時もなら心地がいい沈黙。

だが今日は、その沈黙が少し重たかった。


その空気をゆっくりと壊すように、ラギさんが静かに口を開いた。


「セツナさんはもう気がついていると思うが……。

 そろそろ、私の時間が尽きるようだ……」


僕は、俯かずラギさんの目を見たまま、ラギさんの言葉を聞いていた。


「思ったよりも、早いのか遅いのかはわからないけれどの……。

 アルトに本当のことを話すべきだと思うが……その前にどうしても

 しておきたいことができた」


「しておきたいことですか?」


ラギさんは、右手に持っていたグラスを机に置き

僕に射るような視線を向けた。ラギさんのその視線の意味が分からず

僕は、数回瞬く。


ラギさんは僕を見据え

僕の耳を疑うような言葉を告げた。


「セツナさん、明日、私と戦ってくれないかの?」


「……」


僕は、ラギさんの言葉を頭の中で反芻し

その意味を、考える。


-……戦う……? 僕とラギさんが……?……


なぜっという思いが、心を占めた。

僕がその疑問を口にする前に、ラギさんが自分の想いを吐き出す。


「私の今の体力では、全盛期の半分の力ぐらいしか出せないだろう

 だが、今日より明日、明日より明後日……私の体力はどんどん落ちていく

 その前に、セツナさん……私と戦ってくれないかの?

 私は……もう一度戦ってから死にたいと思った……」


ラギさんの戦って死にたいという言葉に

僕は動揺し、思わず声を荒げてしまう。


「戦って……戦ってどうするんですか……。

 戦って死にたいから、僕にラギさんを殺せというんですか!」


自分の声が震えているのが分かる。そんな僕を見て

ラギさんが、一瞬目を大きく見開きそして僕から視線を外した。


「…いや……違う。

 そういう考えが無かったかというと嘘になるけどの……」


ラギさんは1度深くため息をつき、視線を僕に戻してから

落ち着いた声音で僕に続きを語った。


「アルトは、獣人の戦闘を見たことが無いだろう?

 人との間に生まれ、獣人と触れ合うことも無かったアルトは

 獣人が本来持っているであろうものを知らないみたいだからの」


その落ち着いた声音に促され、僕も動揺していた気持ちを

どうにか抑えて返事を返す。


「僕と出会う前のことは分かりませんが

 出会ってからは、無いと思います」


僕の返事に1度頷いて、ラギさんが話を続ける。


「人間は必ず魔力を持っているだろう?

 その魔力を使えるかどうかは別として、必ず魔力を持って生まれる。

 そこから、魔力を形に出来るものは、魔導師になれる可能性があるが

 形に出来ないものは、私達とそう変わらないはずだの」


「はい」


「だが、獣人は基本魔力を持って生まれてはこない。

 その代わり、別の力を使うことが出来る。

 獣人として生まれたのであれば、訓練すれば誰でも使うことが出来る能力だの

 自分の思う通りに制御が出来るかは、努力しだいだけどな」


「獣人の能力ですか……」


僕は、何時ものように頭の中で調べることはしなかった。

なぜか、ラギさんから教えてもらいたいと感じたから。


「アルトには魔力があります。

 それでも、使うことが出来る能力なんですか?」


「魔力の在る無しは関係が無い

 大切なのは、獣人の血を受け継いでいるかどうかだの」


ということは……僕には使うことが出来ない能力ということか……。


「……私がアルトに、教えることが出来たらよかったのだがの……。

 私にはその時間が残されていない……。

 アルトの年齢では能力を発動させるだけでも時間がかかるだろうしの……」


「……」


「私はアルトに……何かを残したいと思った。

 人間の両親から生まれ、獣人というものが何かということを知らず

 育ってきた……私の孫に、私の持っているものを少しでも残したいと思ったのだ。

 教えてやることが出来ないのなら、アルトの心に残る戦闘を見せたいと

 アルトの将来の糧になるようにの」


ラギさんはチラリと僕を見ると、淡く笑い

もう1つの望みをサラリと僕に告げた。


「それと同時に、アルトが尊敬する師匠と手合わせをしてみたいという思いもあるがの」


僕はそのセリフに答えることはせず、ただ肩をすくめて見せた。


「私の、我侭でしかない願いだが……きいてはもらえないだろうかの?」


ラギさんの想い、ラギさんの願いは分かった。

死ぬための戦いではなく、自分の欠片を残すための戦い。


それは、アルトにとっても大切な宝物となるだろう想い……。


僕の本音を言えば、戦わずにいたかった。断りたかった。

ラギさんはきっと、命を懸けてアルトに伝えようとするだろう。

その行いは、さらに寿命を縮めるようなものだ……。


だけど、きっと断ればラギさんの心に未練が残るだろうということが分かる。

そして傷つくだろうということも……。


だから僕は、心を決め、挑発的な言葉でラギさんに返事をする。

戦いはもう始まっているという風に、ラギさんが最後の戦闘を心置きなく戦えるように。


きっとそれが僕に出来る最後のことだと思うから。


「アルトの前で、僕に叩き潰されてもいいのであれば

 戦ってもいいですよ?」


僕のセリフにラギさんが少し驚いた顔をして

その次に、何時もの悪戯を思いついたような笑顔を浮かべる。


「なめられたものだの?

 私をそう簡単に叩き潰せるとは思わないほうがいいと思うがの?

 その油断が命取りになるぞ?」


「僕は強いですよ?」


「私も強いぞ?」


暫くの間どちらも引くことなく、目だけで牽制し合う。

ラギさんから視線をそらさずに、僕はラギさんに宣戦布告をする。


「明日、僕は真剣に戦います。

 貴方を叩き潰すために……」


「ああ、私も全力で戦う。

 アルトに私のすべてを託せるように……。

 そして、セツナさん君に勝つために」


僕の宣戦布告を聞いて、ラギさんが楽しそうに

そしてとても満足そうに笑いながらそれを受けたのだった。


僕は立ち上がり、扉のほうへ向かう。

僕の背中にラギさんがポツリと質問を投げかけた。


「もし……私が、戦って殺して欲しいと願ったとしていたら。

 セツナさんはどうしたかの……?」


ラギさんのその言葉に、心臓がどくりと打った。

僕はゆっくりと振り返り、ラギさんを見つめる。


僕の目を見た瞬間、ラギさんが息を飲んだ。


「……それがラギさんの願いなら。

 僕はその願いをきっと叶えていたでしょうね」


「……」


死に場所を死に方を決めたのならば、それが本当にラギさんの望みならば

きっと僕は、最終的にはラギさんの願いを叶えていたはずだから。


僕はラギさんの返事を待つことはせずに、自分の部屋に戻りベッドにもぐった……。

思考することを放棄し、ただ眠ることだけを考える。


そうしないと僕は……ラギさんを失うことの恐怖に囚われてしまうだろうから……。



読んでいただきありがとうございます。



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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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よろしくお願いいたします。
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