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「さて、希子。選挙資金を獲得する面談のことは、覚えているかな」
「あぁ、さっきもそんなこと言ってましたね。確か、そのお金持ちたちに会えるのは統一試験の首席と生徒会長だけだとか。
加えて、彼らの多くは釣鐘高校のOB・OGであり、定期的に校内の情報を聞くのを楽しみにしているだとか。半年くらい前に、そんな話を影郎君に聞いた覚えがあります」
「その通りだよ、希子。まぁ、自分たちの青春を思い出して僕らを型に嵌め、悦に浸りたがる年寄共の機嫌取りさ。楽しい会合にはならないだろうね」
「……話を振ったということは、私を連れて行ってくれるということですか?」
「もちろん、最初からそのつもりさ」
「ちょーっと待ったぁ!!」
突然、由亜さんが声を張り上げた。ビクッとして驚いた笹原先輩が、先ほどまでの大人びた雰囲気とは違う幼い目を向けている。
「依頼人を驚かすなんて感心しないよ、由亜。それに、お茶ならまだ入っているじゃないか」
「そうじゃない!! 今回は流石にあたしを連れてってもらうんだからね!? いっつも希子ばっかでズルい!!」
「影郎さん、俺もそう思うっす。俺ら、全員で支援委員会なんすよ。二人の間に何があったか知らんすけど、もう少しくらい公平に見て欲しいっす」
月乃さんを見ると、言葉を奪われたのだろうか。影郎君を小突いて抗議的な目線を向けるに留まった。
「希子だけを連れて行くだなんて行ってないだろう、今回は全員で行く」
「「「……え?」」」
「念の為、僕の仲間を年寄り共に紹介して置く必要があるからね。あいつらは、僕や獅子王会長の動向を逐一知りたがる。大方、自分の支配下に置いた気になって安心しておきたいのだろう。それを断って不機嫌を買い、資金をカットされ全校生徒が被害を被るという事態は、流石に避けたいところなのさ」
影郎君の目には、青白い炎が宿っていた。まだ燻ったような色のそれは、しかし、彼が尋常でなく上級国民たちを、そしてこの世の格差を心から憎んでいることの証明に他ならない。
あまりにも冷たい温度に、支援委員は誰も口を開けなかった。
「影郎、怖い顔してるよ」
「……あぁ、申し訳ございませんでした。笹原副会長。非礼をお詫びします」
「うぅん、私はいいの。でも、今のあなたは一人じゃなくて仲間がいるんだから、ちょっぴり抑える努力もしなきゃね」
「ありがたいお言葉です、留意させていただきます」
彼女の口調を聞いた時、私は、少しだけ笹原先輩が影郎君のお母さんに似ていると思った。優しくて、優し過ぎたあの女性の面影が、彼女には確かに垣間見えるのだ。
道理で、影郎君が彼女に一目置いているはずだ。先の獅子王先輩との来訪時、ジョークのためとはいえ、自分の言葉を預けるほど彼女を信頼していたのはそれが理由なのかもしれない。
「二つ、聞きたいことがあるわ」
徐ろに、月乃さんが口を開く。
「どうぞ」
「一つ。獅子王会長が拘っているのは、生徒会長という椅子ではなく倉狩君に勝つことなのよ。ならば、あなたが何らかのアクションを起こした時、選挙活動ではなく倉狩君との勝負を優先し、例えば結果的に生徒会長選挙に落ちたとする。これは、逆説的に言えば他の立候補者たちへの支援活動とも言えるわ。その点の矛盾を解消して欲しい。
二つ。現状、獅子王会長は笹原先輩と既に懇意であり、しかし恋愛感情を持っていないから、倉狩君が勘違いするほどの関係でも交際に至っていないと言える。ならば、たった一度の助力で恋人になれるというのは、いささか論理が飛躍していると感じるのよ」
「その意見については尤もだ。しかし、僕は一つの答えで二つに回答しよう」
「……私、そんな単純な見落としをしたの?」
「さぁ、どうだろう。それでは、笹原先輩。よろしいですか?」
「うん、なに?」
「今日から、僕の恋人になってください」
……空気が死んだのが分かった。
「えぇぇぇぇ!? ちょ、ちょっと影郎!? あんた、マジに何言っちゃってんの!? ふざけてる場合じゃないでしょ!?」
「キミこそ、何をそんなに焦っているんだ。由亜」
「それ聞いて焦るなって!? バァカなんじゃないの!? どさくさに紛れて笹原先輩に告白するとか、頭沸いてんじゃん!! 今は彼女の恋をどう成就させるかって話でしょ!? なぁんであんたが――」
影郎君が、由亜さんの眼前に人さし指を置いて制した。
「勘違いしているのなら一応説明しておくけれどね、由亜。これは、笹原副会長が獅子王会長を手に入れるための方法だよ。何も、本当に交際を申し込んでいるわけじゃない」
多分、月乃さんも一瞬頭にきたが、付き合いの長さの差で思い止まったせいで由亜さんだけが飛び出してしまった。
翻って、当の本人である笹原先輩は、なんだか楽しそうに笑っている。恐らく、甘夏先輩とやらの一件で、影郎君の突拍子もないやり方を知っていたからだろう。
「あ、あ〜……。はいはい、そういうことね。いや、分かってたよ? うん、由亜ちゃんには分かってました。ただ、あんたのこと試しただけ。マジになってないから。いやぁ、本当にそう思ったならあたしの嘘って流石かなぁって感じだね」
「何をゴニョゴニョ言っているんだ。今から伊織君の質問へ回答するから、静かにしていてくれ」
「……はぁい」
かわいいなぁ、と私は呑気に思った。
「前提その一、笹原泰葉は現生徒会の副委員長であり彼の校務の補助をしている。前提その二、笹原泰葉は獅子王司の推薦人であり且つ応援演説を担当する。これは、間違いないですか?」
「えぇ」
「そういう意味で言えば、獅子王会長は既に笹原副会長のことを自分のものであると考えている可能性が高い。決して一枚岩ではない生徒会本部において、唯一自分の味方をする人間。加えて、それが女子生徒だというのだから、観察眼にも優れる彼ならば笹原副会長の機微に気が付いていない方がおかしい。
そんな中、校内へ僕と笹原副会長に交際疑惑が流れたと知った時、果たして彼はどう思うだろうか」
「事実を確認するわね」
月乃さんの答えを聞いた時、私は思い出していた。笹原先輩の、獅子王会長へ対する嗜虐心のことを。
「その通りです。しかし、笹原先輩はそれに対してバカ正直に答える必要がない。いや、そうすることこそが不自然な関係を結んでいるんだよ。先に見た通り、彼女の対応は嗜虐心に溢れているからね。
ならば、むしろ『会長、何を仰っているのですか?』と、誂って笑っていることこそが笹原副会長と獅子王会長の関係の自然である。そう思わないかい?
しかし、僕との噂が流れつつも、選挙活動においては今まで通り獅子王会長へ献身的に働く。この矛盾を、果たして彼は看過できるだろうか。王とは、自分のわがままを突き通さずには居られない存在ですからね」
「……なるほど。つまり、笹原先輩が校務以外のことでは決して獅子王会長のものではないと思わせるわけね。そうすれば、今度は笹原先輩を奪い返そうと考える。故に、告白へ繋がる。倉狩君はそう言いたいのでしょう?」
「その通りですよ、伊織君」
「けれど、危険な賭けになることも否めないわ。そこで、獅子王会長が笹原先輩のことを割り切ってしまったらどうするの? 今度こそ、取り返しのつかない関係に落ち着いてしまうのではないかしら」
「だからこそ、資金援助の面談だよ。ここが、今回のポイントだ。そして、頼む。その日、何が起きたとしても、キミたちは決して慌てずにいて欲しい。そうすることで、僕のやり方はより信憑性を増してくれるからね」
そして、影郎君は口の端を歪め、右眉を吊り上げる素敵な笑みを浮かべた。
「キミたちは、例え選ばれた人間である獅子王司であっても変わらない、不変的な事実を目の当たりにするだろう」
即ち、恋愛の定理と人心の矛盾。
私は、影郎君の本当の性格を知っていても尚救いを求める笹原先輩の恋愛を、何としても成就させてあげたいと願っていた。




