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『僕はあなたと生きる』

作者: 紅坂
掲載日:2025/10/11


 ヒグラシの声が外から緩やかに流れ込む。

 窓のそばに横になっていた僕は、耳に届いた扉の開く音で、麻由が帰ってきたことに気づいた。


「ただいまー、りく。今日は外、暑いよ」

『おかえり、麻由』


 聞き慣れた声に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 今日は、いつもより少し疲れたような顔をしている 麻由の様子を見て、そっとソファのそばへ寄る。

『麻由、今日はいつもより疲れてるね。大丈夫?』

「え? 私が疲れてそうなの、気づいてくれたの? ありがとう、りく」

『もう、一緒に暮らして五年にもなるんだよ。当たり前じゃないか』


 ――少しの間、麻由の頬を眺めたり、腕に寄り添ったりして過ごす。

 彼女は少し笑いながら()()()()()()()


「そろそろお風呂入ろうかな。暑くて汗もかいたし、りくも一緒に入る?」

『いや、僕はいいよ。家の中はそんなに暑くなかったし』

「じゃあ、お風呂行ってくるね。待っていてね」


 お風呂へ向かう麻由を見送り、扇風機の回る音と夕方の風の匂いを感じながら横になる。

 風鈴が鳴り、どこか遠くで車の音が小さく響いた。

 しばらくして、湯上がりの香りをまとった麻由が帰ってくる。


 窓から漂う外の熱気と、麻由が使うシャンプーの匂いが夏を運んできた。

 僕はその匂いが好きだ。麻由が帰ってきたと、感じるから。


「お風呂、気持ちよかったー! りく、ごはんにしようか」

『ごはん! いいね。麻由は何を食べるの?』

「今日は茄子が安かったから、()()()()()()()()


 フライパンからジュウと油の音がして、香ばしい匂いが部屋に広がる。

 僕はその匂いに幸せを感じながら、麻由のそばで静かに待つ。

 麻由の作ってくれたごはんを一緒に食べ、食後は彼女がいつものようにSNSを眺め始めた。

 僕はその隣で、テレビの音をぼんやりと聞く。


 ――画面の向こうでは「急な雷雨に注意」と繰り返している。

 雷が苦手な麻由に伝えようとした、その瞬間――。


『麻由、雷に気をつけ……』


 ドン、と腹の底に響くような音が鳴った。

 窓の外が一瞬真昼のように光り、すぐにまた暗闇が落ちる。

「えっ、なに!? 雷、いや!」

『落ち着いて、麻由! 大丈夫、僕がいるから!』


 麻由は身をすくめて震え、目をぎゅっと閉じた。

 僕はすぐそばに寄り、心配そうに顔をのぞき込む。

『大丈夫だよ、僕がついてる。心配しないで』

「りく……ありがとう」


 彼女が僕を抱きしめ、頬を押しつけてくる。

 体温が伝わってきて、僕の鼓動も自然と早くなった。

 雷鳴は続き、窓の外では雨が地面を叩く音を強めていく。


 ――やがて少し落ち着いた麻由が僕を離し、立ち上がった。

「もう少しで止むかな……りく、()()()一緒に寝よう」

『わかった、いいよ』


 麻由のあとを追って寝室に向かう。

 布団を頭までかぶっている麻由の声が聞こえた。

「りく……早くこっち来て」

『来たよ。大丈夫だから、ゆっくりおやすみ』


 彼女の顔のそばに寄り添うと、震えていた身体が少しずつ静まっていく。

 やがて安心したように穏やかな寝息が聞こえた。

『明日には、きっと雷も止んでるよ。おやすみ、麻由』


 僕もその温もりの中で目を閉じた――。


 ――朝。目を覚ますと、隣の麻由の姿が見えない。

 リビングから明るい声が響いた。

「りくー! ごはんだよ、朝ごはん食べよう!」


 その声を聞いて、僕は勢いよく布団から()()()()()

『おはよう』

「見て、りく! 今日はすごくいい天気だよ」

『本当だね』


 眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込み、麻由の髪が金色に光る。


 新しい一日の光が、昨日の不安をすべて洗い流してくれたようだった。

 麻由の笑顔を見ていると、それだけで世界も明るくなる気がする。


「りくもご機嫌そうじゃん」

『麻由が元気そうだからね』


 焼けるパンの香り、コーヒーの匂い、机の上に置かれた果物の色。

 朝の光に包まれたその光景が、まるで幸せの形そのもののように見えた。


「いやぁ、昨日は怖かった」

『雷、すごかったもんね。でも麻由が無事でよかったよ』

「りく、ありがとうね。ずっと傍にいてくれたから安心して眠れたよ」


 麻由の膝に頭を乗せ、優しく撫でる手のぬくもりを感じながら目を細める。

 穏やかな朝の時間が流れていく。


「いい天気だし、今日は休みだし……散歩がてら()()()()()でも行こうか!」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が跳ね上がる。

『ドッグラン!? 行く! 行くよ麻由!』

「あはは、そんなに急がなくても準備があるから、ちょっと待ってね」


 僕はリードをくわえて麻由のもとへ走る。

「りくは本当に、散歩は嫌いなのにドッグランだけは大好きなんだから」

『早く! 麻由、行こう!』


 麻由は笑いながら僕の首にリードをつけ、靴を履いた。

「よし、準備完了! 行くよ、りく」


 扉が開き、夏の光があふれる。

 アスファルトの熱、風の匂い、セミの声。

 すべてがきらきらして見えた。


 僕は麻由の後ろを駆け出す。

 その姿を追いながら、心の中でそっとつぶやく。


『麻由、いつもありがとう。大好きだよ。』


 晴れ渡る青空の下、僕たちは並んで駆けていく。

 ドッグラン、楽しみだ。


『僕はあなたと生きる』


 fin.


 いつか長編が書きたい初心者です。


 拙い文章ではありますが、少しでもあなたの心に残ったのならば幸いです。


 感想など頂けると励みになります。

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