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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ミヤコワスレ : 別れ 』
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『 私と残された時間 』

* ラギ視点。



 アルトが庭の隅で、うずくまっているのに気がつき

私は、自分の部屋から庭へ移動しアルトの後ろに立つ。


私がそばに来たことを、気配で気がついているだろうに

耳だけを動かして、振り向きはしなかった。


「何をしているのかの?」


「……」


アルトに話しかけても、答えは返ってこない。

アルトが今抱えている悩みを、私とセツナは無理に聞き出さないと決めていた。


アルトが自分自身で考え、答えを出し

その答えにしたがって、少しの勇気を出して欲しいと私達は願っていたから。


数日前、アルトの様子がおかしいと気がついた私は

そのことをセツナに伝えた。彼もアルトがの様子がおかしいことに気がついており

その理由にも検討をつけていた。


『僕がアルトを弟子にして、そろそろ4ヶ月になります。

 アルトの知識を吸収していく速度に驚きながらも

 アルトが成長していくのを見るのが、とても楽しいと思っています。

 今では、絵本ではなく年齢に応じた書物を読めるぐらいの読解力もついている

 なのに、会話だけが上達しない……』


『……』


『普通に育ってきたならば、大人のまねをしたり

 友達との会話の中で、自然に文章が繋がっていくはずなんですよね。

 間違っていたら、親がその間違いを指摘したりしながら

 知らない間に片言から卒業しているんですけどね』


私は、セツナの話すことを黙って聞いていた。


『アルトはもう普通に話せると僕は思っています。

 その事に、アルト自身も気がついてしまった。

 だけど、その切り替えをどうしていいのか分からないのかもしれません』


『私も、同感だの』


私は、セツナの言葉に肯定の意味で頷く。

アルトの物事を覚える速度には、目を見張るものがある。

それなのに、話し方だけが私と出会った時のまま変わっていない。

その事に、私も違和感を感じていたのだ、きっとセツナもそう思っていたのだろう。


『ここ数日、アルトが僕と話をするときの目は、何時も辛そうです。

 僕に対して罪悪感があるような、そんな感じの目を向ける……。

 普通に話すことを、何かが邪魔している。

 その何かにもアルトは気がついているんでしょう。

 だけど僕には、アルトが何が怖いのか、何に怯えているのか

 なぜ罪悪感を感じなければいけないのかが分からない』


『アルトは、成長することが怖いのだろうの』


私の言葉に、セツナは少し寂しそうな笑みを浮かべた。


『僕は、アルトを見捨てる気は無いんですけどね……』


『会話ができるということは、意志の疎通が容易くなるということだ

 それは、1人で生きていけるという可能性があると考えたのかの……』


セツナは、左手のひらで口元を覆い黙り込む

そして考えながらゆっくりと、言葉を紡いだ。


『今のアルトは、孵化する前の卵だと思うんです。

 1人で殻から出るのは……苦しいかもしれませんが

 僕は……アルトに……』


セツナが出した答えは、私が想像していた通りのものだった。

口を出したほうが、手を引いたほうがお互い楽だろうにセツナはその選択を選ばなかった。


セツナとの会話を思い出しながら、私は暗い顔をしているアルトにもう一度声をかける。


「アルト、少し散歩に行きたいのだが付き合ってくれないかの?」


私のお願いに、アルトはゆっくりと立ち上がり首を縦に振り私の隣に移動する。

何時もならば、色々なことに興味を示しキラキラとした目を向け

質問攻めにされるのだが……ここ数日は、そういったことも無くただ私の隣を歩いているだけだった。


私達の気配に鳥たちが一斉に飛び立つ。

その鳥たちを見て、アルトが呟いた。


「おれは、とべ……ない」


「……」


「おれは……」


私は立ち止まり、アルトに視線を合わせ問いかける。


「アルトは、飛びたいのかの……?」


私の問いかけにアルトは足を止めて、私を凝視する。

私はアルトから視線をそらさず、ゆっくりとアルトに聞く。


「アルトは、飛びたいのかの? 飛べないのかの?

 それとも、飛ばないのかの?」


「……」


アルトは私を凝視したまま、何かを言おうとするものの

どう言葉にすればいいのかが分からないようだ。


私はアルトから視線を外し、ゆっくりと歩き始める。

アルトの視線を背中に感じながらも、歩みを止めることはしなかった。


言葉にするのを諦めたように、私の後ろを離れて着いてくるアルト。

散歩に誘う前よりも、落ち込んでしまったアルトを見て罪悪感が沸いた。


まだ、子供のアルトにここまで求めるのは酷なことかもしれないとため息を吐く。

余計なことは言わずに、アルトの気持ちを少し楽にしてやることはできないものかと考えながら


アルトに話しかけるために振り向こうとした瞬間、私の体に違和感が走り

胸の辺りに不快感がこみ上げてくる。思わず膝をついた私にアルトが驚き

私を呼びながら駆け寄ってきた。


「じいちゃん!」


顔色をなくしながら、私を呼ぶアルトに大丈夫だと伝えたいのだが

息が苦しくて言葉がでない。


「じいちゃん! じいちゃん!!」


アルトの声が遠くで響いている……。

セツナと出会ってすぐの会話が頭をよぎる……。


『人間と獣人の違いは姿かたちだけではなくその死にかたにも違いが在る

 獣人は死ぬ1週間前から体力が落ち始め、だんだんと動けなくなっていく

 そして、死を迎える半日前には食事を取ることが出来なくなる……』


-……ああ……私はもうすぐ死んでしまう。


分かっていたことだ。

そう……私は死に行く者なのだ。


私は何時死んでもいいと思っていた。仲間ももう居ない。家族も捨てた……。

自分が決めた道を生きてきた……。

己が選んだ事なのに……死期を悟ったとき、独りで死ぬのが怖くなった……。

家族に会いたいと……。だが、今更会いに行くことなど考えられなかった。


私が捨てたのだから……。


だから、ギルドに依頼して自分の最後を看取ってくれる人を依頼した。

本音を言えば……家族の代わりになる人を求めていたのだ。


そんな都合のいいことは有り得ないと分かっていても……。

金目当ての冒険者が来る度に、落胆と失望を味わいながらも諦め切れなかったのだ。


「じいちゃん! じいちゃん!」


アルトの声を遠くで聞きながら……私の意識が朦朧としていく。


-……もう少し……生きていたい……。


いや……もっと生きていたい。

一秒でも長く……この幼い獣人と孤独を抱えながらも一生懸命生きている青年のそばにいたいと……。

私に優しさと安らぎを与えてくれた二人の役に立ちたいと……。


まだまだ教えたいことはたくさんある。

伝えたいこともある……。


アルトが鳥のように、綺麗に羽ばたく姿を見たい……。

願いは……何処までも残酷に広がっていく……。


しかし、その願いが叶えられないことも私が一番理解していたのだった。





読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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