第2話 新たな旅路、そして“記憶”
「クロウさん……もしかして、その魔法は──」
「妄想を叶える魔法──【夢を掴む者】」
クロウがそう言い放つと、街中から歓声が上がった。ただ、その歓声は発言に対してではなく、単純に魔獣を退治したことに対してだった。つまるところ、その魔法について誰も知らなかった。1人を除いて。
ヘレナはすかさずクロウの服の袖を引っ張り、この場から早急に去ろうと街の外れへと駆け抜けていった。
2人は、あの大きな歓声が聞こえなくなるまで走り続け、どこかの路地裏に着いた。
ヘレナは血気に逸る気持ちを抑え、落ち着いて言葉を紡ぐ。
「聞きたいことは山ほどありますが、まず1つ聞かせてください。なぜ今までその魔法を使わなかったんですか?」
「使わなかった、とはどういうことだ」
「【夢を掴む者】はその存在すら定かではない、国家指定特別魔法です。使用する者を見かけたら領主に報告するよう、民は国家から呼びかけられているんです。そうして特別魔法使用者の名簿に書かれて……でもクロウさんの名前はなかったんです」
「そんな大それたモノなのか……まて、ならさっきのみんなの反応はおかしくないか? あれは単に、オレが魔獣を倒したことで湧き上がっているだけのように見えた。仮にヘレナが言ったことが正しいなら、すぐにでもオレのことを引き留めるやつがいたはずだ」
「た、確かに──でも、国の呼びかけも本当で……」
ヘレナが困惑したように口ごもる。
クロウは眉をひそめ、腕を組んだ。
「つまり、どっちかが間違ってるってことか。いや──どっちも間違っているかもしれないな」
「え?」
「まだ整理できていないが、オレも記憶を失っている。もしかしたら、ヘレナにも似たような現象が発生しているのかもしれない」
「確かに、その可能性は否定しきれません……そうだ、いろいろ確認するためにも記録書を探しに行きませんか?」
「そうだな。ギルドに登録し終わったら行こう」
───
クロウとヘレナはしばらく歩き、冒険者ギルドに到着した。
ユリウスたちといたギルドの系列らしく、小ぢんまりとしていて、憩いの場のような雰囲気を放っている。
2人は中へ入り、受付にて自分たちが新たに冒険者として登録する旨を伝えると、受付嬢が不思議そうな表情を見せて言った。
「確かにお2人は、パーティ『グラディウス』を脱退されたようですが、冒険者ライセンスは無効になっていませんよ」
クロウは「確かに」と言わんばかりの顔であるが、ヘレナは首をかしげている。どこか引っかかって納得できていないようだ。
そして、それを確認するようにヘレナが口を開く。
「すみません。冒険者ライセンスを確認させてもらえますか」
「ああ、解りました。ライセンスカードの再発行ですね」
「え、いや」
会話がやけにかみ合わない。それは、お互いの言っていることを理解できていないというより、常識そのものがずれているような、そんな気を起させる。
ヘレナはギルドによってシステムが違う可能性を考えたが、いつも利用していたギルドの系列ということもあり、その考えはすぐに捨てた。
「そうでしたか、申し訳ございません。では、お2人のライセンスカードを見せていただけますか? こちらで確認します」
「わ、わかりました」
ヘレナはまだ状況を呑み込めていないが、とりあえず従うことにした。そうして、2人はポーチにしまってあるライセンスカードをすぐに取り出し、手渡す。
受付嬢が受け取ったライセンスに魔力を込めると、そこから文字が浮かび上がり、それを確認して言った。
「うん、やっぱり。ライセンスは無効になってません。お2人は冒険者のままですよ。ライセンス受理時にも説明されたと思いますが、詳細な情報を確認したい際はライセンスカードに魔力を込めてください。それと、依頼を受けたい時は、カードの下の欄にある『依頼受付』にて魔力での連絡をお願いします」
「ありがとうございました。さ、ヘレナ行こう」
クロウが呆気に取られているヘレナに呼びかける。とりあえず、落ち着いて話せる場を設けたかったようだ。
───
ギルドを後にしたクロウとヘレナは、しばらく街の外れを歩いていた。
西に傾きかけた陽が、石畳に長く影を落とし始めている。陽光は暖かく、風は涼やかで、夏の終わりを思わせる心地よい空気が流れていた。賑わいから少し離れた通りは、喧騒から解き放たれたように穏やかで、先ほどまでの緊迫した空気が嘘のように感じられる。
クロウは前を歩きながら、時折道端の花や店先に目をやり、何かを思い出そうとするように眉間を寄せている。
一方、ヘレナは彼のすぐ後ろを歩きつつ、ギルドでの出来事を頭の中で何度も反芻していた。
(……ライセンスが無効になっていない? どういうこと? ギルドの管理は一元化されているはずだし、あれほど明確な追放だったのに……)
まるで、誰かが記録を書き換えたような、不自然な整合性。ヘレナは無意識にライセンスカードを見つめる。だが、そこには何の異変も見られなかった。
「記録書や歴史書は隣町の『デインデ』にたくさんあるそうだな。まだ夜まで時間はあるし、行こうか」
唐突にかけられたクロウの声に、ヘレナははっと顔を上げた。
「あ、はい……!」
慌てて返事をしながらも、その視線はまだ迷いを孕んでいる。クロウの足取りは軽く、まるで世界に疑念を持っていないかのようだった。自身の置かれた状況が元からそうであったかのように。
少し歩いた先に、街を囲う外壁の門が見えてくる。衛兵がのんびりと立ち、通行人を適当に見送っているのが遠目にも分かった。
門をくぐってからも、道は穏やかに続いていた。
金色の陽射しに照らされながら、2人は静かに、次の町デインデを目指して歩き出した。




