伯爵令息に婚約破棄されたドラゴン令嬢、悲しみのあまり「ギャオオオオオン!!!」と咆哮する
「リザネア・ドラゴーネ……き、君との婚約を破棄する!」
とある公園で、伯爵家の令息ロドン・サウラーは震える声でどうにか言った。
これをロドンの従者で通訳であるシードゥ・レジョンが、眼前のリザネアに伝える。
リザネアは竜であった。
体長は10メートルほど、それに見合う巨大な牙、巨大な翼を持ち、全身は赤い鱗に覆われている。
しかし、れっきとしたメスであり、竜としての年齢はまだ18歳といったところ。
ロドン、シードゥと同年代である。
シードゥが婚約破棄を伝えると、リザレアは大いに悲しみ、咆哮する。
「ギャオオオオオオオオオオオオンッ!!!」
あまりの迫力にロドンは青ざめ、泣きそうな顔になる。
短めの金髪に端正な顔立ちの彼であるが、その面影はない。
その後、落ち着きを取り戻したリザレアが竜の言語でギャオギャオと何かを話す。
通訳を務めるシードゥがそれを聞く。
黒髪で落ち着いた雰囲気を持つ彼は、国内でドラゴン語を解する数少ない人材である。
ドラゴン語は習得が極めて難しく、センスのない者は一生習得できないとも言われる。これだけでシードゥの優秀さが分かる。
「……なんて言ったんだ?」
「『なぜ婚約破棄をするのですか?』と言ってます」
「だって、“竜王の娘”“ドラゴン令嬢”っていうから、なんていうかさ、美少女を想像しちゃったんだよ! 本性は竜だけど、普段は人間の姿で過ごしてる、みたいな! こんなガチドラゴンだなんて聞いてない……!」
リザネアは竜王の令嬢であり、ある日空を飛んでいる時、地上にいるロドンに一目惚れした。
シャイな彼女は直接思いを伝えられず、使者を通して婚約を申し入れた。
一方のロドンは「竜王の令嬢は美少女に違いない!」と早合点してしまい、即OKしてしまった。
しかし、いざ初めて会ってみると出てきたのは国も壊滅できそうな巨大ドラゴンだった。
一応彼女は竜基準では美少女とのことだが、そんなことは何の慰めにもならない。
「シードゥ、彼女に『人間に変身できますか?』って聞いてみてくれ」
「分かりました」
シードゥがこれを伝えると、リザネアは即「できません」と返してきた。
本当に竜じゃん……。人間要素ゼロかよ……。ロドンは絶望する。
ロドンには夢があった。
可憐な令嬢と結婚して、穏やかな結婚生活を送る。
貴族としては慎ましい夢といえる。
だが、「竜王の令嬢と結婚できる!」と事を急いだあまり、とんでもないことになってしまった。
建物よりも大きい竜と結婚して、“穏やかな結婚生活”などとても期待できない。
尻に敷かれる、どころか尻で押し潰されてしまう。
ここからの会話も通訳であるシードゥが介されるが、それを省くとこのような内容となった。
「軽はずみに婚約した僕がバカでした。どうか許して下さい」
「あなたをバカだとは思いません。どうか結婚して下さい」
「無理だよ、人と竜の結婚なんて。生活も文化も、そしてなによりも大きさがあまりにも違いすぎる」
「どうしてもダメですか?」
「申し訳ないですが、やはり僕は人間の女性と結婚したい」
「……でしたらチャンスを下さい」
「チャンス?」
「今日から七日間、私の暮らす山で私と一緒に住んで下さい。もし、この七日間であなたの気持ちが変わらなければ、私はいさぎよくあなたを諦めます」
「分かった、そうしよう」
ロドンは自分にも非があることは分かっていたので、この話を受け入れた。
七日間は我慢しよう。七日経ったらやはり気持ちは変わらないと彼女に伝え、正式に婚約破棄しよう。そう決めた。
話が分かる竜でよかったと心底思った。
やるべきことが決まったので、リザネアは右手にロドン、左手にシードゥを掴むと、翼を広げて飛び立った。
「え、私も?」とシードゥ。
「当たり前だろ。お前がいないと、僕らは会話もできない」
「確かにそうですね。ではお付き合いします」
「頼む」
かくしてリザネアによって、伯爵家令息ロドンとその従者シードゥは彼女の棲み家である山に連れて行かれた。
***
それから約束の七日が経った。
ロドンはというと――
「リザネア、君の何もかもが美しい。その牙も、赤い鱗も、そしてなにより心が。君ほど美しい乙女はこの世に存在しない」
すっかり心変わりし、リザネアの虜になっていた。
生粋の竜である彼女との生活に最初は戸惑っていたが、二、三日もすると慣れ、七日も経つと自分の伴侶はリザネア以外にない、と思うほどになっていた。
リザネアが何か洗脳のようなことをしたわけでもなく、純粋な愛である。
今の言葉をシードゥがリザネアに伝えると、
「ギャオオオオ! ギャオン! ギャオァァァァン!」
「『私もこの七日間で改めてロドン様という殿方の素晴らしさを知りました。あなたを想うだけで、私のハートは締め付けられ、そして天使のラッパのように軽やかな旋律を奏でます』と言っています」
「嬉しいよ」
ロドンの唇とリザネアの巨大な口が重なり合う。
人と竜のキスである。
もはや恋の行方は定まった。
ロドンはリザネアに改めて結婚の申し込みをし、リザネアはもちろん受け入れた。
かくして二人は結婚し、竜王との太いパイプを得たサウラー家はさらなる栄光が約束された。
「リザネア、三人で楽しく暮らそうね」
ロドンの言葉にシードゥが反応する。
「三人って、私もですか?」
「そりゃそうだろ。お前がいないと僕たちは会話できない」
ロドンはまだまだドラゴン語を習得できていない。
「そうですよね。分かりました、お付き合いします」
リザネアが暮らしていた山で、人間二人と竜一頭による結婚生活が幕を開けた。
***
月日は流れ、ロドン、リザネア、シードゥは変わらず幸せに暮らしていた。
シードゥは愛し合う二人を、従者として通訳として、懸命に補佐し続けた。
いくら愛があろうと、やはり彼なしでは夫婦の意志疎通は難しい。
シードゥにも夢があった。
彼がドラゴン語を覚えたのは、いつか竜と共に暮らしたかったから。
できればその伴侶になりたかった。
ロドン夫妻と一緒に暮らすことで、その夢は半分叶ったが、ドラゴンの令嬢リザネアはロドンに惚れている。
嫉妬の気持ちはないでもなかったが、シードゥはそれを押し殺し、黒子に徹した。
やがて、リザネアは子を宿し、女の子を産んだ。
人間と竜のハーフなので、姿は人間に近い。父譲りの整った目鼻立ち、母譲りの赤い髪、口にはほんのり牙を生やした可愛らしい少女に成長した。
しかし、確かに竜の血族でもあり、力を発揮すれば巨大な竜にも変身できる。
どちらが“真の姿”といえるのか。きっと“どっちも”なんだろうとロドンは結論づけた。
頭もよく、すんなりと人間の言語とドラゴン語をマスターすることができた。
まさに夫婦のいいところを掛け合わせたような娘であった。
ラキスと名付けられた少女は、今日も山野を駆け回る。
運動神経も高く、険しい山をピョンピョンと移動してしまう。
そして、ラキスには好きな人がいた。
「リンゴ取ってきた! シードゥにあげるー!」
「ありがとうございます、お嬢様」
「あたしね、シードゥ大好きなの! だからね、将来は絶対結婚するからね!」
「ふふ、お戯れを」
シードゥはこう言うが、彼を見る時のラキスの目の輝きは本物だった。
ラキスは真剣にシードゥに惚れている。
たとえ成長しようとも、その想いは変わらないだろう。
「シードゥになら、安心して娘を託せるよ」
「ギャオオ、ギャオオオオンッ!」
ロドンとリザネアも笑う。シードゥさえよければ、ぜひ娘を妻にしてもらいたいと考えている。
シードゥの夢のもう半分は、どうやら叶いそうである。
完
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