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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 アメジストセージ : 家族愛 』
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 『 幕間 : ラギとアルトの建国祭 』

 窓から2人の訓練の様子を見ることが、私の日常になっていた。

日に日に強くなっていくアルトに、私も目を見張るばかりだ。


昨日は、建国祭1日目ということもあってアルトと祭りに出かけた。

セツナは仕事が入っていたらしく、知らない間に消えていた。

何時もなら、出かけるときは私達に伝えていくのだが。

余程急いでいたのだろう。


私は、昨日のことを思い出し思わず胃の辺りをさする。

今日の朝食は、スープだけにしようと心に決めた。


アルトはセツナに、昨日の祭りの話をしているようだ。

手振り身振りで、昨日のことを伝えているのが見て取れる。


セツナは訓練に集中しないアルトを注意しているようだが

アルトは、セツナと話がしたくて仕方がないようだ。


最近、セツナの依頼が忙しかったせいで

2人の時間が微妙にかみ合わない

この朝の時間が、唯一アルトとセツナが一緒にいることができる時間と

いってもいいのかもしれない。


「でね、でね、ししょう

 じぃちゃんがね……」


セツナは先にアルトの話を聞くことにしたらしい。

庭に腰を下ろし、アルトがセツナの前に座って一生懸命に話している。


そんな2人を微笑ましく見つめ、私も昨日の事を思い出す。


アルトは、初めて見る祭りにずっとはしゃいでいた。

私と手を繋ぎ、私を気遣いながらも

見るもの見るものに視線を奪われ

好奇心が大いに刺激されているようだった。


食べ物の匂いにひかれ、ふらふらと屋台のほうへ行ったかと思うと

肉を刺した串を、自分のお金で2本購入し1本を私に渡してくるアルト。


「はい、じぃちゃん」


「……ありがとう」


私が肉を受け取り礼を言うと、とても幸せそうな顔で頷く。

まさか、私の分まで買って渡してくれるとは想像もしていなかった。


胸の辺りが、じんわりと暖かくなるのを感じ

アルトにもらった肉をしばし眺めながら、アルトに声をかける。


「アルト、欲しいものや食べたいものがあったら

 買ってあげるからの?」


自分のお金を使うことはないと、遠まわしにアルトに伝えるが

アルトの方を見ると、もう肉を食べ終わっており

キョロキョロと周りを見ながら、私に返事を返した。


「ししょうが、きのうおかねくれた

 じぃちゃんと、たくさんたべておいでって」


「色々珍しいものも売っているが?」


「うーん……。たべもののほうがいい。

 ししょうも、すきなだけたべていいっていった」


好きなものを、好きなだけ食べてもいいといわれたのが嬉しかったのか

アルトは、嬉しそうに尻尾と耳を動かしている。


「……食べること限定なのかの……?」


「うん」


「そうか……食べること限定なのか……」


「うん、いっぱいおかねもらったから

 いっぱいたべれる」


私に返事を返しながらも、視線は食べ物の屋台に釘付けだ。

私は、そんなアルトに苦笑を返しながらも

アルトに手を引かれるままに、次の屋台へ向かうのだった。


1つ食べ終わったら、また新しい食べ物を買い

次々と私達の胃袋の中に納まっていく。


次第に、お腹が膨れていくのだが……アルトはまだ食べることができるようだ。

そろそろ私の分はいいから、自分の分だけを買うように伝えると。


「ししょうが

 じぃちゃんといっしょに、たべるんだよっていった」


そういって、必ず私の分も渡してくれるので食べないわけにはいかない……。

私が断ると、アルトもやめようとするのだ。


そのうち、お金も尽きるだろうと思っていたのだが……。


「じぃちゃん、ほしいものない?

 ししょう、はんぎんか4まいくれたから、まだいっぱいかえる」


「……」


半銀貨4枚……ここで銀貨を渡さなかったのがセツナらしいが

まさか、そんなに貰っているとは思わなかった。

お金が尽きるのを待つのは無理そうだ……。

アルトをチラリと見ると、キラキラとした目で私の言葉を待っている。


「……あの……お店のものが食べたいかの……?」


適当に目に付いた屋台を指差すと

アルトは嬉しそうに頷き、私の手を引き店の前まで行く。

そして……アルトから出た言葉は……。


「おおもり、2つください!」


躊躇なく、大盛りを頼むアルトに私は絶句した。

大盛りの食べ物に、顔を引きつらせながらもお礼をいい

胃の中へぎゅうぎゅうと押し込んでいく……。


その後も、散々食べ歩き帰宅した時にはもう動く気力も無く

ぐったりとソファーに寝そべっていた。


いったい、あの小さな体にどうやってあの量の

食べ物が納まるのか、誰かに説明を求めたいほどだ。


もう今日は、食べ物は見たくないと思いながら

私はセツナの帰りを待っていた。


アルトは、セツナにお土産を渡すと頑張って起きていたのだが

はしゃぎ疲れたのか、食べ疲れたのか、いつの間にか寝てしまっていた。


私は少しでも胃が楽になるように、胃の辺りをさすっていると

少し沈んだ様子で、セツナが帰ってくる。

しかし、私を見ると沈んだ表情を微笑みにかえて帰宅を告げた。


「ただいま戻りました」


「ああ、おかえりお疲れ様だの」


ソファーでぐったりしている私を見て

口元を緩め、ニヤリとした笑いを向けるセツナ。


「今日は、沢山食べました?」


そのセツナの言葉に笑顔に、私は食べ物限定の意味を知った……。

日頃の、色々な悪戯の仕返しをされたのだと気がついたのだ。


「……やられた……のぅ

 私と食べるように言われたら……。

 アルトは1人では食べようとしないからの……」


セツナは、そんな私の様子を見ながらカバンから何かを取り出し

笑いながら聞いてくる。


「城から、お土産のお菓子を頂いたんですがどうですか?」


私が返す答えは、もうわかっているだろうに

あえて、たずねてくるセツナが憎たらしい……。


「……」


何も答えずに、知らん振りしていると

セツナが笑いながら、カバンから薬を出して私に渡す。

机の上の水差しから、コップに水を注ぎ机の上においてくれた。


「消化薬です。飲むと楽になると思います」


「今日1日で……3日分ぐらいは食べたような気がするの……」


そうため息をつき呟いた私に、セツナはとてもいい笑顔を返したのだった。


昨日のことを思い出しているうちに、二人の訓練が始まる。


私は、彼等の訓練を眺めながら

もうしばらく……もうしばらくだけ……。

この日常を、享受することができますようにと心から祈るのだった。

読んでいただきありがとうございます。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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