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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 アメジストセージ : 家族愛 』
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『 王妃の騎士と王子の騎士 』

* ジョルジュ視点

 細い糸が切れる直前のような緊張感の中にいる感じがする。

竜の加護をもらったといっても、サイラスは今までと何も変わりがなかった。

だから、加護をもらう前ともらった後の違いがわからなかったのだが……。


今そのサイラスから恐ろしいまでの殺気が放たれている。

扉前の兵士達は、サイラスの殺気に当てられて座り込んでしまっていた。


セツナの後ろで暢気に酒を飲んでいた大臣たちも

サイラスの膨れ上がった殺気に呼吸が苦しそうだ。

将軍は少し苦い表情を見せているだけだが……。


私とフレッドも気を抜くと

サイラスの殺気に流されて、体が震えそうになるのを腹に力を入れてこらえていた。


ユージン様が心配になり、少し後ろを向くと

ユージン様とキース様の顔色も青かった。


なのに……サイラスをここまで怒らせた青年は

顔色も変えずその場に立っていたのだった。


何故このようなことになっているのか……。


私は朝からの出来事を、思い返してみた……。


今日は建国祭初日ということもあり、いつもより城の中の空気は浮ついている感じはあった。

建国祭……建国祭といっても、そう長い歴史があるわけではなく。

今の国王様が、即位した日を祝うために作られた祭りだと聞いている。


私も子供の頃は、祭りと聞けばわくわくしたものだったが

今はそれほど心動かされるものではなくなっていた。

この国が、周辺諸国と同盟を組んでまだ一月もたっていない今

やるべきことが山済みで、祭りどころではなかったのも理由のひとつだったのだが……。


その中で一人、王妃様だけは建国祭の日は半日でもいいから祭りを楽しむべきだと

ずっと口にしていたのを、ユージン様と共に聞いていた。


だが、王妃様の言葉に真剣に耳を傾けるものは居なかったのだ。

何時もの王妃様の我侭だと……皆が思っていたのだから。


楽しいことが好きで、お祭りが好きで、何時も笑顔の王妃様。

サイラスが居ない間は、さすがに沈んでいたが


『私のお仕事は、この城を明るくすることよ?

 この城が明るいと、国も明るいものになっていくわ』


というのが口癖だった。


王妃様は毎日のように、建国祭のことを口にしていた。

国王様にユージン様にキース様にそしてサイラスに……。


その様子を私もフレッドも間近で見ていたが

その時の私にも、王妃様の言動は少し自重するべきではないかと思った。


笑っていたから。王妃様は建国祭のことを口にするたびに、楽しそうに笑っていらしたから。


毎日の王妃様の言葉に、最初にユージン様が怒り、そして国王様が嗜めた。

王妃様は少し落ち込んだ感じだったのだが、またすぐに笑顔になり建国祭のことは

それ以降、口に出さなくなったので諦めたかと思われていた。


それが……今日の朝の報告の時間が終わった頃に、王妃様が走って国王様のそばに来た。

王妃様の胸の中には見慣れない物体が抱えられている。丸っぽい青色の何か。


王妃様は皆のほうへ顔を向けると、とても楽しそうな笑顔を見せておはようという。

そして、国王様のほうへ顔を向けると楽しそうに話しかけた。


「王様、今日は半日私と過ごしてね?」


国王様はため息をつきながら、王妃様のほうを向き否と答えた。


「王妃……駄目だといったはずだ。仕事があるのだ」


国王様の返事を聞くと、王妃様はとても真剣な表情を作り。


「……駄目。今日だけは……王様の言うことは聞けないわ」


そういうと、手に持っている物体に言葉を呟いた。


(いざなえ)え私たちの空間へ、守れ私を私の騎士!」


王妃様が呟き終わった瞬間、その物体が光り……国王様と王妃様がその場から消えた。


その瞬間、何かの気配を感じたのか、

将軍が勢いよく剣を抜き国王様達が消えた場所に、上段から渾身の一撃を振り下ろす。


剣と何かがぶつかる音がし、将軍が弾かれた。

すぐに体勢を立て直し、剣を構え直す。


皆が凝視する中、光が収まった場所に居たのは

上半身裸のセツナだった。


どうやら、国王様と王妃様が消えたのはセツナが仕組んだことらしい。

王妃様が早まったためか、セツナの準備が整っていない間に呼び出され

セツナの顔は引きつっていたが……。


カタリと後ろのほうで鎧がなる音がする。私の思考がそこで途絶えた。

完全に振り向くことはせずに後ろを見ると

サイラスの殺気で座り込んでいた兵士が立ち上がっていた。


サイラスの殺気は、まだおさまっていない。

状況は私が考え込む前よりも悪いといったほうがいい。


何気なく、セツナの後ろに視線をやると息苦しそうにしていた大臣達も

不思議そうに顔を見合わせていた。


-……どういうことだ?


将軍がセツナのほうを見ている。

それに気がついたのか、セツナが将軍に頷いていた。

そのやり取りを見て、セツナが何かしたのだと理解した。


セツナが将軍から視線をサイラスに移す。

今セツナが立っている場所は、王妃様が胸に抱えていた青く丸い物体のそば。


よく見ると、顔がついている。ぬいぐるみか何かなのだろうか。

セツナがサイラスに呆れたような声で声をかける。


「サイラス、その無差別に撒き散らす殺気を抑えたら?」


「今から殺し合いをするんだろうが?」


「僕は別にそれでもいいけど」


サイラスは完全に頭に血が上っているらしい。

サイラスは私達からみても、とてもセツナを大切に思っているようだった。

だから、余計に腹立たしいのだろう……どうして、王妃様の方につくのか

この国の状況で、正しいのは自分達だと胸を張って言えるのだろうから。


「サイラスは今この国で、とても重要な位置に居ることはわかっているんだよね?

 それなのに僕に殺されるのを、受け入れる動機はなんなのかな?」


セツナのいいように、サイラスが歯をかみ締める。

私も、少し眉根を寄せる……。

まだ戦ってもいないのだから勝敗はわからない。


「お前に殺されるって、決まったわけじゃないだろうが!」


「……まぁ……確かに……僕を倒せば君は死なないだろうけど……」


サイラスが剣を抜いた。

セツナは驚いた様子も見せずサイラスに問いかけていた。


「サイラス……君が自分の命を賭ける理由は何?」


「この国のためだ。

 俺は、王妃様がしたことは間違っていると言える。

 そして、お前の行動も……。お前を止めるのにお前を倒すしかないというのなら

 俺だって容赦はしない!」


「そう……」


セツナは俯き、何かを考えている風だ。


「剣を抜けよ、セツナ

 お前から仕掛けたんだろ?」


苛立ったように、サイラスがセツナを挑発する。


「……ユージンさんもキースさんも……サイラスと同じ考え?」


セツナは顔を上げ、ユージン様とキース様に尋ねていた。


「……ああ、私も今回の母の行動は間違っていると思う」


キース様はユージン様の言葉に頷いた。


「どうして、間違っていると?」


「母が、お祭りや楽しいことが好きなのはわかる。

 だが、今は遊びに割いている時間などないのだ。

 遊びたいなら、母一人で遊べばいい。

 我々を巻き込むのは間違っているだろう?」


「建国祭を祝うのは遊び?」


「それ以外の何があるというのだ?」


「……」


「なぜ……母の依頼を受けたんだ?

 セツナが依頼を受けなければ、母も諦めたはずだ。

 母が王妃だからか……?」


セツナは軽く首を横に振り、ユージン様に答える。


「王妃である、ないは関係ありません。

 僕は、その人の依頼が僕の信念にあうものならば、僕は依頼を受けます。

 依頼を受けたからには、僕は僕の持っているすべてでその人を守ると決めている。

 国を問わず。貴賎を問わず。種族を問わず」


「……」


「王妃様は、ギルドを通さず僕に直接依頼を持ってきたんです。

 僕に力を貸して欲しいと。ただ、僕の持っている力は人と比べて大きい。

 だから、僕は僕の力を使うとき、その人の覚悟または信念を見せてもらう。

 覚悟のない人間の依頼を受けようとは思わないですから。

 王妃様は僕にその信念と覚悟を示した。だから依頼を受けたんですよ」


「私達も、信念と覚悟をもって動いているが?」


「ええ、僕はそのことを否定するつもりはありません。

 ただ……」


セツナが続きを言いかけるのを、サイラスがさえぎる。


「もういいっ! お前に、俺達の想いがわからないのなら

 言葉で言っても無駄だろう……。四の五の言わずに白黒つけたらいいだろうが」


「……」


「俺達の想いと、お前の言う王妃の想い……どちらが上か勝負をつけようじゃないか」


「……僕は、そういう気持ちは比べるものではないと思いますけどね」


「お前を倒さないと、ここから出ることができないんだろう?」


「そうですね」


「結局は、お前と戦うしかないということだ……。

 俺達が勝てば、俺達の想いのほうが上だと言う事だろう?」


「……サイラスは、僕と戦うことを選ぶんだね……?」


サイラスに確認を取るように、何かに気がついて欲しそうに尋ねる。


「怖気づいたのか? お前を倒せといったのは、お前だろセツナ」


私は、サイラスとセツナの会話を聞いていて1つ疑問に思った。

セツナの後ろにいる、将軍も大臣達もなぜ大人しくセツナに従ったのか……。


将軍も大臣達も、私達と同じぐらい……いやそれ以上に国を思っているはずだ。

なのに何故動かない……。


大臣達は、酒を飲みながら黙って私達の様子を眺めているだけだ。


セツナのサイラスへの言葉は……何か大切なことを含んでいるような気がした。

サイラスは……血が上りすぎてセツナの言葉をそのままの意味でしか捉えていないようだが。


「自分達が選んだ選択を後悔しないようにね……」


「選択肢などなかったろうがよ」


「……そう思うならそうなんだろうね?」


それ以上セツナは何も言わなかった。しばらくその場に沈黙が下りる。


「……」


セツナが俯き、深くため息をつく。


その様子に、サイラスが痺れを切らしたのか口を開こうとするよりも早く

セツナがゆっくりと顔を上げ呟くように言った……。


「……お手本を示してくれている人が沢山いるのに……」


そう言って、顔を上げたセツナの瞳を見た瞬間、私達は戦慄を覚え一歩後退る。

剣を構え、殺気を放っていたサイラスでさえ後ろに後退した。


「……少し失望したよ」


サイラスの顔色が少し変る……。

多分私の顔色は青くなっているだろう。

自分で血の気が引いているのがわかった。


セツナは、サイラスのように殺気を放っているわけではないのに……。

ただ……。そう……ただ……こちらを見ただけだ。


視線を合わせただけなのに……体が恐怖から震える。

思わず剣を抜いてしまいたくなる衝動を抑え

フレッドを見ると彼も顔を蒼白にしながら

剣の柄に手をのせているが、かろうじて剣を抜くのを抑えているようだ。


剣を抜きたい……だが、ここで剣を抜くと殺される……。

頭も体も彼に逆らうなと、警告を発していた。

私はユージン様の、フレッドはキース様を守るようにかろうじて立っているが

主を振り返る余裕など微塵もない。


彼が冒険者だと知っていた。

魔導師だと知っていた。

剣を使えることも聞いていた。


私はセツナがサイラスに、ここに居る全員を殺せると言った時

そう簡単に殺せるはずがないと思った。口で言うことは簡単だと。

我々が居るのだ、そう簡単に殺せるとは思うなと、心の中で思っていた。

強いといっても、私達が力をあわせれば勝てないことはないと。


だが……きっと彼はすぐにでもここに居る全員を殺せる……。

彼の瞳がそう語っている。


私は彼の、人を安心させるような菫色の瞳しか知らない。

彼がこんな目をすること自体が信じられない……。

何の光も通さない、彼の瞳を見たものの心を凍らせるような冷たい紫。


彼の表情と感情が消えるだけで、ここまで変わるものなのか……。

サイラス以外誰一人、体を動かすことさえできなかった。



読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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