008
「ねぇ、希子。なぜ、倉狩君は刑務所、いえ、私たちの年齢なら鑑別所か少年院かしら。その寂しさを知っているの? まるで、実際に見てきたかのような口振りだったのだけれど……」
「影郎君は、半年前まで少年院にいたからです」
「はぁ!? 嘘でしょ!?」
由亜さんは、あり得ないと言った声をあげたあと、気まずそうに黙った。
「なるほど。私の調べた情報にポッカリ穴が空いていたのはそういうことなのね」
「今の影郎君からは、流石に想像し辛かったと思います。しかし、刑を全うして釣鐘高校に転入してきたのは事実ですよ。誰にも有無を言わさない、圧倒的な学力を証明して」
「……少しだけ、彼のことが分かってきたわ。あの慇懃な態度や奉仕精神は、つまりそういうことかしら」
「はい。端的に言えば、影郎君は自分に生きる資格がないと思っています。支援室へ訪れた者だけを全力で救う。本気で、それだけのために心臓を動かしているんです」
別に、口止めされているわけではない。そして、調べさえすれば、理由は分からずとも、捕まっていたことは判明するのだから、仲間である三人に話すことは、むしろ当然だと言えた。
だから、この選挙の一件が片付いたら、私の知る限りのすべてをみんなに話そうと思う。
二年半前の、影郎君の復讐。そして、私の命を彼が救った事件を。
「……そそるじゃない」
「へ?」
「うふふっ。流石、私のライバルとして相応しい。まさか、彼がホームズじゃなくてモリアーティだったなんて。これは素晴らしい演出だわ」
演出って。別に、彼は月乃さんを驚かせるためにそんなことをしたわけではないのですけれど。
「月乃ちゃん、あんたも相当イカれてんねぇ」
やがて、落ち着きを取り戻した小太刀先輩が徐ろに口を開く。
「一宮。先ほどの話だ。要因は幾つかあるが、最たる理由は決して影郎の演説が突出しているからでも、影郎に印象を操作される恐れがあるという話でもない。要するに、個性の問題なのだ」
「個性?」
「あぁ。考えてもみろ。分かりやすいバロメーターである学力がほぼ横並びならば、必然、自分が興味を持った人間に投票するだろう。そんな時、雁首揃えて影郎に応援演説をさせているのを目撃したらどうなる?」
「どうって、そりゃ影郎さんってヤベーんだなぁって……あっ、そうか」
「その通りだ。一人ならば、現状名前しか知られていない影郎に目をつけた有能と見られるが、五人ともなれば話は変わる。平たく言えば、俺たち生徒会が個人を頼っているように見られる。誰でも思いつくことをやったように映るのだ。
それは、決してこれからの釣鐘高校に求められる王の姿などではない。生意気にも、影郎は俺たちに個性を競い合わせる状況へ追い込んだのだから、敵と同じでは決してならんのだ。
傀儡の王など目も当てられない惨めな存在に等しい。そんな反吐の出る凡才を目の当たりにすれば、さしもの愚民でも従う気が失せるに決まっている」
そうか。だから、獅子王会長は影郎君の言葉を飲み込んだのか。
「しかし、小太刀先輩。影郎君は、きっと皆さんが支援室を訪れた以上、必ず善い演説をすると思います。逆に言えば、あなた方は獅子王会長の応援演説を依頼する先を影郎君に仕向けさえすれば、他の要素の介入しない、純粋な個人の魅力で勝負することが出来るとも言えます」
「貴様は、日向希子だったか。確かに、その線は俺も考えた。影郎に比べれば、獅子王の方が幾分か話の分かる男だからな。しかし、それは最も愚かな選択なのだ」
見下している割には、私や丈の名前を覚えてくれているのが不思議だ。月乃さんもそうだし、もしかして王様っぽい人ってみんなツンデレなのかもしれない。
「それは、なぜですか?」
「全員が全員の動向を探り合うだけで、選挙期間が終わってしまいかねないからだよ、希子。この盤面、ステイル・メイトというやつに似た状況だね」
いつの間にかチェス盤に駒を並べていた影郎君は、私のスマホを眺めながらそう答えた。一見、白の駒が黒の駒を追い詰めているように見えるそれを見て、月乃さんは「なるほど」と呟いた。
ステイル・メイト。
確か、決着のつかない盤面になった時に使う言葉だ。堂々巡り、千日手。類義語を当てはめるとすれば、その辺りだろうか。この盤面も、私には判断つかないけれど引き分けとなっているのだろう。
「最も効率よく勝つ方法は、自分を高めることでなく相手を貶めることだ。そして、今回のケースでは依頼人が同時に訪れた都合上、僕は必ずその場にいる者を支援してしまう。そうやって彼らが相手を貶め続けた結果、実力のアピールではなく、運によってのみ勝負がついてしまい兼ねないのさ。これは、僕が選挙を推奨した理由から大きく外れてしまうね」
「……腹の立つことだが、そうなれば、俺でも貴様を利用せざるを得ないだろうな」
「はぇ~、そこまで考えられちまうもんなんすかぁ」
「応援演説の任が決定した際、二人以上が影郎を選択していれば、そいつらは埒外に置かれる。その代わり、チキンレースに勝ち残り最後の一人になれば最強の矛を手に入れる、か。
……ふっ。俺には乗れないギャンブルだ。あまりにもリスクが高い。だから、ここで一つ策を打たせてもらおう」
「なんでしょう」
「影郎。お前は、この生徒会長選挙に力を貸すな。五人が応援演説を頼みに来たからこそ、この状況は成立している。しかし、最初の俺がこう依頼をすれば、お前は俺を救うために他の立候補者からの支援を断らざるを得まい」
これは驚いた。
影郎君の盲点をついた、完璧な策略だ。今この瞬間、小太刀先輩は影郎君を上回り封殺に成功している。最初に来たというアドバンテージを最大限に活かした、素晴らしい方法だったと言わざるを得なかった。
「分かりました。僕は、小太刀先輩の支援に徹します。生徒会長選挙に出馬する生徒に対して、僕は一切の助力を致しません」
「これで、ようやく一対三だな。勝負は負け越しだが、気分は悪くない」
「僕の認識ではイーブンですが。まぁ、あなたがそう言うならばいいでしょう。次が楽しみですよ、小太刀副会長」
「減らず口め」
そう言って、紅茶を飲み干した小太刀先輩は静かに立ち去っていった。
「ねぇ、倉狩君。あなた、随分と敵が多そうだけれど、この学校には一体何人のライバルがいるのかしら」
「キミだけだよ。少なくとも、その関係を主張する生徒はね」
「……そう」
「因みに、キミとの戦績は〇対三十五だよ。もちろん、僕が三十五。キミは、僕に最も勝負と勝ち星の数を与えてくれた人だ」
「う、うるさい!! 分かってるわよ!! けれど、卒業まではまだ五百日以上あるんだからねっ!? 必ずやっつけるわ!?」
月乃さんは、プンスカと怒って腕を組んだ。日数から察するに、この人は長期休暇の最中も毎日影郎君と勝負するつもりなのだろう。
本当に、影郎君に拘っているみたいだ。
「それでは、中庭へ行こう。待ってくれているのに申し訳ないが、彼らの依頼を断りにいかないとね」




