013
「……実を言うとね、私、まだ倉狩君が嘘を言っているんだと思ってたのよ。いいえ。嘘というよりも、誇張表現と言ったほうがいいかしら。とにかく、ここまではやらないと思ってた。これは、私が想像すらしなかった最悪の方法だわ」
「ど、どういう事っすか?」
「恐らくだけれど、倉狩君は八神君にあの三人の中から一人を選ばせようとしているのよ。選ばなかったヒロインは、きっと……」
二人が血の気の引いてた表情を浮かべる中、私は何となく、小テストの答え合わせを終えたような気持ちになっていた。
影郎君は、目的の為ならこれくらい平気でやる。負けた人のためならこれくらい当たり前のようにやってみせる。むしろ、それだけのために生きているのだから、彼はそうするしかないと言っても過言ではない。
だから、嘗ての恋人たちは怖がった。本当の意味ですべてを置いてでも自分だけを幸せにしようとする男など、普通の女にとっては末恐ろしい存在でしかなかったのだ。
「何が目的なんだよ! お前らは!?」
八神先輩が吼える。それに対して、仮面をつけていないただ一人、恐らくグループのリーダーであろう派手な金髪をした黒いシャツと制服のズボンの男子生徒が口を開く。
「テメーは間抜けか? テメーらがここに立ち入って、俺らから場所を奪ったんだろうが。だから、俺らは俺らのやり方で屋上を取り返しに来た。何かおかしいことがあるかよ」
「屋上は生徒全員のものだろうが!?」
「違う、ここの屋上は俺らのもんだ。実際、普段は立ち入り禁止になってる。開ける方法を知っている方がおかしい」
「そ、そ、そんなの建前よ! だ、だって、私たちの前に入ってきている生徒が二人いた!」
八神先輩の後ろにいる長谷川さんが叫んだ。私にはいつの話をしているのか分からなかったけれど、どうやら、彼女にはその当時の景色が多少なりとも見えていたらしい。
「なぜ、そいつらが俺らの仲間だと考えねぇんだ?」
「そ、それは……っ」
「まぁ、細かいことなんざどうでもいいんだ。とにかく、選べよ。八神。戸上か、相瀬か、白浜か。三人に一人だ。テメーが助けられるのは、この中からたった一人なんだぜ?」
「ふざけるな!! こんなもん、どう考えたっておかしいだろ!? お前ら、警察に捕まるぞ!?」
「捕まらねぇよ。だって、ここは釣鐘高校だ」
「……は?」
「周りのことに対して興味のねぇお前らじゃ、知りようもねぇだろうけどよ。この学校の中で起きたことは、全部生徒の自己責任なんだよ。ここは高校生の国だぜ? 都合のいい自由だけを謳歌して、虐げられる連中の身の振り方は知らねぇってか? テメー、そりゃあんまりだろうがよ」
「意味が、分からないぞ」
「言葉通りだ。まさか、大人に守ってもらえる立場でありながら、好き勝手にサボったり平気で人をぶん殴ったりしてもいいとでも思ってたのかよ。高校生の国じゃ、立法も行政も司法も、ついでに警察も全てが高校生なんだよ。そんなことも知らねぇで二年になってるなんて、どんだけ周囲に目を向けてねぇんだ? 信じられねぇグロテスクな連中だな、テメーら」
「お前……っ!!」
「僕の目の前で手を出すならば、生徒会執行部として執行権を振るわせてもらいます。あまり迂闊な行動は取らない方がいい」
影郎君が、一歩踏み出して口を開く。生徒会執行部。何度聞いても、にわかには信じがたい物騒なハッタリだ。先ほどの行政のシステムに当てはめるのなら、執行部はMI6的な機関になるのだろうか。
「お、お前は誰だ!? 執行権ってなんだよ!?」
「僕は倉狩影郎です。執行権とは、その名の通り生徒会を執行する権利です。言うなれば、あなたを退学にする権利ですよ。八神さん」
「そんなバカな! ありえない、聞いたこともない!! 許されるはずがないだろ!?」
「僕に出来ないとお思いですか?」
なんて、冷たい言葉だろう。一宮が後退りし、月乃さんは私の腕に縋り付いた。一宮の手が離れたことで、扉が静かに開いていく。風が吹いたせいだ。
しかし、誰も私たちの方は見なかった。私は一宮と月乃さんの手を引いて、扉から入り口の影へ身を隠し直した。
「どうして、こんな酷いことを……」
「先に手を出したのは、あなたたちだと伺っております、八神さん。四人を相手に、反撃を一度も貰わずあっという間に叩きのめしたとね。間違いがありますか?」
「む、胸ぐらを掴まれたんだよ。だから、仕方なく返り討ちにしたんだ」
「では、胸ぐらを掴んだ者に対する正当防衛は成立させましょう。白浜さんを解放して下さい」
影郎君が言うと、不良の一人があっさりと白浜先輩を解放した。彼女は、一心不乱に八神先輩の元へ戻っていく。
「さて、やっつけた残りの三人については如何ですか?」
「……っ」
「釣り合いませんね。えぇ、釣り合っていません。このままだとバランスが悪い! 片側に垂れ下がっている天秤を見て、あなたはもう片方に重りを乗せたいとは思わないのですか? 僕にはそんな生き方は出来ないので是非とも教えて欲しいのです。願わくば、あなたの正義もお聞かせ願いたい」
「俺の、正義……」
言葉に詰まったと見るや否や、影郎君は踵を返す。
「分かりました。では、二人をお好きになさって下さい。僕の仕事はこれで終わりです、釣鐘高校の司法では、少なくともそうなっていますからね」
「嫌ぁ!!」
「ま、待てよ!! 待ってくれ!!」
八神先輩の叫びが、屋上に響き渡る。
「お、俺のことはどうしたっていい。だから、彼女たちを解放してくれ」
影郎君は立ち止まり、再び八神先輩を見て言った。
「そんな択は用意されていませんよ」
「もういいだろう!? 俺が悪かったと言ってるんだ!! 彼女たちは関係ない!! 退学処分にしたいのならすればいい!! だから解放してくれ!!」
「なるほど。自分と引き換えに、彼女たちの身柄を引き渡せというわけですか。涙ぐましい自己犠牲ですね、素晴らしい」
あまりにも薄っぺらくて安い誉め言葉。どう聞いても、本心ではない。
「しかし、キミが彼らと話している間、彼女たちの無事が保証されるとは僕には思えません」
「……なん、だって?」
「僕は生徒会の執行部です。もちろん、事件が起きれば公平に対処いたします。今度は、罪を犯した彼らに執行権を行使して須らく裁くことでしょう。しかし、憶測だけで動くわけにはいかないのです。可能性がどうあれ、現状の彼らを拘束する力は僕にはない」
「そんなバカな……っ。そんなバカな話があるのかよォ!! お前が助けてくれるんじゃないのかよォ!?」
「疑うのならば、希望に賭けてみるのもいいでしょう。僕は止めません、お好きになさってください」
「……俺は、こんなに恨まれるほど悪いことをしたのか? ここまでのことをされるほど、悪いことをしたのか?」
影郎君は、何も言わない。しかし、いよいよ泣き出しそうな顔をした八神先輩を見て、由依先輩が徐ろに口を開く。
「全員を、助けたいの?」
「あぁ。そうだ、戸上。俺はどうなってもいい」
「私たち、二人を?」
「そうだ、お前たちの傷付く姿は見ていられない」
「……はぁ。まだ分かんないわけぇ?」
突如として変わった声色に、八神先輩の表情が凍りつく。ふと気が付いた。反対側の非常階段には、もう一人の由依先輩。
いや、違う。狼狽えて、現実を受け入れられない様子で固まっている彼女こそが、間違いなく本物の由依先輩だ。
ならば、彼女は――。
「あんた、ひとっことも喋んないあたしを見てもまだ由衣だと思い込んでるなんてさ。あんたの知ってる由衣は、こんな時に助けを求めないでいられる女じゃないことくらいわかってるでしょ。違和感とかさ、普通は覚えるんじゃないの」
「お、お前、何を言ってるんだよ。戸上。俺はお前たちを助けたくて……」
「だぁから、あたしは由依じゃなくて由亜だっつの。本当、自分のこと好きな女のこともちゃんと見てあげてなかったんだね。区別もつかないなんて、バカみたい」
八神先輩は、首を横に振る。
それを見下す由亜さんの瞳は、嫌悪と侮蔑で燃えていた。




