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青春ラブコメに探偵を登場させてはならない  作者: 夏目くちびる
選挙準備狂騒曲

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004

「聞こえなかったのですか? 出て行ってください。僕は生徒会長ですよ」


「あ、あ、あなたは何を言っているのか分かっているのですか!? そんな横暴が認められるはずがあまりせん!!」


「大丈夫です、すぐに新生徒会を発足しますよ。そうですね。では、新しい風を取り入れるために、役員は一年生で固めることとしましょう。もちろん、ランダムに選出してね。ククッ。どうです? ベンチャー企業みたいで面白いでしょう?」



 総務委員長の元へ辿り着くと、影郎君は彼を心の底から見下すような、口の右端と右目を歪に吊り上げた微笑を浮かべて言い放つ。



「そして、この新教室棟は解体です。こんな、まるで権威の象徴みたいな建物は学び舎に相応しくありません。それに、ここを瓦礫の山にすれば中庭がもっと広くなりますからね。農園でもやりましょう。そうだ、あなたたちはそこで働いてもらいます。いい考えだと思いませんか?」


「あ、あり得ない」


「大体、こんな箱物などなくとも誰も困りはしません。本来、勉強なんてものは独房に教科書が一冊あれば事足りるのですよ。ククッ。実際、僕はそうでした。どうせ、下世話なあなたならご存知なのでしょう?

 そこで、特進クラスの新しい教室は……。そうですね、グラウンドの端の芝生あたりで如何でしょうか。年中、青空学級です。雨の日も風の日も雪の日も、あなたたちはピクニック感覚で勉強をするのです。そして、勉学が終わったら野菜を育てて下さい。もちろん、丹精込めてね。クククッ。あぁ、きっと気持ちがいいでしょうなぁ。脱テクノロジー、ロハスな生活の始まりですよ」


「そんなこと、いくらお前でも出来るわけがないだろう!?」


「……ほぅ。僕に出来ないと、そう思いますか」



 有無を言わせない圧倒的な言葉。その迫力に、総務委員長さんは椅子から転げ落ちて床にひっくり返る。額からは大粒の冷や汗が滲み、すぐにダラリと線を描いて顔の輪郭を撫で落ちていく。



「ならば、今日から起こる、現生徒会メンバーの不利益の全てがあなたの責任ですよ。蓮沼総務委員長殿」



 瞬間、いつの間にか歩み寄っていた獅子王会長が、影郎君の肩を強く掴んで制する。影郎君は、振り返りもせずにため息をつくと、すぐに全体を見渡して明朗快活に宣言した。



「……なんて。ジョークですよ、イッツ・ア・影郎ジョークです。ククッ。僕は、支配者になどなりたくありません。ふんぞり返って胡座をかいている暇などありません。やるべきことがありますからね。

 そして、あなたたちは大多数を幸せに出来ても、声を上げられないくらいに傷付いた一人は助けられません。ですから、僕のような奇特な存在が一つくらいあってもいい。そうは思いませんか? 蓮沼総務委員長殿」


「お、思います。はい……」


「では、引き続き会議をお願いします。僕は、そのために呼ばれたようですからね」



 獅子王会長は頭を抱え、笹原副会長は静まり返った会議室の中でただ一人、必死に笑いを堪えていた。手で押さえた口からは、非常に愉快そうな声が漏れていたけれど。



「そ、それでは、来る選挙活動の混乱回避の方法について、という方向で話を進めてよろしいでしょうか。会長」



 恐らく、司会進行役であろう男子生徒が進言する。



「最初からそう言っているだろうが。俺が居ない間に、どう飛躍すれば影郎を生徒会長に据えようなんて無謀な話になるんだ、お前ら。なぁ」


「申し訳ございません」



 獅子王先輩の、あまりにも深いため息。とても苦労しているのが伝わってしまって、なんだか私は彼のことを嫌いになれる気がしなかった。



「それでは、袴田(はかまだ)さん。引き続き、報告をお願いします」


「はい。それでは、統一試験にてトップ十にランクインした生徒について報告します。もちろん、倉狩さんはリストから外してあります」


「お心遣い、感謝しますよ。袴田広報委員長」


「その、痛み入ります」


「おい、袴田。一応言っとくが、お前の方が歳上だし偉いんだぞ。ペコペコする必要はない」



 会長の言葉でハッとし、進行を続ける袴田先輩。



「……とはいえ、ランカーのほとんどがここにいらっしゃるので、報告は今さらと言ったところなのですが。如何なさいますか? 副会長」


「構いません。初めてここに来る方もいらっしゃいますから、予定通りお願いします」



 言って、彼女は私に目配せをするとニコリと笑った。この人、やっぱり影郎君に似ている。



「分かりました。では、上から順に伝えます。

 二位、獅子王司会長。三位、小太刀佐助(こだちさすけ)副会長。四位、笹原泰葉副会長。五位、蓮沼誠也(せいや)総務委員長。六位、超越科学研究部部長、平賀源之助(ひらがげんのすけ)。彼が唯一の生徒会未所属生徒です。七位、夢島瞳子(ゆめしまひとみこ)放送委員長。八位、片瀬初美(かたせはつみ)会計委員長。九位は俺、袴田純一(じゅんいち)。広報委員長です。十位は、これが一番驚きました。伊織月乃。彼女は、倉狩さんと同じく二年生で、支援委員に所属しています。

 以上が、今回の生徒会選挙に出馬する資格のある生徒です」


「……驚いたな。まさか、影郎の他にランクインする二年がいるとは」


「並大抵ではありませんね。ひょっとすると、影郎に勝つ可能性を持つ逸材では?」


「噂を聞いたことがある。確か、二年に多くの手下を従える女王がいると。その名が伊織だったハズだ。所詮は烏合だと思っていたが、それでもトップは別格か」


「しかしよ、篁園(たけぞの)(かすみ)。本部役員として言うことはないのか? 貴様らだけだぞ、出馬資格のないのは」


「……申し訳ございません」


「……すいません」


「あの、一ついいですか?」


「はい。なんでしょうか、倉狩さん」



 歪な笑みだ。それにしても、影郎君の言葉一つで顔を赤くしたり青くしたりする生徒会役員たちが、段々と可哀想になってきたな。



「生徒たちの混乱を嫌うのなら、獅子王会長以外に誰も出馬しなければいい話でしょう。役員選挙だけならば、例年通り問題は起きないのでは?」


「……えー、まぁ、はい。その通りですね。では、一応聞いておきます。統一試験のトップランカーの皆様の中で、出馬の意思がない人は手を挙げてください」



 言われ、手を挙げたのは笹原先輩一人であった。どうやら、あれだけ影郎君に文句を言っていた蓮沼先輩も、それはそれとして選挙には出馬するらしい。



 つまり、生徒会という機関は一枚岩ではない。ここにも幾つかの派閥が混在し、チャンスさえあれば上を食ってやろうと考えている天才ばかりが集まって形成されているのだ。

 無論、そこまで成り上がる人材の本来の姿として、その野心は当然と言えば当然の持ち物なのだろうけれど。



 ……というか、影郎君。あなた、知ってて聞いてますよね。それ。



「こういうことなんです、倉狩さん。あなたのお陰で降って湧いたチャンスではありますが、そういう機会が訪れるのなら、俺たちはそれを手放す気などサラサラない。釣鐘高校の生徒会長は、大学受験だけでなく将来の就職においても計り知れない武器となりますからね」


「混乱するだの、荒れるだの。これらのセリフは、言ってみれば他の立候補者へ対する『降りろ』でしかないからな。それくらい、俺たちは分かりながら腹の探り合いをしている」


「つまり、あなたたちは敵同士だが、僕という共通の敵に対してだけは意見が一致している。そういうことですか。獅子王会長」


「その通りだ」


「ククッ、実に気分がいい。こんな愉悦は中々体験出来ない」


「そのくらいにしておきましょうよ、影郎君。やり過ぎはよくないですっ」



 ポカっと叩くと、影郎君は肩を竦めて黙った。瞬間、訪れたのは耳鳴りがするほどの静寂。周囲を見渡すと、皆一様に私を見て口を開けている。



 なんだ、私は何か変なことをしたのだろうか。



「な、何が起きた? 影郎が、黙った……だと?」


「おい。ひょっとして、あの女子を取り込めば影郎を倒せるんじゃないのか?」


「いや、待て。迂闊な行動は禁物だろう。あの影郎を一言で黙らせる女だぞ。絶対ヤバいに決まってる」


「データはないのか、データは」


「待ってください。えぇと……日向希子、一年生、支援委員会の副委員長。……としか書かれていません。統一試験はランク外。かと言って、スポーツや文化で頭角を現しているわけでもなく、特別な技術、技能もありません。極めて模範的な一般生徒です」


「そんなバカな話があるか、もっとよく調べろ」


「幾ら眺めたって変わらん、それが事実だ」


「伊織月乃といい、日向希子といい。まったく、どうなっているんだ。支援委員は。こうなったら、残りの二人についても警戒せざるを得まい」


「まぁ、倉狩のところにいる生徒ですからね。普通じゃないのが当然かと」


「何にせよ、彼女はとてもかわいらしい。あのキュートさは正義だ。私のお姫様になって欲しいね。どうだい? 希子ちゃん。放送委員に来ないか?」


「夢島、お前は所構わず口説くクセをなんとかしろ」



 そういう話って、普通は本人のいないところでやるべきだと思いますし、普通の人間に普通って現実を突き付けるのは、普通に暴力だと思うんですけれど。



 ……あと、夢島先輩。そういうの、本当に恥ずかしいのでやめてください。



「まぁ、そこでお前の出番ってわけだ。影郎。俺たちは、持てる力をすべて使って己を生徒会長へ押し上げる。どんな手段だろうが使う。俺たちを縛ることは無意味だ。そして、その熱に侵された生徒たちも、やはり過激になるだろう。それをなんとかしろ」


「無茶を言いますね」


「なりふり構って勝てる相手など、ランカーには存在しないからな。だからお前を頼ってるんだ、分かってくれ」



 しばらく考えた後で、影郎君はこう言った。



「では、こうしましょう。選挙は、滞りなく終わらせない。様々な要因を渋滞させまくって、釣鐘高校にカオスを生み出すのです」


「「「は、はぁ!?」」」


「一般生徒たちを盛り上がれるだけ盛り上がらせ、混乱させ、混濁させ、心ゆくまで熱狂させる。その間は授業も行わず、ランカーの各々がひたすらに選挙活動を行い、みんなに束の間の休息を楽しんでもらうのです。乱痴気騒ぎと行こうじゃありませんか。もちろん、『必ず投票を行う』という条件付きでね」



 極めて模範的な一般生徒である私の感想は、「何それ、面白そう!」だった。



 だって、私は運営する側じゃないもん。楽しむ側としては、裏の苦労なんてちっとも知ったことではないのである。

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