Op.2 夢のなかのオアシス
「え……ここ、どこ?」
自室での練習中に疲れてベッドに倒れ込んだはずの夏希は、気がつくと霧に包まれた場所に立っていた。
上を見上げてみると、濃紺の夜空には分厚い雲。
その隙間から差し込む月の光のほかには何も見えない。とても静かで、不思議な場所。
「えっ……オアシス……?」
状況が掴めないままきょろきょろと周りを見渡していると、月明かりに照らされて、今日葵と行った"うちらのオアシス"――イオンが出現した。
「夢……なの?」
何が何だか分からないこの状況を整理しようと脳みそをフル回転させていると、月の光が夏希の足元からオアシスまでの道を一本道のように照らしていく。何だか店内へと導かれているような気がして、夏希はその道を歩き始めた。
建物の中に入ると、いつも通りの店内で少しホッとする。しかしすぐに自分以外に客が居ない事に気づき、また少し気がひきしまった。
グゥ〜。
その瞬間、引きしまった気持ちとは反対に、夏希のお腹は壮大なメロディーを奏でた。
「うぅ、おなかすいたな……夜ごはん食べとけばよかったぁ」
ひとまずお腹を満たすために向かったのは、今日、葵と行ったばかりの2階のフードコートにあり、急遽二学期に持ち越すことになった銀だこ。
店内で淡々と作業するロボット店員たちの存在で夢である事が確定し、すこしホッとした気持ちで注文した熱々のたこ焼きは、現実と変わらぬ素早い手つきで提供され、クオリティも全く同じだ。
たこ焼きの上でそよそよと誘惑の舞を踊るかつお節に、私を早く食べてと言われている気がして、思わずごくりと唾を飲む。
「葵、ごめん!お先です!」
中がとろとろのたこ焼きに、ソース、青のり、かつお節、そしてたっぷりのマヨネーズ。
「……うまぁ!!ブラボー!」
空腹のコンサートホールで感動のハーモニーを奏でるたこ焼きに、夏希は思わず拍手をしながら、スタンディングオベーションでコンサートお決まりのセリフをキメてみる。
「……ふふ、1回言ってみたかったんだよねぇ、これ」
『二学期に食べよう』という葵との約束をその日のうちに破った事に少しの罪悪感をおぼえながらも、夢の中だからノーカウントだということにして、気を取り直しはふはふと食べ進めていた――その時だった。
「ん、なんの音だろ……サックス?」
たこ焼きを焼く鉄板の音とは別に、どこからか音が聞こえてくる。
一瞬、店内放送かと思ったが、サックスのような音色を聴いて、他に誰か人が居るのかもしれないと思った夏希は音の出どころを確かめてみることにした。
エスカレーターに乗って上の階にあがるにつれて、その美しい音色にどんどん近づいていく。
屋上にある駐車場まで出ると、音の大きさからして、もうかなり近づいているがそこには人気がない。
「やっぱ店内放送――あっ、あそこかな」
夏希は遠くを見渡すと、上の階に行けそうな階段を見つけた。その先をのぼっていくと、大きく分厚い鉄製のドアが目の前に現れた。
先程よりも、さらに音に近づいた。
――たぶん、この扉の向こうに誰かいる。
夏希は少し緊張しながら重たいドアをゆっくりと開けて、外を覗いてみた。