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青春ラブコメに探偵を登場させてはならない  作者: 夏目くちびる
選挙準備狂騒曲

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011

 面談当日。



 計画通り、獅子王会長の様子はおかしかった。合流してから、疑心暗鬼の目を影郎君へ向けているが、今日は別の目的があるから聞くに聞けないといった様子だった。



 事前準備が上手くいった証拠だろう。彼は、笹原先輩から真実を聞けていないからこそ、何かを怪しんでいる。



 今日に至るまで、惜しみない支援を送っていくれている笹原先輩が、その実、別に恋人を作っていて、あまつさえ相手が影郎君だというのだから、これはもう、情報の整合性に惑わされ四苦八苦しているに違いなかった。



 因みに、情報を流したのは月乃さんのファンクラブの人たち(無論、彼らに広げようという意識は無かっただろうけれど、月乃さんの話だから信じてしまったといったところか)。拡散は、驚くほどにあっさりと行われた。生徒数が多い釣鐘高校では、下世話な噂が広まるスピードも指数関数的であるらしい。



「……大丈夫かな」



 私は、今回の面談が行われる室の扉の直前にて。多くの生徒が横並びの中、これから起こるであろう現実を想像し、影郎君の隣で背中を丸めた。



 ……影郎君は、私の頭をこっそりと撫でた。それだけで、今から起こるすべてから守ってくれるのだと信じられた私は、強く拳を握って一歩を踏みしめられたのだった。



 総勢、六名。獅子王会長と支援委員会のメンバーは、列を成して獅子王会長の後に続く。



「失礼します」



 獅子王会長の精悍な声が、広い室内に響き渡る。それを聞いて、何人かの老人たちが扉の方へ振り返る。彼らの目は、しかし、声をあげた獅子王会長ではなく、貼り付けたような笑顔を浮かべ、手遊びをしながら最後に入ってきた影郎君の姿を確かに捉えていた。



「本日は、釣鐘高校の歴史が変わる日が訪れることを報告いたします。若輩ゆえ、至らぬ点もあるでしょうが、何卒、無礼をお許しください」



 慇懃に礼をする獅子王会長を、一人の壮年の男性が手で制した。恐らく、彼がこの上級国民たちのリーダー的な存在なのだろう。ロマンスグレーの髪に気品ある濃紺のスーツの出で立ちは、なるほど、この横浜で莫大な権力を握っているに違いないと確信できる、威厳と荘厳を兼ね備えていた。



 ……それにしても、偉い人を目の当たりにすると、思わず萎縮してしまうのは何故だろう。こういう時、堂々としていられない私は、やっぱり一般市民に過ぎないのだなぁと少し憂鬱になる。



「釣鐘高校の歴史を変えるとは、いやはや、やはり若者の活力には驚かされるばかりだ。キミたちを見ていると本当に飽きないよ。なぁ、獅子王君」


「恐縮です」


「ところで、影郎。何故、お前はそんな後ろでボンヤリとしているんだ。ほら、こっちへ出て来なさい。挨拶を忘れてはならないよ」



 ……私たちを見渡すのと同じ、柔和な笑顔には違いない。しかし、彼が影郎君に向ける目は、背筋が凍るほど、少しも笑っていなかった。



「お久しぶりです」


「学校はどうだ。お前は獅子王君と違って、ちっとも儂らの前に姿を現さんからな。ムショから出るのにも、釣鐘高校に入学するのにも、どれだけ儂が力を貸してやったのか覚えていないのか?」


「えぇ、覚えていますとも。お陰で、僕は日向光希(ひなたこうき)さん、並びに日向家の方々に多大な迷惑をおかけし、生き恥を晒す羽目になっていることもね」


「ほっほっ。相変わらず、かわいくないガキだな。しかし、敬語を覚えたのには感心するぞ。少しは社会性を身に着けたと見える」


「僕は、社会に顔向け出来るような人間ではありません。ならば、社会を敬い頭を低くして生きるのは当然のことでしょう」


「そう思っているのお前だけだ。人の生き方とは、命を誰かに預けたとて変えられるものではない。お前の目は、いつも憎しみと悲しみで満ちている。だから、そうやって、お前は『天才』と呼ばれる者たちを蹴散らしてきているのだろう? 虐げられる者がいなければ存在出来ないというのは、お前が求める平和な世界から最も矛盾することだと思わないのか?」


「恥知らずであることは自覚していますよ」


「違う、捉え方の話だ。お前には能力がある。それを極個人の為だけに使うことが償いになると考える浅はかさが、お前の最も愚かなところだ」



 影郎君の目には、青白い炎が轟々と燃えている。しかし、それでも、それ以上に言い返すことはしなかった。



「さて、すまなかったね。キミたち。本題へ移ろうか。獅子王君、説明をお願いするよ」


「……分かりました」

 


 獅子王会長の、苦虫を噛みつぶしたような表情に心が痛む。彼の悔しさを思うと、私は彼の代わりに、暴れ回って面談を滅茶苦茶にしてやりたい気持ちになってくる。



 丈だけは、きっと、私の気持ちを理解してくれただろう。彼は、強く拳を握っていた。

 


「まず、今回の会長選挙についての概要を説明させていただきます」



 獅子王会長の話は、高校生とはこれ程までに理路整然と恙無く物事を大人へ説明が出来る生き物だったのかと感心する代物であった。一体、どんな経験を詰み、どんな人たちと付き合ってくれば、ここまで気品に溢れたプレゼンが出来るようになるのだろう。



 恐らく、この人は月乃さんの更に先にいる人物だ。彼が治める釣鐘高校が、階級があるとはいえ、一般生徒である私のような人間でも楽しく生活できる場になっていることに、とても納得する雄弁だった。



 もしも、何も知らずに個人的な感情のみで投票したのなら、私は獅子王会長の続投を望んだかもしれない。



「なるほど、よく分かった。確かに、影郎がこんな体たらくでは仕方あるまい。儂らも、喜んで資金を提供させてもらおう。好きなことを、好きなようにやりなさい」


「ありがとうございます、大先生」


「その呼び方はよしてくれたまえ、獅子王君。儂は、しがない古物商だ。キミのような純粋な学生に敬われるような人間ではない。ほっほっ」



 ……ゾクリ。



 影郎君の、大先生(あの男性の名前が不明なため、そう呼ぶしかない)を見つめる瞳に思わず背筋が凍り付いた。口の中が乾いていく。今にも爆発しそうな冷気の塊を、しかし、私はいつものように軽い気持ちで弄る気にはなれない。それ程までに、影郎君の感情は昂っている。



「それで、影郎。その子たちか? 支援委員会のメンバーというのは」


「えぇ、その通りです」


「紹介しなさい。それが、今日のお前の役目だ。ほっほっ。与えられた役目を演じるのが得意なのだろう?」


「相変わらず不遜な御方だ。余程、老い先短いと見える。そんなに急いでも、遠くなった耳では聞き返すことになるのが関の山では?」



 獅子王会長が、冷や汗をハンカチで拭く。私は、影郎君がその姿を目の端で捉えていたのを見逃さなかった。



「血気盛んなのはよろしいが、影郎。お前の本性は……。いや、待て。……そうか、そういうことか」



 大先生は、どこか合点が言ったように俯くと、今度は上を向き室が割れんばかりの大声で笑った。



「何か、あられましたか?」



 隣に座っていた妙齢の淑女が、静々と大先生に訊く。



「いや、なんでもないのですよ。篁園(たけぞの)さん。ほら、影郎。皆様を待たせるんじゃない」



 言われ、影郎君は私たち四人について説明した。



 まるで、頭の中に原稿用紙がインプットされているんじゃないかというくらいに、詳細なデータの羅列。獅子王会長とは別の意味で高校生離れした――冷たさを、上級国民のメンバーたちは、品定めするようにじっくりと観察していた。



「以上です」


「ふぅむ。なるほど。しかし、妙だな」


「何がですか?」


「なぜ、天才を嫌うお前が、才能ある者を味方につけて弱き者を救おうとするのだ。伊織さんはもちろん、戸上さんも一宮さんも、そして日向さんもお前とは違う恵まれた存在だ。

 穿とうとするならば合点がいくが、結局、お前も天才こそが世のために必要な存在であると考えている証明になるのではないか?」


「……支援室を訪れた者を必ず救うには、僕だけの能力では足りないから。それだけです」



 丈はともかく、勝手に入った私と月乃さんと由亜さんのことは、その場しのぎのために切り捨てられたハズだ。どう聞いても、大先生の趣味の悪い意地悪なのだから、後で言い訳を聞かせてくれれば構わないのに。



「そして、選ばれた勝者たちで限られた敗者だけを救う、か。儂には、お前個人だけが勝利し、本来は生まれる必要のなかった敗者を増やしているだけにしか思えない」


「ククッ。僕があなたの箱庭遊びに付き合わないことが、そんなにも不愉快なのですか?」



 ……空気が、明らかに張り詰めた。



 大先生の表情から、笑みが消えたのだ。



「お忘れですか? 僕が、釣鐘高校という日本の格差の象徴を終わらせると言ったことを。その時、あなたは『やれるものならやってみろ』と仰ったではありませんか」


「そうだったかな」


「えぇ、そうでしたとも。そのための方法として僕が選んだのが、上座で偉そうに胡座をかいてる連中を引きずり下ろすことで、環境と境遇の差し引きを測り全校生徒の幸福度を平均化させることです。

 そして、彼女たちは能力があれど、既得権益を貪るような醜い豚では決して無い。あなたのように、高みの見物を決め込むことなく、現場で僕と共に骨肉を捧げてくれている。にも関わらず、言うこと欠いて僕が穿つべき相手などと宣うとは。いやはや、もう耄碌されているのですか?」


「貴様!!」



 最も下座に座っていた中年の男性が叫んだのを、大先生は首を振るだけで制した。



「偉そうなことを言うではないか、影郎。お前の弱点は、何もお前の中にしかないものではないのだぞ?」


「脅すなら、もう少し気の利いたことを言ったほうがよろしいでしょう。僕らは、互いに心臓を握り合っていることをお忘れなく」


「……カカッ!! カッハッハ!!」



 すると、大先生は机をバンッと叩き、勢いをつけて立ち上がった。その仕草といえば、年齢など少しも感じさせない、若々しくて力強い動きであった。



「見たか!? 聞いたか!? これが倉狩影郎だ!! 儂の()()だ!! 恐ろしいだろう!? 慄くだろう!? こういう魑魅魍魎の類としか思えないバケモンが生まれてくるから、常世は面白いのだ!! こいつは、本気で儂を刺し違えてでも殺すと考えている!! 精神のタガが外れてしまった、ぶっ壊れた人間なのだよ!! なぁ、皆の衆よ!! こんな小僧を目の当たりにすれば、儂らもまだまだ死ねんと思わないか!? カカカカーッ!!」



 この世のすべてを吹き飛ばすような豪快な笑い声の中、私は月乃さんの小さな声を聞いていた。



「……狂ってる」



 私は、何も言わず、ただ黙って、それからも続いた影郎君と大先生の肝の冷えるような言い争いを聞いていることしか出来なかった。

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