007
今回に関して言えば、過去の事件と比べ、推理自体は些か平凡なものだったような気がする。冷静に読み解けば、一般人でも解決出来ることだった。素人ながら、そんなふうに感じてしまったのだ。
ただ、スピードは早かった。相談され、観察して、一時間も経たないうちに解決して見せたというのは褒めてあげないこともない点だろうか。
だから、私の使命は、守衛の永守の顛末と、影郎君の推薦により新しく支援委員へ加わった一宮丈を語ることだ。あまり気が進まないけれど、読者には事実を伝えると誓っているので仕方あるまい。
以下、後日談。
「ほら、見てくれ。希子。こんなに綺麗に焼き上がった。上々ならば、光希さんと美智子さんにコーヒーと共にご馳走するつもりだ。味見を頼むよ」
その夜。
私は、影郎君の焼いたレヴァニというスポンジケーキを見て心を躍らせていた。食後にも関わらず、お腹の空いてくるバターとホイップクリームのいい香りがする。ピスタチオを生地に混ぜて焼いているのが、彼オリジナルのレシピらしい。
ナイフで切り、フォークに刺して口へ運ぶ。……美味し過ぎて、逆にムカついた。私だって、お菓子作りの心得はある。それなのに、こんなふうに腕前を凌駕されてしまうと、カチンとこざるを得ないだろう。
「まぁ、及第点かな。絶賛するほどじゃない」
「手厳しいね、会心の出来だと思ったのだけれど。どこが気に食わなかった?」
「トルコのお菓子なんでしょう? この前のインドのあれ、バルフィに比べると、些か再現度が低いんじゃないかな」
「驚いた、希子は本場のレヴァニを知っているのかい?」
「……いや、知らないけどさ」
私は、誤魔化すために今回の事件の話を持ち出した。すると、彼は何かを察してくれたのか、ミルクコーヒーを淹れて静かに差し出した後、言い返しもせず本題について話してくれた。
永守は、実際に柊さん以外の女子も監視していたようだ。
「それにしても、どうして影郎君は永守を見誤ったの? ストーカーに直接手を下す度胸なんて無いっていうのは、一種の希望的観測だったんじゃないかな」
「彼にとって、柊さんがどれだけ心の拠り所となっていたのかを測りきれなかった。
他に監視している女子がいたという可能性は、結果的には合っていたけれど、あの時は断定しきれなかった。そのための材料が足りなかったからさ。
……いや、違うね。赤外線が反射するほど、頻繁に、執拗に柊さんを追っていたというヒントはあった。彼女以外に、誰も支援委員を訪れることもなかった。追われているという噂すら無かったんだ。
以上の事を鑑みれば、僕の実力不足だとしか言いようがないね」
あまりにも潔い姿勢のせいで、途端に罪悪感が込み上げてくる。
「観察不足がたたり、彼女が永守氏の一番だと決めつけられなかった。だから、好意は分散していると考えてしまった。
つまるところ、僕は自分の推理を信じきれなかったんだ。それが、今回の僕の落ち度だよ」
「……ごめん。今のは、私がイジワルだった」
「いいよ、希子は間違っていない」
どれだけ身を尽くしても、生徒たちには認知されず、それどころか感謝もされなかった。そんな中で、自分に優しくする女子に対して異常な好感を抱き、転ずることで行き過ぎた庇護欲へ変化し、監視カメラを使用した護衛に繋がっていたのだと影郎君は語った。
「歪ではあるけれど、永守氏もまた、騎士になりたかっただけなのだろう」
しかし、悪気が無かったのかと言えばそうではない。
彼は、柊さんに対して一線を越えようとした。彼女は、落とし物などしていなかったのだ。
これは、決して真摯な対応とは呼べない。そうやって、嘘をつき守衛室へ彼女を誘い込んだということは、少なくとも危険を大いに孕んでいたというのが私と月乃さんの見解である。
永守は、裁かれるべきだ。同情の余地はさておき、罪を償わなければいけないことは明らかだろう。
「それにしても、一宮を仲間に引き入れるなんてね。ついこの間、月乃さんには『人手は足りてる』なんて言ったのにさ」
……不躾に言いながら、気が付いてしまった。
私が、このレヴァニに文句をつけ、生意気にも今回の活躍について平凡だなんて評価を下し、更に影郎君のミスを指摘した理由。何でもいいから否定して、わがままを言って困らせたいって思ってしまったその理由を。
「丈は、誰もが忘れてしまうような約束を愚直に守り続ける、言わば比翼連理の究極形だよ。
実に非合理的だ。あんな義理の通し方はあり得ない。たった一度の約束を、見返りも求めず永遠にしようというんだからね。そんな人間に興味を持たないでいる事は、この僕には出来なかった」
「でも、生徒会なんだよ? 不良を入れるのは相応しくないかも」
「丈だって、みんなと同じ試験を受けて合格し入学して来たんだ。実力に不足はないさ。見た目だって、彼よりよほど奇抜なファッションをしている生徒も山ほどいる」
あぁ、ダメだ。
この件に関しては、何を言っても私が負けるに決まってる。だって、どう考えても私が間違っているもの。間違ったことを影郎君に認めさせるだなんて、そんなこと出来るわけがない。
私は、困ったように考え込む影郎君を上目遣いで見つめた。
「なによ」
「……うん。しかし、希子の考えも尤もだ。ただ、僕は喧嘩の腕前に自信がなくてね。丈のような人材が仲間にいてくれると非常に助かるんだ。そういうことで、納得してくれないかい?」
こういう時は、叱ってくれたっていいのに。
影郎君が、そんな損得勘定で付き合う人間を選ぶわけがないと分かっているからこそ、私はこんなに醜い感情を浮かべてしまっているのに。
……まったく。
「今度からは、大切なことは私にも相談して欲しい。私だって、支援委員なんだからね」
「すまなかった、誓うよ」
妹って、本当に便利だ。
私は、ズルくて面倒くさい自分に満足すると、ホイップクリームをたっぷり乗せたレヴァニを口いっぱいに頬張った。
「さて、何をしてもらおうかしら。今日も責任を取ってくれるんでしょう?」
「もちろん」
「影郎君、ひとまず髪を梳いてもらえる?」
「仰せのままに」
私は、ミルクコーヒーを一口飲んでからスマホを手にとって、お風呂上がりに乾かしたままだった髪のケアを、すっかり影郎君に任せることにした。
彼は、この家に来た時、すべてを私たちへ捧げると言った。その対価として、罪を犯した自分は初めて終わったはずの人生を生きる権利を貰えるのだと密かに教えられたし、実際その通りに影郎君は生きていると思う。
そんな彼の心を盾にして、みんなの憧れの男を好き勝手に振り回し、独り占めにしようとする。あぁ、こんな私もまた、間違いなく裁かれるべき罪人なのだろう。
実に気分がいい。
「……ふふ」
スマホの電源を落とし、画面を暗くする。
彼は、手のひらからスルリと滑らかに落ちていく私の髪の行方を見届けると、画面越しに私を見て優しく微笑んだ。
鈴 魂を送り届けるもの、邪気をはらうもの
丈 限度までの量。これ以上は無いほど尽くすこと




