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ep5

そして…

大和はdanger15としてデビューし、一躍トップアイドルに。

新人賞、作詞・作曲家賞まで受賞し、輝かしい未来を歩んでいた。


一方私はというと…

大和がプロデュースを離れて以来ヒット曲に恵まれず、気づけば「旬の過ぎた歌手」と呼ばれるようになっていた。



「先生!私、いつカムバックできますか?」


練習室で声を枯らしながら訴えると、ダンスの先生は慌てて視線を逸らしながら答えた。


「まだ分からないなぁ。社長に聞いてみるね」


「もう最後のカムバックから2年ですよ!」


「そうだっけ?……社長もdanger15で手一杯だしね。今年はガールズグループもデビューするし、その後かな」


「……ガールズグループ?」


ちょうどそのとき、数人の少女が練習室に入ってきた。


「失礼します」


「あら、あなたたち来るの早かったわね。ちょうどよかったわ」

先生が笑顔で振り返る。

「愛ちゃんに挨拶しておきましょう。こちら、来月デビューするLoveuのメンバーよ」


「……え…み、美優?」

目の前に立つ少女の顔を見て、私は思わず声を上げた。


「愛。久しぶり」

美優が少し大人びた笑みを浮かべる。

「私も、とうとうデビューが決まったの」


「お、おめでとう……! 嬉しい」

愛の胸に、懐かしさとともに複雑な感情が押し寄せる。


「やっと愛に追いつけた」

彼女の目が、真っ直ぐに私を射抜いた。

「これからは、先輩後輩としてよろしくね」


「……うん。よろしく」

私は小さく笑みを返した。


――美優は、練習生時代を共に過ごした同志だった。

同じ夢を語り合い、涙を分け合った相手。

あの頃の記憶が、一瞬にして鮮やかによみがえる。


――私は、オーディション番組優勝後、この事務所に入った。

本来なら社内オーディションを受けて合格し、練習生としてスタートするのが普通だ。

けれど私は、特例でその過程を飛ばされ、知名度だけを引っさげてここへ来た。


実力もないのに名前だけは知られている――そんな私を快く思わない練習生も多く、いつの間にか孤立していた。

そんな時、初めて声をかけてくれたのが、彼女だった。


「愛ちゃん? 愛ちゃんだよね?」

明るい声が、冷たい空気を破った。


「うん」

振り返ると、柔らかな笑顔を浮かべた少女が立っていた。


「番組、見てたよ。すごいね。私、ファンになっちゃった」

「ありがとう」

その笑顔に、胸の奥がじんわり温まる。


「これからデビューに向けて一緒に頑張ろうね。何か分からないことがあったら、何でも聞いてね。私、練習生生活一番長いからさ」

「……あ、ありがとう」


「あとさ、みんなもさ」


美優は周囲の練習生に視線を投げた。 


「愛ちゃんと仲良くしなよ。正直、無視とか格好悪いし、嫉妬とかみっともないと思う。愛ちゃんに何か思うことがあるなら、正々堂々と戦いなよ。いつ誰がデビューできるか分からないんだからさ。みんな正々堂々と戦おう」


――カッコいい。そう思った。

私より年下なのに、人としてできている。そう感じた。

そんな嘘のない彼女とは、すぐに仲良くなれた。

心から信用できる友に出会えた――そう思い始めていた頃だった。


「次にデビューする人が決まったよ」

先生の声に、練習室の空気が一瞬張り詰める。

私と美優は目を見合わせ、そっと手を握った。


――先生からは、私と美優を含めた5人でデビューすると聞かされていた。

だから、この5人で夢を叶えるものと信じていた。


「社長と話し合って、この度、愛のソロデビューが決まった。申し訳ないけど、残り4人のデビューはなくなったことになる」


「どういうこと? なんで愛よりも実力のある私たちがデビューできないんですか?」

「本当に。結局、知名度が大事なんですか?」

「もうやってられない」


候補生たちが次々に立ち上がり、練習室を出ていく。

残ったのは、私と美優だけだった。


「……愛、おめでとう」

静かに、美優が言った。


「美優……ご、ごめん」

喉が震える。


「デビューできたのは、愛が頑張ってきたからだよ。心の底からおめでとう」


「美優、ごめん」


「謝らないで。堂々として。私も必ず愛に追いつくから。それまで頑張る。約束ね」


美優が小指を差し出す。

私も震える指で、その小指に触れた。


――そんな約束を交わしてから5年。

ついに彼女のデビューが決まったのだ。

私のデビューが決まったとき、彼女は心の底からおめでとうと言ってくれた。

私は、彼女のデビューに心の底から笑えているのだろうか。

以前の私だったら、もっと素直に喜べたのだろうか。

だが今の私は、正直複雑な気分だった。


「じゃあ、私そろそろ行きますね」

練習室の空気に耐えきれず、愛は立ち上がった。


「う、うん。またね」先生が戸惑いながら返す。


「では、失礼します」


そんな最低な自分が嫌になり、練習室から逃げるように出た。


私は駆けるように廊下へ飛び出した。胸の奥で、ぐちゃぐちゃに絡まった感情が行き場をなくして暴れている。どうしようもない気持ちを抱えたまま前だけを見て走った。


その瞬間——誰かにぶつかり、手にしていたノートが床に落ちた。


「す、すみません!」


慌てて頭を下げる愛の目の前に立っていたのは、大和だった。


「愛?」


彼は驚いた顔をしながらノートを拾い上げ、そっと差し出す。


「や、やまと…」


名前を口にした途端、堪えていた涙がこぼれそうになる。慌てて袖で目元を拭った。


2年ぶりの彼だった。あの頃はまだ、あどけない隠キャだったのに…。見ないうちに彼は、大勢に囲まれる存在になっていた。私には、もう手が届かないように思えた。


「愛、どうしたの?泣いてるの?」


「な、泣いてないよ。」


「泣いてるじゃん。」


「泣いてないって言ってるでしょ!」


「…なんかあったの?」


「べ、別に何もないよ。大和こそどうしたの?目の下、クマだらけじゃん。」


「…ああ。しばらく寝てなくてさ。」


「え?大丈夫なの?」


「ちょっと作曲作業に行き詰まってて。」


「そ、そうなんだ。大和、忙しそうだもんね。」


大和はふと息をつき、真っ直ぐに彼女を見つめる。


「愛は?最近どう?」


「どうって?」


「元気?…しばらく会ってなかったから、心配してたんだよ。」


その言葉に胸が締め付けられる。愛は視線を逸らした。


「……」


「愛?やっぱりなんかあっただろ?」


「なんで?」


「愛って、元気ないときは目を合わせない癖があるから。」


「…そうだよね。大和はなんでも分かっちゃうんだね、私のこと。」


「何があったんだよ?」


気づけば私は、2年間抱えてきた思いをすべて彼に話していた。誰にも言えなかった心の闇を、こんなにも素直に口にしている自分に驚いた。…ああ、私は彼を、人として、音楽家として信頼しているんだ。初めて、はっきりと気づいてしまった。


話を聞き終えた大和は静かに言った。


「美優も、ついにデビューか。俺も13年かかったけど…美優も同じくらい練習してきたもんな。」


「だよね。すごいよね。」


「それより…愛、2年もカムバックしてなかったんだな。自分のことで精一杯で、全然気づいてなかった。ごめん。」


「いや、大和のせいじゃないよ。」


「UKさんは?曲、書いてくれないの?」


「うん。『君の曲を書いても売れないから』って言われて…」


「なんだよ、それ。愛が悪いんじゃない。愛に合った曲を書けないUKさんが悪いんだ。俺なら——愛に合った曲を書くことができる。愛の声も、愛のメロディーも、多くの人に届けられる。…愛は、愛されるべき人なんだよ。」


事務所の人たちは皆、『君は旬が終わった』『売れない君は終わりだ』と突き放した。言われるたびに、きっとそうなのだと自分を責め続けていた。だけど——彼の一言で、その2年の重荷が溶けて消えた。まるで救われたような気がした。そして気づいたら、私は…


「大和、好き。」


ぽろりとこぼれた言葉に、大和の目が見開かれる。


「え?」


「あ!ごめん!気にしないで!今のは、なかったことにして!」


「いや、無理だよ。」


「ほんとに今日の私はどうかしてる。だから忘れて!」


涙を振り切るように、愛は踵を返し、駆け出した。

大和の手に残されたノートの重みだけが、彼の胸に熱く残っていた。

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