ep7
楽屋の鏡の前でメイクを整えながら、私は深呼吸を繰り返していた。
今日は2年ぶりのカムバック。しかも、大和と一緒に。
胸の奥で緊張と期待が渦巻いて、手が少し震えていた。
その時、勢いよくドアが開いた。
「愛!大変だよ!」
マネージャーの慌ただしい声に、心臓が一瞬止まる。
「大和が…」
「大和がどうしたの?」
嫌な予感が背筋を走った。
「大和くんが来られないって」
「え?スケジュールが重なったの?」
マネージャーは首を振る。
「じゃあ風邪?」
再び首を振る。
「……交通事故?」
声がかすれる。だが、それにも首を振られた。
「実は、大和くん……逮捕されたみたいなんだ」
「……は?」
言葉の意味が分からなかった。頭が真っ白になる。
「なんで?」
かろうじて声を絞り出す。
「薬物容疑らしい。交際相手の女性の証言があったみたいで……詳しいことはまだ僕も分からない。ただ、とりあえず今日は愛一人でステージをやり遂げてほしい。急な変更で悪いけど、頼む」
マネージャーはそう言い残すと、足早に部屋を出て行った。
「ちょっと待ってください!」
手を伸ばすが、その背中はもう遠ざかっていた。
その瞬間、別のノック音。ADが顔を出す。
「愛さん、スタンバイお願いします」
「は、はい……今行きます」
機械のように返事をして、足が勝手にステージへ向かう。
――その後の記憶は、曖昧だ。
ライトが眩しくて、観客の歓声が遠くで響いて。
とにかく、マネージャーに言われたまま歌った。
自分のパートを必死で歌い終えた後、大和のパートが訪れる。
ラップ。私には似合わないし、一度も練習していない。
それでも――必死に彼の姿を思い浮かべて、
歌詞をなぞるように声を絞り出した。
拍手の音とライトの眩しさが混ざり合い、次の瞬間、気づけば私は楽屋に戻っていた。
控室の壁に背を預けながら、愛は小さく丸まっていた。
耳に入ってくるのは、スタッフや関係者たちのささやき声。
「大和って付き合ってる人いたの?」
「いや知らない。そんな噂は全くなかったけどね。ずっと作業室に籠もってたし。」
「新曲制作に行き詰まってたって話、聞いたよ。」
「まじ?それで薬物に…?」
「プレッシャーから薬物に手を染めちゃったんじゃないかって噂。」
「ほんとならショックすぎるよな。」
愛は耳を塞いだ。
——どういうことなの。交際相手って誰?私じゃなかったの?
大和、言ったよね。「好きだ」って。付き合うって。あれは“その付き合う”じゃなかったの?
薬物なんて、聞いたこともない。知らなかった。楽曲制作に行き詰まってたなんて、気づきもしなかった。
——私は、大和のことを何も知らなかったんだ。
あんなにも辛いことが起きても、嫌でも次の日というものはやって来る。




