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霊媒探偵の見えざる推理



ああ、恐ろしい。この中に人殺しがいる!

その人物は私の愛する主人を殺し、私の口がきけないのをいいことにのうのうと、我が物顔でこの屋敷にいる。

わたしの言葉さえ届けばたちどころに犯人を告発できるというのに。

召使の女もショックが大きいと見えて、普段はよく回る口がおぼつかない。


伝えるべきことがあるのに届かないもどかしさ!

これまでも嫌というほど味わってきたが、それでも生きてこれたのは主人がいてこそだった。

死んでしまった主人ほど私の心を理解してくれた人はいない。察しの悪い召使いにイライラすることがあっても、主人は私に寄り添い、優しくなだめてくれた。


そんな主人を奪った殺人者は何がなんでも報いを受けさせなければならない。

だというのに……


焦りだけがつのり、月日は無残に過ぎていった。

主人はとっくに灰になってしまい、その後のことは私に代わって娘がすべてしてくれたようだった。

あれからどれくらいたったのかもわからない。だけど……どうにか、犯人を伝えなければならない。


この屋敷に”探偵”というものたちがやってきたのは、そんな焦りが募りに募った時のことだった。







探偵、などという職についてしまったことは一生の不覚と言って良く、この不覚は死ぬまでついてきそうな気がしてならない。

それもこれもすべては……この探偵事務所を立ち上げるよう言った諸悪の根源……鈴村宮子のせいに相違なかった。


「せっかくだから探偵になろうよ!」


と何が折角なのかもわからない提案はする方もする方だが、しかし真に受ける方も受ける方であったかもしれない。

弁解させてもらえば、この提案にはそれなりの理もあり……それはミヤコの持つ特殊な能力なのだった。


この世ならざるモノを見、この世ならざるものを呼びよせる。生けるものと死せるもの、その両方の言葉を聞き、感情をすら読み取る。

超常的な力。その盛り合わせセットのような能力である。


僕とミヤコが知り合った小学生の頃から、この能力を用いて給食の揚げパン争奪じゃんけん大会全勝、教員の目を盗んだお菓子密輸事業、相手の引いたカードを当てるマジック(種無し)、失踪したクラスメイトの猫の捜索、高等教育以降は定期試験を高得点でパスし、大学受験にも……と華々しい活躍を見せてきたわけだが、残念ながら他人様のためになるような使い方はこの方してこなかった。


ここに至ってようやく彼女の力も社会的に有意義な使い方ができるかも知れない……とこちらもつい乗り気になってしまったのである。

不覚と思いつつも探偵を続けているのは、その故なのだった。



そういうあれこれがあって開業したのだが、意外にも日本に有数の霊媒探偵として様々な調査を依頼されるようになっていた。

当初は人探しやペット捜索といった普通の探偵業務を行っていたのだが、次第にミヤコの力が噂になり始めてからは難解な事件に駆り出されることも多くなっている。


普通のDetective(探偵/警察)では解決できない、あるいは見つけられないような最後のピースを埋める役割。それを見えざるものを見る探偵の力に求めようという人が、僕たちに頼ってくる。


この事件もそのうちのひとつである。





ある別荘で起きた殺人事件にまつわる依頼である。

殺害されたのは別荘のオーナーである資産家、田中健蔵(65)。

約一年前、田中氏は別荘の二階でソファーで仰向けになって死亡しているのが発見された。

発見者は娘である田中梨花(22)。

母親から助けを求める電話があり、別荘に赴いたところの発見だった。


検死の結果、体内から神経毒が検出されており、死因はその毒による呼吸困難と診断された。

テーブルの上にはウィスキーの入ったグラスがふたつあった。分析の結果、田中氏の近くにあった方のグラスから体内の毒と同じ成分が検出されている。


この神経毒は除草剤に由来するものであり、この家の庭園管理用に購入していたものと一致している。

警察の捜査線上に最初に上がったのは別荘の除草剤の管理を行っていた大谷陽人(30)だったが、大谷氏は事件前後に休暇を取って

都内にいたことが分かっており、犯行の関与は否定されている。

除草剤については大谷氏が倉庫内の検品を行ったところ瓶がひとつ無くなっていることが分かった。


事件当日、屋敷には田中健蔵の妻である真那子(48)も別室にいたのだが、彼女も神経毒を煽ったようで発声が困難な状態に陥っている。

ウィスキーグラスの片方には彼女が口を付けた様子があった。

当初は心中の線も考えられたが、家族関係が良好だったことは周囲の証言がとれており、彼女自身も大きな被害を受けているため捜査線からは外れている。

現在に至るまで確かな証拠・証言は取れておらず、捜査は進展を見せぬまま、1年余りが経過していた。





「探偵助手の(みなと)風時(ふうとき)と申します」

「ご足労いただきありがとうございます。今日はよろしくお願いします……」


現場に到着した僕を依頼人、田中梨花氏が出迎えてくれた。

彼女は亡くなった健蔵氏と今もって回復しない真那子氏の娘にあたる。

梨花氏の様子は暗い。それも当然と言えた。

父の死から1年が経ったとはいえ、いまだ事件は解決していない。


「探偵は……準備が必要で少しばかり到着が遅れています。今しばらくお待ちください」


本当はとっくに現地入りしているのだが、庭にいた猫と意気投合して戯れ始めた。仕方がないので僕だけ先に挨拶に向かっている。

あの痴態が他の人に見えていたらと思うとゾッとする。


「ミヤコ様のお噂は聞いております。準備が必要でございましたらもちろんお待ちしますので……必要なことがあればいくらでも仰ってください」

「ご理解いただきありがとうございます」


挨拶もそこそこに、早速屋敷の中を案内してもらうことにした。

探偵はいまだ来ない。構ってもらえたのがよほどうれしかったのか、まだ猫と遊んでいる。

とりあえず、僕には霊感(本来的な意味で)も無ければ推理力もないが、到着するまで遊んでいるのも性に合わない。

屋敷の様子と今回の依頼の対象との面通しだけはしておくことにした。


屋敷内は広い。あと2階建てで大きい。

本物の暖炉なんて初めて見た。梨花氏の話では冬場は実際に使っているらしい。

言えることはそれだけである。別にこちらは科学捜査が出来るわけでもないし、ほとんどのことは警察が調べているだろう。

一応、何かわかることは無いかと殺害の現場も見てみたが僕には何ら思いつくことは無かった。あるいはミヤコであれば何かわかるものがあるかもしれないが……


「……それで、ここが母の寝室です」


梨花氏がノックすると「はい」と男性の声が響いた。

室内には大きなベッドが設えられており、中には女性が眠っている。彼女が真那子氏だろう。

傍らの椅子には若い男が座っていた。


「梨花ちゃん……そちらが?」

「はい。探偵の津さんです。津さん。こちらは庭師をしていただいている大谷陽人(おおたにはると)さんです」

「どうも、津と申します。よろしくお願いします」


彼が大谷氏……捜査線上に最初に上がった男性だ。

大谷氏は立ち上がると握手を求めてきた。


「大谷です。梨花ちゃんは庭師と紹介しましたが……まぁ、使用人は僕含めて3人しかいないので。実質的に男手の必要な作業全般を任されてます」


検出された神経毒と同じ除草剤の管理をしていたのがこの大谷氏である。それゆえに容疑を向けられたようだが、決定的な証拠は出ていない。


「本当に許せないです。どうか真那子さんの心を読み取って……何か有益なことが分かるよう、よろしくお願いします」


そういって頭を下げられた。

「微力を尽くします」と返したが、僕は霊媒探偵助手であって何かするのはミヤコの方である。


さて、いよいよ本命である。

ベッドに横たわる女性、田中真那子氏の姿を見やる。

真那子氏は呆けた様子で、僕の姿をわずかに一瞥したが、すぐに視線は宙へと戻った。


「探偵助手の津です。よろしくお願いします」

「お母さん、この人がお母さんの声を聴いてくれるからね」


僕と梨花氏の発言にも反応が薄い。聞こえているのかいないのか微妙なところだ。

今回の依頼、それは神経毒に犯されうまく話せない状態にある田中真那子氏の心を読み取るというものだ。


犯行時刻、真那子氏はこの屋敷にいた。

健蔵の死に関与している犯人の姿を目撃した可能性がある。あるいは、直接目撃していなくても有力な情報を抱えているかもしれない。

それを知るために、僕たち霊媒探偵は呼ばれた。


今回の場合は生霊からのリーディング、ということになるだろうか。

ミヤコならその手のことも可能である。


ここで得られた証言は必ずしも警察の捜査に役立つとは限らない。むしろ証拠として認められない可能性も高い。

それでも、進展しない警察の捜査以外に家族として何かできることは無いか……家族の心情は察して余りある。

だというのに、アレはいまだ猫と戯れている。さっさと来ないか、と気を揉んでいる最中のことだった。


「謎はすべて解けたッッッッ!」


屋敷中に響いたかと思うような大声が僕の全身を揺らす。

この場にいた全員が、声の源へ視線を向けた。


「お待たせしました。日本で有数の霊媒探偵、スズムラミヤコことミヤコドウジただいま参上です!」


思わず目を覆いたくなる。相変わらず空気の読めない探偵である。







”探偵”は朗らかで気のいい人間だった。

優しい雰囲気で主人と、天真爛漫なところは娘にも少し似ていると思う。

不思議なことに探偵との意思疎通は全く問題が無かった。まるで心の中に入られたように、私の考えていることは探偵に、探偵の考えていることは私に伝わっていく。


探偵は主人を殺した人間を探すためにここに来たのだ、といった。その言葉には嘘が無い。

人間はすぐに嘘を吐くと私は知っていた。しないといったことを平気でして、するといったことをすぐに反故にする。


主人が特別なのは、そういうところがない人間だったからだ。だから私も信頼した。

探偵からは、そんな主人と同じ、誠実さを感じる。私はすべてを彼女に語ることにした。


(……その日、私は主人が眠っているんだと思ったの)


最初に見たとき、主人はソファに首だけを天井に向けて寝そべっていた。

どうにか起こせないかと身体をすりよせたが、一向に起きる気配がない。何かおかしいな……と思った時、テーブルの上にウィスキーがあることに気が付いた。


(お恥ずかしい限りなのだけど……私、お酒に目が無くて。一口、飲んでしまったのね。変な味がしてすぐにグラスから顔を離した。その時よ、召使いたちがやってきたのは)

(私はすぐに隠れて、ふたりの話に耳をそばだてたわ。召使いは女と男がひとり。主人の死体を見下ろしてひそひそと話しているの。遺産がどうとか、分配がどうとか。心配はいらないとかなんとか)

(慌てる様子もなく、怖がっている様子もなかった。あの二人が主人を殺したのよ)

(女の方と男の方はそのまま庭の方へ降りて行ったわ。穴を掘っているようだった。見えるかしら。そう、窓から見える花が集まっているところよ。きっとあそこに、何かを隠しているんだわ)

(主人が死んでから娘はすっかり沈み込んでしまっている。もちろん、私もとてつもなく苦しんでいる)

(お願い、探偵さん。どうか犯人を捕まえて。私たちの……そして、主人の無念を晴らしてあげて!)


探偵は力強く、しかし優しく微笑みながら頷いた。

私は彼女にすべてを賭けてみようと思う。







「……もしや、ミヤコ様、ですか」

「いかにも。あなたが依頼人さんですね!よろしくお願いします。そちらはオオタニさん?どうぞよろしく。私が霊媒探偵ことミヤコドウジです!ミヤコドウジをよろしくお願いいたします!」


選挙人か、という勢いで自己紹介をばら撒いていく。


「それで、早速ですけど屋敷の中の人を全員ここに集めてもらってもいいですか?なぜかと言えば謎がすべて解けたからです!何せわたしは最強霊媒探偵ですから!」


(謎はすべて解けたって……奥さんからのリーディングはまだしてないだろう!?)


あわててミヤコだけに聞こえるようこっそりと語り掛けるが彼女はけろっとした様子だ。


(いや?オクさんからの話はとっくに聞き終わってるけど?)

(はぁ?)

(何さ、その感じ。わたしがフ―くんに嘘ついたことある?)


端的に言っていくらでもある。こいつと僕の歴史は嘘と欺瞞に彩られている。

僕の不安と困惑を余所に、ミヤコは梨花に話しかける。


「依頼人さん、わたしはちょっと確認しなければならないことが出来ましたので。10分後にこの部屋で落ち合いましょう。それでは!」


解散!と勢いよく叫ぶとターッという擬音を自分で発しながらいずこかへと走り出す。

精神年齢が小学生から全く変わっていない。彼女が奇行をすると僕にも変な目が向くようになるので控えて欲しいのだが……言って聞くようなタマではない。

僕もここで待っているわけにはいかず、彼女の走る先へ同行した。


彼女が向かったのはまず花壇のある中庭だった。

物置小屋を勝手に開けてスコップを持ってこさせると「ここ掘れにゃんにゃん」などとふざけたことを抜かし始める。


「はぁ!?事件に関係あるのかそれ?」

「あるよ?ほら、はやくして。あと10分もないよ」

「ふざけんな、お前が指定したんだろうが!」


声を荒げつつも彼女の指定した位置をスコップで掘ること五分、不意に「にゃあん」と声がした。見ると本物の猫がたたずんでいる。

先ほどまでミヤコと戯れていた猫だ。ついてきていたらしい。

こつん、という固い感触がスコップに当たったのはその瞬間のことだった。


「これは……」

「よし、証拠発見!」

「……とにかく、これでミッションコンプリートか」

「じゃ、次の指定場所に行こう!」

「おい後五分無いぞ!?」

「そらダッシュだ!」


あはははは、と何がおかしいのかわからない哄笑をまき散らしながら庭の中を走り回る姿はただの不審者にしか見えまい。

こうなりゃとことん自棄だ。ミヤコの言うことは嘘と虚偽にまみれ人をおちょくることに特化してはいるが、これまでも事件を解決することだけはしてきた。

最後まで付き合ってやろうではないか。




結局、僕たちがたどり着いたのは指定した時間1分前だった。考えてみれば「やっぱりあと10分待ってください」と言いに行けばよかったのだが、ミヤコは「そんな暇ないよ!」と謎に僕を急がせて方々を走らせてきたのである。


「さぁて、皆さん!それではすべてをお話するときです!」


探偵は泥だらけになった状態で声を張り上げた。

服はクリーニングに出さねばなるまい。


この場に集まった人数は6人。

依頼人である梨花氏、神経毒の被害にあった真那子氏、使用人が大谷氏ほか2名、そして僕たちだ。

探偵は5人を見渡しながら、朗々と続けた。


「田中健蔵さんが誰に、どうして殺害されたのか。私はオクさんから聞き出し、すべてを理解しました。その内容をお伝えします!すなわち……犯人はこの中にいるッ!」


場にいた全員がぽかんとした表情を浮かべた。

しばらくして、使用人のうちの一人……赤城氏という若い女性が声を荒げ始める。


「ちょっといい?これ、どういうつもり?」

「どういうつもりというか、いまお話しました通りですよ?オクさんから聞いた話を皆さんに……」

「そうじゃなくてさ!ねぇ、梨花さんに聞いておきたいんだけど、やっぱりおかしくない?オカルトで犯人を捜すのって!これでいいの?」

「……ミヤコ様は信頼できる探偵と聞いています。何か、少しでもわかることがあるなら」

「少しじゃないじゃん!全部解けたって言っちゃってるじゃん。でもこれで間違ってたらどうすんの?これからも私たちここで働いていくんだよ?嫌でしょそういうの」


赤城という使用人の言うことはもっともに思える。僕だって霊媒探偵を名乗る人物からこのような推理ショーを急に見せられたとしたら「ふざけるな」と声を荒げるかも知れない。

……その一方で、この状況で取り乱す人物というのはちょっと怪しくも思える。


「まぁまぁ」と赤城氏をなだめたのは大谷氏だった。

「別に探偵さんが言ったことが本当とは限らないし……証拠になるわけでもないでしょ。ですよね?」

「そうですね。僕たちの言うことは、証拠にはなりません」

「ね。梨花ちゃんも不安なんだよ。探偵さん、こうしませんか?ここで言うことは本気にはしない。あくまで心にとどめるだけ。赤城さんもそれでいい?」

「……まぁ、分かった。話半分に聞いとく」


んふふふふ……と、忍び笑いが出始めた。

出しているのは……と探して気が付いた。探偵だ。


「あはははは!いやぁ、ごめんなさい。えっと、オオタニさんでしたっけ?ダメです」

「は?」

「いやだから、わたしの言ったことを本気にしない。心にとどめるだけ。そういうわけにはいかないと言いました」

「いや、あんた。さっきは証拠にはならないって……」

「言ったことはホーテキには無効かもしれませんね。でも、物的な証拠が出てくるのなら話は違ってきてしまうわけです」


大谷氏の表情がみるみると変わっていく。気分を害しているのは明らかだった。


「あんた、ちょっと非常識じゃないか?霊媒探偵だか何だか知らないが……」

「非常識、なー。人の世の常識に照らし合わせてどちらが常識的というべきかはさておくとして。タントーチョクニューに申し上げましょう。田中健蔵さんを殺した犯人は―――」


あなただ、と。探偵はある人物を指差した。







つくづく、ふざけた話だと思っていた。

梨花が霊媒探偵なるものを呼ぼうと言い出した時、そして実際にやってきた時。

真面目腐った顔をしていたかと思えば急にふざけたように笑いだす。

さて、と言って人を集めたかと思えば泥だらけになってこの部屋にやってきた。

明らかに頭のおかしい狂人にしか思えない。

しかし、だからこそ、使えるかも知れないとも思っていた。

こんな狂人に頼るということは梨花も随分と弱っている証拠だ。この様子なら弱みに付け込むのも容易い。

それに、万が一。本当に万が一の話として……なおさら事件を解決することは出来ないと高を括っていたのだ。

梨花は真那子から話を聞きだすことで事件を解決しようとした。

だが、真那子がそれを語ることは無い。なぜなら―――


「田中健蔵さんを殺した犯人は、あなただ。田中真那子さん」


そのはず、だからだ。

健蔵を殺したのは真那子だ。彼女がウィスキーグラスに毒を盛り、飲ませることで殺害した。

その夜のうちに真那子は梨花に助けを求める電話を掛ける。そういう手筈だった。

梨花は一人で行くのが怖くなり、家の管理をしていて恋人でもある自分に電話を掛けてくる。

それから梨花に先んじて都内から屋敷まで到着し……諸々の後処理を行った。


「彼女がウィスキーグラスに毒を盛り、飲ませることで殺害した。その夜のうちに真那子は梨花に助けを求める電話を掛ける。そういう手筈だった」


気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い!

なんで、なんで俺が思ったことを一言一句いえるんだ?

警察の囮捜査?いやこんな回りくどい方法は取らない。

それとも本当に真那子から聞き出した?いや、そんなはずはない。あり得ないのだ。だって……


「ちょっとアンタ、言っていいことと悪いことがあるんじゃないの!?」


赤城が探偵に突っかかった。ネクタイごと襟首を掴んで激昂している。

だが探偵は動揺することも撤回することもなく、余裕の笑みを浮かべたままだ。


「まぁまぁ、ちょっと離して。実は証拠もあるんですよ」

「はぁ?証拠?」

「ええ。これです!」


そういうと、ビニール袋をふたつ取り出した。

中には……除草剤の、瓶。


「証拠その一です。先ほど花壇の中から発見しました。多分、指紋はふき取っていると思うのですが……それでも警察はユーシューです。何か証拠を見つけられると思うんですが。それに花壇に埋めるということは犯人はこの屋敷の関係者である、というボーショーにはなると思う。で、もうひとつ」

「……なにこれ」

「毛玉です」

「ふざけてんの?」

「まったくもってふざけていません。ここで飼われている猫さんの……」


ポフポフとした音が足元でなる。見ると猫がまるで何かに抗議するように探偵の足を叩いていた。


「あ、ごめんね。この家に住んでる猫さんの吐き出したものです。で、これ、よく見て欲しいんですけど……」


細長い毛玉の中頃に、異彩を放つ青色のものが混じっている。まさか……


「ゴム手袋の欠片です。この家、確か暖炉があったでしょう?そこで猫さんが食べてしまったのです。ではなぜ猫さんが食べてしまったのか。証拠隠滅のために暖炉で燃やしたから以外に考えられることはありませんね。こういう指紋は意外と残るらしいので……警察に提出すれば、誰がこの手袋を使っていたのかはすぐにわかるのではないでしょうか」

「……証拠になるのは分かったけどさ。それがどうして奥さんにつながるっていうのよ!」


探偵は答えなかった。それどころか赤城を見てすらいない。

探偵が見ているのは……自分だ。さっきからずっと、自分の方を見ている。


呼吸が荒くなる。なんとか抑えようとすると、今度は脂汗が滲むのが分かった。

落ち着け、落ち着け……まだ何の証拠も出ていない。自分に直接的につながるものは出ていない。

真那子は何も言っていないのかもしれない。彼女は自分を守ってくれているのかも知れない。だったら、自分だけは助かるかもしれない。


「あーあ。まだ言わないんだぁ……」

「はぁ!?っていうかさ、奥さんが犯人だったとして、だとしたら致命的におかしいところがひとつあるでしょ」

「へぇ、なんですか?」

「奥さんも毒を飲んでるってことだよ!お前奥さんがあそこでどうなってるか見えねぇの?旦那さん殺して自分も飲むなんておかしいじゃん!」

「うん。滅茶苦茶おかしい。全然論理的じゃないね」

「おま、お前……なんだよ。おかしいよ」

「しかし世の中には論理的な思考ができる人ばかりではなくて、頭がお花畑になってすぐに騙されちゃう人もいて……こう考えられませんか?真那子さんは騙されたのだと。いや、真那子さんだけでなく梨花さんもかな」


え、と梨花が顔を上げた。先ほどから険しい顔で黙り込んでいたが、話の矛先が自分にも向くのが予想外だったようだ。

俺は、顔を上げなかった。上げられなかった。探偵の視線を感じながら、論理的じゃない……不条理な展開に動揺が隠せなかった。


「さっきからずーっと黙り込んで……さっきは結構突っかかってきたのに。急に黙るのは怪しいですよ?ねぇ?真那子さんに毒を飲ませたオオタニハルトさん」


目の前が、真っ暗になる。


「不倫関係だったんですよね、おふたりは。面だけは結構いいですし……奥さんは舞い上がってしまったんでしょう。こんな風にでも言ったんじゃないですか?」


―――旦那を殺しちゃえば、再婚できるよ。

「旦那を殺しちゃえば再婚できるよ」


気持ち悪い。


―――大丈夫、絶対にバレない方法があるんだ。

「大丈夫、絶対にバレない方法があるんだ」


気持ち悪い。気持ち悪い!


「オオタニさんには絶対にバレない方法があった。それは何か?実行犯を真那子さんにして、自分は手を汚さないことです。その上で実行犯の口を割らせないようにすればいい。オオタニさん、次のあなたの脳内の台詞はこれです」


―――大丈夫。解毒できるように調合するから。

「—―—大丈夫、解毒できるように調合するから」


「当然のことながら、神経毒はそんな便利なものじゃないはずなんだけど。でも、真那子さんはそれを信じてしまった。……どうです。ヒジョーシキな推理だと思うんですけど、反論はない?」


周囲の視線が、自分に向く。

梨花が自分を見る。ああ、見るな。こっちを見るな。成功するんだ。財産を手に入れて、お金持ちになって、旨い酒と旨いもんを食べて、綺麗な女を抱いて――――

全部、もうすぐ手にい入るんだ。だから―――


「ああああああああああああああああ!」


吠える。これ以上探偵に話させてはいけない。まだ何とかなる。まだ何とかなる。何とか


ずる、と。身体が重力に逆らった。

足に何かが掛かった感触がある。縄、のような。


「エッ、エッ、なんで」

不空(むなしからずや)羂索(すくいのいと)

「はぁ?」

「こう見えてわたし、仏道に連なるものなんだけど……なので絡げちゃいました。徳があって疚しさが無ければ問題ないんだけどどっちもダメだったね?」


意味が分からない。でも、その意味を問う間も無かった。

どさ、と傍らに音がする。梨花が崩れ落ちた音だった。

身体中に縄が絡まったような感触があり、自由に動かせないから彼女の顔は見えない。しかし、過呼吸を起こしているのは分かった。


「ねぇ……本当なの、陽人さん」

「あ、ああ、いやそんなわ……」


激痛が走った。

体中が締まる。見えない縄のようなものに千切られてしまいそうになる。

腕、脚、腹、胸、肩、首、頭。あらゆる箇所が万力で潰されるような圧迫感がある。

苦しい……苦しい苦しい苦しい苦しい苦苦苦苦苦……


「あー……(うそ)を語ればこうなるよ。正直に言いな?」

「やり、やりました。おれ、おれ、俺がやりました!!!」


必死になって叫んで、ようやく体中の苦しみが解けた。まるですべてが嘘だったかのように。

金属が擦れたような音がした。

梨花の口から漏れた声だった。

耳障りな音がする。あれはもう喋れない真那子があげている声のようなものか。

俺を罵る声がする。赤城が言っているらしい。


ああ、まるで。地獄のような――――


「地獄じゃないよ?この縄で捕らえられて現世で徳を積めば……多分畜生道くらいで済むから。安心してね?」


探偵は心底の―――「よかったね」とでも言いたげな笑顔で―――そう言い放った。







探偵は主人を殺した召使いたちの罪を突きつけ、認めさせることに成功した。

私はその様子を見て……心底、よかった、と。そう思う。

優しかった主人はもう帰ってこない。それでも―――このままではきっと、娘も危なかったと思う。

あの男の召使いは女の召使いのみならず、娘ともツガイになろうとしていたようだったから。


「ありがとう。あなたの証言のおかげだよ、オクさん」


人間の言葉はうまくしゃべれない。だけど、探偵が自分に感謝の意を持っていることは分かった。

だから一言だけ―――にゃん、と鳴いておいた。


「はぁっ!?おいまてミヤコ、オクさんって……」

「うん。この子のことだよ」

「いやまて―――ごめん、ちょっと頭が追い付かないんだが」

「だからさぁ……あ、宮田さん、お疲れ様です」


 召使いの一人がこちらに小走りで歩いてきた。

 探偵が罪を暴いている間、ずっと黙っていた召使いだ。


「あ、(みなと)さん……警察は呼びました。例の事件で犯人が自首したのと、重要な証拠になりそうなものを確保したというのをお伝えしたんですけど……」

「ありがとうございます!あ、ついでにひとつ聞いてもいいですか?」

「はい?」

「この子の名前、教えてくださいよ」

「ああ……オクちゃんです。ちょっと変わった名前ですよね。なんでも、健蔵さんが昔住んでた駅の名前とかで―――」

「そうなんですね。ありがとうございます!……ね?」

「ねって言われても……ああ、だから君、ずっとこの子に構ってたのか?奥さんと勘違いして?」

「あ、それは偶然。なんか私のことを見てくるから、どうしたのかなーと思ったら主人を助けて欲しいって―――」


せわしない人間たちの様子を尻目に、私はこの場を去ることにした。

ただ、そのまま去るというのもなんだか愛想が無い気がしたので―――もう一言くらい。

にゃん、と。鳴いておいた。







『別荘地男性毒殺事件に新展開 容疑者自供 妻も関与か

○○県警は××月××日、○○別荘地で起きた毒殺事件の関与を自供した男性(30)を逮捕した。

調べでは神経毒を用いて被害者男性の妻の毒殺も企てた可能性があるとのことで、調べを進めている……』


ネットニュースで例の事件について報道されていた。

事件から一月。

すべてはおおむね、彼女が推理した通りであることが明らかになった。

僕は思い出すだに憂鬱な気分になってしまうのだが、ミヤコは違ったようだ。


「これにて一件落着!ってのはどう?」

「どうかと思うね。君の神経を疑う」

「あはは!変なこというね。そりゃあ、疑うも何もわたしに神経なんか無いし?—―—そもそもわたし、人間じゃないし?」


そういって、小学生の頃から全く変わらない姿で笑いかけてきた。

鈴村宮子は僕が小学五年生の頃に知り合った女の子だった。

そしてスズムラミヤコは―――その幽霊のようなもの、である。


「だから幽霊じゃないんだってば。ごほう、しきがみ!言葉はせーかくに使うこと!」


彼女の姿は一部の人にしか見えない。

僕、あるいは霊感のある人、そして一部の動物。


思えばあのオクという猫はずっとミヤコの姿を追っていた。

他の人には何もないところを見つめ続けているとしか見えなかったろう。


彼女は現世に影響を及ぼすことがほとんどできない。

あの羂索とかいうものを使って金縛りにするみたいなことは出来るらしいが、それくらいのものである。


「そうそう。あれも条件があってさー。相手が仏教的に間違ってるみたいな?そういうあれじゃないと無理なんだよね」


使う本人がアバウトなのでこちらもよくわかっていないのだが、そういうことらしい。

……ともかく、そんな彼女が皆に推理を披露する方法はひとつしかない。


それは僕に取りつくことだ。


だから霊媒探偵スズムラミヤコが世間に出る時は僕の姿をしている。

探偵を客の中には僕のもう一つの人格……みたいに思っている人もいた。


その点で言えば今回は非常に迷惑を被った。


「頼むから僕に取りついた状態で笑いながら走り回るのは止めてくれ……」

「ええー。いいじゃん。たまには生の実感を得たいんだよぅ」

「今後は控えてくれ。マジで不審者としか思われないんだから」

「ええーケチ!あ、そうだ」


そういうとミヤコは浮遊して外に出ていく。

何をするかと思えば、急に大声で叫び始めた。


「助けてーーーーッ!!ロリコンが走らせてくれないーーーッ!監禁されてるーーーーッ!」

「バッカやめろテメェ!」


これで何度か霊感のある人に信じられないものを見る目で見られたことがあるのだ。マジでやめて欲しい。

ようやくミヤコを黙らせて、一息つく。結局奇声をあげて走り回ることはOKになってしまった。


「フーくん。真面目な話さ」

「ん?」

「わたし、ちょっと後悔してることがあるんだよね」

「珍しい。なんだよ」

「オオタニさんに畜生道くらいで済むんじゃないかって言ったこと」

「……はぁ。もっと重い地獄に行くって言っとけばよかったってこと?」

「まぁ、そうだね。だってさ?畜生道ってのは今この世で生きている人間以外のいる場所で……考えて見れば、オクさんだってそうなんだよね。オクさんはとても純粋に家族のことを思っていた。多分、あの場にいた誰よりもね」

「そっか……」

「うん。だから、きっと、依頼人さんも大丈夫だと思うんだよ」


そうだといい。心からそう思った。







あれから一か月が経った。

私のこころはまだ、回復には程遠い。きっともとには戻らないだろうと思う。

母は今、施設に入れている。とてもじゃないが一緒に暮らすなんてできない。

面会にも、あれから一度も行っていなかった。


警察の調べでは探偵の言ったことはほぼその通りだったようだ。

陽人も全面的に認めているらしい。

母の方は証言が出来ないものの、オクの吐いた毛玉から出てきたゴム手袋の欠片に母の指紋と除草剤が付着しているのが分かったらしい。


父が殺された。母は父と自分を裏切っていた。恋人は、そのいずれもを欺いていた。

何も手が付かない。何もできない。何もしたくない。

後悔が頭の中を過る。なんで私は探偵などを呼んでしまったのだろうか、と。

塞ぎこむ私に大学時代の友人が教えてくれて、藁にもすがる気持ちで探偵を呼びつけた。


確かに真実は明らかになった。だけど……これなら見ないふりをしていた方がよかったんじゃないのか。

母を疑うこともなく、父を殺した誰かを恨んで、恋人と温かい日々を暮らす。

騙されたまま、何も知らないまま。気楽に生きていけたんじゃないのか……。


正しくない。

それはきっと正しくない。あのまま暮らし続けていたら、きっと私もただでは済まなかった。

その程度は想像できる。だけど……


「消えちゃいたいな……」


ひとりきりの家の中で声が漏れる。

父は資産家だったし、保険も降りたから当分の生活には困らない。

このまま、何もしないまま、ずっと朽ち果てて行けるなら……


その時、すりすり、と。手に触れるものがあった。


「ああ……オク」


オクは私のお腹に飛び乗ると、赤ちゃんみたいに抱かれにきた。

抱きしめると、もっととせがむ様に甘えてくる。

ぺろぺろと私の首筋を舐めた。

甲高い声で、私に向かって鳴いてくる。

ごはーん、と。そういってるようないつもの声。

それを聞いて、久しぶりに笑みがこぼれた。

ああ。わたし。笑えたんだ。


「そうだよね。お腹空いたよね。今、ごはんを用意するから」


そうだ。私が死んだらこの子はどうなるのだろう。

昔からずっと一緒にいたこの子。

この子には私が付いていないとダメなんだ。

苦しみは癒えない。悩みは絶えない。でも、この子のいる限りは生きていかないと。


私が立ち上がるとオクも後ろについてくる。

そんなにお腹が空いたのだろうか。


「大丈夫だよ。ちゃんと準備するから。待っててね」








娘は何も食べないまま、茫洋と宙を見る。

主人がどこかから彼女を連れてきた時のことを思い出した。

その時はいまよりぷにぷにして小さくて、なんとかしてあげなければならないと思った。

少し大きくなってからもそれはさほど変わらなかった。狩りには出ないし、教えてあげても爪のしまい方も知らない。


私が獲物を持ってきてあげなければ何一つできない。


それでも気付けば見上げなければならないくらい大きくなって……そんな時、彼女はどこからかとてもおいしい食べ物を持ってくるようになった。

彼女がそれを始めて私に差し出してくれた時、飛び上がりたいくらい嬉しかったのを覚えている。

味がすごく美味しかったのもあるけれど……ようやく、娘が独り立ちしたのだ。そう思うと、誇らしいような、寂しいような……


主人が死んで、犯人たちを追い詰めてから、娘は赤ん坊のころに戻ってしまったようだった。


―――私ももう、長くない。


なんとなくわかる。身体は昔より動かないし、狩りの腕も随分落ちたと思う。

こんなに大きくなってしまった娘を養うだけの食べ物は調達できない。

だから、せめて―――できることをしようと思った。

身体をこすりつける。温かい感触を思い出させる。毛づくろいをして、ぺろぺろとなめて、私の声を聞かせて―――

あなたはまだ生きているのだと、思い出させなくてはならない。


「ああ……オク」


娘がようやくこちらを向いた。

まだ足りない。お腹に抱き着いて、もっと身体をこすりつけた。

大丈夫。あなたには私が付いてる。だから、大丈夫――――


そう思って、声を張り上げて鳴いた。


「……そうだね、お腹空いたよね。今、ごはんを準備するから」


娘が立ち上がる。どこかに行ってしまわないように、ちゃんと見張らなくては。


「大丈夫だよ。ちゃんと準備するから。待っててね」



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