ずっと、私のことを、覚えていてくれますか?
入学式。
「鶯鈴蘭って言います!」
「私は生徒のみんなと家族のような関係になりたいと思ってます。」
「その第一歩目として、受け持った生徒のことを下の名前で呼ぶことにしています。」
「これは、私の方針といいますか......」
「ポリシーと言った感じのものです!」
高校1年生の春。
担任の先生が、そんなことを言っていたのを思い出した。
今では、生徒のことを苗字と「さん」をつけて呼ぶことを推奨されている。
それはジェンダー平等の意識。
あだ名によるイジメを減らすためである。
そんな世の中で、随分思い切った提案をする人だと感じた。
正直に言って、私は、多様性に配慮がない人のことは、苦手であった。
別に、私が、女の子が好きだとか、男の子になりたいといった、願望があるわけではない。
それでも、そういう敏感な問題で苦しんでいる人が増えている以上、一定の配慮が必要だと考えている。
先生の第一印象は、決して良いものではなかった。
1年の2学期。
鶯先生は数学の先生だ。
「じゃあ、この問題を…」
「今、目を逸らした....」
「紫苑さん!」
「前に出て解いてみてください。」
鶯先生が、私の名前を呼んだ。
難しい問題を解きたくなかったのもあるが、
人前に出るのが、あまり好きではなかった。
それでも、先生に指名された以上、前に出て問題を解くしかない。
大丈夫......
大丈夫......
昨日、ちゃんと予習した範囲の問題だ。
答えが正しいか分からない不安と、クラスメイトからの視線が、より一層緊張させた。
「できました....」
「…」
「正解です。」
「難しい問題なのに、よく解けましたね。」
「偉いですね。紫苑さん。」
そう言って、先生は私の頭を撫でた。
嬉しいと思うより、気恥ずかしいが勝った。
私の身長が小さいせいか、先生は私の頭をよく撫でる。
「やめてください.....鶯先生。」
「そうだそうだ!」
「いくら紫苑の頭が撫でやすい位置にあるからって、
良くないと思います~。」
「贔屓だ。贔屓!」
クラスメイトからの野次が飛んだ。
先生の行動を指摘するというより、私をからかうために言ったものであった。
「別にそんなことありませんよ。」
「ただ、頑張っている紫苑さんを褒めているだけです。」
「みなさん。拍手を。」
と先生は言ったがみんなは拍手をしなかった。
私が嫌われているのではなく、先生を面倒臭がっての行動だろう。…多分。
「.....まぁ、いいです。」
「よし!席に戻っていいですよ。」
私は気まずさを抱えたまま自席に戻った。
その後、すぐにチャイムが鳴り、授業が終わった。
「ねぇねぇ。しおちゃん。」
隣の席の結花に話しかけられた。
鶯先生が下の名前でみんなを呼ぶから、
自然と互いに下の名前で打ち解けるようになった。
それも、計算に入れているなら、なかなか賢い。
「なに?ゆいちゃん?」
「さっきは拍手しなかったけど、」
「さっきの問題を解けたのは、凄いと思うよ。」
「しおちゃんは頭がいいんだね。」
「う~ん。どちらかというと、頭がよくないから予習してる感じ?」
「へ~。そうだったんだ。」
「じゃあ、努力家?真面目で偉いね!」
「うん、別にそんなんじゃないよ…」
「え〜、そうかな?あ!鶯先生がなんか呼んでる。」
「ちょっと行ってくる。」
「うん。」
ゆいちゃんは、早歩きで教卓にいる先生の方へ向かった。
しかし、すぐにUターンして、私の方へ戻ってきた。
「私じゃなくて、しおちゃんを呼んでいるって。」
「あ!そうだったんだ。分かりづらいね。」
「本当にそう。わざわざ急いで行ったのに。」
「私から、文句言っておくよ。」
「うん。お願いね。しおちゃん。」
私は、ゆいちゃんの不満を携えて、先生の所へ行った。
「.....何ですか鶯先生。」
「今、時間ありますか?」
「いえ。6時間目は、教室移動なので、手短にお願いしたいです。」
「それなら、放課後、時間ありますか?」
「.....はい。多分、大丈夫です。」
「それなら、放課後、職員室で待っています。」
「......はい、失礼します。」
そう言って、持ち物を準備して、急ぎ足で教室へ向かった。
「あ!しおちゃん。」
「鶯先生から、何の話だった?」
「何か、詳しく話したいから、放課後来てくれだって。」
「そうなんだ。あと、間違って私のことを呼んだのは注意した?」
「....まだ言えてない。放課後に会ったときに言っておくよ。」
「うん。よろしくね。」
鶯先生はわりと適当だから、
次に会ったときには、もう、覚えていないと思うけど。
そんな話をしているうちに、授業開始を告げるチャイムが鳴った。
「授業始めるよ~。」
「は~い.....」
クラスのみんなは気だるそうに返事した。
「じゃあ、学年委員の小鳥遊さん。」
「号令してください。」
「あ.....はい。」
「起立.....」
「気をつけ。」
「礼。」
「着席。」
なんで、学年委員なんか、引き受けてしまったのだろうか。
真面目そうに見えるって理由だけで、推薦した男子のせいだったか。
でも、そんな曖昧な理由で、任命していい役職ではないと思う.....
それに私なんかが、学年委員なんて。
やっぱり、柄じゃないな。
そんなことを考えながら授業に集中していると、すぐに授業は終わった。
終わりの挨拶は、もう一人の学年委員がすることになっている。
私は、挨拶を済ませて、結花と一緒に教室に戻った。
「ゆいちゃん。今日は帰りのHRないよね?」
「うん。確かそうだったよ。」
「じゃあ、私、軽音部行ってくるから。」
「しおちゃんも来る?」
「ううん。ありがとう。でも、最近はバイトで忙しいんだ。」
「え!しおちゃんって、バイトしてたんだ。」
「うん。スーパーのレジ打ち。貧乏だから、少しでも足しになればいいなって。」
「めっっちゃ偉いじゃん!」
「…ありがとう。」
「あ!部活遅れちゃうから行くね。また、明日ね、しおちゃん。」
「うん。また明日、ゆいちゃん。」
活気がある結花を見ていると、私も元気でいられる気がする。
…偉いか。
…偉いってなんだろう。
放課後。
「コンコンコン。」
「失礼します。」
「1年2組。小鳥遊です。」
「鶯先生。お願いし」
「あ、紫苑さん。入ってきてください。」
「.....はい。失礼します。」
私が、言い切る前に先生は私の存在に気づいた。
最後まで、言わせてくれてもいいと思うが、
本当に、せっかちな先生である。
「.....それで、話ってなんですか?」
「実は、今、生徒会に欠員があってだな。」
「是非、紫苑さんに引き受けてほ」
「お断りします。」
私も先生と同じように、食い気味に言葉を返した。
「…どうしてですか?」
「私なんかが、最後まで責任持ってできるとは思わないからです。」
「…」
「そんなことないと思います。」
「…え?」
「前回の中間テストでも良い点数だったし、模試の成績だって悪くない。
「真面目に努力している紫苑さんには、ピッタリの役職だと思っています。」
「紫苑さんはもっと、褒められて、認められていいんです。」
「…」
「…」
「一回持ち帰っていいですか?」
「分かりました。是非、前向きに検討してください。」
「あ、後。ゆいちゃん…結花ちゃんが今日の件、怒ってましたよ。」
「…あ〜。覚えていますよ。忙しいので、紫苑さんから、謝っておいてください。」
多分これは、覚えていないやつだろう。
それにゆいちゃんも明日には忘れていると思う。
「分かりました。では、失礼しました。」
「はい。気をつけて帰ってください。」
「はい。さようなら。」
先生が優しく手を振った。
それに対して、腰の位置で小さく手を振った。
下校途中。
生徒会か。
何の役職かも聞いていないのに、引き受けるわけないでしょ。
でも、もっと褒められてもいい…って。
先生の言葉が頭の中で何回も反芻する。
帰りのバスの中でも、電車の中でも。
やっぱり無理だ。
明日、できないって、ちゃんと言おう。
「ガチャ!」
玄関を開けて家に入る。
「ただいま。」
返事は帰ってこない。
畳の部屋に荷物を置いて、リビングに向かう。
「紫苑!今月のバイト代、ちょっと少ないんじゃない?」
「ごめんなさい。鷹木さん。でも、今月はテストも模試もあって…。」
「誰に養って貰ってると思うの?!」
「あんたなんか、別に追い出したっていいんですよ。」
「ごめんなさい。今月は、バイト増やします。」
「ふん。分かったらいいのよ。」
「はい、すみません。」
しゃがれた声で私を非難した。
でも、私に反抗する権利なんてない。
身寄りのない私を引き取ってくれただけでも感謝しないと行けない。
食事、洗濯、掃除を私がやらないといけないのは、当然のことだった。
翌日の放課後。
「鶯先生。」
「はい。生徒会の件ですか?」
「…はい。挑戦してみようと思います。」
「本当ですか!ありがとうございます。」
「じゃあ、今日はちょうど活動日なので、このまま生徒会室に行きましょう。」
「はい。ちなみに、私の役職は…。」
「庶務です。言ってませんでしたか?」
「…いえ、念のために確認しました。」
面倒臭いから、聞いていたことにした。
「ここが、活動場所です。」
連れてこられた生徒会室は、アニメや漫画で見た理想とは大きくかけ離れた所だった。
まるで、物置部屋を整理したような場所だ。
部屋の中には、3人の生徒がいた。
定員人数は10人のはずだから、かなりギリギリで活動しているのだろう。
私の存在に気づくと声をかけてくれた生徒がいた。
「先生、この人が以前、言ってた子ですか?」
「はい。そうですよ。」
「小さくて可愛い子ですね!あ、2年の鳶口鬼灯、会長です。よろしくお願いします。」
「…小鳥遊です。よろしくお願いします。」
「会長の鬼灯さん。あとは、任せます。」
「OKです、じゃあ、早速ですが、庶務の仕事の説明をします。」
1年の3学期。
それから、私は正式に加入することになった。
庶務は、仕事が少ないから他の役員の仕事の補佐的な役職であること。
加えて鶯先生の生徒会業務の手伝い。
つまり、雑用がメイン業務であった。
めんどくさい仕事が多いけど、鶯先生は私のことを褒めてくれる。
生徒会業務とバイトで板挟みでも、そんな事は鶯先生が吹き飛ばしてくれる。
だって、私が仕事を終わらして、先生に見せる度に、「偉い」と言ってくれるから。
頭を撫でてくれたからだ。
最初のうちは、子供扱いされたようで恥ずかしかった。
けれど、鶯先生の隣でいることに慣れると、頭を撫でてくれる位置にいられる事が嬉しくなった。
でも、もっと褒めて欲しい、先生の特別な存在になりたいと最近考えるようになってしまった。
だから、こんなお願いをすることにした。
「鶯先生。」
「はい。何ですか?」
花が綻ぶような笑顔で返事をしてくれた。
「鈴蘭先生って、名前で呼んでもいいですか?」
「…それは、流石に。先生と生徒だし…。」
「私は、先生が入学式の日に言った事を覚えています。家族のようになりたいって!」
「だから、先生のことも名前で呼ぶことが正しいと思います!」
なんて、生意気な提案なのか。言っている自分さえ、恐ろしくなる、
「分かりました。でも、2人の時だけですよ?」
「はい!鈴蘭先生!」
鈴蘭先生は、確かこの学校が初めてだった。
だから、私が一番最初に先生のことを名前で呼んだ生徒になった。
そう。私が一番なんだ。
2年の1学期。
クラス替えがあった。
引き続き、鈴蘭先生が担任で安心した。
でも、なんとなく鈴蘭先生から距離を置かれている感じがする。
…気のせいか!
「しおちゃん!」
結花の明るい声が聞こえた。
「なに?ゆいちゃん。」
「最近どう?疲れてない?」
「ん?ギリギリ大丈夫だよ?」
「そっか。でも、無理しちゃダメだよ?嫌な事は断っていいし!」
「うん。ありがとう。でも、私がやりたくてやっているからさ。心配しないで。」
「…そうなんだ。じゃあ、私、部活行くから。じゃあね。」
結花は、弾むように走っていってしまった。
よし、生徒会の仕事をしよう。
放課後。
「小鳥遊さん。こちらの仕事もお願いします。」
「はい、鳶口さん。分かりました。」
最近、仕事が増えた気がする。
というより、鳶口さんが私に多く仕事をふっているような…
やばい、キャパオーバーになりそう…
でも、その分鈴蘭先生に褒められる機会が増える!
そう考えると疲労なんか忘れてしまえた。
よし、この資料作成は終わり!
あ、ちょうど鈴蘭先生がいる。
「鈴蘭先生〜!」
私は、元気よく鈴蘭先生を呼んだ。
「小鳥遊さん。聞きましたよ。」
「…え?」
なんで、苗字で。
「生徒会の仕事をサボり気味だって。」
「…誰から聞いたんですか?」
「会長の鬼灯さんからですよ。」
「他の役員の仕事を自分の成果にしているって。」
「…そうですか。すみません。」
私が謝ると、鈴蘭先生は何事もなかったように行ってしまった。
もちろん、私はちゃんと仕事をしている。
それどころか、全体の8割を私が負担していたはずだ。
鳶口会長に確認…
いや、資料の構成やフォントの傾向なんかを見れば、すぐに私だって分かる。
ここはあえて、先生を信じてみよう。
大丈夫。
大丈夫。
私の鈴蘭先生なら分かってくれる。
次の仕事は、修学旅行のレクリエーションの企画と運営だ。
同学年の役員は来ていない。
この量の仕事を独りでするのは…
いやこれは、チャンスだ。
自分独りで、やりきったら、きっと鈴蘭先生も驚くに決まってる。
鈴蘭先生に頭を撫でて貰えるはすだ!
2年の2学期。
「小鳥遊さんの仕事だって聞いていましたが…」
「どういうことですか?」
「すみません。私の努力不足です。」
「最近、成績も落ちてきているし、生徒会の仕事は他の方に任せてもいいんですよ?」
「え、…他にいるんですか?」
「…」
「いえ、何でもないです。もっと、頑張ります。」
「はい。分かりました。」
鈴蘭先生は、もう私に期待なんてしていないのかもしれない。
修学旅行のレクリエーション。
あんまり上手く出来なかったな。
鈴蘭先生と最近は、会話すらできていない。
それなのに、鳶口会長から与えられる仕事は多くなるばかりだ。
でも、もうすぐ鳶口会長も卒業だし…
卒業か。
卒業したら、鈴蘭先生とも会えなくなって、いずれは…
…もし、この仕事をやらなかったら以前から仕事をしていたことの証明になるかも知れない。
少し迷惑をかけてみようかな…
そしたら、鈴蘭先生がまた必要としてくれるはずだ!
2年の3学期。
…何も変わらなかったな。
私がいなくても変わりがいた。
学校の運営に支障が出ることはない。
そしてもう、鈴蘭先生と話すこともない。
頭を撫でられる感触もすっかり、忘れてしまった。
どうすれば、鈴蘭先生とまた仲良くなれるかな。
そういえば、
鈴蘭先生って、私たちが初めての担任だったかな。
だから、それだけでも思い出に残る生徒になると思う。
だけど、
私たちが3年生になって、
それから、卒業して、
また、新しく1年生の担任になって、
生徒のことは下の名前で呼んで、
誰かの頭を撫でて…
…
嫌だ。
嫌だ!
私が先生の一番、特別な存在でいたい!
だから、
もし、私がここで……………したら
先生にとっての、初めてになれるかな。
そしたらさ、先生は、
ずっと、私のことを、覚えていてくれますか?
「出席とりますよ。」
「和樹さん。」
「はい。」
「吉之助さん。」
「はい。」
―
―
―
「紫苑さん。」
「…」
「先生もう紫苑は…」
「何言っているんですか?」
「いつも通り席に座っているじゃないですか。」
「ですよね。紫苑さん?」
「はい。」
終わり。
読んで頂きありがとうございました。
別作品も連載してます。
興味があったら是非読んでください。




