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同僚の男性騎士が「おかしい!ずるい!」と言うので、「筋肉を鍛えたら?」とアドバイスしてみた

作者: 乃木太郎

 アーサー・シュトレーゼ伯爵子息は、ツェーホフ公爵領騎士団に所属するいわゆる平の騎士である。伯爵家の四男として生まれ、勉強が苦手だった彼はすぐに騎士の道を志した。剣は自分に合っており、兄を負かすこともあったので、自分には才能があるのではという自負が強いまま騎士団に入団した彼は、自分が騎士からのスタートとなることに納得がいっていなかった。

 侯爵以上の高位貴族はまだしも、低位の貴族は、貴族であってもまずは騎士からであるのは当然のことだったが、アーサーは自分に都合よく物ごとを考えてしまう癖があり、自分ならいきなり将校からになると思っていたし、すぐに騎士爵をもらって「一角の人物」になれるだろうと考えていた。しかし実際は、通常通り、平の騎士からのスタートである。

 ちなみに彼の入団試験の結果は、ペーパーテストがギリギリの可、実技試験についても一般的な良で、総合評価は可である。騎士団の入団試験は、ペーパーテストと実技試験があり、それぞれ、優・良・可・不可と成績がつけられるのだが、アーサーは、ペーパーテストは実技でカバーできると考えていたし、実技もぶっちぎりの優だと考えていた。シュトレーゼ伯爵が、次期当主となる長男ばかりを厳しく教育した結果、アーサーはほとんど放任され、気の毒に思った使用人たちに甘やかされた結果である。

 さすがに騎士団をクビになってはまずいことがわかっていたアーサーは、訓練には参加し、上官に怒られない程度にはまじめに取り組んでいた。しかし、その他大勢と変わらない評価であることを知らないアーサーは、訓練にも身が入らず、いつになったら自分に目をかけてもらえるのかと呑気なことを考えていたのである。これで彼が訓練を多少でもまじめに取り組めば、上官の目に入ったかもしれないのに、それが理解できないのがアーサー・シュトレーゼという男だった。




 オリーブ・サントアンヌ辺境伯令嬢は、サントアンヌ辺境伯家の唯一の令嬢として、まるで「姫」のように家族からも使用人たちからも大切に大切に育てられていた。しかし彼女は、父や兄たちのような軍人を目指しており、「女に軍人は難しい」と父に言われ、この世の終わりのように涙を流した。

 オリーブをかわいがっていた父や兄たちは、危険なことはしないという約束のもと、オリーブに剣術を教えることにした。オリーブは父や兄たちの教えを忠実に守ってめきめきと剣の腕を上げ、さらに勉学にも取り組み、心技体をかねそなえた女騎士を目指して研鑽に励んだ。軍人にはなれなくても、騎士ならば数は少ないが前例があることも歴史の勉強から学んだのである。

 もちろん父や兄たちは、オリーブには女の子らしく、部屋の中で刺繍やお茶をしてくれればいいと思っていたのだが、それを言うと一ヶ月は口をきいてくれなくなるので、陰ながら大切な姫の努力する姿をこっそりと、時には感動で涙を流しながら、熱心に見守るしかなかった。もちろん、オリーブにはバレバレである。

 やはり騎士を目指すのはと渋っていたが、実はサントアンヌ辺境伯はこっそりツェーホフ公爵と連絡を取っていた。ツェーホフ公爵領の騎士団であれば、男女関係なく実力者には門戸を開き、身分や性別に関係なく公平な目で判断し、過去には女騎士が所属していたことを知っていたからである。もちろん、娘だから贔屓してほしいと言うつもりはなかったが、大事な娘を預けるならばツェーホフ公爵領の騎士団がよいと考えていた。

 ツェーホフ公爵から、「女性でも実力があれば大歓迎」という返答をもらって、サントアンヌ辺境伯はオリーブにツェーホフ公爵領の騎士団試験を受験してもよいと許可を出した。もしその騎士団試験に落ちたら、騎士の道はあきらめ、辺境伯令嬢として過ごすことを約束させて。オリーブは迷うことなく頷き、父に心から感謝した。

 もしこの試験に落ちたとしても、それは自分の実力不足だったと納得できる。父に抱きつくオリーブを見て、兄たちが父に嫉妬したのは言うまでもない。オリーブはその日から、今以上に剣術と勉学に取り組んだ。

 試験当日、オリーブは緊張しながらもペーパーテストでも実技試験でも実力をいかんなく発揮した。女ということで周りの目はやや冷ややかだったが、試験官はツェーホフ公爵騎士団の方針に則り、公平に評価した。オリーブは、ペーパーテストは優、実技試験は良という大変優秀な成績で騎士団入りが決定したのである。オリーブの試験結果を踏まえ、将校からのスタートを騎士団長は打診したが、オリーブは他の人たちと同様、騎士からのスタートを望んだ。彼女は自分はまだまだ未熟な人間だと思っていたし、すぐに女の自分は受け入れられないだろうと冷静に考えていた。

 こうして、泣いてすがる父と兄たちに別れを告げ、オリーブはツェーホフ公爵騎士団に入団した。





「本日よりお世話になります、オリーブ・サントアンヌと申します」


 サントアンヌ、という姓に、他の騎士たちがざわつく。サントアンヌと言えば、将軍と呼ばれるサントアンヌ辺境伯はじめ、有名な武門の家である。


「たしかに、わが家はサントアンヌ辺境伯家ではありますが、家とは関係なく騎士を目指しました。いたらぬ点が多いですが、ご指導ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願いいたします!」


 驕ったところもなく、さわやかにあいさつしたオリーブに、他の騎士たちも好意的に受け入れる。

 しかし、一部のアーサーたちを含め、今の地位に不満のある者たちは、どうしてもオリーブを受け入れることができなかった。試験に不正があったのではないか、言葉を選ばずに言えば、オリーブがズルをして騎士団に入団したと誤解したのである。もちろん、上官に確認すればそんなことはあり得ないと説明してもらえただろうが、彼らにそこまでの思慮深さはなかった。

 オリーブは、朝は誰よりも早く訓練場に来て訓練に励み、どんな雑用も進んで行い、上官の指導もよく理解して行動していた。そんな彼女だからこそ、上官をはじめ同僚の騎士たちからも、すぐに一目置かれるようになるのだが、アーサーたち一部の人間はそんなオリーブを「女を使ってる」「家の名でのしあがった」と陰口を叩いた。彼らの中にあったのはひとえに「ずるい」という感情で、それは、「オリーブさえいなければその位置には自分がいたはず」という勘違いから起こるものであった。もし彼らに内省する力があれば、オリーブのように努力をしようと思えたはずであるが。

 オリーブの働きは、上官や騎士団長だけでなく、ツェーホフ公爵の耳にも入っていた。旧友の娘ということもあり気にはなっていたが、自分が目をかけるとオリーブの立場が悪くなると考え、公爵は必要以上にオリーブを気にかけないようにしていたのである。にもかかわらず、部下たちからオリーブ・サントアンヌの名を聞いて、とても喜び、彼女の父であるサントアンヌ辺境伯にも手紙を送った。サントアンヌ辺境伯がその手紙を読んで泣いたのは言うまでもない。

 そうしてオリーブががんばればがんばるだけ、アーサーたちの嫉妬も膨れ上がり、とうとうアーサーたちはオリーブにちょっとした嫌がらせを始めたのだった。最初は、自分たちの雑用を押しつけたり、「女はいいよな」と嫌味を言う程度の、オリーブからすれば「かわいらしい」ものであった。オリーブは雑用も笑顔で完璧にこなし、「女はいいよな」と言われれば「ご指導ありがとうございます」と礼をした。

 そんな状態が続くと、周囲の騎士たちは、アーサーたちはやりすぎではないかと思うようになるのは当然のことで、オリーブに嫉妬する者とオリーブに同情する者で対立が起こる。しかしオリーブは、騎士団の士気が乱れるのを恐れ、すぐに味方になってくれた騎士たちに「何もしないでほしい」と伝えた。もちろん、騎士たちは納得しない。


「そうは言っても、アーサーたちのやっていることは目に余る。オリーブは誰よりも努力しているのに」

「ありがとうございます。でも、父や兄たちに言われました。女だからこそ、背負わなくていい苦労も背負うことになるだろう、その覚悟がないなら騎士は辞めるべきだと」


 オリーブのまっすぐな目に、騎士たちは言葉を失う。


「わたし、騎士になることが夢であり、目標でした!こんなことで負けたくありません。本当に困ったら、自分で副団長に相談します。なので、見守ってもらえないでしょうか?」


 嫌がらせを受けている本人に懇願され、騎士たちも渋々頷く。アーサーたちと真っ向から対立して、それがオリーブが原因だとなれば、彼女が気に病むことも理解できた。それでも、こっそりと上官に様子を伝える者はいた。上官もアーサーたちの動向は把握しており、看過できないことが起こればすぐに対応するし、オリーブに万が一がないよう気をつけると約束する。それをもって、騎士たちの対立は、表面上は落ち着いた。

 対立が落ち着くと、アーサーたちは調子に乗り、それでも悪知恵をつけて、見えないところで嫌がらせをするようになった。オリーブの靴に虫を入れてみたり、足をかけて転ばせようとしたり、幼稚なものがほとんどであったが、物理的な攻撃が始まったのである。

 虫はもとから怖くなかったので対処できたし、足は持ち前の運動能力で華麗に避けていた。それがますます気に食わず、アーサーたちの嫌がらせはエスカレートしていく。オリーブはまったく気に留めていなかったが、周囲の人間はいよいよ我慢できないとアーサーたちとの直接対決もいとわないというほどにもりあがっていた。

 いよいよ一触即発かと思われたとき、騎士団長から思わぬ発表があった。


「わが国の第三王女ジョゼフィーヌ殿下付きの護衛騎士を、この騎士団から選ぶことになった」


 この発表に、騎士団の面々がざわつく。通常、王族の護衛は近衛騎士が担うもので、公爵領に属する騎士団から選ぶことはない。


「ジョゼフィーヌ殿下は、ご側妃ソフィア様のご息女で、ソフィア様はツェーホフ公爵様の妹でもあらせられる。そういうわけで、わが騎士団より護衛騎士を選ぶことになった」


 騎士団長の話に、オリーブほか貴族社会を理解している者は納得した。近衛は王家が選抜した騎士たちである。特定の派閥に属している貴族家の子息がほとんどだ。継承権の低い側妃の第三王女と言えど、信頼の置ける人間を姫殿下の護衛にしたいと考えるのは当然だろう。


「一週間後、護衛騎士選抜のための試験を行う。希望するものは明日までに申し出るように。以上だ」


 オリーブは、自分には護衛騎士などまだまだ務まるはずもないと今回は辞退を考えていた。挑戦したい気持ちがないわけではなかったが、アーサーたちの嫌がらせに、さすがのオリーブも精神を磨耗していたらしく、いつもならだめでもともとと挑戦するオリーブが、「わたしなんか」と考えていたのだ。


「オリーブも、もちろん試験を受けるんだろう?」


 初日からオリーブのことを気にかけてくれていた先輩騎士が無邪気に声をかける。


「え、わたしにはまだまだ……」

「何言ってるんだ!オリーブならできる!」

「そうだそうだ」


 いつの間にか他の騎士たちも集まり、オリーブに試験を受けるべきだと助言していた。


「いいんでしょうか。未熟なわたしが」

「試験を受けるだけだ。あとのことはそのとき考えたらいいだろう」


 そう言われ、オリーブははっとする。


「そうだ……そうですよね!わたし、受けます!」

「その意気だ!」

「がんばれ!でも、負けないからな」

「はいっ」


 その様子を見ていたアーサーたちは、ちっと舌打ちを打つ。


「オリーブなんかが受かるわけないだろ」

「女なんかに務まるはずないのがわかんないのか」


 アーサーは、自分こそが選ばれるだろうと考えていた。ようやくそのチャンスが巡ってきたと内心ほくそ笑む。

 こうして王女殿下の護衛騎士は、オリーブ、アーサーをはじめ、二十人の騎士が志願したのだった。




 試験は、入団と同じように、ペーパーテストと実技試験の両方が課せられる。試験官には、騎士団長、副団長だけでなく、ツェーホフ公爵自身も加わった。ペーパーテストは、仮にも王女殿下の護衛騎士となった場合、国内外の貴族の事情も把握しなければならないし、王女殿下が外国に嫁ぐこともあり得るため外国語の知識も必要となってくる。入団試験のペーパーテスト以上の難易度ではあったが、騎士団に入っても勉学を怠らなかったオリーブは、優の成績をおさめた。アーサーはもちろん不可である。

 実技試験では、一対一の模擬試合であった。模擬試合の相手は、騎士団長か副団長という格上の相手である。王女殿下の護衛騎士になるなら、自分より強い相手とも互角に戦い、王女殿下を逃がすくらいの時間稼ぎはできなければならない。

 他の騎士たちがあっけなくやられていくなか、オリーブは騎士団長とも見応えのある試合をしてみせた。最終的には騎士団長に負けてしまったものの、ツェーホフ公爵の印象は上々であった。騎士団長はじめ他の試験官たちも同様で、オリーブは実技でも優であった。  

 試験が終わり、最終確認の意味も込めて、騎士一人ひとりとツェーホフ公爵が面談をすることになった。試験は優秀でも、人柄に問題があれば護衛騎士にするわけにはいかない。

 アーサーは、ペーパーテストでは不可、実技では可という成績で、護衛騎士になることはあり得ないことは明白だったが、ツェーホフ公爵は全員と面談を行うことにした。


「アーサー・シュトレーゼ。騎士団の仕事はどうかな?」

「はい、毎日とても充実しております。しかしながら、自分にはもっと活躍できる場があるのではと思っておりました。今回の王女殿下の護衛騎士はまさに天啓を得た気持ちです。護衛騎士はまさに私の天職です。選ばれたあかつきには立派に務めてみせます!」

「ふむ……」


 このやり取りだけで、ツェーホフ公爵はアーサーの為人を見抜いていた。アーサーは自分がまったく見えていない。そのくせ自尊心だけは異常に高い。王女殿下に近づければ、護衛そっちのけで自分の地位のことばかり考えるだろう。ツェーホフ公爵は心のなかで、アーサーには近々退団も視野に入れた話し合いが必要だと考えた。

 一方のアーサーは、護衛騎士は自分で決まりだと呑気なことを考えていた。ペーパーテストは少し失敗したが、実技では自分をアピールできたし、面談でもツェーホフ公爵の歓心を買うことができたはずだと無邪気な自信を持っていた。その数日後、退団勧告を受けるとも知らずに。

 オリーブとの面談は、ツェーホフ公爵にとっても有意義な時間となった。


「オリーブ・サントアンヌ。騎士団の仕事はどうかな?」

「はい、騎士団長や副団長はじめ、みなさんに支えられて、日々騎士としての研鑽を積むことができ大変ありがたく思っております。未熟なところが多いとは存じますが、護衛騎士になっても王女殿下を命にかえてお守りすることを騎士道精神に誓います」

「よい心がけだな。しかし、もしもジョゼフィーヌ王女が他国に輿入れとなった場合、君もついて行ってもらうことになるが」

「問題ありません!」


 悩むことなく答えたオリーブに、ツェーホフ公爵は涙目のサントアンヌ辺境伯の顔が浮かぶ。


「家族はいいのかな?」

「はい!サントアンヌ辺境伯にはすでに後継がおりますし、わたしがいなくとも兄たちがしっかり家を守ってくれます」


 きらきらの笑顔で言われ、サントアンヌ辺境伯とその息子たちに公爵は少しの同情を覚えた。もしジョゼフィーヌが他国に輿入れとなり、それにオリーブもついていくとなれば、辺境伯家ごと他国に引っ越すと言いだしかねない。

 オリーブに関して懸念があるとすれば、サントアンヌ辺境伯家の男たちだったが、オリーブ自身には何ひとつ問題はなく、安心してジョゼフィーヌ王女を任せられると公爵は考えていた。 

 すべての志願者との面談を終え、騎士団長や副団長とも話し合って、ツェーホフ公爵は王女殿下の護衛騎士をオリーブ・サントアンヌに任命することを決定した。

 発表当日、志願者たちは緊張の面持ちで訓練場に集まっていた。アーサーだけは自分に違いないと自信満々の様子である。


「ジョゼフィーヌ第三王女の護衛騎士を、オリーブ・サントアンヌに任命する」


 ツェーホフ公爵の発表に、アーサー以外は納得した顔で祝福の拍手を送る。オリーブは自分の名前が呼ばれると思わず、一瞬遅れて「はい!」と元気よく返事した。オリーブが前に出ると、ツェーホフ公爵から任命書が渡される。


「ジョゼフィーヌは、王族でも肩身の狭い思いをしているだろう。ぜひジョゼフィーヌの心も支えてやってほしい」

「ありがとう、ございます。誠心誠意、ジョゼフィーヌ王女殿下にお仕えいたします」


 泣きそうになるのを我慢し、オリーブは小刻みに震えながらも任命書を受け取る。そこに書かれた「オリーブ・サントアンヌ」の名前を見て、これが現実だと実感する。オリーブが深々と礼をすると、ツェーホフ公爵は優しく肩を叩きすぐに仕事に戻っていった。


「オリーブおめでとう!」

「悔しいけど、オリーブなら仕方ないな」


 騎士団長や副団長はまだいるが、他の騎士たちはまるで自分のことのようにオリーブを祝福する。騎士団長たちも今だけはと目をつぶり、その様子をほほ笑ましく見ていた。

 そんな感動的なシーンに納得できないのは、もちろんアーサーである。


「おかしい!」


 アーサーの言葉に、騎士たちはそちらを見る。中にはめんどくさそうな顔をしている者もいた。


「なんでオリーブなんかが……!俺こそが王女殿下の護衛騎士になるべき人間だろう!?」

「……ぷっ。剣の才能もなく、勉強や訓練もまじめに受けずに、よくそんなことが言えるな」

「アーサー、もっと現実見ろよ」


 騎士たちの言葉に、アーサーの顔が赤くなる。


「違う!違う違う!絶対不正があったんだ!こんなのおかしい!ずるい!」


 まるで幼子のように、「おかしい!ずるい!」とアーサーが連呼する。騎士団長が間に入ろうと動き始めたところで、オリーブがアーサーに近づいた。


「シュトレーゼさん」

「な、なんだよ!くそ、女のくせに!」

「こんなこと言うのもなんですけど……もっと筋肉をつけたほうがいいですよ?」


 オリーブの言葉に、騎士団長だけでなく全員がぱちくりと目を瞬かせる。アーサーも予想もしない言葉に黙り込んだ。


「前々から気になっていたんですが、剣を振るとき手首の力だけで振っていますよね?それだと、自分より力のある者と対峙したときに剣を落としてしまいます。全体的に筋肉が足りてないですけど……上腕三頭筋をまずは鍛えるのはどうですか?」

「……は?はあああ!?おま、おま、おまえ……!」

「わたしはたしかに未熟なところもありますが……シュトレーゼさんはそれ以上、えっと、サントアンヌ辺境伯だと兵士ですら難しいです。もっと筋肉を鍛えたら今より立派な騎士になれるなって、ずっともったいないって思ってたんですよ」


 オリーブはいつも通りまっすぐな瞳でアーサーを見つめる。オリーブの言葉には一切の悪意がなく、アーサーが騎士として今後も身を立てていくためには必要なアドバイスであった。しかしアーサーの肥大化した自尊心はオリーブの言葉を攻撃と受け止め、しかし「筋肉を鍛えろ」というあまりにも予想できない言葉に、顔を真っ赤にして鼻息荒くすることしかできなかった。

 騎士団長は見えないように笑い、他の騎士たちも吹き出して笑い出す。オリーブは周囲が笑い出したことに驚き、「どうしたんですか?」と心の底から驚いていおり、その様子にアーサー以外の者たちはますます笑いが止まらなくなるのだった。




 その後、アーサーは退団勧告を受けごねにごねたが、騎士団長から「筋肉を鍛えるか?」と聞かれ、ツェーホフ騎士団を退団した。その後他領の騎士団に入ったようだが、ツェーホフ騎士団よりも厳しく待遇も悪い騎士団にしか入れず、結果的に毎日筋肉を鍛える雑用を押しつけられているらしい。

 オリーブは女騎士として、ジョゼフィーヌ王女殿下の護衛騎士となり、精神的にも王女殿下の支えとなり、ジョゼフィーヌの忠臣のひとりとして重宝される。ジョゼフィーヌ王女殿下に他国の王家との縁談が持ち上がったと聞き、サントアンヌ辺境伯家で一波乱あったようだが、女騎士を全うできる喜びでいっぱいのオリーブには、関係のない話であった。

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