昨日についてネジ一本外して考えてみた、
昨日という物がどういうものか考えた事は誰にもないたず。それをただ考えるのではなく、一度無くして考えてみる。そんな世界を想像してみました。言い回しというか伝わりづらい部分が多々あると思いますが、それは貴方の想像力次第で伝わるのでいつもより頭の回転を早くしてください。
ある日、世界から「昨日」結構消えた。結構というのはある程度消えたという話だ。
いや、正確に言うと「昨日という概念」だけがきれいさっぱり蒸発した。人々は記憶を持っているのに、それがいつのことだったのか説明できない。「それは……えっと……ちょっと前の話だよね?」などと、全員が語彙を失った中学生のようになる。
この奇妙な現象に最初に気づいたのは、市役所の窓口係・田中である。彼は住民票の異動届を見て首をひねった。
「引っ越し日は……“昨日”って書いてありますけど」
「はい、昨日です」
「その“昨日”が今ちょっと在庫切れでして」
「在庫切れって何ですか」
田中は引き出しを開けてみせた。中には「今日」「明日」「さっき」「さっきのさっき」などの札がきれいに並んでいるが、「昨日」の札だけがぽっかりと空いている。
「ほら、ないでしょう」
「いや、引き出しで管理してたんですか時間」
「正式には時間ではなく“言い訳”の棚なんですが」
どうやら人類は長年、出来事を「昨日」に押し込むことで心の平穏を保っていたらしい。失敗も後悔も、「昨日だから仕方ない」と言えばなんとなく許された。だがその便利な箱が消えた今、すべてが“今さっき”か“いつか”に分類されてしまう。
結果、世界は軽く混乱した。
学校では教師が言う。
「宿題は……えーと、“さっきの前の方”に出しました」
生徒は堂々と答える。
「やりました。“いつか”に」
会社では上司が怒鳴る。
「このミスはいつのだ!」
部下は胸を張る。
「現在進行形です!」
混乱のさなか、田中は妙な男と出会う。全身を砂時計で飾った、自称“時間管理士”だ。
「あなたが“昨日”をなくしたんですか」
「いえいえ、なくしたのではありません。リストラです」
「時間にもリストラがあるんですか」
「ええ。“昨日”は働きすぎでしたからね。人類が何でもかんでも押し付けるので、過労で倒れました」
「じゃあ戻ってこないんですか」
「休暇中です。温泉にでも行ってるでしょう」
田中はしばらく考えたあと、真顔で言った。
「それ、戻ってこないと困りますよ。市役所の業務が全部“今やるか、未来に丸投げ”の二択になってるんで」
「それはそれで潔くて良いではないですか」
「良くないです。クレームが全部“今”に来るんです」
その頃、街では奇妙な変化が起きていた。人々が少しだけ正直になったのである。
「太った?」
「今、太ってる」
「仕事どう?」
「まだやってない」
「忘れてた?」
「はい、今気づきました」
“昨日のせい”にできない世界では、誰もが“今の自分”で勝負するしかない。言い訳が減り、謝罪が早くなり、ついでに開き直りも早くなった。
数日後(正確には“ちょっと後の今”)、田中のもとに一通の通知が届く。
『“昨日”は休暇を終え、業務に復帰しました。ただし今後は週休三日制とします。過度な言い訳の押し付けは禁止です』
翌朝、人々は久しぶりに口にした。
「それ、昨日のことだよね」
言葉は戻った。だが使い方は少しだけ変わっていた。
誰かが言い訳に使おうとすると、周りがすかさず言うのだ。
「それ、“今の問題”でしょ」
田中は引き出しを閉めながら、ひとりつぶやいた。
「昨日、ちょっと強くなったな」
引き出しの中では、「昨日」の札が以前より少しだけ小さくなっていた。代わりに「今」の札が、やけに堂々とした顔をしている。
なお、温泉帰りの“昨日”は、土産にやたらと饅頭を配って回ったが、誰も受け取らなかった。
太って後悔をするのが明日なのだから




