第三楽章
初めはただの風邪だと思ってた。ぐったりとベッドで寝ていると思うと昼間は微熱が続いて、夜には四十度まで上がる。
顔色が悪いが、数日すると熱が下がり少し元気になり学校にも行けた。
しかし、また少しすると熱がでるということの繰り返しだった。
しかし何日かした時から、少しぶつけただけで内出血をし、体中が痣だらけになってしまった。
さすがにおかしいと思い俐桜を病院に連れて行ったが、風邪としか言われず解熱剤をもらうだけで原因も病名も分からないまま帰宅した。
熱が下がらないままぐったりとした俐桜を治してやりたいと思うのだが、解熱剤を投入しても下がらない。小さい個人病院では駄目だと思い、総合病院に行って血液検査をしてもらうことにした。
小児科は風邪が流行っているのか、とても混んでおり、結果が出るのに結構の時間を待たされた。
検査の結果が出ると何故か直ぐに骨髄検査に行くように言われた。骨髄検査をするのに俐桜だけ処置室に運ばれた。
処置室には親は入れないので待合室で待つことしかできなかった。
滅多に泣くことがない俐桜が泣き叫ぶ声が待合室に響く。そんな声を聞いていると速く俐桜を解放してあげてほしいと思った。
それからどれくらいたったか分からないが処置室の扉が開き、俐桜がベッドに横たわって運ばれてきた。俐桜はまだ麻酔が効いているためか、目は開いているのに呼びかけても反応が無かった。横たわる俐桜の手を握ると弱々しい小さな手で私の手を握り替えしてくれた。
その日、診察結果を先生に言われた。
「俐桜君は慢性骨髄性白血病です。子どもには稀な病気です、治療が必要なので入院してもらいます。」
ハッケツビョウ……そんな……俐桜が白血病なんて。
頭の中が真っ白になった。私の息子が白血病なんてあるわけがない……そんなことあるわけがない……
目の前のベッドで静かに寝息をたてる俐桜を見ながらあの日の事を思い出していた。
初めて先生にそう言われたときこの世が終わったと思った。
俐桜が白血病な訳がないと何度も頭の中で唱えたが目の前に横たわっていた俐桜を見ると現実だと思い知らされた。
今日みたいに、俐桜の病状が悪化したら怖いため今日は先生に頼んで泊まり込みで俐桜の看病をする事にした。
俐桜の目にかかった前髪を直して横に設置してある簡易ベッドに横たわる。明日にはきっと良くなってるわよね……
「俐桜! 何やってるの!?」
病院に帰ってき時、俐桜は病院のロビーにいた。点滴を引きずりながらロビーのベンチに座っていた。
「あっ、母さん。お帰り。暇つぶしに散歩してたんだけど、疲れたから休憩中~」
包帯で覆われた手を振って私を出迎えてくれた。
こう見ると俐桜がとても小さく見える。昨日掻きむしった首、発疹で荒れた手には包帯が痛々しく巻かれており、顔色は死人のように悪い。服の間から見える肌は白く、そしてとても細かった。
小さい頃はスポーツが大好きで結構筋肉質だったのに、今では歩くことすら大変。
「暇かもしれないけどまだ病室にいなきゃ駄目でしょ! ほら、早く戻るわよ、歩ける?」
俐桜の手を取りながら尋ねると俐桜は微笑みかけながら頷いた。立ち上がり病室まで二人でゆっくり廊下を歩く。昨日呼吸が止まったというのに歩き回っちゃ駄目なのに、ここらへんはまだ子供。
病室に戻り俐桜をベッドに入れる。俐桜はベッドに入るのを渋りながら、渋々ベッドに入る。
横の椅子に座り今日買ってきた俐桜が好きな黄金糖を俐桜に差し出す。
「母さん、ごめんな。今日退院するはずだったのに延期させちゃって。」
俐桜は黄金糖を舐めながらふとそんな事を呟いた。俐桜を見ると少し悲しい顔をしていた。
謝らないで……俐桜が謝る必要なんかない。一番しんどいのは俐桜自身なんだから……
「何謝ってるのよ。謝るんだったら勝手に散歩したりしないでちょうだい。さっき先生と話して、落ち着き次第退院できるらしいわよ。早くて明後日には退院できるって。よかったわね~」
俐桜の手を取りながら言う、泣かないように無理矢理の笑顔を作る。俐桜は私の話を聞いて小さく微笑んで“寝るな”と言ってベッドに入り私に背中を向けて寝てしまった。
俐桜は私の笑顔が無理矢理なのを分かっている。ごめんね、ちゃんと笑えなくて……私は俐桜に気付かれないように静かに涙を零した。
「うん、明日には退院出来るだろうね。でも、無理はしちゃ駄目だ。一輪ちゃんに報告しなきゃだな。」
診察が終わり先生はそう言ってカルテに何かを書き込む。俺は前のボタンを止めながら静かに頷く。
結局今回の薬も駄目だった……いつになったら俺の病気は治るんだろう。
いつになったらみんなと同じような生活出来るんだろうか……
時々俺はこのまま死んでいくのだろうか、などと考えてしまう。考えてどうなることでもないし、そんなことを口にしたらまた母親が泣くから言わない。
「先生……俺いつになったら治るの? っていうか、治るのかな……」
ボタンを全て止め終わり、小さな声で聞いてみる。先生は小さなため息をついてカルテを棚に置き、傾いてた体を正面にむき直した。
「俐桜君、そんなマイナスの考えを持っちゃ駄目だ。どんなに辛く、しんどいことがあっても生きてさえいればきっと輝く未来が待ってるんだから。生きてさえいれば……」
先生は悲しそうな顔をしながらそう言うと、俺の頭を優しく撫でた。
生きてさえいれば……つまり、死ぬまで輝く未来があるってこと? 輝く未来って、そんなものあるのだろうか……
「なんてね。これ、受け売りなんだ。でも、どんな事があっても生きなきゃ駄目だよ。」
先生は俺の頬を軽く摘まんでからカルテを持って椅子から立ち上がり、廊下から呼ぶ看護婦さんに返事をして病室から出て行った。
先生と入れ替わりで母親が入ってきた。
父親は何度入院しても、見舞いには来ない。そんな父親の世話にならなきゃ生きていけない自分がイラつく。
「もう大丈夫ね、明日の退院まで動いちゃ駄目よ。明日のお昼頃に車を止めておくからそれまでに用意しといてね。」
母親はそう言って病室から出て行った。だいたいいつもこれくらいの時間になると母親はどこかに行ってしまう。
「り~お~う~く~ん! こんにちは~」
そして、母親がいなくなったぐらいの時間に一輪は来る。ベッドから立ち上がり窓から下を覗くとスカートに薄い青色のパーカー姿の一輪が立っていた。ニコニコと笑う一輪に俺も少しだけ微笑みかける。膝より少し上のスカートを翻しながら一輪はフルートを箱から取り出した。
「今日ね~遠回りしてここにきたらね山道に小さな神社があったの! 本当に小さいんだけどね、結構落ち着くんだよね~」
そういえば、一輪は俺の前で学校の話をしない……制服でも来ない。
いつもほんの些細な事でも楽しげに話してくれる。俺にとってそれはとても面白くて、楽しかった。一輪は俺に気を使ってるのか、学校のことを話さないのは、一輪が学校を嫌いなのかはわからないが俺には学校の話よりそういうほんの些細な話の方が嬉しい。
学校に行きたいなんて思ってない。今更行ったって友人もいないし、勉強にもついていける気がしない。ニートと呼ばれたくないし、負け組みに入りたくないから病気が治ったら学校に行く。でも、それもおそらく高校までだろう。大学には行かず働くだろう。
「へぇ~俺ずっとここに住んでるけど、その神社は知らないなぁ~また病気が治ったら行きたい所が増えた。」
一輪は学校が好きなんだろうか……学校に行ってて面白いのかな? 好きで行ってるのか、義務だから行ってるのか……
「俐桜君~いつ退院出来るの?」
「このまま俺が何もしなければ明日にも退院出来るよ。心配かけてごめんな。」
本当に心配してくれていたの? と頭のどこかで誰かが尋ねてきた。少し不安になったが、一輪を信じよう。
「本当! 良かった~心配したんだからねぇ~これでまたたくさん話せるね!」
一輪は手を合わせて喜んでくれた。ほら、一輪は心配していてくれていた。俺も家に帰ったら父親がいるから帰りたくなかったが、一輪と話せると思うと少し帰りたくなった。
「俐桜君、退院おめでとう。家でも、今まで通り薬飲んでね。ちょっと副作用はきつくなっちゃうけど、頑張ってね。寄り道しないで帰るんだよ~」
先生に薬を渡され頷いて病院を出る。
病院の外のタクシーで家まで帰る。今日は母さんは用事があるらしく、1人で帰ることになった。1人で外を出るのは久しぶりだ。
タクシーに乗り込み運転手に行き先を伝える。走り出して流れる風景を眺める。そんな風景をボーと眺めていると、でかい建物が見えてきた。
学校だ。
俺が通うはずだった学校、一輪が通っている学校、みんなの笑顔が溢れる学校……
制服を着た生徒が楽しげに話しながら帰宅していく、グラウンドの部活の声。
俺が見たこと無い世界がここにあった。
「すみません、ここで下ろしてください……」
なぜか口が勝手にそう言って、勝手にお金を払ってタクシーから下りていた。下りた後で少し後悔した。
ここに俺の居場所はない。俺の存在を知っている奴なんかいない。どうして下りてしまったんだろう……
歩いて帰れない距離でもないし、帰ろう。もう一度タクシーを探しても良いが、なんとなく歩いて帰りたい気分だ。
ゆっくりとした足取りで歩道を歩いていると、後ろから声をかけられたら。
「おい、俐桜か?」
『病は気から』
だそうです・・・
気をしっかり持って、治るという希望を持ちましょう!