へんきょうの魔女
「エレアノール・グローヴナー、どこだ、どこにいる?前へ出てこい!」
ここはある大陸の端にある島国スターリング王国の王宮の大広間。
目映シャンデリアの煌めきの中、王国中の貴族が集まり、王族の入場をボウ・アンド・スクレープとカーテシーで厳かに迎い入れていた最中、顔を上げさせる言葉も無いまま、怒声が響き渡った。
「皆の者面を上げ。エレアノール、どこだ!隠れてないで出て参れ!ええい、近衛、すぐにここへ引きずり出せ!」
姿勢を元に戻した臣下の者たちは、視線だけを左右に揺らし、突然の怒声の主を確かめると、音のしない舌打ちをしたように口許を歪ませて、目線を下に落として息を殺した。
「スターリング王国の若き獅子、レジナルド殿下。殿下の勇ましき御威光の前に、こうして平伏できますことを光栄に存じます。エレアノール・グローヴナーにございます。殿下からのお呼び出しに従い、謹んでご挨拶申し上げます」
そこに、前後を近衛騎士に護られながら、激昂している王子の前に進み出た少女が、美しく深いカーテシーをしながらマナーのお手本のような口上を述べた。
「よくも貴様、図々しくも私の前に顔を出せたな!エレアノール、貴様、公爵令嬢と言う地位と私の婚約者だと言う肩書きを笠に着て、この聖女候補であるデイジーに対する度重なる嫌がらせ、もう見過ごせぬ。
もうすぐ彼女が正式に聖女に任じられれば、それは王族と同等の地位である。
つまり、貴様のしたことは、王族に対する不敬である。貴様は、ここで私が直々に裁いてやろう。
今、この場にて貴様の身分は剥奪する。そして明朝、王宮広場にて、断頭台にて処刑だ、わかったか!引っ捕らえて地下牢へ連れていけ!」
金髪碧眼の麗しの表情を苦々しげに歪めた王子は、嫌がらせの内容一つも告げず、反論も聞かず、勿論法にも乗っ取らず王子は自身の婚約者の処刑を言い渡した。
静まり返った大広間、引っ捕らえろと言われた近衛騎士たちもお互いの目を見合って動けずにいた。
顔を上げることも許されず、長い時間カーテシーで頭を下げさせられた姿勢のまま処刑を言い渡された公爵令嬢も動くに動けない。
数秒が、何時間にも感じられる嫌な時間が流れ、
「あ、あ、なんか来る!」
聖女候補だと言われた王子に腰を抱かれ、腕にすがり付いていた少女が突然白目を剥いて大声で叫んだ。
その声が王宮の広間に反響している間に、ズドーンと隕石衝突かと言うほどの衝撃が王城に走り、天井が吹っ飛び床には大きな穴が空いた。
貴族たちはワーワーキャーキャーと悲鳴を上げて尻餅をつき四つん這いになって逃げ惑い、王宮の騎士たちも足を踏ん張って倒れないようにするだけしか出来なかった。
勿論、大声で断罪していた王子も、それに引っ付いていた聖女候補も衝撃に耐えられず床に転げ回り酷く腰を打った。
頭を上げることも許されずカーテシーをしていた公爵令嬢は、その姿が見えなくなり、と言うか彼女の居た場所にこそ大きく陥没していて、直撃を食らったようだった。
「ああ、あわわ、あわわ、な、なんだ、これどうしたことだ!おい、調べろ」
したたかに腰を打ち、痛みに顔を歪ませながらも偉そうに陥没した穴の捜索を命じた。
体制を整えた公爵令嬢の前後に侍っていた近衛騎士が、穴を覗こうとすると、そこからフワリと右手の腰の辺りに公爵令嬢を抱えた、真っ赤な髪の黒い服を着た女が浮かび出てきた。
「なんだお前は!何をする気だ?」
まだ立ち上がることも出来ない王子が尻餅をついた姿勢でズルズル後ろずさりしながら震える声で問いかけた。
「お前こそ誰だい、偉そうな口調の割には腰が抜けて立てないのかい、情けないね~」
赤い髪の女が如何にも呆れた口調で溜め息ながらに言い捨てた。
「な、我こそはスターリング王国の王子にして、未来の王太子、レジナルドである。お前、不敬だぞ、名を名乗り頭を下げよ!」
馬鹿にされた態度に激昂して、立ち上がると胸を張って命令をした。
「未来の王太子ってことは、あんたまだ王子ってだけで、立太子してないってこったろ。そんなのが、何の権利で処刑を命じるんだい」
ふんっと鼻を鳴らして赤い髪の女が言い放った。
「な、な、貴様、不敬だぞ、曲者だ引っ捕らえろ、エレアノールの手の者か!?しゃらくさい二人とも直ぐ様切り捨てよ」
そう言い終わる前に、女に向かって前後左右から何十もの槍が差し込まれた。
しかし、女に向かった槍は刺さること無く、バキボキと変な方向へと曲がって折れた。
「たく、この王朝はろくなもんじゃないね。
あんた、両親と宰相が聖国へと巡礼に向かった矢先にこの騒ぎを起こして、自分の婚約者を亡き者にして、その性悪ピンク髪女となし崩し的に婚約するつもりのようだけど、良いかい良く聞きな。
嫌がらせされているって言うその女の話はマナー指導の普通の話さ。婚約者の居る男にむやみやたらと侍ってベタベタ体を触ったり触らせたりするのは良くないなんて当然だろう?
階段から落とされただの、破楽戸に襲われただの、みな自作自演だ。
だいたいその女は聖女なんかじゃない、ただの弱い治癒魔法が使えるだけさ」
「な、な、な」
王子は横に引っ付いている少女を真ん丸な目で見やると口をパクパクして言葉を失った。
その様子を一瞥してまた蔑みの表情を浮かべて女は、手をふり床と天井を元通りに戻すと、抱えていた公爵令嬢をゆっくりと立たせた。
「あ、あの、あ、ありがとう、ございます」
公爵令嬢は赤い髪の女に助けられたことにお礼を言ったが、状況が飲み込めず淑女にあるまじく困惑に目線を泳がせた。
「ああ、あたしはあんた達がへんきょうの魔女と言う者さ。今日は女神様からあんたを助けてやってくれって言う願いを聞いて、5百年ぶりに母国に帰ってみれば、いつの世も愚かな王族に振り回されて可哀想にね。
いいさ、この国の王族は女神の加護を失ったよ。だからもうこんな奴らに付き従うことは無いよ。あんたらも、早く領地に帰って備えな。
愚かな王家に神罰が下るよ。聖女の名を語った者にもね。さあ、早く帰った帰った」
へんきょうの魔女と名乗った女の言葉を聞いて、広間に集う貴族たちは一目散にその場から去り、次々と王都から各領地へと戻る長い馬車の列が連なった。
騎士たちも、文官たちも御多分に漏れず次々に王城を去り、そこに残ったのは愚かな王子と聖女を語った女とへんきょうの魔女だけとなった。
「さて、愚かな王子レジナルド、お前を新たな魔王封じの人柱とする。しっかり勤めよ」
へんきょうの魔女はそう言うと王子に有無を言わせる間も無く魔法を展開して、王城の地中深くに沈めた。
「な、なんで、わたしがぁぁぁぁ~」
絶望した王子の悲鳴が地中から反響して聞こえたが、暫くするとそれも消えた。
「さて、デイジー。あんたには次代のへんきょうの魔女に任じるよ。これからの悠久の時間の手慰みに、代々の魔女たちの手記を残してあるからそれでも読みながら良く良く励みな」
そう言うと、デイジーの額の真ん中に人差し指を当ててニタリと微笑んだ。
「あ、ああ、ああああ、ああー」
聖女モドキのデイジーは、魔女の魔力を体内に受けてピンクの髪が、真っ赤に染まって、そしてあっという間に知らない場所へと転移させられたのだった。
「デイジー!やっとやっと元に戻れた。これで一緒になれるね」
そこには金髪碧眼の麗しの顔に似合わぬシニカルな表情を浮かべた美丈夫が元へんきょうの魔女を力一杯抱き締めてきた。
ピンク色に髪色が戻った元へんきょうの魔女は、はあ~と大きく溜め息を吐いて微妙な視線をその青年へと向けた。
「レジー。もうそう言うの良いからさ。これからの残りの人生は各々好きに生きようよ。あたし、もう好いたはれたとかどうでも良いんだよ。やっと女神様に許されたんだ、恋愛こそ全て!って言う偏狭な考えはもう持てないんだよ。じゃあね、さよならお元気で~」
やんわりと青年の腕をほどくと、フワリと空に舞い上がり小さくバイバイっと手を振った後、転移魔法でどこかへと飛んで消えた。
スターリング王国の顛末を聞かされて、聖国から急いで国王一行が戻ってきた時には、最愛の女に去られた何代か前の王朝の王子がその悲しみをバネにして女神の加護を受けてあっという間に国内を統一し、すでに王座についていてカンブリア王国へと国名が変更になっていたのだった。
その後デイジーと言う名は恋愛偏狭な子となり魔女にされると言う伝承が作られ忌み名とされて、この地では使われなくなったのだった。




