Op.6 あわい、記憶をたどって
「夏希、それって運命の出会いじゃない!?」
週明け、月曜の朝。
朝のホームルームの前、夏希から夢の中での出来事を聞いた葵の大きな声は教室中に響き渡った。
「えっ、ちょ、葵!」
夏希が自分よりも浮き足立つ親友を制止しようとすると、この学年に15人しか居ない音楽科クラス全員の視線が夏希たちに注がれた。
「えー!何、夏希好きな人出来た!?」
「出会いはどちらですか!なれそめは?」
「ピアノが彼氏とか言ってたのにぃ〜!」
「あたしも恋したーい!」
女子高の集中砲火は激しく、そして長い。
その砲撃は、担任がホームルームの始まりを告げ一時休戦となったものの、授業間の休みになる度に再開され、放課後まで止むことはなかった。
「うぅ、つかれた……葵のばかぁ」
放課後になり、夏希がいつものレッスン室に入る。
先に待っていた葵は少し笑いながら、一日中続いた質問攻めをかわしてぐったりとした親友を労る。
「あはは、ごめんって〜!でもさ、夢の中でその"祐人くん"に出会えて、何か掴めたんでしょ?」
「うん。まだ完璧じゃないけど、祐人くんのことを思い出して弾いたらなんか、心があったかくなって……」
夏希は、夢から覚めた朝に祐人を想って弾いたときの、あたたかく優しい感覚を思い出していた。
「不思議だよね。夢だったのに、会話も表情も、全部はっきり覚えてるなんて」
「ねぇ、夏希」
葵は突然、真剣な顔で夏希のほうへ近寄ってきた。
「そんなリアルだったならさ、祐人くんって実在してたりすんのかな?」
「え」
「え、じゃなくて。だって、夢って目が覚めたあと、細かい事忘れちゃうじゃん?夏希がいいなら、祐人くん探し、手伝うけど……どう」
夏希にとって、それは青天の霹靂だった。
『夢の中でまた会いたい』とは確かに思ったものの、祐人が実在するかどうかなんて考えてみたこともなかった。
「確かに、会えるなら会ってみたいかも……けどあんなきれいな人、現実世界にいるとは思えないよ」
「ほほう。夏希さんってば、祐人くんがよほどタイプなんですねえ……よし、きまり!なんか手がかりになりそうなこと、どんどん教えて」
そう言うと葵は名探偵気分で今朝配られたプリントを鞄から取り出し、その裏に「夏希の運命の人♡祐人くんをさがせ!」と題しメモを取り始めた。
「ちょ、運命の人って……ていうかそのプリント、提出するやつだけどいいの?」
「いいのいいの!出さなくてもわかんないし!えーと、まず名前は祐人くんでしょー。フルネームわかる?」
「葵、こないだもそれで先生に注意されてたじゃん……。えっと、フルネームは、多嶋祐人くん」
「たじま、ゆうと、っと。それで、サックスが上手と……あとは?」
「確か1つ年上、って言ってたかな」
「きゃー!先輩なの〜!?年上彼氏なんて、羨ましっ」
「いやいや、彼氏じゃないし」
シャープペンを持ちながら、両手を口元に当てて乙女ぶる葵に、夏希は呆れながらもすかさずツッコミをいれて小さなため息をついた。
「まぁまぁ。ていうか、サックスやってる多嶋祐人"せんぱい"なんて、探せばフツーに居そうじゃない?それにオアシスで会うとか、意外と地元民かもだしぃ〜?」
葵はそう言いながら、また夏希のほうを見てニヤニヤし始めた。
「も〜、葵、楽しんでるでしょ」
「いえいえ、あたしは至って真剣ですっ」
「まったく。葵ってホントに恋バナとか好きなんだから――あ、あともうひとつあった」
「なになに?重要な手がかりですか!?」
「手がかりになるかは分からないけど……ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』ってあるじゃん?その曲をすっごく大切に演奏してた」
「あ」
「葵?」
夏希の話を聞いた瞬間、葵のペンの動きが止まった。
そしてすぐに、何か心当たりがありそうな表情で夏希を見た。
「夏希さん」
「うん?」
「まだ確定じゃないけど、それ、すっごい重要な手がかりかも……」