Intermission 影郎と丈
とある日の昼休み。
旧教室棟〜新教室棟間、中庭、ベンチにて。
「影郎さん。俺、黄金町駅前のパチ屋の隣に新しく出来たラーメン屋行ってきたんすよ。ショー油の濃い感じのヤツ。つーか、俺の地元がその辺なんすけど」
「ほう、どうだった?」
「うまかったっす。チャーシューに拘ってる的な謳い文句だったんすけど、流石によく出来てたんじゃないっすかね。何より、学生料金で、しかも大盛り無料が熱ぃっす」
「それは嬉しいね、安価と満腹は僕ら男子高校生にとっての揺るぎない正義だ」
「影郎さんって、ラーメン好きっすか? 好きなら今度、一緒に行きましょうよ」
「そうだね。実を言うと、支援委員を設立してから大凡青春と呼べるような経験を積む機会を失ってしまったのさ。友達と帰りにラーメン屋に寄るだなんて、素晴らしい体験だ。是非とも行きたい」
「ははっ。影郎さんって、一々大袈裟っすよね。そんなふうに喜んでくれる奴、俺ぁ初めて見ましたよ。ちっと照れるっす」
「止めたほうがいいかな」
「いや、そういう意味じゃないっす。最初は、まぁ、バカにされてんのか、それとも口からデマカセこいてんじゃねぇかって思ってたっすけどね。今は、あなたがそういう男なんだってことを知ってますから」
「そうかい」
「……この前、柊と話をしたんすよ」
「ほう、興味深いね。どうして、そんな機会が訪れたのかな」
「あいつ、幾つか授業被ってんすよ。そんで、物理だったんすけど、急いで入ってきて隣に座ったと思ったら、『うっかり教科書忘れた』とかぬかしやがって。だから、俺が見せることになったんす。
あいつからすりゃ、俺はほぼ初対面のハズなのに、俺みてぇな不良に平気な面して話しかけられるっつーのも、なんか変な感じっつーか。何より、普通は逆じゃね? みたいな。役割的には、俺が見せてもらう側だろって思ったら、おかしくなっちまって」
「なんと言って、声をかけられたんだい?」
「『ずっと言いたかった、この前はありがとう。あなた、昔の知り合いに似てるから、すっごく頼もしかったよ』ですって。いつの間に、そんな世辞覚えたんだか」
「ククッ。いいね、実に可愛らしいじゃないか。それに、きっと本心だと思うよ。髪の毛を染めるだけでは、丈の正体を隠しきれなかったのかもね」
「んなわけねぇっすよ。だって、俺の面はあの頃とてんで違っちまってんすから。それでも似通ってるっつーなら、あいつの目は節穴ってもんっす」
「本当は?」
「いやいや、だから――」
「嬉しくなかったのかい?」
「……あんま、イジメねぇでくださいよ。嬉しいに決まってんじゃねっすか。そんなもん」
「クックックッ。いや、ごめんね。あんまり素直じゃないから、少しだけ意地悪してみたくなったのさ」
「でも、普通の生活がしてぇってのに、俺に構おうだなんてイカれちまったんすかね」
「丈が本当は素直で優しい男だということを、周囲の人間は気が付いているんだろうね。悪ぶっていても、やはり本質は透けてしまうものさ」
「……女と言えば、影郎さん。支援委員にゃ三人もじゃじゃ馬がいるっすけど、影郎さん的には好みのタイプとかいるんすか?」
「唐突だね」
「そうでもしねぇと、茹でタコになるところっす。まぁ、それはさておき、一応、面だけはいいのが揃ってんじゃねっすか。面だけ。だから、気に入った奴とかいるのかなぁと」
「おぉ。これは、所謂恋バナと言うやつか」
「あ、改まって言われると照れくさいって言ってんじゃねっすか。……まぁ、そんな感じっす。俺ばっか話してっと恥ずいんで、教えてくださいっす」
「クククッ。クックックッ……」
「いや、笑い過ぎでしょ」
「あぁ、失礼。けれどね、丈。前にも言った通り、僕に恋愛は分からない。好みの女性というのも、結局は母親の幻影を当てはめるだけの失礼な回答になってしまうから、言えることがないのさ」
「……そうっすか。影郎さん、母ちゃんのことめっちゃ好きだったんすね」
「あぁ。世界で最も素敵な女性だったと、今でも信じているよ。そして、そんな母のパートナーである父もまた、この世界で最も偉大な男性だと思っている」
「……羨ましいっす。俺んとこの親は、どっちも碌でもない人間っすからね。まぁ、今は片方しかいねぇっすけど。尊敬出来る奴らだったら、どれだけ幸せだったか」
「こら、両親をそんなふうに言ってはいけないよ」
「……え?」
「どれだけ憎もうが、どれだけ嫌おうが、キミを産んでくれたことだけは確かなんだ。頼んで産んでもらったわけじゃないと、丈は思っているだろうけれどね。それでも、僕はキミと出会わせてくれたキミの両親にとても感謝している。その一点だけで、キミの両親は偉大だ。誇りたまえ」
「そんなふうに割り切ること、俺にはまだ出来ねぇっす。……でも、ありがとうございます」
「さて、そろそろ昼休みも終わりだ。丈、午後の授業は?」
「一応、出席するつもりっす。影郎さんとか月乃さん見てっと、頭いいのってカッチョいいと思うようになったんで。中間考査に向けて、少しくらいちゃんと努力しようかと」
「偉い。それでは、ご褒美に何か菓子でも焼いておこう。放課後を楽しみにしておいてくれたまえ」
「マジすか? あざっす、イチゴ味がいいっす」
「了解したよ、任せて」
予鈴が鳴り響き、生徒たちの喧騒が引いていく。
影郎と丈は、それぞれの場所へ向かった。




