007
ひとまず、小太刀先輩以外の人間は中庭で待機することになった。流石に、敵同士をこんな狭い部屋へ押し込んで、全員と内緒の話をすることは影郎君にも叶うまい。
「まったく、貴様は実に節操のない奴だな。頼ってくる相手なら誰でもいいのか」
「違いますよ、小太刀副会長。僕の基準は、支援室を訪れるか否かです。それ以外の生徒を救ったことはありません」
まぁ、支援室に来さえすれば誰の恋人でもやる男ですからね。そのルールは筋金入りですよ。
「しかし、いきなり計画が狂ったぞ。こういうのは先着順が基本だろう。何のために最速で会議室を出たと思っているのだ」
「それは、小太刀副会長のやり方です。どちらかと言えば、僕は最後の最後まで勇気が出ずに迷った挙句、ようやく訪れることの出来た依頼人にこそ尽力差し上げたいと思う次第であります」
「ふん。そんな、弱者の出涸らしみたいな人間を救いたがる気持ちは一切理解出来ん。とことん意見の合わない奴だな、貴様は。獅子王より腹立たしい生徒が現れるとは、あの頃は夢にも思わなかった」
「褒め言葉として受け取っておきましょう。どうぞ、冷めないうちに」
言いたいことは言い終わったらしい。小太刀先輩は、パイプ椅子に座ると大人しく紅茶を啜った。
随分と知的で、且つ冷血な顔つきをしている。まるで、自分以外の人間は全員がバカだと決めつけているような目は、影郎君以外の支援委員を一切視界に入れていない。大方、自分よりも学力の低い人間とは話す気がないと言ったところだろうか。
獅子王先輩とは違う意味で、王という言葉の相応しい人だ。この人の学園というのも、少し気になるところである。
「本題に入る前に、一つ、確認しておきたいことがあります」
「なんだ」
「立候補者が五人がここへ来たということは、要するに僕を選んだ立候補者の当選は厳しくなるということに他ならないわけですが。その点について、どうお考えですか?」
「……だから、予定が狂ったと言ったろう。貴様が俺たち全員を受け入れた時点で、推薦も応援演説もキャンセルした。俺は、この茶を飲んだら帰る。本来、俺に油を売っている時間などないが――。まぁ、これは美味い飲み物だからな。一服する時間程度、くれてやってもいいだろう」
「え、どういうことっすか? なんでそうなるっすか?」
難しそうな顔でウンウンと唸っていた丈が、もう辛抱ならないと言った表情で弾けたように訊ねる。よかった、私と同じレベルの頭脳の持ち主がいてくれて。
「貴様、一宮丈だったか。いいだろう。茶の礼に、俺が直々に説明してやる。感謝しろ、頭を垂れろ。そうして初めて、貴様のようなバカは知識を賜る機会を得る」
こ、この人の性格は……。
「……ほーん。あんた、面白ぇな。俺ぁ、あんま頭ぁよくねぇけどよ、今の言葉が俺をナメ腐ってるってことは分かったぜぇ?」
「ふん。口を利いてやってるだけで本来は感謝されるべきだと思うが、まさかそんな三流の暴言を食らわされるとは思いもしなかったな。一応聞いておくが、貴様をナメ腐るとどうなるんだ?」
「簡単だろ、誰でも最初に思いつく」
「丈、それはいけない」
丈が立ち上がった瞬間、血管の浮いた太い腕を掴んで真剣な眼差しを向ける影郎君。横に首を振って諌める先輩を、後輩は最初怒りの目で睨み付けたが、やがて伏し目がちになって、ついには横に反らした。
「影郎さんは関係ねぇでしょ」
「ある。キミは、僕の大切な友達だ」
……マズい。
「な、何言ってんすか。ここで手ぇ出したら、支援委員の格が落ちるってんでしょ。俺は、誘われてここにいるんす。自分の喧嘩で迷惑かけてまでここに居ようとは思わんすよ」
「そんな悲しいことを言わないでくれよ。僕らは、一緒にラーメンを食べに行った仲じゃないか」
「……は?」
「あの日、僕がどれだけ嬉しかったと思っているのさ」
影郎君は、丈の言葉を待たずに小太刀先輩に向き直った。その目には、青白い炎が激しく燃えている。
「おいたが過ぎますよ、小太刀副会長。そして、僕らのようなタイプが彼に勝てると思わない方がいい」
「らしくないな、影郎。まさか、貴様が暴力を肯定するつもりか?」
「しません。法的に処罰されるような行動を、僕が認めるわけがないでょう。豚箱は暗くて寂しいところですからね。
ところで、小太刀副会長。何か言うことがあるのではないですか?」
「言うこと? あいにく、依頼を取りやめる以上貴様に言うことなど――」
「あなたは、自分で依頼をキャンセルすると仰いました。つまり、あなたは既に依頼人ではないのです。ならば、次にその口から出る言葉は丈への謝罪であるべきです。そうでないのなら、覚悟を決めた方がいい」
「……なに?」
「よし、キミの考えは分かった。生徒会選挙が楽しみだよ、小太刀佐助」
会話が噛み合っていないというだけで、影郎君が人の名前を不躾に呼んだだけで、今まで余裕をこいていた月乃さんと由亜さんが、私の背中に隠れて互いに身を寄せ合った。
そうしてくれて助かった。かくいう私も、人を助けるのではない。天才を嗜虐するものでもない。二年半ぶりに見た、影郎君の純粋な怒りに、心の底から怯えていたのだから。
「か、影郎さん。何も、あなたがそこまでキレなくっても――」
「ふざけるなよ、この俺を脅すつもりか?」
「由亜、そこの人がお帰りだ。扉を開けて差し上げなさい」
「ちょっと、影郎。落ち着いて」
「か、影郎。貴様、何を考えている……?」
「次に来たのは夢島放送委員長だったね、ついでに呼んできてくれると助かるのだけれど」
「……すまなかった、一宮。この通りだ」
頭を下げる小太刀先輩を、丈は守るように支えて顔を上げさせた。どう見ても相手を心配している友人を見た影郎君は、いつものような笑みを浮かべず、かと言ってジョークの宣言をするわけでもなく。
ただ、一言。
「分かっていただけたようで何よりです」
そう言って、無理矢理に話を終わらせた。
「……クソったれ」
きっと、小太刀先輩だって平時ならば争いを辞さなかったはずだ。しかし、今は生徒会長選挙を控える身。平たく言えば、彼は機会を質にとられて脅されたのだ。
その汚いやり方を、別に否定するつもりは無い。ただ、褒めることは決して出来ない。そんな気持ちを、一体どう形容すればいいのか分からなかった。
「話を戻しましょう。小太刀副会長。僕が五人の立候補者の応援演説を買って出るとどうなるか、説明していただけますか?」
「……あぁ。だが、少し待ってくれ。心臓を落ち着けたい」
「ならば、改めて紅茶を淹れましょう。実を言うと、僕も心中穏やかではないのでね。ここは、ティーブレイクといこうじゃありませんか。丈も飲むかい?」
「う、うす。あと、そこのチョコレートをくださいっす」
「かしこまったよ」
男子三人が、歪な感情を滲ませながら紅茶を飲むシーンを見せられたことで、私たち女子三人の絆は深まったような気がした。
男子は、女子の前では格好をつける生き物だ。だから、女子高生である私たちは、男子同士の血みどろで目も当てられないような、本気のやり取りを目撃する機会などそうそう見つからない。
そんな中で、実際に恐ろしさを目の当たりにしてしまった女子の心の内など、本当の意味で男子を知らぬ者たちには、理解出来ないだろうし理解する機会など得て欲しくもない。
男子の頼り甲斐とは、恐怖と表裏一体である事実など女子が知るべきではないはずだから。
「騒がせたね、キミたち。どうした、座りなよ」
かくして、私たちは男の決して越えてはいけないラインを共有した。奇妙な話だけれど、女ではある私たちが、本来、男子が思い知るべき異性の怖さを見せつけられ、そして恐れたのだった。




