エラリーVS午前零時の案内人
本作ではJOJO氏のエラリーシリーズ、並びに午前零時の案内人シリーズの設定を勝手に使用しています。
ご容赦ください。
設定を拝借していますが、作品としては独立しています。
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主要人物
九院偉理衣:くいんえらりぃ。エラリーと呼ばれている。文学サロンには子供のときから通っている。大学生。
愛内利理衣:あいうちりりぃ。リリーと呼ばれている。エラリーのことを「お姉さま」と呼び愛しすぎている。高校生。
愛新覚羅凜華:あいしんかくらりんか。エラリーの高校時代の同級生。現在は実家の熊猫飯店で料理人修行中。
愛新覚羅星燐:あいしんかくらせいりん。凜華の姉。超一流中華レストランのシェフ。
J会長:文学サロンの管理人。
午前零時の案内人……殺し屋集団。構成員はボス、ダーク、mika、剣蔵。
ボス……殺し担当。午前零時の案内人を束ねている。
ダーク……情報収集担当。ターゲットのPCやスマホにハッキングし情報収集をする。
mika……ハニートラップ担当。表の顔はフォロワー数が数百万人いるインフルエンサー。裏の顔は人の死ぬ様子を見るのが大好きな狂った女。
剣蔵……雑用担当。何でもやる。変装の達人でもある。唯一苦手なことはPCやスマホの文字入力。
次のターゲットは
九院偉理衣(20):女子大生
だ。
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横浜中華街の行列が絶えぬ人気店“熊猫飯店”の看板娘愛新覚羅凜華は開店前の店先の掃除に勤しんでいた。玄関口は店の顔、塵一つなく掃き清めなくては。箒と塵取りを小気味よく動かしていた凛華の頭上に影が差し掛かる。
ふと、顔を上げた凛華は
「――――え?」
その日、休日であった星燐は店の玄関先で某かの物音を聞いた。
「―――あら?」
そこに存在するはずの姿がないことに、首を傾げる。
「どこに行っちゃったのかしら……?」
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廃ビルの屋上、カシオペア座の星明かりに照らされて女が横たわっている。
魅惑的な曲線を描く肢体も艶やかに流れる長髪も今はしかし残念ながら埃にまみれ、見るも無残な有様だ。
長い睫毛がふるりと震え、目を開けた彼女は驚いたように跳ね起きた。
―――声が、出ない!
むー、んー、と唸っていると、体のすぐそばで何かが急に明滅した。
「―――お目覚めかな、九院偉理衣」
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一度端末の通話モードをオフにした。液晶画面が切り替わり、表示されるのは四つの青い点と、一つの白い点。
今回のイベントの為にダークが作り上げた通信端末はIMES(屋内測位システム)、音声通話の他にテキストメッセージの打ち込みもできる優れ物だ。
「ぐふふ、エラリーちゃん、うひひ」
食い入るようにそれを覗き込むmika。涎を垂らさんばかりの表情が狂気じみている。
おい、と声をかけると不満げな顔のままこちらを見る。
「ねえ、なんでスマホじゃ駄目なのー?」
「は?建物の中じゃGPS使えねーからだよ。バッカじゃねーの」
ダークがmikaを嘲笑うように言うと、ぷいっとmikaが顔をそむけた。
ぜーんぜん可愛くなーい。ボンドロ貼っちゃおー、と暗闇に消える。
落ち着け、と俺は二人に声をかけた。併せて端末で剣蔵にも呼び掛ける。剣三は準備工作のために三日も前からこの廃ビルに籠っている。ご苦労な事だ。
「’a”b$a#c”a!f$f&e」
俺は傍に置いてあった箱に手をかける。
「そして、これが今回の『ゲーム』の賞品だ」
「何これ?」
「何なんですかぁ、これ?」
血のように紅く染め上げられ、かつ宝石のような透明な輝きを失わないチェスの駒。―――赤の女王。
「お前たちは何もわからなくていい。だが」
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「聞こえているな九院偉理衣」
声の発信源をたどると、明滅している小さな機械があった。大きさは掌に乗るくらい。
「お前にはこれが何だかよくわかるだろう?そして俺はお前がこれを喉から手が出るほど欲してることも知っている」
男はそこで一度言葉を切った。
「これをビルの外に置いておく。お前が俺達から逃げきれたらこれはお前のものだ」
機械の画面上に「64」と数字が浮かぶ。
「それだけお前に猶予をやろう。制限時間は、一時間。午前零時から、一時まで。一時まで逃げ切る。もしくはビルから脱出できればお前の勝ち。俺たちは以降絶対お前に手を出さない―――いや、怖い顔をするな。お前の可愛い恋人も、あの本屋もだ。俺達「午前零時の案内人」の名に懸けて」
男が言い切ると同時にピッと音を立てて、カウントダウンが始まる。
落ち着いて!まずは状況の把握!
高さを調べる。思ったより高くない。九階?ううん、八階くらい。
いけるかも!右腕をまくり、呪文を唱えようとして、声が出なかったことを思い出す。
今の状況ではでもここから飛び降りるのは無理。
そうだ!少しでも下に降りて、そこから飛び降りれば!
まだ痺れの残る足で、駆けだす。
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「珍しいな、お前が現場に立ち会うなんて」
ボスに言われた事を、ダークは思い出す。
カウントダウンが始まると同時に二人は出て行ってしまった。
この部屋は辛うじて電気が供給されているが、他の部屋は電気が通っていないところもあるらしい。
「別に。ただの興味。珍しいでしょ、名探偵希望の女子大生なんて。おまけにmikaの話だと学校一の美女として名高いらしいし」
そう言ってみたけれどダーク自身は彼女に興味がない。
恋情も、痴情もない。
それよりもダークが興味があるのは
「さてさて、誰に与するかなあ」
誰に協力すれば、あの変な賞品の正体を突き止められるのか。
絶対表出しない社会の、絶対的権力の権化。
それを持った人間にどんな影響を与えるのか。
ダークを動かすのはそんな純粋な好奇心だけだ。
端末に個別のテキストメッセージ機能をつけておいて本当に良かった。
これならだれかと一緒にいる場面でも気付かれる事なく、連絡が取り合える。
「”b!c’e”d(a”a!g$a’e(e”a、a”b$a#c”a!f$fh」
最初のメッセージは程無くしてやってくる。相変わらずの意味をなさない文字の羅列だ。
「剣三爺さん?なんだよ、使い方教えてあっただろ?」
「$a$a、$b$h%e#a$d!g'a"a#a"a!a!f$f」
「ああもう、テキストからの切り替え方わかんなくなっちゃったのかな!」
「(c$a,!a%c(b”b#a#b!g$b%c”a&#b!g%d$h!g’d$d”c#c$f!N”c#C%c”a(b’e%e!f$b#c!a!b$h!f&a’e」
「あー、もう!わかった!わかったから!ちょっと黙ってくれよ爺さん!」
「”b”b’$#c$h#c$h!f(h!F”d#c”a$”$h$b#c”a!f&a’e!a!g$d$a!a$b$h$e%c”a$f&e(c&h」
「これだから爺ィはいやなんだよ!」
「”a(a$f&e(h’h#c!g$b$h&e#a#c!g!b$h%e”a&a$h$c$h(a’”!h(h’h)
次の瞬間、ダークの膝の上のラップトップから青い光が放たれた。
閃光がダークの目を焼く。
超至近距離で光線をまともに浴びてダークの視界がホワイトアウトする。
「クソッ、クソがっ!」
怒りに任せてラップトップを払い除ける。
次に目を開けたとき、ラップトップは完全に沈黙していた。
「嘘だろ、おい……」
ダークがこれまで作ってきた様々なプログラムが暗闇の中に沈んでいく。
「あ、ああぁ……」
―――ごめん、お前の事は本当に好きなんだけど、何ていうか友達なんだよ。だから、ごめん!お前とは付き合えない。
あの日振り切ったはずの、友達の声が、暗闇の中で、聞こえる。
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走る。走る。階段を駆け下りる。
ひっ、ひっ、と呼吸とも悲鳴ともつかないものが漏れる。
声が出ない事はかえって良かったかもしれない。
ジッ、ジッと天井でライトが不気味に明滅する。
階段を折り返すたびにそこに誰かがいるのではないか、という恐怖が背中をじっとりと包む。
一瞬ついたライトが「4」と言う階数表示を示した。
様子をうかがって、誰もいない事を確認。一度息を吸うと、フロアへ飛び出す。
四階くらいの高さなら、ぎりぎり常人でも飛び降りたときに生き延びられる!
一番手近な窓に向けて駆け寄る。
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「珍しいな、お前が現場に立ち会うなんて」
そうボスに言われたけれどmikaはうひひ、と笑っただけだった。
エラリーちゃん。大学でもぱっと目を引く美女で、気が付くと誰かと一緒にいる。
旧家のご令嬢だとか、
学長が頭を下げて陸上部への入部を懇願したけれど、断られたとか、
溺愛している年下の恋人がいるとか、
とある武術の師範代だとか
そんな噂がまことしやかに流れているけれど、何時だって平然としている。
でも、群れているという感じではなくて、ただそこに美しくあり続けているという感じなのだ。
それがmikaにとっては堪らない。
わたしだけのものになってくれないかな、そう思って図書館で佇んでいる彼女に声をかけたことがある。
「―――はじめましてぇ。わたしmikaって言いまぁす。ずっと素敵な方だなぁと思っていたんですぅ」
SNSのフォロワー数をちらつかせて連絡先を交換しようと思ったけれど
「ありがとう!あなたもとっても素敵よ!また会う事があったらお話しましょうね!」
そうにっこり笑って基礎化学の棚に入っていってしまったのだ。
あの時は何て女だと思ったけど、でももういいのだ。
だって、これからは唯一無二の存在になれるのだから。
「エラリーちゃあん……エラリーちゃあん……」
貴女の血でするお化粧は、どんななのかしら
あなたのハートは、どんな色をしているのかしら
mikaは同じ女だからわかる。どのあたりで息が切れるのか。
その時に、何を考えるのか。
―――ガシャン!
「みいつけたぁ」
ニタリ、と笑う。
階段のすぐそばの窓ガラスを椅子でぶち破って、飛び出そうとしている姿を。どこかのカーテンを引き千切ってきたのか、目元だけが布の隙間から見えている。
大きく見開かれた瞳。その顔が、恐怖で青白く歪む。
「うひひ、そのお人形さんみたいに白いお肌、好き」
動けないでいる彼女の腹部を抱えて、力任せに建物の中に引きずり戻した。
「エラリーちゃあん」
パチン、とホルスターからナイフを取り出した。電気がこの時タイミングよく点いて、ぴかっとナイフの刃が輝いた。
彼女はごろごろ転がって、廊下を逃げる。
わたしはゆっくりその後を追いかける。このフロアはちょっと特殊で、真ん中が備蓄倉庫になっているのだ。その周りをぐるっと広めの廊下が取り囲む作り。昔はここが共有スペースになっていたんだって。なんでそんなことを知っているかって?
だってここはわたしが小学生の頃に―――
当時よりも建物はもっとぼろっちくなっていて、床にはホコリだか動物のフンだかわからないものが沢山積もっている。
あの綺麗な髪がぐちゃぐちゃに汚れているところを想像するとあまりに素敵すぎてぞくっとしてしまう。
ぐるっと一周まわって戻ってきたときには、彼女の姿はなかった。
わたしはもう一度、今度は足音を立てないように気をつけて歩く。
もしわたしなら下に降りたと見せかけて
「エラリーちゃあん、あそびましょ?」
備蓄倉庫のドアを開けた。
手探りで電気のスイッチを探す。電気は相変わらず点いたり消えたりしている。
「ふんっ」
当時のままに放置されているのだろう段ボールにナイフをぶっ刺していく。
そのたびにほこりがもうもうと舞う。奥には紙袋もいっぱい並んでいて、それを片っ端からナイフで突き刺していく。
「あっそび、ましょー?」
紙袋の一つが、ビクンと震えた。中から女の子が飛び出してくる。内側に少し入った足元が震えていて、それでも健気にどっかから持ち出したらしい棒を構えている。
わたしもナイフを構えた。
力一杯振り抜かれた棒を弾く。バランスを崩した彼女が紙袋の中に突っ込む。すぐにぱっと立ち上がって、またこっちに正対する。
今度は二つの武器がぶつかり合う。キンッと高く澄んだ音が弾ける。
―――キンッ、キンッ
何回か打ち合って電気が消えたタイミングで鍔迫り合い状態のナイフを押し下げる。エラリーちゃんが吹っ飛ばされる。わたしも膝をつく形になっちゃったけど、でもお互いに見えないから大丈夫。
こちらに背を向けて倒れているエラリーちゃんに飛び込む形でナイフを押し込む。間一髪転がってよけるエラリーちゃん。でも、交わし切れなかったナイフが彼女の膝下を浅く裂いた。血が出るほどの傷じゃない。けれど。
ナイフの先っぽを指でなぞる。口に含んでみたけれど、金属の味がするだけだった。
「まだまだ、足りないですよぅ」
ねえ、もっと味わわせて?
もっといっぱいぐじゃぐじゃになって
もっと血を流して、
お人形さんみたいに真っ白な肌になって
わたしは反対に彼女の血で真っ赤に染まって、
そうしたら紅ばら白ばらみたいで、うんと素敵。
電気が一瞬点く。
一歩踏み出そうとしたらばふん、と何かがお腹にあたった。
咄嗟に蹴り倒す。
エラリーちゃんがこっちを睨んでいる。その両手には巨大な紙袋が掴まれている。
むんず、と掴みなおすと、もう一度こちらへ向かって投げつけてくる。
今度は動きが見切れていたから、ナイフを奮って弾き飛ばす。大量の粉が漏れてくる。
それを踏みつけて、エラリーちゃんに向かって飛び掛かる。
「やっぱりあなたは最高ですよぅ」
ただ殺されてくれる女の子なんて、ゲームの賞品なんかじゃない。
そこからは狭い室内での追いかけっこだった。
エラリーちゃんは障害物競走みたいに物品の間を飛び回り、時には散乱した荷物を投げてこっちの進路を妨害してくる。
わたしもナイフを振り回すから、辺りは一面散乱した粉で白く染まっている。
まるで、雪が降ったみたい。
電気がまた、ジジ、と不穏な音を立てるーーーぷつッと消えた。
たんッと、強く地面を蹴る音が聞こえた。
闇に慣れた目が、疾走してくるエラリーちゃんを捉えた。
「ふんっ!」
わたしもナイフを腰だめに構えて走る。
ぶすりと柔らかく、何かを貫いた。
大量の粉が舞う。
引き裂かれた紙袋が床に叩きつけられる。
全身全霊の勢いを込めたわたしの体はナイフもろとも壁に激突する。
ばたん、とドアが閉まる音がする。
また煙がもわっと上がった。
逃げられた!
急いでナイフを抜こうとする。―――抜けない!
エラリーちゃん、やっぱりあなたは最高。
壁を半分引き剥がす勢いでナイフを引き抜く。
ぺろりと舌で唇を舐める。
「あれえ、甘いですよう……?」
引き裂かれた紙袋には「粉糖」の文字。
だから甘かったんだ。
そこでわたしは異変に気付く。
電気が点いてる。
何気なく天井を見上げたわたしの両目が捉えたのは
ぱちり、と散った火花。
―――ドコォォオオオオンンン!
次の瞬間備蓄倉庫全体が炎に包まれた。
「美香ちゃん、みいつけた」
―――さおりん。
失われた命が、炎の中で彼女の手を引いて笑んだ。
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痛む足を引きずって階段を下りる。
「ハァ……ハァ……」
今、何時かしら……?
ぼんやりとした視界にガラスのドアが見えた。
そしてその奥に、赫々と輝くチェスの駒―――赤の女王が。
―――私の、勝ちね。
重たい体でふら付きながら、それでも一歩ずつ歩みを進める。
―――その、やわらかな胸元を細いナイフが刺し貫いた。
衝撃に見開いた瞳が映し出したのは、小柄な老人の姿。
ずるり、と女の体がその場に頽れた。既に虫の息だ。虚ろに開かれた両目ももう何も映していないだろう。
この女もつくづく馬鹿な女だ。
ゲームの勝利条件がビルからの脱出だったのだから、最適解はどうにかして屋上から飛び降りて生き延びる事。
それをわざわざビルの中を通って正面突破を図ろうとしたのだから。
どうやったってゴール地点にはラスボスが存在してしまうだろう。
ひとえに自分の力を過信しすぎていたに違いない。
「それにしても、お前だったか。―――剣蔵」
俺の前に現れたのは、小柄な老人。
無言のまま細身のナイフを女の胸から引き抜く。
とろみのある赤い液体がぱたたっと滴り落ちる。
「剣蔵よ。約束通りこれはお前にくれてやる。お前の好きな金になるぞ」
剣蔵は無言で赤の女王を受け取る。
まだ濡れた刃を素早く一払いし、赤い雫が勢いよく飛び散る。
そのうち一つが、俺の目に掛かった。
「ぎゃあああああああああっ」
目が、目が灼ける。
―――ヒュッ
片目の視力を奪われたことで、反応が遅れた!気が付いた時には右腕が床に縫い留められていた。子どものポケットにでも入るような、小さなナイフで。
「……何のつもりだ剣蔵」
灼熱感は喉を伝って声を奪う。
小柄な老人は俺を睥睨しながら、頬に手をかけた。
ぐにゃり、とその顔が変形する。
引き剥がされる、皺だらけの老面。
そして、その下から現れたのは
「―――九院偉理衣」
輝くような美貌。地面に倒れているのと瓜二つの顔がそこにあった。
「剣蔵はどうした」
「剣蔵おじいちゃまなら、今頃お孫さんと一緒にNYよ。そろそろ手術も終わるころじゃないかしら」
小柄で背中も膝も曲がった姿から、すっくりと艶やかに手足が伸びる。
剣蔵が着ていたぞろりとした衣服をはぎ落すと、体にぴったりと添うデザインのスーツ姿になる。
胸元から取り出したスマートフォンに表示されたのは、これ以上ないほどの笑みを浮かべた剣蔵と幼い男の子の姿。
手に持ったスケッチブックに『エラリーおねえちゃんありがとう』と書いてある。
馬鹿な。剣蔵は女も家族もいないはずだ。
ただただ金にだけ執着する金の亡者の始末屋で
「重い病気を持ったお孫さんの為に、費用を集めていただけよ。穢い仕事に手を染めている自覚があったから、意図して天涯孤独を演じていたの」
「それを、何故」
馬鹿な。裏社会の誰もそんな話を知らなかった。
「何故って」
パサリと長い髪の毛を肩に流し
「私は世界一の名探偵になる女よ。あなた達と比べないでちょうだい」
すっかり老人の姿を削いだ、美しき名探偵。
彼女は不敵に笑うと
「ちょ―ッとばっかり、おイタが過ぎたわね!午前零時の案内人!」
捲り上げられた右手が、薄青の花びらのような燐光を放つ。
「天上天下唯我独尊―――!」
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「さ、もう起きて大丈夫よ。リリー。怖い思いをさせたわね」
そうお姉さまに言われて、私はゆっくりと身を起こしました。
動いちゃ駄目、と言われて素直にその場に留まっていますと、お姉様の手が私の顔に伸びてべりっと変装を引き剥がします。
「あと、これもありがとうね」
お姉さまの手が私の胸元に伸びて、収めてあった熊猫飯店特製の肉まんが二つ、ぽよんと転がり落ちました。随分と寂しくなったのは私の胸部装甲です。
紅く飛び散っているのは
「んーやっぱり凛華特製の激辛ドゥオジャオは最高ね」
私も手を伸ばそうとしますが、やめておきなさい、と止められます。
「ああなってもいいのなら止めないけれど」
そうやって床に長々と伸びているボスを示します。
可哀想に、もう暫くは起きてこれないでしょう。
「それにしてもお姉さま、いきなりすぎます!凛華さんのところへお使いに行かせたと思ったら急に」
折角のお休みだから中華街でデートしましょう。と誘われてルンルンで集合した私です。
なのに先に用事を済ませたいから、と言って熊猫飯店に連れていかれて、重いお砂糖をせっせと運んでやっと運び終えたと思ったら、今度は
「達人に習ったから任せて!」と特殊メイクを施されて、気が付いたら廃ビルの屋上で気絶させられていたんです!
お姉さまは絶対助けるから大丈夫。声を出さないで、とだけ私に言いました。
お姉さまの言いつけを私は忠実に守りました。
でも、あんな風に回廊を使って急ごしらえの入れ替わりトリックを使ったり、挙句おもちゃの刀とはいえ胸を刺されたり、あんまりじゃありませんか!
「はい、これがリリーの分。かたくならないうちに頂きましょう」
肉まんを一つこちらに差しだし、自分でももぐもぐ口にしながらお姉様はにっこり笑います。
「とんでもない場所だけど、リリーと食べるととっても美味しいわ」
そう宣うお姉様はやはりとても可憐で愛しくて、私は怒る気をすっかり失くしてしまいました。
仲良くふたりで、肉まんを食みます。
「それで、お姉様。これは一体何なのですか?」
私は、お姉様が大切に胸元で抱えている赤の女王について尋ねました。
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「会長」
昼下がりの淡い陽光に包まれた朋来堂。
定位置である奥のカウンターの中でキーボードを打っていた僕は顔を上げた。
エラリーがそこにいた。分厚いコートを羽織った旅装で、なのに荷物は驚くほど小さい。
「来たみたい」
エラリーは怯えても恐れてもいなかった。ただ張り詰めた表情で、僕を見る。
「うん、わかった」
僕は作業していた手を休め、パソコンの電源を落とした。
一瞬だけ迷って、外部記憶端子を引き抜く。先程まで作業していたデータがそこに収まっている。
「続きが書けるかは、わからないけれど」
書棚の一番端、本を模した隠し金庫の中に、それを収める。
中には古びた「こどもじょじょろん」、チェスの駒の赤の女王、古く大きな鍵が入っていて、端子を収める代わりに、鍵を取り出した。
その鍵で以って隠し金庫を占める。
パソコンをバックパックに納めると、カウンターを出た。
―――ガチャン
錠の落ちる重たい音と共に朋来堂が閉ざされる。
エラリィとリリーが手を繋いで歩き出す。
その後ろを、僕も静かに歩み始めた。




