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第1話 記録者の追放、そして“夢”

「クロウ、お前パーティ抜けろ」


「は?」


 衝撃の言葉に、クロウは思わず固まった。ユリウスの苛立ちは知っていたが、まさかここまで冷たく突き放されるとは思わなかった。


「お前は俺に何度も言われたはずだ。身の程をわきまえろってな。お前は記録者(レコルダン)なんだ。戦う役目じゃない」


「最初から戦闘要員として雇ったならそんなことは言わねえよ。でもお前は俺たちの行動を記録して宣伝するために来たんだろ? それがいつの間にか、仲間になりたいとか言い出すから、俺の優しさで入れたんだ。お前が偶然いいタイミングで来てパーティがSランクになったからって、調子に乗りすぎだ」


「……本当は、雇うより加入させた方が金が浮くだけの話だがな……はあ、疲れた。脱退の手続きは済ませておく。さっさと俺の前から消えろ」


 ユリウスはただ淡々と嫌みたらしく言葉を紡いだ。だれの意見も寄せ付けないような様子で。

 ただ、そこに1人反論する者がいた。ヘレナだった。


「ユリウスさん、やめてください。今イライラしてるからってそんなの無茶苦茶です。あなたのプライドがクロウさんの戦闘を許さないという気持ちも多少は理解できますが、あの時はそんな場合じゃなかった。ペルムさんが一瞬の判断で転送しなかったら、死んでたかもしれないんですよ」


 普段から優しい彼女が、初めて見せるような表情だった。実際、冷静に反論しているが、内心はユリウス以上に苛立っており、体が震えてしまっている。


「……そうか、わかった。ならお前も抜けろ」


「わかりました」


「ヘレナ! オレのことは庇わなくていい!」


 クロウの呼びかけには誰も反応しなかった。

 数秒の時間が経過してから、ユリウスは他に何も言い残さず2階へ行った。カニスとペルムも我関せずといった面持ちで、この場を後にした。

 残った2人はお互いに顔を見合わせ、沈黙の時間を流している。


「ヘレナ──」


「いいんです。クロウさんは何も悪くないのに、一時の怒りに任せて……あんなパーティにはいられません」


「……ありがとう。でも、ヘレナはこれから先はどうするつもりなんだ?」


 その台詞を聞き、ヘレナは口に手を当てた。

 ユリウス同様、彼女も感情で行動してしまうタイプで、後先考えていない。そのため、パーティから抜けた後のことを全く考えていなかったのだろう。


「やっぱり考えてなかったのか。まあオレも正直なところ、あんなこと言われて、まだ何が何だか分からない。でも……間違いなく、いままでの冒険は楽しかった。だから、これから先は色んな場所を冒険して、それを記録として遺していきたい。善は急げ。今からギルドに行って登録しなおすよ」


「わたしも、わたしも同行してはダメですかね? 本当はまだまだ冒険がしたい。何より──クロウさんのこと、もっと知りたい」


「もちろん。一緒に旅しよう。じゃあ早速……ここで登録しようと思ったが、さすがに気まずいか」


 ───


 あれから2人は、街にあるもう1つのギルドを目指して歩いていた。

 レンガの家が立ち並び、人の往来も多い。そしてその誰もが魔法を使っている。手のひらに火球を灯したり、水の球で果物を冷やしたりと、日常の延長に魔法がある。


 道の隅では、浮遊するホウキに乗った配達人が、猛スピードで空を駆け抜けていく。ただ、あまりに速すぎたためか、配達員のカバンから配達する夕刊が数枚こぼれ落ちてきてしまった。

 クロウは落ちてきた『ルクス王国新聞』を手に取り、中身を覗いて魔力を加える。すると映像が浮かび上がってきた。記録者(レコルダン)が【投影(ルクス・)する者(ヴェリタティス)】という魔法を掛けたものだ。

 【投影(ルクス・)する者(ヴェリタティス)】とは、自身の記憶を映像として出力する魔法で、出力した場所に再び魔力を加えることで映像が見られるようになる。そして、記録者(レコルダン)とは、この魔法を使い情報を発信する者のことだ。


「オレも元は冒険者じゃなく記録者(レコルダン)だったのか……」


「クロウさんはどんな記録をしてたんですか?」


「ああ、オレは──」


「オレは?」


「……思い出せない。何も、思いだせない」


「え?」


 記憶を、失っていた。

 クロウは茫然自失でその場に立ち尽くし、固まってしまった。ヘレナもただそれを見ることしかできず、お互いに黙り込んでしまった。

 そんな2人の静寂を切り裂くように、都合よくアナウンスが後ろで響いた。


「保護魔獣が通ります。道を開けてください。保護魔獣が通ります……」


 どうやら珍しい魔獣が確認されたらしく、詳しく研究するため輸送されている最中だった。

 魔法が発達した現代でも、空間転移の魔法を使うにはかなりのハードルがあり、今もこうして移動することがほとんどだ。


「クロウさん。危ないのでこっちに来て下さい」


「あっ、ああ。そうだな」


 ヘレナがクロウの服の袖を引っ張り自分の方に引き寄せる。


「しかし、あの魔獣なにか変じゃないか?」


「そうですか? 適切な魔法でしっかり処置されているような気がしますが」


「変な“ヒビ”が入ってないか?」


「変な“ヒビ”?」


 そうヘレナが聞き返した瞬間だった。


「グォォォォォォ」


 魔獣が突如として意識を取り戻し、瞳を赤く光らせ、咆哮とともに拘束を打ち破った。暴れまわるその姿に、周囲の者たちは慌てて身をかわした。

 輸送していた者たちが魔法で再び拘束を試みるが、いずれも失敗に終わった。非常に強力な魔獣らしい。


「あれはまずいな。少し待っててくれ」


「クロウさん!?」


 クロウが飛び出した。その手には例の玲瓏な剣が握られており、透明な輝きを放っていた。


 魔獣の目の前へと移動したクロウは、その瞬間に剣を横に振った。すると、いままで大暴れをしていた魔獣は動くのを止める。


「とどめだ。【残星(ヴェリタス・フラクタ)】」


 クロウはそう言うと右腕を肩の高さまで上げ、手を開く。先程まで持っていた剣はいつの間にか消えており、どこにも見当たらず、代わりに掌の前の空間にはガラスの集合体のようなものが見られた。それは()()()()()()()であった。

 それは魔獣へ向かって放たれ、耳鳴りのような高い音と共に魔獣は砕け散った。


「クロウさん……もしかして、その魔法は──」


「妄想を叶える魔法──【夢を(スクリプトル)掴む者(・デルシオニス)】」

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