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青春ラブコメに探偵を登場させてはならない  作者: 夏目くちびる
選挙準備狂騒曲

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005

「……お前、正気か? 一万人だぞ?」



 獅子王先輩だけではない。生徒会役員の一同は、本日何度目か分からない困惑の表情で、口々に不安を曝け出している。彼らの口振りは、頭の悪い人間の習性をよく知っているという懸念に支配されていた。



「えぇ、正気ですよ。戦争のない平和な世界を真顔で語れる程度にね。しかし、いつだって盲点にこそ活路が見出されるものです。どんな問題も例外ではないのですよ。獅子王会長」


「……ひとまず、話を聞こう」



 すると、影郎君は立ち上がって背中で手を組み、壁に沿うようにウロウロと歩き始めた。



「簡単です。体育祭や文化祭、そして恒例のクリスマスパーティーのように、生徒会長選挙を釣鐘高校の一大イベントとして新しく作ってしまえばいいのです。要するに、『学力が最も高い生徒を生徒会長にする』という校則を撤廃しようと僕は言っているのですよ」


「ふ、ふざけているのか!?」


「落ち着いてください、蓮沼総務委員長。

 だって、そうではありませんか。数字の上では僕に劣っている獅子王会長ですが、明らかに僕よりリーダーとしての素質を持っています。僕と彼を横に並べて、『さぁ、どちらが生徒会長に相応しいでしょうか?』と生徒たちに尋ねれば、彼が選ばれるに違いありません。

 そして、実際にそうやって、今の釣鐘高校は廻っているではありませんか。一般生徒は、誰も学力だけで彼を測っていません。その概念に囚われているのは、他でもない生徒会役員のあなた方なのです」



 いつの間にか、会議室は緊張で満たされている。



「つまるところ、学力や知力なんてものは、リーダーシップと相関性のない些末な要素なのです。歴代の会長たちの『会長らしさ』などというものは、地位について後から身に着けたものに他ならなかったのです。故に、誰も、首席以外に、生徒会長に相応しい生徒がいる可能性に気が付かないのですよ」



 生徒会役員たちは、一様に影郎君の言葉を傾聴している。その様子から、彼らの尋常ではない敵意は、そっくりそのまま尊敬の念なのだと思い知った。



「ですから、本来であれば全校生徒が生徒会長に立候補する資格を持つべきだと僕は思いますが――。

 ククッ。流石に、そこまでの不文律を齎すつもりはありません。リーダーシップとは、生まれ持った素質だけではなく結果のことでもあります。敬われ、羨まれる人間には、相応の結果があるのです。

 その一つの材料として、テストの点数には一定の説得力があると僕は思います。何せ、僕らは高校生ですからね。その側面から見れば、ランカーが正義であることに理解も出来るでしょう。だから、既存のルールの通り、統一試験の十位まで。このラインを下げる必要はないと思っています」



 影郎君は、口の字に並べられた会議室の、ど真ん中まで歩いて自信満々に立ち止まった。



「そして、そしてですよ!? 思い出してください、上位十名の間にある差はたかだか数十点程度です。これだけしか、僕やあなたたちの間に優劣は無いのですよ。これが、絶対的だとは思えないのです!!

 知っていますか? 僕と獅子王会長の差なんて四点ですよ? 四点! 分かりますか? この四点に、一体どんな価値があるというのでしょう。僕には、この誤差に過ぎない微弱なポイントが、生徒の個性を無視してまで重視すべき要因だとはとても思えないのです!

 にも関わらず、こんなものに拘って、個人が持つ長所を蔑ろにして、それで生徒会長という特別な階級を得ることは、敢えて言いましょう、バカげている。僕は、間違っていると思います」



 指さした先には、獅子王先輩。彼は、腕を組んだまま黙り込み、どこか諦めたようなため息をついた。



 その四点を詰めるために、一体どれだけの努力が必要か。誰よりも知っているであろう獅子王先輩は、それでも敢えて何も言わなかったように見える。



 故に、詭弁ではなく当意即妙。そう考えたのだろう。



「だからこそ、生徒会長選挙です。

 学力ではほとんど差のないあなたたちが、個人の持つ純粋な魅力をぶつけ合って戦い、そして勝利した者に王の称号を与える。これが、正しい学園の姿であります。

 実際、そうやって他の高校では生徒会長を決めているのです。ならば、釣鐘高校も数十年前から延々続いていた過ちを、あるべき姿に戻そうという、ただそれだけの話です。無論、ルールが作られた正誤について語る気はありません。ただ、時が経って答えが変わったというだけですから。

 謀略もいいでしょう。策略もいいでしょう。計略もいいでしょう。僕は否定しません。間違っていませんからね。

 ならば、そうやって、あなた方があらゆる裏の方法を使うというのならば、なぜ一般生徒にだけいつも通りの学園生活を強要するのですか? あなたたちと同様、自由に選挙を謳歌する資格を与えられて然るべきではないのですか? 好きなだけ暴れ、歌い、踊って許される場を与えられるべきなのではないですか!? 機会だけは、すべての人間に対して平等であるべきだとは思いませんか!?」



 あぁ、なるほど。



「以上の理由で、僕は生徒会長選挙にカオスを呼ぶことを推奨します。ご清聴、ありがとうございました」



 私は、影郎君の演説の能力を、まだまだ過小評価していたみたいだ。凄まじいの一言につきる。人に言葉を聞いてもらう事の大変さを知っている一般人の私からすれば、それは紛れもない才に他ならなかった。



 ……ズルいよ。



「反対意見があるなら聞こう。誰か、ないか?」



 その質問に、誰一人として口を開く者はない。そうして、やがて立ち上がった獅子王会長は、どこか影郎君に敬意を払うような立ち姿で徐ろに訊ねた。



「では、俺から幾つか聞こう。まず、費用はどうする。学費だけでは、どう考えても予算が足りないぞ」


「生徒会の運営予算を充てればいいでしょう」


「影郎、今はジョークはよしてくれ」


「ククッ、失礼失礼。しかし、まぁ、流石に甘夏先輩の一件を経験しておきながら、あなた方が馬鹿げた予算案を組んでいるとは思っていません。信用していますよ。

 ところで、獅子王会長、あなたはこの学校の莫大な維持費がどこから出資されているかお忘れですか?」


「……なるほど、そういうことか」



 つまり、横浜に住まう酔狂な上級国民たちに出させるわけか。単純で明確な答えだ。



「はい。ですから、資金に関しては問題ありません。僕と獅子王会長が説得すれば何とかなります。あるところにはあるものですよ、金が」


「では、休みはどうする。時間だけは、どんな金持ちにも操作出来ない」


「夏休みを前借すればいいでしょう。

 生徒会の本来の目的は、在学する生徒全員の生活を支えることなのです。つまり、生徒のためにやることならば、何をしてもいいんです。特例措置として夏休みを選挙期間に割き、生徒会を刷新してから校則整備をすればいいじゃないですか。神は、六日で世界を作ったから失敗したのです。ならば、任期の半年間じっくりかけて考えれば、ある程度は見れた世界が作れるはずです。ククッ、クククっ。

 ……あぁ、失礼。

 そして同時に、これはあなた方がとうに忘れてしまった選択に迫られる機会でもあるのです。即ち、なぜ、あなた方は自己研鑽に励み続けているのか、ということです。

 既存のシステムに居座って偉そうな態度を決め込むためですか? それとも、自分たちで新たな学園を創り出すためですか? その答えを出す時が、とうとう訪れたのですよ。いずれ来るその瞬間を見越して、嘗ての生徒会長は『統一試験の主席が生徒会長に就任しなかった場合、十位までの生徒が選挙に出馬出来る』というルールを校則に定めたのですよ」



 私には、この学校が歩んできた時代の背景は分からない。しかし、恐らく学生運動が盛んであっただろう時代の生徒たちには、一つの目的を達成するためにリーダーが必要だったはずだ。



 そのための指標としての、統一試験だった。



 『主席が会長になる』ことと、『選挙には十位までが出馬できる』という矛盾は、この学校が大きな壁にぶつかった時に生まれた、大人たちと戦うためのルールだったのだと私には思えて仕方ないのだ。



 そのリーダーは、当時が永遠に続くなどと考えていなかった。二つの相反するルールは、同時に作られたはずだ。そして、百年弱にも及ぶ歴史を経て、ようやく、その時が来たのだと影郎君は言っているのだろう。



「ククッ。おやおや。どうやら、各立候補者が宣言すべきマニフェストも明らかになったようですね。出馬しない僕と笹原副会長、そして、恐らく平賀先輩には関係のないことですが、他の方々は精々考えるがいいでしょう。きっと、役に立つと思います」



 こうしてヒントを与えるあたり、影郎君は影郎君で釣鐘高校の未来を案じているのだろう。彼の歪な愛()心が、私はなんだかおかしくて笑ってしまった。



「そうなると、後は生徒指導の団藤先生だが。まぁ、彼の説得は現会長の俺が引き受けよう。ついさっきまで抱えていた問題に比べれば、それくらいはわけない」


「うふふっ、いいポイント稼ぎになりますね」


「黙れ、笹原。俺はそんな小賢しいことは考えない。正々堂々、生徒会長を継続してみせる」


「……それでは、僕は役目を終えたという認識でよろしいでしょうか。何もなければ、このまま退出させていただきましょう。是非とも、釣鐘高校の新たな地平を切り開くリーダーが、素晴らしくあることを願っていますよ」



 こうして、私と影郎君は会議の終わりを待たずに生徒会議室を後にした。



「ねぇ、影郎君」


「なんだい?」


()()()()()、好きになっちゃ嫌だよ」


「ククッ。心配性だね、希子は」



 私の中には、正体の分からない一抹の不安と、先んじて一週間のお休みが貰える喜びが渦を巻いていた。

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