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某日。
新教室棟五階、会長室にて。
「会長。敢えて申し上げますが、今回の選挙は荒れます。これは確定事項です。任期の末にお気の毒ではありますが、あなたが何か対策を講じなければなりません。ご対処を」
「……はぁ。まったく、影郎のヤツめ。今思い出しても忌々しい。大体、転校してきていきなり釣鐘高校の歴史を塗り替えてしまうとは何という奴だ。
最も学力の高い生徒が生徒会長へ就任する。この伝統が壊れてしまったせいで、俺が前例のない施策を打たねばならないというのは本当に納得がいかないぞ」
「何せ、現在の釣鐘高校には、ルールを作ることの出来る人間が、統一試験の主席と生徒会長の二人、いてしまえるわけですからね。学力で叶わないのならば、これはもう生徒会長になるしかないわけです。
そして、歴史上一度も役に立ったことのない校則が、彼によって存在感を表してしまったのも不幸でした。在校中の生徒であり、且つ直近の統一試験においてトップ十にランクインすれば誰でも支配者になれるチャンスを貰えるのですから、そこまで頑張った上昇志向のある生徒たちならば高い可能性で立候補してくることでしょう。何より、あなたを玉座から引きずり降ろそうと画策する生徒会役員も、一人や二人ではありませんから」
「とほほ。あいつ、気分が変わってやっぱりやってくれることにならないかなぁ」
「控えめに言って、ありえませんね。むしろ、あの病的な尽くし屋をトップに据えてしまったら、それこそ学校は終わりを迎えます。王は独善的でなければならないのです。それを危惧したから、彼自身も辞退したのでしょうし」
「んなわけないだろう!! あいつが、この俺を打ち負かした時になんと言ったか覚えてるだろ!? 『自由を求むのに支配者という鎖に縛られたがるとは、会長殿はあまり日本語を存じないようだ。道理で、僕のような寡聞な新参者がまかり間違ってトップを取れてしまうわけですな』だぞ!! どんだけ嫌味なんだあいつは!! 俺の苦しむ顔が見たくて断ったに決まってるんだ!! クソおおおお!!」
「ふふふ。……いえ、失礼しました。心中、お察しします」
「あ、思いついた。こういうのはどうだ? 今の俺が『首席成績者は必ず生徒会長へ就任しなければならない』という校則を作るんだ。そうすれば、否が応でも影郎は生徒会長になる」
「おすすめはしません。どうせ、影郎がその校則の文末に『ただし、とうしても嫌なら断っても良いものとする』的なふざけた文言を追加するだけです。第一、イタチごっこになったとして、あの男にルールの抜け道を突き合う勝負で勝てるとお思いですか?」
「……クソ、分かったよ。ひとまず、影郎の存在は考慮しないものとして何とかしよう。無闇に横暴を振りかざさなければ、あいつだって出しゃばらないだろう」
「それは間違いないですね。嘗て、あなたを含めた生徒会役員数名が成敗された理由は、私的にルールを振りかざして甘夏先輩を害そうとしたことにあるのですから。藪蛇も蜂の巣も突っつかない方がいいんです」
「とりあえず、明後日にでも各委員長を全員集めてくれ。会議を開くことにする。俺の一存でルールを決めてしまうことで、無意識に影郎の虎の尾を踏むのも遠慮しておきたいからな」
「蛇で、蜂で、虎ですか。ふふふ、まるでキメラですね」
「そこに雉をプラスして火を吹かせてやってもいい。とにかく、あいつはそういう男だ。なんなら、あいつにルールを考えさせればいいんだ」
「それもまた、不可能です。彼が生徒手帳に書き加えたのは、生徒会長組織図の末端に位置する『支援委員会』だけなのですから。
彼は、『支援室を訪れた者だけを救う』という自らの公平性を崩す恐れのあることは決してしません。故に、学校のルールに介入してくることもないのです」
「これだから奇人というものは!! まったく!!」
「ふふふ。しかしですね、会長。会長が勉強を頑張って統一試験でトップに返り咲き、問答無用で更に半年間会長を続けるという手もありますよ。大学受験なんて、統一試験に比べれば造作もないのですから」
「それは最初から努力していることだ。分かってる。結局、俺の頭が一番でないことがこの問題の原因なんだからな。クソ、忌々しい。あぁ!! 忌々しい!! 忌々しいなぁ!! あの男は!!」
「ところで、会長。今日のはスケジュールは把握しておられますか?」
「開口一番に学園生活至上稀に見る悩みのタネを植え付けられて、まともに会長業なんてやっていられるわけがないだろう。今日は勉強をする、試験も近いんだからな」
「承知しました、会長。ついでに、影郎も呼びますか? 支援委員へ依頼すれば、教えてくれると思いますよ?」
「俺たち三年生が二年生に勉強を教われるわけがないだろうが!! お前にはプライドが無いのか!! プライドが!?」
「私は、会長よりもずっと大人なだけですよ。子供ほど、妙に意固地になって明らかなメリットも逃すものですから。彼は、素直に教わる姿勢を見せれば、とても優しくしてくれる男です」
「……ふん、お前も口の減らない女だ。しかし、少年院仕込の学力か。あまりにも異色だ。俺もブチ込まれてみれば、あいつほど頭がよくなったりするのだろうか」
「そんなことは、影郎以外の何者にも不可能だと思いますよ。会長だって彼の過去を探った一人なんですから、本当は分かっているんでしょう?
影郎は、決して私たちのような天才ではないですが、しかし常人でもありません。自分の生き死にに興味を持たない彼には、学習の場として修羅場が御誂え向きだったというだけです」
「だからこそ、腹が立つ。子供の頃から英才教育を受け、様々な教養を得る機会を貰った、あらゆる意味で恵まれた環境にいるはずの俺たちが、不幸に塗れた天涯孤独の貧乏人に敗北したというのだからな。納得しろというのが土台無理な話だ」
「でも、嫌いじゃないんでしょう? あぁいう密かに熱い努力家タイプが。だから、こうして影郎のことで悩んでいるんですよ。ふふふ、まるで恋でもしてるみたいにです」
「う、うるさいな!! お前は!! ほら!! 勉強に取り掛かるぞ!! せめて、影郎に一矢報いるために努力するんだ!! 一問でも多く問題を解け!! 現生徒会本部の意地を見せつけろ!!」
「はいはい。まったく、本当に仕方ない人ですね。会長は」




