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第四楽章

「おい、俐桜か?」


名前を呼ばれたから振り向いてみると、スポーツバックを肩にかけた色黒の青年が一人立っていた。その後ろには数人の青年が不思議そうに俺を眺めていた。


なんで俺の名前を知ってるんだ?


「やっぱり、俐桜だ! もう病気治ったのか!?」


こいつ、誰だっけ…

病気のことを知ってるということは、俺の知り合いっということなんだけど…


「あれ? 俺のこと忘れてる? まぁ、最後に会ってから何年も経ってるし、俺もこんなけイケメンになればなぁ~分かんないのも分かるぜ~」


後ろの仲間と思われる数人の奴らが“誰がイケメンだよ!”と笑いながら突っ込んで笑っていた。

この少し自信家な奴……思い出した!


うぐいす?」


「おっ、覚えててくれたか! そう、鶯様だよぉ~ん!」


小学校に入った時、桜と鶯で春の綺麗な物ということ、勝手に話しかけてきたのがきっかけだった。しかし、こいつの明るい性格と俺の静かな性格が意外に合っていたのか、仲良くなった。

あれから何年も経って、同じぐらいの身長だったのに鶯の方が頭一つ分ぐらい高くなってしまっている。周りの奴らも俺なんかより高いし……


「鶯、こいつがお前が話してた俐桜? うわっ、女みてぇだな~」


「ちっちゃなぁ~肌も白いし、睫毛長いし、本当に女みたいだな~」


周りの仲間が俺をまじまじと見ながら笑った。上から見下ろされるのは嫌いだ。

ましてや、女って……少しムッとすると周りの仲間は俺の頭を撫でた。完全子供扱いだ。

でも、鶯が俺の事話してくれてたっと言うのは少し嬉しかった。


「ところで、なんで学校来ないんだ? お前の席、ちゃんとあるんだぜ~」


鶯はそう言って首を傾げた。

まだ、俺の席残ってるんだ……びっくりした。

少し見上げる形で、鶯を見る。こいつなら、話していいかな……


「まだ、治ってないんだ……」


「はぁ?…… 大丈夫なのか? 俺達に出来ることあるなら何でも言えよ、協力するから!」


鶯の言葉は暖かくて、優しかった。心に空いていた穴が少し埋まった気がした。

なぜか自然に涙が出てきた。


「って、おい! なんで泣くんだよ!」


鶯は慌てながら俺の顔を覗いてきた。

俺も何で泣いてるのか分からなかった。何故か涙が止まらなかった。


「治るか分からないんだ……速く、治りたいのに……悪くなる一方なんだ……もう、どうすればいいか……分からないんだ……」


袖で涙を拭いながら、心にあった不安を吐き出した。

治ると信じて治療してきたのに、どんどん病状は悪くなる。このまま治らないで、死んでしまうのではないかと何度も思った。こんなこと、鶯たちに言っても何にもならないのは知ってるのに、涙が止まらなかった。

その時、ふと頭が暖かくなった。


「俐桜……お前は頑張ってるよ。だから、大丈夫だ! 治るさ、絶対治る!」


鶯はそう言って俺の頭を優しく撫でてくれた。壊れ物を扱うように優しく、ゆっくり撫でてくれた。優しくされたら余計に涙が溢れ出した。


「こんな小さな体で闘ってんだろ? すげぇよ!」


「今の医学は進んでるんだ! 大丈夫だって!」


「病は気から! 楽しいこと考えようぜ!」


鶯の友達も集まってきてそう言ってくれた。

慰めてがこんなに暖かいなんて思ってなかった。今まで慰めなんかただの上辺だけの言葉だと思っていた。ムカつくだけ、と思っていた。でも、こんな少しの言葉だけど暖かくなるなんて……

泣き続けて、少し落ち着いてきた。


「うぅ……ごめん。急に泣いたりして……」


「良いって事よ。それよりなんでこんな所にいるんだ? 寝てなくて良いのか?」


鶯は俺の涙を拭いながら聞いてきた。

病院の帰りに寄り道、なんて言えない……どうしよう。


「俐桜君!?」


聞き覚えのある声が鶯の後ろから聞こえてきた。いつも聞いていた声、会いたかった人の声だ。


「一輪、なんで……」


鶯たちの後ろをゆっくり見ると制服姿の一輪が驚いた顔をして立っていた。


「なんでって聞きたいのはこっちよ!?今日退院なのは聞いたけど、こんな所に来るなんて聞いてないわよ!」


一輪は少し怒った表情を浮かべながらこっちに一歩ずつ近づいてくる。俺は一輪が近づく度に少しずつ退く。やっぱりまずかったかな……


「いや、外の空気が吸いたくて……タクシーを下りて、少し散歩を……」


一輪は俺の目の前まで来てムッとした。


「駄目じゃない、大人しくしてなきゃ……また、体壊しちゃうよ。ん? 鶯君、俐桜君と友達なの?」


一輪は乱れた俺の前髪を直してから鶯に話しかけた。鶯たちは少し驚きながら頷いた。


「俐桜とは小学生の時からのダチだ。それより、なんで俐桜は城崎を知ってるんだ?」


まずい、一輪と知り合いだった事を言うのはなんか気が引ける……どうしよう。

そう思っていた矢先、腕を引っ張られた。一輪が顔を真っ赤にして早足で俺を引っ張っていたのだ。


「鶯、今日はありがとう。なんかすっきりした。またいつでも遊びに来いよ。母さん喜ぶから。じゃぁな。」


鶯に微笑みかけてから手を振って一輪と家へ帰る。初めは早足だった一輪も、ゆっくりの俺の歩調にあわせてくれた。


畑の間の道、俺の少し前を歩きながら一輪は鼻歌を歌っていた。長い黒髪を揺らしながらご機嫌だ。鼻歌が終わると急に俺の方に振り返った。


「うぅ~ん・・・」


一輪は歩いていた足を止めて俺をまじまじ見ながらまたしてもムッとした。


「なっなに……?」


「俐桜って結構背高かったんだなぁ~って……そういえば、こうやって話すの初めてだね。なんか嬉しい!」


一輪は自分の背と比べながら少し笑った。一輪は俺の肩より少し高いぐらいの身長。俺は、もうちょっと高いと思ってた。

確かに、同じ高さで話すのは初めてだ。いつも俺は二階からしか話せなかったから……

ふと前を見ると、一輪が顔をぐっと近づけてきた。


「うわっ! なっなに!?」


「俐桜君の瞳、グレーなのね~キラキラしてて綺麗。」


瞳? あぁ、祖母譲りの灰色の瞳か。

俺はあまり好きじゃない。グレーの目は父親とも同じなのだ。この瞳を見ると、父親を思い出してムカつくんだ。

俺を覗く一輪の瞳は、黒く澄んだ、綺麗な目をしていた。

俺はその瞳を吸い込まれるように見つめていた。一輪の瞳は俺だけを映していた。


「一輪の目も綺麗だよ。それより、一輪の家ってどこにあるんだ?」


見つめ合った形になっていたのが少し恥ずかしくて、話を反らす。一輪も少し顔を反らし、笑いながら答えた。


「あの林の向こう側にあるの。大きな家におばあちゃんと住んでるの。」


語尾が少し曇る。確か、祖父母とはあまり仲良くないと聞いたが。


「お前、両親は?」


と聞いて少し後悔した。こんなこと聞いてよかったのか?今まで、一輪が両親の事を話したことは無かった。聞いてみようとも思わなかった。

しかし、一輪は少し微笑みながら答えた。


「今、海外に出張中なの~だから、今は手紙だけ~」


出張か。でも、中学生で転校して、祖父母の家に居候って寂しくないのか?寂しいから、俺みたいな所に来るんじゃないのか?


「一人で寂しくないか?」


「うん! 月に一回は手紙来るし、おばあちゃんたちがいるから寂しくないよ!」


笑いながら答えたが、その瞳は潤っていた。

寂しくない訳がない。強がってるけど、きっと寂しいんだ。その背中に何を背負ってるんだ……?


俺は一輪の頭を優しく自分の方へ引き寄せ軽く抱き締める。

鶯達が俺の悩みを消してくれたみたいに、俺も一輪の悩みを消してやりたい。

一輪が俺を孤独から、ただ平凡でつまらない毎日から引っ張り出してくれたみたいに……


「強がらなくて良い。辛かったら、俺がいるから。泣いたっていいんだ。」


そう言って一輪の綺麗な黒髪を撫でてもう片方の手で背中をさする。

そうするとさっきまで固まっていた一輪は俺のパーカーをしっかり握り締めながら大泣きしだした。

俺の中で嗚咽しながら何かを伝えようとする一輪を俺は頭を撫でて宥める。

辛かったな、今までこれだけ溜めて、誰にも言えず一人で寂しかったんだな。

俺は腕に少し力を入れて何度も“大丈夫”と唱えながら背中をさする。

少しすると、だんだん落ち着いてきた。


「うぅ、俐桜……君……わだし、もう嫌なの……」


詰まりながらそう言った。嫌? 何が?

背中をさする手をゆっくりと頭へ移動させ、髪を撫でる。


「何が、嫌なんだ?」


心に届けという願いを込めて、優しく聞いてみる。一輪は握り締める手に力を込め、小さい消えそうな声で呟いた。


「私という……存在が嫌い。なんで……生まれてきたの? 誰にも……必要とされて……ないのに。」



―ジブントイウソンザイ。


一輪はパーカーを握り締めていた手を俺の背中に回し、しっかりと抱き付く。

誰にも必要とされてないなんて、そんな……。


「そんなことないよ。一輪が必要とされてない訳がない。」


静かな声で一輪に言い聞かせる。一輪を必要としている人はたくさんいるよ。俺なんかより……たくさんの人が……


「違う……私はみんなに必要とされてないの……」


「そんなことないよ! なんでそんなこと言うんだよ!」


少し強く言うと、一輪は俺から顔を上げて涙で濡れた瞳で俺の目を見つめる。


「ごめんね、私嘘ついてた。みんなには海外って嘘言ってるんだけど、俐桜君には本当のこと言うね。本当は私、両親に捨てられたの……」


そう言った一輪は濡れた瞳をもう一度俺に抱きついて泣いた。

捨てられた? なんで一輪が捨てられなきゃならないんだよ……

必要とされていない存在。そんなのあっちゃいけない。一輪の存在を否定しているのは、親や家族だ。親が捨てたのが悪い、存在を否定した親類が悪い。


「手紙なんて嘘、手紙なんて来やしない……おばあちゃんも私のこと嫌ってるみたいだし、家に私の居場所なんかないの……私なんて、誰にも必要とされてないのよ……」


「俺がいる! 俺は一輪が必要なんだよ! だから、そんなこと言うなよ……」


そう言って一輪の肩を掴み、顔を見つめる。

そうだ。俺は一輪に救われたんだ……一輪がいたから、平凡な毎日から抜け出せた、生きる意味を与えてくれた。

今度は俺が一輪を救う番だ。一輪の為に何かしてあげたい、背中に背負っている重い荷物を軽くしてやりたい。

一輪は止めどなく流れる涙を流しながら俺を見つめる。


「ほん…とう…? 本当に俐桜君は私を…必要としてくれてるの?」


「あぁ。俺は一輪に救われたんだ。一輪を見捨てるわけがないよ。俺は一輪に生きててほしいんだ」


なるべく優しく、ゆっくり話した。一輪は涙を流しながら俺を見つめた。


「私、生きてていいの?」


一輪の濡れた瞳に俺が映る。不安と恐怖に揺れる瞳が俺に問いかける。生きていたいと……


「当たり前だろ。一輪が生きちゃいけない理由がない。俺は一輪が生きていてくれて嬉しいよ。」


一輪の頭を撫でてやる。今日の俺は一輪の前では素直になれた気がした。今日言った事は俺の本当の気持ち。

その気持ちを聞いた一輪は大量の涙を流しながら俺に抱きついた。何度も大きな声を出して涙を流した。今まで溜めていた悲しみや苦しみ、辛さを吐き出すように……何度も何度も……


「ありがとう……ありがとう……」


だいぶ落ち着いてから俺は一輪の顔を覗いた。半分開いた目を何度も擦りながら一輪は俺を見上げた。自然に見つめ合う形になったがさっきより気にならない。一輪も俺をじっと見つめていた。

ずっとこのままいたいと思った。ずっと一輪といたい、こうやって触れていたい。今、俺がわがままを言ったら一輪はどう反応するだろう。頷いてくれるかな? このまま、少し勇気を出して気持ちを伝えれば一輪は喜ぶかな?俺の気持ちを伝えようと口を開く……


「帰ろうか。」


口から出たのは俺の気持ちではなく、その場からの逃げ道。俺は一輪に気持ちを伝える事は出来ない。そんなことをしていい程の人間ではない。


「そうだね。俐桜君の身体に障るしね。」


一輪はそう言って俺から離れた。涙を指で拭い、ニコッと小さく笑った。鞄を持って軽やかに小走りをして道を歩く。


病気が発覚してからマイナスな事ばかり考え、死を受け入れ生きようとしなかった俺。何かあっても全て病気のせいにして、努力などしない。それでなくても、もう時期死ぬかもしれないのに今から何を望むんだ。

そんな俺が存在を認めてもらいたいと願う一輪に何を言える……何を言ったところで、説得力の欠片もない。


俺は一輪を救えない。

救う資格がない……


俺は死へ向かうしか選択肢は残ってないのだ。



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